第20話 友情パワー(物理)
神経を研ぎ澄まし、改めて城内の気配と魔力を探っていくと、ある一点にオーク達の存在が集中しているのを感じた。
周辺に気配を感じなかったのは、城内の殆どのオークが、ここに集まっていたからだろう。
それならば、目指すべき場所は一つだ。
奴らが居るのはかなり高い位置、恐らく最上階だ。
だが一箇所に集まって、何を行っているのだろうか?
考えていても仕方が無い。僅かに感じる気配を辿りながら、広い城内をひたすら走っていく。
そして三つ目の階段を上ろうとしたその時、何者かが行く手を阻んできた。
「俺は暴虐のヴィルグ! 言わなくてもわかるだろうが、四天王の一人よ!
ゲヘヘヘ、お嬢ちゃん達、俺と遊んでくれや……!」
成る程、やっといかにもな感じの奴が出てきたな!
俺は槍を斜めに構え、相手をじっと見据える。
「ゲヘヘ、おいおい、なんだよその格好は、誘ってんのか……
って、てめぇ! ティルじゃねぇか!?」
「……? 誰だオマエは!」
ヴィルグはティルの姿を見て、異様なほどに怯えている。
いや、その理由は大体想像がつくが……
「なんでてめぇが侵入者と一緒にいるんだ!」
「簡単な事だぞ! GODはわりといい奴だが、さまなーの方がもっといい奴だったからだ!」
「……クソッ! だから俺は言ったんだ! あんなわけわからん奴制御できる筈ないって……!」
どうやら、こいつも相当酷い目に逢わされたらしいな。
ならば……
「ティル! やっておしまいなさい!」
「アイアイサー!」
「う、うわああああ! く、来るなっ! うぎゃぁっ!」
よしっ! これで先に進めるぞ。
……いや待て、何かがおかしい。何故こいつはわざわざ一人でやって来たのか?
そして特に策も無く、あっさりとやられるとは。これは明らかにおかしい……
「サマナ! 聞こえる!?」
俺の思案を遮るように、頭の中に聞き覚えのある声が響く。
「ルカ!? どうして……」
「ギルドの魔術師に協力してもらって、念話っていうので語りかけてるんだけど……」
「さまなー、どうした?」
なるほど、電話みたいなものだろうか?
ティルにはルカの声が聞こえていないらしい。特定の相手だけに聞こえる仕組みなのだろうか。
念話についても気になるが、ルカはそれよりも、急いで伝えたい事があるようだ。
「大変なんだよ! セレスの洗脳を解く事はできたんだけど……
どうやら、ギルドの女騎士とセレスは別人らしいんだ!」
「なんですって!?」
「オーク要塞で捕らわれた女騎士の名前は、セレスティーナ・クライスハート。
彼女の種族はエルフ! セレスは人間だ! 二人は、全くの別人なんだよ!」
なんだと……それでは、人間違いをしてしまったという事か?
いや、それは正しくないだろう。恐らく、これも奴の思惑通りだ。俺達はまんまと騙され、別人を連れ帰ってしまったわけだ。
だが、そうまでしてセレスティーナをこちらに渡したくないのは何故だろう?
彼女を捕らえた事には、奴らにとってなにか重大な理由があるはず。
そして、わざわざ別人を用意したり、部下を少しずつ送り込むのは……
「時間稼ぎ……!」
「え?」
「不味い……早くセレスティーナを助けに行かないと!」
目的はわからないが、奴らは時間稼ぎをしている!
そうとわかった以上、急がなければならない。
「ルカ! わたくし達は、GODを倒しに行きますわ!」
「ええ!? 大丈夫なの? ギルドからの援軍を待ったほうがいいんじゃ……」
「急がないと大変な事になりますわ! 奴らは、セレスティーナを使って何かをやろうとしている!
全てはそのための時間稼ぎだったのよ!」
「そ、そうなの!? でも、気をつけてね! 出来るだけ急いでそっちに行くから!」
奴らの気配は、既にはっきりと感じる。最上階までは、それ程遠くは無い筈……
俺は全力で城内を駆けるが、十数体のオークがいきなり目の前に現れ、行く手を阻む。
あからさまな足止め……こちらが意図に気付いた事を知っているのか?
「ティル!」
「あいあい!」
ティルは勢いよくオークの群れに飛び掛っていく。
その勢いのままに素早く大剣を振るい、ニ体のオークの首を刎ねるが、他の者達は皆、ティルの攻撃をかわし、距離を取って散開する。そして全員が同時に盾を構え、じっと待ち構え続ける……
誰一人、反撃に移る気配はない。奴らはただ、守りだけに専念しているようだ。
「チェストー!!」
「ぐっ……!」
巨大な鉄塊の衝撃を全身で耐え、オークは素早く背後に飛び退く。
こいつら、今までの連中とは明らかに動きが違う。間違いなく精鋭だろう。
それだけでは無い。このまま守りにだけ集中されたら、幾らティルでも、殲滅するにはかなりの時間を要するだろう。
「はぁっ!」
「ふん!」
俺は側面から一体のオークに対し奇襲をかけるが、すぐさま別の二体が目の前に立ち塞がり盾を構え、壁を作る。
槍を受け止めたオーク達は、決して反撃には移らず、じりじりと後退していく。
くそっ、これは非常に不味い……
「よし! さまなー、ここはあたしに任せろ!」
「な、なにを!? うわっ!?」
ティルはそう言うと、俺の胸倉を掴み、物凄い勢いで前方に投げつけた。
空中に放り投げられた俺は、放物線を描きながら宙を舞い、やがて激しく地面に打ち付けられる。
「あいたっ!!」
「ば、馬鹿な……」
……とんでもなく乱暴なやり方だが、これでオークの群れを飛び越える事ができたようだ。
「に、逃がすな! 捕まえろ!」
「させるかーっ!!」
「ぐわぁっ!!」
オーク達が俺の方に気を取られている隙に、ティルはその背に斬りかかる。
彼らは皆大きく動揺し、防御陣形は崩れ始めているようだ。
「ありがとうティル!」
「友達ならあたりまえだ!」
ざわめくオーク達をよそに、ティルはこちらへ向かって親指を立てる。
俺もそれに応え、最上階へ続く階段へ向かって駆けて行く。
「くそっ! 奴をGODの元へ行かせるな!」
「で、ですが……あの怪物が……」
「う、うろたえるな! 戦え!」
背後からオーク達の悲鳴が聞こえたが、俺は振り返らず走り続ける。
そして最後の大階段を駆け上り、ついに最上階へと辿り着いた。
眼前には、仄かな灯りに照らされたホールのような空間が広がっていた。
周囲には無数のオークが立ち並び、中央の祭壇上には巨大な水晶のような物体が浮かぶ。
……よく眼を凝らして見ると、水晶の中には、全裸の女性が閉じ込められているようだ。
間違いなく、彼女がセレスティーナだろう。
その真下には、白いローブを纏った小柄なオークと、全身を黒衣で覆う謎の人物が立っている。その顔はフードで覆い隠され、細かい表情を伺い知る事は出来ない。
黒衣の人物はこちらへ向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「来たか。だが、少しばかり遅かったな……既に準備は整った」
「その人を使って何をするつもりなのかしら?」
「それは、今に分かる事だ」
少なくとも、スケベな事をする感じではなさそうだな。
俺は槍を構え、黒衣の人物の元へ駆ける。
だが、その前に二つの影が立ちはだかった。
「その槍、返してもらおうか」
「グヘヘヘ、行かせると思うか?」
「貴方達は……死にそうなオークディンと、乱暴なビッグ……だっけ?」
「神槍のオーディンと!」
「暴虐のヴィルグだ!」
……ヴィルグは確かに死んだ筈だ。それに、オーディンも槍を新調している。
何れにせよ、こいつらを倒さねば先には進め無さそうだ。
俺が臨戦態勢を取るとほぼ同時に、ヴィルグは先程は持っていなかった大斧をこちらへ向け、その横でオーディンも槍を構える。
だがその時! 沈黙を破るかのように、俺の背後から何かが勢いよく飛来し、オーディンとヴィルグの横を一瞬で通り過ぎた。
「ぐはっ!?」
「がはぁっ……!」
二人が同時に倒れ付すと、その背後に着地した白い影は、素早く俺の方へ振り向く。
「さまなー!! 待ったか!?」
「いえ、ベストタイミングですわ!」
突如現れたティルの姿を、黒衣の人物は真っ直ぐ見据える。
彼女もその視線に気付いたようだ。
「オマエは、GOD!」
ティルは驚いた様子で声を上げた。
やはり、あの人物がGODで間違いないようだ。
彼は静かに、感情の篭っていない声で語る。
「ティルよ、その女を殺せ。そうすれば、好きなだけ褒美をやろう」
「うーん……」
なんだと……あいつ、なんて事を言うんだ……!?
ティルは眼を閉じ、なにやら難しい顔をしている。
まさか……これは不味いのでは……
だが、俺の不安を吹き飛ばすかのように、ティルは平然と言い放つ。
「GOD、オマエ……頭わるいのか? さまなーはあたしの友達なんだぞ。
そんなことできるわけ無いだろ」
「ティル……!」
「ニンジンが欲しいのではないのか?」
「友情はニンジンの数じゃない! 時給三本のニンジンより、友達と食べる一本のニンジンの方が美味いんだぞ!」
俺は、ティルを疑っていた事を恥じた。頭は少々残念だが、彼女は間違いなく俺の仲間だ。
だが、その言葉を受けても、GODは別段驚いたふうも無く、超然とした態度でこちらを見つめている。
「ふむ……まさか、その魔獣がそこまで人に懐くとはな……」
「ふーんだ! わたくし達はマブダチなのですわ! さあ行きますわよ、ティル!」
「よしきた!」
ティルは脱兎の如く跳躍し、敵の元へ駆け抜ける。
「くらえ!!」
だがGODの目の前に到達した瞬間、その足元に魔方陣が浮かび上がる。
「ん、なんだこれ?」
「お前は手に余る。消えてもらおう」
魔方陣より放たれた光と共に、ティルの姿はその場から消え去った。
一体何が起きたのだろうか?
「ティルを何処へやった!?」
「二度と戻っては来れぬ場所だ」
な、なんだと……!?
――――
「……うーん、どこだここは!? あっ! ニンジン畑だ! しかもニンジン復活してるぞ! やったー!」
カリカリカリカリカリカリカリ……
――――
遠くにティルの気配を感じた。どうやら遥か彼方に飛ばされたわけではなく、要塞のすぐ外に居るようだ。それによって、彼女の居場所はなんとなく想像がついた。だが、これは参ったな……
「まさか、ニンジン畑……」
「その通りだ。ところで、ニンジンより友情ではなかったのか?」
「ぐうの音も出ませんわね……」




