第3話 よいこはマネしないでね!
俺達が町へ辿り着く頃には、既に朝になっていた。
周囲は活気に溢れ、多くの人々が行き交っている。
俺が周囲の様子を観察していると、ルカが思い出したように、なにやら提案をしてきた。
「そういえばさ、町に着いたんだし、早速オークの魔石を売りに行こうよ!」
「え……売るって、なんでそんな勿体無い事を……」
「え? だって売る為に集めてたんじゃないの?」
全く違う。俺はレアアイテムを集めるのが趣味なんだ。
売るなんてとんでもない。
「だけどさー、すごい高く売れるんだよ? なんと、5万Gだよ!」
「うーん……」
別に金が欲しいわけでは無いが……そう言えば、元々ルカとお宝を山分けする予定だったな。
俺は約束は守る男(お嬢様)だ。奴がどうしてもこれを売って金に換えたいというのなら、やぶさかでは無い。だが……
「ねー、1個だけ売りに行こうよ」
「わかりましたわ。でも、私に良い考えがありますのよ」
俺はそう言って、その場で鼻歌をうたい始めた。
多くの人々は殆ど反応が無い。が、一部の何人かが、こちらを驚いた様子で見た。
「ん、何その曲?」
この曲は、超有名RPGのテーマ曲だ。この世界の人間は知る由も無いが、別の世界から来た人間なら話は別。
案の定、反応を示した者達は少し挙動不審になっている。
これは、スーパーやコンビニ等でアニメの曲が流れた時に、オタクがよく見せる反応と同じだ。
または、家族でテレビを見ていて、CMが始まった途端に、突然美少女キャラクターが画面に現れた時の、あの気持ち……といった感じである。
つまり、反応を示した者は、十中八九別世界から来たゲーマーだという事だ。
そして俺は、反応を示した者達の中でも、特に豪華な装備を身に付けている者に話しかけた。
「あの、私この世界に来たばっかりで、どうすればいいかよくわからなくて……」
「え、えっ? 俺? あっ、えっと」
これも予想通りだ。彼は死ぬほどわかりやすくキョドっていた。
なにせ、今の俺は金髪ツインテール美少女なのだからな。
この期を逃さず、俺は攻め立てる。
「あの……これって、幾ら位で売れますか……?」
「え、え!? これ……オークの魔石じゃん!」
彼の反応からして、やはり中々にレアなアイテムらしい。
そして、彼の考えている事は手に取るようにわかる。
彼は、揺れているのだ。俺を騙し、安くレアアイテムを手に入れるか……
それとも、美少女の俺に恩を売っておくか。
「こ、これ、すごいレアアイテムだよ……どこで拾ったの?」
やはりな。所詮性欲には勝てんということだ。
もう一押しでいけるだろう。
「ええ!? そうなのですか!? 道端に落ちてたんですけど……あの……これ欲しいですか?」
「えっ、えっ、ま、まあ欲しいけど……」
「よかったら……買い取ってもらえませんか……?」
俺は目を潤ませ、上目遣いで懇願した。
できるだけ申し訳無さそうに、できるだけ可憐に。
そして、俺は確信する。奴が"堕ちた"という事を。
「わかった……幾らで売ってくれる?」
「えっと……100万G……」
「100万!? そ、それはちょっと……」
俺はルカから話を聞いて、ある程度この世界の通貨の価値を理解していた。
当然、100万というのは余りにも滅茶苦茶な金額である。
だが、これは前振りに過ぎない。初心者を装う為、あえて馬鹿げた金額を提示したのだ。
なので、すぐさま俺は訂正する。
「あ、ああ、すみませんっ! 私、あんまりこの世界のお金の事、詳しくなくって……」
「ああ……なるほど……」
(この子、お嬢様なのかな……)
奴は、お嬢様なのかな……などと考えているに違いない。
「ごめんなさい……」
「う、うーんじゃあ……」
今だ! 俺は、奴よりも一瞬早く口を開いた。
「50万……」
「10ま…………え?」
「あっ、ごめんなさい!!」
先程のルカの言葉を覚えているだろうか?
この石の定価は5万である。
心優しい彼は、なんとその倍の価格を提示してきたのだ。
だが、不運な事に、俺が一瞬早く50万という金額を出してしまった。
果たして彼は、いたいけな少女に対して男気を見せる事が出来るのだろうか?
「え、えっと……わ、わかった。じゃあ50万Gでいいよ」
「ありがとうございます!!!!」
完璧だ。俺は大きく頭を下げた。それを見て、彼は苦笑いしている。が、最早引き返す事は出来ない。
彼は震える手で50万Gを用意し、俺は悠々と魔石を手渡す。
「本当に、ありがとうございますっ! あの、貴方のお名前は?」
「えっと、ユウタだけど……」
「ユウタさん、本当に、本当にありがとう! また会おうね!」
俺は急いでその場を離れる。しかし、できるだけ馴れ馴れしい態度を見せながら、何度も振り返り、奴に手を振りながら、だ。
奴は薄々後悔を感じ始めているかもしれない。が、女の子に親しくされたという事実が、その挫けそうな心を強く支えているはずだ。
現に、奴は苦い表情を浮かべながらも、少し口元がニヤついている。
「あっはははははは!!! すごいよサマナ!!! 最高だよ!!!」
俺はルカと合流し、彼女に戦利品を見せつけた。
ルカは笑いが止まらない様子である。
「いやー、どうやってあんな方法を思いついたの?」
「それは……」
それは、過去にネカマプレイをしている人間を何度も見てきたからだ。
まさか、あれ程忌み嫌っていた者達の真似事を、自らがすることになろうとは。
しかし……利用できる物はなんでも利用するのが俺の流儀だ。
どうせ美少女として振舞わなければいけないのなら、それも利用させてもらうまでよ。
実際、彼も満更では無い顔をしていたのだから、Win-Winではないか。
ただし、一つだけ問題があった。ユウタと再び出くわすと面倒な事になるという事だ。
その為、折角町にたどり着いたと言うのに、余りゆっくりとはしていられない。
だが、まぁ折角だから、俺は防具屋で兜と軽鎧を買って変装し、必要なアイテムを買い集め……それから、ようやく町を後にした。