第6話 やべーじいさんと緑のドロドロ
「フォッフォ、わしの名はルドル・ドラン。
ま、巷では大賢者などと呼ばれておるわい。自分で言うのもなんだがのう!」
「るどるどらん? へー、ちょっと変な名前だね」
「フォフォフォ! そうじゃろう! よく言われるわい」
相変わらず、ルカは初対面の相手に対しても、妙に馴れ馴れしい。
それにしても、本当にこの爺さんはそんなにゲームに詳しいのだろうか?
よもや、老人のボケ防止程度ではないだろうな?
「……貴方、ハイパーマリモシスターズの最速クリアタイムは?」
「5分2秒」
老人は即答する。……成る程、この爺さん、かなりできるな。
どうやらハッタリではないようだ。
「お嬢さん達、地下迷宮に挑むのじゃろう? もしよかったら、わしもパーティに加えてくれんかのう? ま、これはただの自慢じゃが……大抵の魔術は使えるぞい?」
「フッ……断る理由は無いですわね。こちらの方こそ、よろしくお願いしますわ」
「うむ、ではよろしく頼むぞ!」
珍しく、すんなり要求を呑んだ俺に違和感を感じたのか、ルカは俺に耳打ちしてきた。
「いいの? そんなあっさり受け入れて……なんか怪しくない?」
「大丈夫、さっきの連中よりは余程信用できそうですから」
「サマナがそういうなら、ボクは別に構わないけどね……で、他にも仲間を探すの?」
いや……取り合えず俺たち3人だけでいいだろう。余計なのを何人も連れて行くよりは、少数精鋭の方が良い。
危険な罠や魔物に溢れる迷宮で、余りに大人数では動きにくい筈だ。
それに、もしパーティの誰かが怪我をすれば、その分だけ回復アイテムや魔法を使用しなければならないだろう。
だがこの世界では、実際のゲームとは違い、攻撃を回避したり防御することができるのだから、実力さえあればそれらは節約できる。
その点に関しても、さっきの奴は判断ミスだと思う。それとも、最初から捨て駒にでもするつもりだったのか……
ともかく、大賢者(?)のルドルドランを仲間に加えた俺たちは、地下迷宮へと向かう事にした。
迷宮は、城下町からそう遠くは無い。町外れにある遺跡の中に、その入り口はあった。
意外にも、そこに人影は無く、冒険者達の姿も見受けられない。
おそらくは……既に中に侵入している者も、まだ準備が終わっていない者達もいるだろう。
俺はパーティの先頭に立ち、静かに階段を下りていく……
中は薄暗いが、周囲が見渡せない程では無い。足元に気をつけながら、慎重に進んでいく。
「なんか……薄気味悪いね……薄暗いし……」
「ふぉふぉふぉ、盗賊なのに暗い所が苦手なのかね?」
「まっ、ボクは明るい人間だからね」
全く、後ろの2人はもう少し緊張感を持つべきじゃないだろうか。
そう思った側から、早速見覚えのある敵が現れた。
「げっ!? こいつは……」
「ほほう、スケルトンじゃな」
スケルトンは顎をカタカタと鳴らしながらこちらへ向かってくる。
それを見た爺さんは、俺の前に出て、なにやら呪文を唱えた。
「聖魔法!」
すると、スケルトンの全身が光に包まれ、静かに消滅していく……
「なるほど! この魔法なら簡単に倒せるんだ!」
「ほっほ、そのとおり。アンデットには聖なる魔法を使えばよいのじゃ」
スケルトンの体が完全に消え去ると、何かが音を立ててその場に落下してきた。
「宝箱だ!」
ルカは大喜びで駆け寄る。この木製の宝箱は、スケルトンがドロップしたのだろう。
迷宮ではこのような事もあるという事か。
「罠に気をつけて」
「わかってる!」
ルカは慣れた手つきで宝箱を調べ始めた。鍵穴を覗き、箱を軽く叩く。
さらに、表面に軽く短刀を押し当て、少し削り取ってみる。
「うん、モンスターが化けてるわけじゃないね」
今度は、宝箱に鼻を近付け、なにやら匂いを嗅いでいる。
すると、ルカは何かを感じ取ったのか、一瞬身を震わせ、俺の方に振り向いた。
「わかった! 毒ガスの罠だ! それなら、この鍵だね……」
ルカは鍵束の中から一つを取り出し、鍵穴に軽く挿し込んだ。
「おいおい、罠が仕掛けられてるんじゃろ? 大丈夫かのう?」
「大丈夫! まかせといて!」
そう言いながら、ルカは素早く鍵を捻る。すると、軋むような音を立てて、宝箱の蓋が開いた。
毒ガスの罠は起動しなかったようだ。
「このタイプの宝箱は、鍵穴が二層になっててね、奥まで鍵を入れると、罠が作動しちゃうんだ。だから、この専用の鍵で一層目だけを開ければ問題無しってこと!」
彼女はドヤ顔でそう語る。そして早速、宝箱の中身を調べると、中には、装飾の施された短刀が入っていた。
「ふむ……これは風の魔力が秘められたダガーじゃな。疾風のダガーとでも呼ぼうか」
爺さんはノリノリで短刀に名前を付け始めた。しかし、これは俺が使うには少々物足りない武器だな。
やはり、開錠したルカ本人が持つべきだろう。
「あのさ、これさ、売ったら幾らになると思う?」
「……売っちゃ駄目」
「あはは、冗談だよ!」
ルカが元々持っていた短刀と疾風のダガーを使ってお手玉をしていると、タイミング悪く、何者かが全速力でこちらに向かって駆けて来た。ルカは持っていた短刀を落としそうになり、狼狽する。
「おわっ、なんだよ、危ないなー!」
「ハァ……ハァ……」
現れたのは魔物ではなく、人間だった。恐らく、彼も冒険者だろうか。
しかし、ルカの言葉は、彼の耳には全く届いていないようだ。
彼はただ下を見つめ、全身を小刻みに震わせている。
「こ、ここは危険すぎる……あの液体のモンスター! みんな食われちまった……!!
あんたら……この先に行くなら気をつけろ! 俺はもう報酬なんていらん!」
そう言い残し、彼は一目散に逃げ去っていく。
「ふむ、液体のモンスターと言えば……」
「アレですわね……」
「アレってなに?」
彼の言う液体のモンスターとは、やはりアレのことだろう。
俺達は、アレを警戒しながら迷宮を進んでいく……
すると、分かれ道にさしかかった。
「どうする? 二手に分かれる?」
「いや、それは最悪の悪手ですわ。ここは……」
無論、まずは片方を調べ、その後もう片方も全部調べる。
というか、どうせ全部回るのだから分かれ道など関係ない。
ここで俺は、袋から一枚の紙を取り出す。何も書かれていない、まっさらな白紙だ。
これに、通った道を逐一書き記していき、迷宮の地図を作る。伝家の宝刀、マッピングである。
……というのは、流石に少々大げさだが、これが後に結構役に立つ事になる。
「な、なんだアレ!?」
俺がマッピングに夢中になっていると、突然、ルカが驚いた様子で騒ぎ始めた。何かを見つけたらしい。
彼女が指差す方を見てみると、なにやら迷宮の壁から、緑色のどろどろとした液体が滲み出ていた。
それは壁をゆっくりと伝い落ち、地面に水溜りを作る。
「うえぇ……気持ち悪い……」
緑色の水溜りは脈動し、膨れ上がって一つの塊となった。そして……地を這いながら、じりじりとこちらへ向かってくる……