第19話 闇堕ちナイト
ティルは角を突き出し、巨大建造物の入り口を守るオーク達に向かって突撃した。
「必殺! トルネードブレンダー!」
「「「ぐわあああああ!!」」」
彼女が放った謎の必殺技により、オーク達は天高く吹き飛ばされ、一瞬にして壊滅してしまった。
「……なんかさ、あいつに全部任せとけば良いんじゃない?」
「言えてますわね。色々楽だし」
守衛を蹴散らした俺達は、敵の本拠地と思われる、謎の建造物内部に侵入した。
だが、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「おお! なんかすごいぞ!」
「な、なんだこれ……ほんとにオークの棲家なの?」
人間の城の様に……いや、それ以上に煌びやかで美しい内装が施され、周囲にオーク達の気配が一切無いという事もあり、とても魔物の棲家とは思えない。
依然訪れたオーク砦とは、比べ物にならないほどに巨大で、異様なまでの栄華を感じさせられる。
そしてこれらは、明らかに人間の真似事などではなく、独自の文化様式によるものだ。
装飾や美術品は、どれもグルク王国の城で見たものとは似ても似つかず、人間には理解しがたい異質な造形物ばかりだ。これらをオークが作り出したのなら、この世界におけるオークという生物は、一体何者だというのか?
「ようこそ客人よ……我らの城へ」
その時、突然響き渡った謎の声によって、城内の静寂は破られた。
姿無き声の主は、ただ声だけによって、圧倒的なまでの威厳を感じさせる。
彼は、まるで俺達を諭すかの様に、穏やかな口調で言葉を続ける。
「あなた方がこれ以上我々に害をなさぬのなら、我々はあなた方を咎めはしない。
だが、もしそうでないのなら……私はあらゆる手を尽くし、我々の敵を排除せねばならぬ」
「もしかして、あなたがGODかしら?」
「確かに、今の私はそう呼ばれている」
「……随分謙虚なのね?」
「少なくとも、高慢では無いつもりだよ」
俺の挑発に対しても一切感情の起伏を見せず、GODは淡々と応える。
「我々は、人間と事を構えるつもりは無い。少なくとも、今はな」
「随分な物言いね? 貴方達がギルドの女騎士を捕らえたんじゃなくって?」
「彼女は我々に刃を向けた。そして、残念ながら私の言葉を聞いてはくれなかった。あなた方は、そうではないと信じたい」
彼はどこか愁いを帯びた声色で語る。
……その場凌ぎの方便を言っているようには感じられない。
「人間よ……今一度だけ聞く。もしこの場で踵を返すのなら、我々は、あなた方から受けた痛みの全てを忘れよう。だが、もし我々にその刃を向けるのなら……」
「なら、女騎士を返しなさい。そうしたら、このまま引き返すわ」
「……残念だが、彼女を返すわけにはいかない」
暫しの沈黙の後、GODは静かに、だが力の篭った口調で言い放つ。
その言葉には、強い決意めいた物を感じる。
「それでは、わたくし達が選ぶべき道は、一つだけではないかしら?」
俺は槍を一度振るい、一歩前へと踏み出す。
「……そうだな。ならば、私も野蛮な持て成しをさせてもらおう」
それを最後に彼の声は聞こえなくなり、まるで続く言葉の代わりとでもいうように、目の前に黒い魔力の渦が現れた。そしてその中から、漆黒の鎧を纏った人間の女性が現れる。
「私は……私は、神聖オーク四天王の一人……セレス……」
彼女は剥き身の剣をその手に携え、荒い息を吐き出している。
その瞳はどこか虚ろで、焦点が合っていない。
「あのさ、なんかシリアスな雰囲気だから、ボク黙ってたんだけどさ……
あの人の格好、なんかスケベじゃない?」
……確かに。雰囲気に合わせて漆黒の鎧とか言ってみたが、実際のところ、鎧は鎧でも、ビキニアーマーだなあれは。
そして彼女は恐らく、例の女騎士だろう。そして……間違いなく洗脳されている。
確かに返せとは言ったが、こんな形で返せとは言っていない!
「あぁぁぁあぁぁ……! 乾く、乾くのよ……!!」
美しい金髪を激しく揺さぶりながら、彼女は獣のような呻き声を上げる。
「さまなー、どうする? 殺るか?」
「いえ、殺しちゃだめよ。あの人は洗脳されてるだけだから。ここはわたくしに任せて!」
漆黒の大剣を掲げ、猛進してくるセレスに対し、俺は槍を両手で回転させながら歩みを進める。
「うあぁぁぁっ!!」
奴が剣を振り下ろすより一瞬早く、俺は身を逸らし、側面から槍を振るう。
そうして柄の部分でその腕を強く打ちつけ、剣を叩き落とした。
「寝てなさい!」
奴が動揺した隙を逃さず、俺はそのまま背後に回りこみ、首元を手刀で打ち付ける。
「うっ……!?」
セレスは気を失い、その場に倒れこんだ。
これ、一度やってみたかったんだよな。思わぬところで夢が叶った。
少し不安だったが、ちゃんと気絶してくれたようだ。
さて、問題はどうやったら洗脳が解けるかだが……
取りあえず、また暴れだしたら困るので、縛り付けておいた方がよさそうだ。
「あれ、なんか変な感じになっちゃった……」
……ルカに任せたのが失敗だった。なんだか嫌らしい縛り方になってしまっている。
まぁ身動きは取れないだろうし、これでいいか……
「で、この人どうするの? 流石にここに置いておくのは不味いよね」
「そうですわね……よし、この巻物を使いましょう」
「あれ、その巻物は……」
そう。これは以前、地下迷宮で手に入れた巻物だ。
迷宮の主であるデーモンに効果を教えてもらったのだが、この巻物には転移の魔力が秘められていて、これを使えば、誰でも一度だけ転移の魔法を使う事が出来るらしい。
使用者に触れている者も同時に転移できるので、ルカにこれを使ってもらい、セレスをギルドまで連れて行ってもらう。そして、可能なら援軍を送ってくれるよう頼むのだ。
「んー、でも、ほんとに二人で大丈夫?」
「勿論よ。GODでもなんでもドンと来なさいよ!」
「いや、そうじゃなくって、ティルと二人で……」
ああ、確かに……
「まかせろ!」
ティルは不安そうな顔をしている俺達に、サムズアップポーズをして見せる。
一応大丈夫かなぁ……多分。
ルカは倒れこむセレスに左手で振れながら、開いた巻物を右手で上から持ち、目の前に掲げる。
「えーっと、行きたい場所を思い浮かべて……強く念じる……わっ!?」
二人の姿は一瞬にして消えた。魔力の動きからして、転移に成功したようだ。
しかし、GODが残したあの言葉が、どうにも気に掛かる。
奴は確かに、彼女を返すわけには行かないと言った。
それなのに、洗脳した状態とはいえ、あっさりとこちらに送り込んでくるなんて、どうにもおかしい話だ。
……ええい、最早考えても仕方ない。やるべき事をやるだけだ。




