第4話 怪奇、トカゲ男
「もがが、もぐごががががが?(次はどこへ行くの?)」
「はしたないわよ。食べて終わってから喋りなさい」
ルカはマンガに出てきそうな骨付き肉を頬張りながら、なにやら言っている。
なんとなく言っている事を察した俺は、先程町で購入した、周辺地域の地図を開く。
「次は、南の城へ向かいましょう」
「んぐっ……南の城って、グルク王国?」
そうだ。例によって、俺は町で情報を集めていた。
そして、グルク王国の王が各地から冒険者を集めているという噂を聞いた。
……間違いなく何かのイベントだろう。当然、行かない手は無い。
「ふーん。グルク王国なら、ここからそんなに遠くないね。
でも、途中の橋に変な魔物がよく現れるっていう噂があるけど……」
なんだと……? それは朗報だ。珍しいモンスターなら、珍しいアイテムを落とすに違いない。
俺は、期待に胸を膨らませ、足取りも軽やかに歩みを進めて行く。
やがて、件の橋が見えてきた。
なんというか……いかにもな感じの、脆そうな吊り橋である。下は川のようだが、かなり流れが激しい。
「ここがその橋? なにもいないじゃないですの」
「うーん、今日はいないのかな? ま、あくまで噂だし……それにここで襲われたら危ないよ。
むしろ、何もいなくてよかったんじゃない?」
確かに、こんな所で襲われたら少々面倒かもしれない。それに、今は目的地へ向かうのが優先か。
仕方ない……今回は諦めて、俺達は普通に橋を渡ることにした。
だが、俺達が橋の中腹辺りまで辿り付いたその時、向こう岸の草むらから何者かが飛び出し、こう叫んだ。
「ケケケケーッ! かかったなー!!」
奴は、揺れる吊り橋の上にゆっくりと足を乗せ、橋の手すりを両手でしっかりと握り締めながら、一歩一歩慎重にこちらへと向かってくる。
俺は、襲撃者の姿を見た。鉄の鎧を纏ったその男……なんと、奴の顔はトカゲそのものだ。
そして鎧の隙間から覗くその両腕も、トカゲのような鱗に包まれている。
奴はトカゲ人間、リザードマンだろう。つまり、奴こそ例の魔物か……姿を見せなかったのは、待ち伏せをしていたからのようだ。
「俺様の名はゲラトー! おい、ニンゲン! 金置いてけよ! 持ってんだろ!」
「げーッ、やばいよサマナ! どうしようか!?」
ゲラトーと名乗ったリザードマンは、あと数歩でこちらに届くくらいの距離まで詰め寄って来ている。
「へへ、こんな所じゃ危なくて手が出せないだろ?」
「それは、貴方も同じでは?」
俺は奴のすぐ目の前まで、ゆっくりと歩みを進める。
先程まで威勢がよかったゲラトーは、急に目に見えて慌て始めた。
「お、おい……ちょっと、来るなよ……」
奴の制止を無視し、俺はゲラトーの目の前に立つ。そして、軽くその胸を小突く。
すると、ゲラトーは小さく悲鳴を上げ、奴の方から後退を始めた。
そのトカゲのような手は、しっかりと手すりを握りしめている。
「ちょ、ちょっと押すな……押すなって……」
そのまま、俺達は橋の向こう岸までたどり着いた。
ゲラトーは荒い息を吐いて疲れきっている。
「ハァ……ハァ……お前正気か!? 高いところが怖くないのか!?」
当然だ。RPGにおいて、橋を渡るという事は新天地へ向かうという事。
それはつまり、一歩でも橋を踏み越えれば、そこに現れる魔物は、以前より遥かに強い敵に変わっていても、おかしくは無いという事だ。
俺はそんな修羅場を幾つも乗り越えてきたからこそ、橋に対しての恐怖など、とっくに克服しているのだ。(滅茶苦茶)
「俺は高所恐怖症で、なんとか克服する為に、ここで追い剥ぎをしていたんだ」
そんな傍迷惑なやり方で苦手を克服しようとするな。
「一人で橋と遊んでればいいじゃない」
「一人だと、やっぱりこえぇんだよ……だから、人間を襲って恐怖を紛らわせてんのさ」
「なんだよそれ……」
「……しょうがねぇ! こうなったら、追い剥ぎだけでもやってやる! 覚悟しやがれ!」
ゲラトーは勢いよく腰に差したサーベルを抜き去り、両手で構えた。
来るのか!? よし、ドロップ確認だ。
「アナライズ!」
俺は奴のドロップ品を調べた。だが、何も落とさないらしい。
ちっ、つまらん……
「お、お前……今なにやったんだ!?」
おや? どうやらこいつ、攻撃されたと勘違いしているらしい。
俺よりも早く、その事を察したルカは、不敵な笑みをたたえ、奴を挑発する。
「ふっふっふ、お前、もう終わりだな?」
「なななな、なんだと!? 指差してアナライズって言っただけじゃないか!」
「お前、知らないのか? アナライズって言うのはな、死の呪文なんだぞ!」
ゲラトーは顎が外れそうなほど大きく口を開け、驚愕した様子を見せた。
それに気を良くしたルカは、さらなる挑発を続ける。
「確か、全身の血が沸騰して死ぬんだよね。ね? サマナ?」
「え……ええ」
「ひぃぃ……」
ゲラトーは緑色の鱗に包まれた肌を震わせ、子犬のように怯えている。
「……でも、すぐに唱えた相手から逃げれば助かるんだよね!」
「な、なんだって!! ……よし、ここは一時退散だ! 覚えていろ貴様ら! 顔は覚えたぞ!!」
そう言い残し、ゲラトーは一目散にこの場から去っていった。
まぁ、ドロップが無いならあいつに用などない。命拾いしたな。
「あいつさ、すっごい馬鹿じゃない? なんでわざわざ橋の上に乗ってきたんだろう? 橋切るぞ~って言って脅せば良かったのに」
「……言えてますわね」
もしかして、こいつの方が追い剥ぎに向いているんじゃないだろうか。
そう思ったのだが、実際、こいつは元々盗賊だった。もしかして、昔はそんなような事をやってたのだろうか? 本人曰く、「やってないよ! ボクはあくどい事はしない主義だから!」との事だが、なんとも怪しいものだ。
さて、しょうも無い事で足止めを喰らってしまったが、橋を越えれば、グルク王国はもうすぐだ。
果たして、どのようなイベントが我々を待っているのだろうか。