幕間 ダンジョン散歩
「おや、お前一人か? 姫と爺さんはどうしたんだ?」
「先に帰ってもらった」
不思議そうに問いかけるデーモンにそう答えると、彼はさらに不思議そうな表情をした。
仕方ないので、詳しく説明する事にした。
「ふむ……お前、変わった奴だな。
まぁ、ダンジョンを見て回りたいのなら、手伝ってやっても良いぞ。どうせ雇い主が居なくなって、暇になってしまったしな……」
まさか、彼が探索を手伝ってくれるとは。
やはりこのデーモン、意外と良い奴だな。
エルミードに雇われて無理矢理悪役をやらされていたのだろうか。
「そう言えば、お前と戦っているときに、エルミードが何か落としていたぞ」
え? どれどれ、これは……†堕天使ノート†……
「…………」
「こ、これはひどい……」
……どうやら俺達は、見てはいけない物を見てしまったようだ。
俺とデーモンは今見た物を記憶の奥底に仕舞いこみ、逃げるように部屋を後にした。
「ここのレッサードラゴンには手こずらされましたわ……」
「うむ、そうだろうな。まあ私がいる限り奴らが攻撃してくる事はないだろう……」
その時、デーモンの左半身が炎に包まれた。
ドラゴンが炎を吐いたようだ。
……デーモンは無言で疾走し、ドラゴンを蹴りつけた。
「まったく、エルミードの奴は……あんなものを書いている暇があったら、自分で連れてきた魔物の躾くらいは見て欲しかったのだがな……」
「そういえば、この迷宮は、エルミードが作ったのかしら?」
「……いや、この迷宮自体は、元々この世界に存在したダンジョンなのだが、奴が外から強力な魔物達を連れてきて、今の形になったのだ。その結果、誰も攻略できなくなってしまったがな。だから、お前らが私の元まで来た時は驚いたよ。それに、あの娘もかなりの強さだったしな」
「ミールのことね。でも、あなたも実力を出しきれていなかったでしょう?」
「まあな。だが実際、彼女の力はかなりの物だった。私が戦いに集中できていても、恐らくは負けていただろうな」
俺達も戦いの内容には余り集中できなかったが、あの時のミールは相当な強さで、デーモンはかなり驚かされたらしい。
……勿論、それ以上にあの見た目に驚かされたという事を付け加えていたが。
――――――――
探索を終えた俺達は、次へと向かう。
8層は何も無いのでスルーし、その次の7層では、見覚えのあるモンスター達が俺達を出迎えてくれた。
「あら、サマナちゃんじゃない! 無事でよかった! あと、貴方は?」
「私はデーモン。一応、この迷宮の管理者だ」
そこに居たのは、この階層の守護者、アーマーナイトとブラッドローブ、そして、3層に居たはずのリラネラだ。
彼女はアーマーナイトに呼ばれ、傷付いた相棒の身体を縫い直して欲しいと頼まれたらしい。
というか、この二人生きてたのか……
ドロップが何も無かったのは、どうやら死んだふりをしていたからのようだ
「全く、先程はこっぴどくやられたぞ」
「他の連中はどうした?」
俺は彼らに事情を伝えた。
すると、リラネラは急に明るい表情を見せた。
「それじゃあ、私もサマナちゃんに協力してあげるわね」
「それは助かりますわ! そちらのお二人は?」
「我々は遠慮しておく」
「正直、足手まといになりそうだからな」
ところで、結局この二体は何かアイテムを持っているのだろうか?
気になるから確かめてみるか……
「アナライズ!」
「?」
どうやら、ナイトはアイテムを隠し持っているようだ。
俺はナイトの方に向き直る。
「ナイト、ちょっとジャンプしてみなさい」
「な、何故だ?」
「いいから」
ナイトの巨体が何度か飛び跳ねると、その隙間から何かが落ちてきた。
俺はそれを気付かれぬように素早く拾い、袋に仕舞った。
元々敵として戦った相手だ……これくらいはいいだろう。
「よし、行きましょう」
「なんだったんだ……?」
――――――――
6層の迷路では、相変わらずワームが跋扈していた。
こいつらにも中々手こずらされたな。
「こいつらは元からこの迷宮に生息していた魔物だな。この姿はまだ成長途中らしいが」
「確か、後二回くらい変身するのよね?」
マジか……あれがさらに成長するとは……
いったいどんな姿になるんだろうか?
一応、ワームが成体になるまではかなりの年月を要するようなので、
この迷宮で出会う心配は無かったようだが。
「サマナちゃん、危ないわ!」
「え?」
どうやら、いつの間にかワームが襲い掛かってきていたようだ。
だがワームはリラネラの糸で全身を巻きつけられ、身動きが取れなくなっている。
「サマナちゃん大丈夫? 私が守ってあげるからね!」
「あ、ありがとう、リラネラさん」
「そんなに過保護になる必要も無いのではないか? 彼女は我々よりもずっと強いのだからな」
「あら、そんな事は関係ないわ。私はサマナちゃんが好きなの!」
「そうか……」
話にならないと思ったのか、デーモンはすぐに引き下がった。
それにしても、何故彼女は俺の事をそんなに気に入ったのか。金髪ツインテールだからだろうか?
「ふふ、サマナちゃんって、本当は男の子なんでしょ?」
「え!? な、な、何故!?」
一体何故そんな事がわかるのか……!?
突然確信を突かれ、俺は動揺を隠す事が出来なかった。
その様子を見たリラネラは悪戯っぽく笑うと、こう答えた。
「うふふ、蜘蛛女の、勘♪」
な、なんじゃそれは……
「でもね、どんな姿だろうと関係ないのよ。あなたは今まで戦ったどの冒険者よりも優しかったもの。だから、好きよ、あなたのこと……」
「そ、そうなんですか……」
リラネラは俺の肩を優しく撫で、静かに語る。
なんだか……目がやばい。魔物の目をしている。
やばい、この人怖い……助けてデーモン……!
「ふむ、私にはよく分からん話だな。取りあえず、彼女は困っているようだぞ?」
「あ、いけないわ、私ったら……ごめんね? サマナちゃん」
「は、はぁ……」
ありがとうデーモン!
……それにしても、彼の案内のお陰で探索はかなり捗っている。
広大な迷路の構造を、デーモンは完璧に理解しているようで、一切迷うことなく道を進む事が出来た。
さて、充分探索もできたので、4層で少し休憩していくか。
休憩所に冒険者の姿は無かった。皆、諦めて帰ったのだろう。
俺は手に入れたアイテムを確認するため、その場に腰を下ろすと、そのすぐ横に見覚えのあるトカゲ男が座ってきた。
「よぉサマナ、無事に戻ってきたんだな……って、お前は!?」
「ゲラトーちゃん! また何か悪さしてないよね?」
「し、してねぇよ……ここ最近はずっと真面目にしてるぜ、俺は」
嘘を付くな追い剥ぎ。
「……で、もう迷宮は攻略したのか? 仲間はどうした? そのでかいのは誰だ?」
(でかいの……)
「……一辺に質問しないで」
面倒だが、俺はここまでの経緯をゲラトーに説明してやった。
「へぇ、お前やっぱり変わってんな。それなら爺さんと一緒に転移すればよかったのによ。ま、仕方ねぇから、俺も探索を手伝ってやろうか?」
「いや、もう殆ど終わったからいいですわ。それに、1層と2層は来た時に殆ど調べましたから」
……そう言ったにも拘わらず、ゲラトーは無理矢理付いてきた。
「コボルトどもは流石に出てこねぇな。まぁ、この迷宮のボスであるデーモンと、この俺様がいるんだから当然かね」
「あなただけなら、今頃三回は襲われてるでしょうね」
そういえば、リザードマンってこいつ以外に見たこと無いな。
本来リザードマンというのはこの辺に生息するモンスターではないのだろうか?
余り興味は無いが、一応聞いてみるか。
「ああ、俺の故郷の"竜の谷"には俺と同じようなリザードマンが一杯いるぞ。一度尋ねてみな。
俺がリザードマンの中でも飛びぬけてイケメンで、びっくりするぜ」
……こんなめんどくさいのが沢山居たら嫌だな。
というか、竜の谷って、お前トカゲだろう。
と、突っ込みたかったが、面倒くさいのでやめた。
――――――――
さて、ようやく1層まで辿りついた。しかし、そこで俺は見覚えのある物体を見た。
壁から緑色の液体が流れ落ちている……そう、スライムだ。
デーモンはスライムへ向けて手をかざすと、炎を放ち一瞬で焼き払ってしまった。
「まったく……エルミードの奴め、スライムは勝手に増えまくるというのに……」
やはりスライムもエルミードが放流したモンスターのようだ。
あの巨大スライムは冒険者や他のモンスターを喰らい、巨大化したものらしい。
恐ろしい話だ……
「ねぇ、サマナちゃん、あれ……」
「え、まさか……」
リラネラの言葉で背後に振り向くと、目の前にはなんと、見覚えのある巨大な粘液状の生物が居るではないか。いや、あの時よりも、さらにでかくなっている。しかし何故? 奴は確かに倒した筈では……
「……もしや、氷の魔法を使ったのでは無いか?」
「そ、そうですけど?」
「なんという事だ……」
デーモンの話によると、スライムは氷魔法で一時的に凍らせる事は出来るが、しばらくすると氷から水分を吸収し、さらに巨大化してしまうのだという。
ということは……もしかして、やってしまったのでは?
「おい、どうすんだよアレ……」
「だ、大丈夫! デーモンがなんとかしてくれる筈!」
「デーモンさん、がんばって!」
「……よしっ、皆よく聞け!」
……俺達はデーモンの指示通り、その場から逃げる事にした。
「ハァ……ここまでくればもう大丈夫」
巨大スライムから必死に逃げ続け、なんとか地上まで辿りついた。
流石にもう大丈夫だろう……
と、思っていたのだが、なんと、地下への階段から緑色の液体が溢れ出しているではないか。
そして……液体は巨大な固まりとなり、再びスライムとなって目の前に立ちふさがった。
「くそ……エルミードめ、とんでもない物を残していきおったな……」
「どうしようかしら……?」
まさかこんな所まで追って来るとは……だが、この場にいる全員で協力すれば、倒せない相手では無い筈だ。俺は皆に指示を出す。
まずはリラネラが糸を紡ぎ、俺が魔力で糸に氷の力を込める。
そして、冷気を帯びた糸でスライムの全身を巻きつけていく。
「デーモン、あなたの出番ですわ!」
続けて、デーモンが氷の魔法を放ち、スライムの動きをさらに鈍らせる。
「私の魔法でも、足止めが精一杯だが……」
「足止めが出来れば充分です! ゲラトー! 剣を貸しなさい!」
ゲラトーは俺の頼み方に不満を感じているようだったが、状況が状況なので素直にサーベルを手渡す。
俺は自らの剣と、受け取ったサーベルをそれぞれの手に持ち、それぞれに雷と炎の魔力を込めた。
「はぁぁっ!!」
雷の剣でスライムの巨体を氷ごと砕き、バラバラに砕け散った欠片を炎で焼き尽くしていく。
やがてスライムの液状の身体は一欠けらも残さず蒸発し、今度こそ完全に消え去った。
「すごいわサマナちゃん! よしよし」
「や、やめて……」
リラネラは俺の頭をわちゃわちゃと撫で回す。
ともあれ、なんとかスライムを倒す事が出来た。
まさか、最後にまたこいつと戦う事になるとは、あの時は思いもしなかったが。
――――――――
「サマナちゃん、元気でね」
「達者でな。今度会った時は味方である事を祈るよ」
「俺は、今度会ったときこそ決着をつけてやるからな!」
「……ええ。みんな、ありがとう!」
「なんだよおい、お前にそんな事言われると、なんか気持ちわりーな」
まったく、最後まで失礼な奴だな。
……遠くに見える彼らの姿にどこか懐かしさを覚えつつも、俺は町へと戻る。
またどこかで、彼らと出会う事もあるだろう。
――――――――
「くそっ! どこだ! どこに落とした!?
折角また新しいアイデアを思いついたのに……!
まぁ、無いものは仕方がない!! また新しいノートを買って来るか!!
フハハハハハハハ!!」




