第23話 くっ……
俺はさらに踏み込み、剣を真っ直ぐに突き出す。
だが、奴は一瞬にして姿を消し去り、その身を捉えたはずの刃は、空を切り裂くだけだった。
「自惚れるなよ……貴様ごとき若造が、この私を止められるものか!」
「それはつまり、止めて欲しいってことじゃないの!?」
背後に現れたサディウスに対し、俺はそう叫び、跳躍する。
ほんの僅かに、奴の目つきが変わったように見えた。
「魔炎よ、我が敵を切り裂け! レッドウィップ!」
「何それ!? うわっ!!」
サディウスは謎の詠唱と共に、鞭の様に荒れ狂う炎を放つ。
迂闊に飛ぶべきじゃなかったか……仕方ない、ここは……
「旋風剣!!」
俺は剣を乱雑に振り回し、炎を振り払う。
熱波と共に炎の鞭は消し飛んだ。
さらに、俺は空中で剣を持ち直し、奴の胸元を目掛けて、突きを繰り出す。
だが、やはり既にその姿は無い。今度は後ろにもいない……
周囲を見渡すと、このフロアの入り口、大階段の前に奴は立っていた。
「我が魔術を破るとは、なんだ、今の技は……」
「たった今考えた、わたくしの必殺技よ!」
「……」
ふざけた技で魔術を破られ、サディウスは不快感をあらわにする。
「いいだろう、遊びは終わりだ。地底に眠りし名も無き屍よ……」
また詠唱か……当然、黙って見ているわけには行かない。
こっちも魔法で対抗してやる。
「淑女は黙って、雷魔法!!」
雷撃は直進し、サディウスの右胸を確かに貫いた。
それでも、奴は一切微動だにせず詠唱を続けている。
「我が声に応え、呪詛を唱えよ」
くそっ、化け物か……!
だが直接攻撃をするには、ここからでは間に合わない……
「迷妄の刻は終焉を迎え、境界はここに破られた」
周囲には霧のようにぼんやりとした魔力が渦巻き、俄かに肌寒さを感じる。
不味いな……謎の詠唱が終わってしまったようだ。
サディウスの両手から溢れ出した魔力は、揺らめきながら、こちらへゆっくりと迫ってくる。
緩慢な動きに油断するべきではないだろう。だが、じっと待っているわけにもいかない。
どうするべきか……
「無駄な足掻きは止める事だ。既に勝負は決した」
そこまで言うとは、よほどあの魔法に自信があるという事か?
現に奴は、詠唱が終わってから一歩も動いていないし、攻撃態勢に移る様子も無い。
調子に乗りやがって、鼻っ柱を叩き折ってやる! そう思い、俺は一歩前に踏み出した。しかし、その時……
「なっ……!」
踏み出した右の脚全体に、黒い渦が纏わりついている。
そのせいか、ほんの少しだけ重圧を感じるが……動けないほどでは無い。今度は左足を上げる。
……いや、上がっていない?
足を踏み出そうとした瞬間、両足が共に、より強く縛り付けられた。
まるで金縛りにでもあったかのように、その場から一歩も動く事が出来ない。
「なるほどね……こういう技か……」
「この魔術が、ただ縛り付けるだけの物だと思っていると、後悔することになるぞ」
「……おーっほっほ! やっぱり貴方、おバカさんね!」
唐突な高飛車笑いで自らを奮い立たせ、俺はドヤ顔で親指を立てる。
「それだけ教えてくれれば充分よ! その魔法の攻略法を見つけたわ! そこで待っていなさい!」
俺は高らかに宣言し、剣に魔力を込め……動かない脚の代わりに、腰を捻る。
「喰らえっ!!」
勢いをつけて剣を投げつけた瞬間、右腕も黒い魔力に捕らわれる。
だが問題ない。剣はそのまま勢い良く奴の元へ向かっていく。
「無駄だ」
奴の言葉通り、その目と鼻の先で、突然剣は止まり、形が徐々に歪んでいく。
そして、捩れ曲がった剣は纏っている魔力もろとも、音も無く消滅した。
「こんな物が攻略法か?」
「そう思ったのなら、貴方は相当なマヌケですわね。今よ!!」
俺の言葉に呼応するように、奴の背後から何かが飛来し、その身体を突き刺した。
「がッ……!? 貴様は……!!」
「ふっふっふ! あんなニンジンで、このあたしをいつまでも足止めできると思ったら大間違いだ!
ちょっとばかり、道に迷ってしまったけどな!」
サディウスの胸には、鋭い角が突き刺さっている。
そう、背後からティルが投げつけたのだ。
彼女は何時の間にかこの場に戻って来ており、奴の背後、大階段から右手だけを出し、俺に合図してきた。そして俺の声を受け、攻撃を行ったというわけだ。
それにしても、まさか角を投げるとは思っていなかった。
あれ取れるのかよ……
「もう一発行くぞ!」
ティルはもう片方の角を取り、思い切り投げつけた。
だが、投げる前に叫んだ事により、一瞬早く避けられてしまう。
「叫ばなければ当たっていたろうにな」
「そ、そうか! しまった!」
「……でも、貴方の魔法はこれで終わりのようね?」
言いながら、俺は魔力の剣を振り下ろす。
たしかに避けられたが、奴の足を動かす事が出来た。
そして俺の予想通り、あの魔法は本体が止まっている状態でなければ使えない様だ。四肢の束縛は消え、問題なく動く事が出来る。
「ちっ……」
「こっちもだ!」
サディウスは辛うじて俺の剣を受け止めるが、同時にティルも大剣を掲げながら迫って来る。
奴は左の腕を振るい、巨大な剣の腹を強く叩き付けた。
「うおっ!?」
「ぐぐぐ……うおおおお!!」
両側からの攻撃を押さえ込み、奴は叫び声を上げる。
唯の叫びでは無い。気合とともに放たれた咆哮は、凄まじい衝撃波を巻き起こした。
「うわわっ!」
ティルは衝撃で大きく吹き飛ばされ、階下へ落下する。
これは、まさに奴の妄執そのものだろう。少しでも気を抜けば、次の瞬間には、俺も壁に叩きつけられている筈だ。さらに奴は、空いた左手で、胸に突き刺さった角を抜き放ち、その切っ先をこちらへと向ける。
「これで全て終わりだ……」
「そうね」
奴は恐らく、勝利を確信しているだろう。だからこそ、付け入る隙がある。
俺は身を翻し、脚を鞭の様に振るう。
意識外からの攻撃は、奴の脇腹を激しく打ち付けた。
「脚に、魔力を……!?」
奴が怯んだ隙を、決して見逃しはしない。俺は両手に魔力を込め、創り出した二つの魔剣を交差させた。
「これで、終わりだ!」
「――――!!」
……声にならない叫びと共に、重なり合う閃光は奴の身を切り裂いた。
サディウスは大きく身を仰け反らせ、そのまま静かに、地に膝をつく。
「ぐっ……う、がァ……!」
サディウスは獣のような呻き声を上げ、荒い息を吐き出す。
その背後では、ティルが全速力でこちらへ駆けてくる。
「そうか……全ては、全ては夢想に過ぎなかったという訳か。ははは……! 所詮は神の真似事……神が与えた力に、叶う筈など無かったのだな……!」
「そうだぞ! さまなーは最強だからな!」
「……そうかしら?」
俺は、反射的にそう口にした。最早自然な話し言葉がお嬢様口調になりつつあるが、それは今重要な事では無い。
「貴方が思っているほど、神の影響は大きくないかもしれませんわよ?
この世界の神様は、ゲームと金髪ツインテールが好きで、転生者にネカマプレイを強制させて、天使に反抗されるようなどうしようもない奴なんだから。
……それに、俺だって元はしがないゲームオタクさ」
「…………」
「さまなー、ゲームオタクってなんだ?」
「よく聞いてくれた。ゲームオタクとは、真の勇者の別名よ!」
「へー! すごいな!」
ティルを適当にあしらい、俺は視線を戻す。
サディウスは項垂れ、ただ黙り込んでいる。
「おい、お前ら」
その時、何者かの声が聞こえてきた。
粗野な言葉遣いだが、美しく穏やかなその声の主は、エルフの騎士、セレスティーナだ。
結晶から解放されても気を失ったままだった彼女だが、ようやく眼を覚ましたようだ。
……どうでも良い事だが、裸なのが流石に気になるな。
俺は袋からマントを取り出し、彼女に手渡した。
「おっと、すまんな……」
マントを羽織り、どこかで見覚えのあるスタイルになったセレスティーナは、言葉を続ける。
「サディウス、と言ったか? 話を聞かせてはくれないか」
「話す事など……」
「頼む、私は知りたいのだ。エルフとして、我が一族の過去を」
セレスティーナは真剣な表情で、彼に問いかける。
「いいだろう、そこまで望むのなら……」
重い口を開き、サディウスは自らの過去、そして、オークの隠された真実を、彼女に打ち明けた。それを聞きながら、彼女は瞳を閉じ、何かを思案しているようだった。
全てを聞き終えたセレスティーナは、ゆっくりとその瞳を開き、サディウスの前で膝を付いて、彼の目をじっと見つめた。
「知らなかった……そのような事は。だが、そう言って許されることでは無いだろうな」
「なんのつもりだ」
すると彼女は目を伏せ、改まって言い放つ。
「私の命でよければ、お前にくれてやろう。都合の良い話だが、それで、全て終わらせてはくれないか」
「……貴様、本気か?」
「ああ。恨みを捨てろとは言わない……だが、皆はその事実を知らずに育ったのだ……それは、お前にとって決して許せぬことだろうが……」
サディウスは、傷を負った身体を持ち上げるように、静かに立ち上がると、ゆっくりと彼女にその背を向けた。
「私は同胞を捨てた臆病者だ。私に、お前を殺す資格も、権利も無い。
……結局、全ては私の独りよがりだった。ようやく気付いたよ。私は復讐がしたかったわけでは無い。ただ、自らの過ちを否定したかっただけだ……」
自らを嘲るかのようにそう言い、彼は俺の方に向き直る。
「過去の憎しみは、既に失われていたのだ。
だが、私は自らの思い上がりと、幻に捕らわれ続け……さらなる憎しみを生み出そうとしていた。滅ぶべきは、この私だ。私が消えれば、全ては終わる。さぁ、止めを刺してくれ」
「やーだよっ!」
……俺は手を後ろで組み、満面の笑みで言い放った。
我ながら、可憐な笑顔だっただろうと思う。
「……なに?」
「憎しみは失われたんでしょ? じゃあもういいじゃない!」
「だが、私は……」
「うっせーボケ! ジジイのくせに、うじうじ悩んでんじゃねぇ!
お前の命なんかいらねぇんだよ!!」
「…………」
しまった、言い過ぎたか……?
「え、えーっと、わたくし、ボスキャラが改心するパターンは苦手なのですわよ。
わたくしにぶっ飛ばされたいなら、悪役のままで居るべきだったわね!」
言い終えて、俺は再びにっこりと笑う。これで完璧だろう。
しかし、何が可笑しいのか……セレスティーナはなにやら含み笑いをしている様子だ。
「フッ、フフフフ……サマナって言ったか? お前、変わった奴だな。
だが、嫌いじゃないよ、お前のような奴は」
なんだよ嫌いじゃないって……それ好きでもないんじゃないのか?
「なあ、サディウスよ、お前も随分長生きしたんだろうが、案外、まだ死ぬには早いんじゃないか? 折角若返ったんだ。もう少し生きてみるのはどうだ?」
急にどうしたんだ、というくらい馴れ馴れしい態度で、セレスティーナは彼に語りかける。
まぁ、多分これがこの人の本来の性格なのだろう。
サディウスは項垂れたまま、暫く黙り込んでいたが、僅かに肩を揺らすと、独り言のように呟いた。
「……まったく、なんなんだ貴様らは……私は、真面目に話していたのだぞ。
それなのに、ふざけた事ばかり抜かしおって……」
その姿を見て、ティルは何故か驚愕している様子だ。
「GOD、お前笑えたのか? 表情無いのかと思ってたぞ」
「ふふふ……GODか……そう言えば、私はそんな大それた名で呼ばれていたのだったな……」
彼は俯いたままかぶりを振り、しばし沈黙する。
それから、無愛想な顔をこちらへ向けると、平坦な声で言った。
「サマナ……お前の名、覚えておこう」
「でも、わたくしは人の名前を覚えるのが苦手だから、次あったときには貴方の名前、覚えていないかも……」
「ふっ、その方がいい」
再びこちらに背を向け、サディウスは一歩前へ踏み出す。
「その時には、もう一度名乗らせてもらうよ」
……彼は振り返らずに言い残し、そのまま姿を消した。
その声は消え入るように小さく、か細い声ではあったが、確かに、彼自身の意思が宿っていた。




