第14話 †漆黒の堕天使†
美しい黒髪を地底の乾いた風に靡かせ、謎の少女は高らかに名乗りを上げる。
「私は、堕天使エルミード!! この迷宮の真の支配者だ!!
ククク、我が迷宮、楽しんで頂けたかな?」
この迷宮の真の支配者……やはり裏ボスか!?
堕天使と名乗った少女、エルミードは口元に僅かに笑みを浮かべ、その蒼い瞳から、突き刺すような視線をこちらへと向ける。
「貴様の力は私の予想以上だったぞ。流石は、神が目を付けるだけのことはあるな……
クゼ・ナオマサよ!」
「な、なに!?」
「誰それ?」
な、何故俺の本当の名前を? こいつは一体……
「フハハハハハハ!! 驚いたか? 私は元々、ある神に仕える天使だった。
そう、貴様を転生させた、あの神だ!!
だがな、私は愚かな神を見限り、堕天使として生まれ変わったのだ!!
そんな私の目的は! この世界を私の思い通りに動かし! 私がこの世界の神になる事!!
そして、その為には……神の使徒である貴様が邪魔だというわけだ!!」
エルミードは拳を握り締め、自信に満ちた表情で言い放つ。
……なんだか知らないが、勝手に全部教えてくれた。
「で、貴様はいつまで傍観しているつもりだ? ルドル」
「……フォッフォッフォ、やはり気付いておったか。久しぶりじゃのう、エルミードよ」
ルドル爺さんは俺達の目の前に立ち、なにやら愉快そうに笑い始めた。
その視線は冷たく、まるで人が変わったかのようだ……
「……フォッフォ! ルカとミールには、ここで退場してもらおうかの」
「な、なに!?」
「えっ!? ルドルさん……何を」
ルドルが二人を順に指差すと、一瞬にして二人の姿が消え去る。
一体何をしたんだ!? 俺は焦燥に駆られ、ルドルを問い詰める。
「ルドル、どういう事ですの?」
「フォッフォッフォ!! 最後まで、わしの正体に気付かなかったようじゃのう!!」
ルドルは怪しげに口元を歪ませ、俺をあざ笑うかのようにそう言った。
「まさか……貴方は!?」
「その通りじゃ!! わしは奴の仲間……」
ルドルはエルミードへ視線を送る。
まさか、爺さんが敵だったというのか!?
今までの事はすべて嘘で……ずっと俺達を騙し続けていたとでもいうのか……!?
「は? 何言ってんだジジイ? 貴様など仲間にするわけないだろうが!」
……え? どっち?
「ちょ、ちょっと」
「愚か者め!! 誰があのクソ神の兄である貴様などと手を組むか!!」
「いや、ちょ、ちょっと待て! もうバカ!! せっかく驚かせようと思ったのに、なんでそんなあっさり言うんじゃ!!」
エルミードは心底不愉快そうな顔をしてルドルを拒絶した。
これは、どういうことだ?
「騙されるなナオマサ! そのジジイは、貴様を転生させた神の兄だ!! 貴様を導く為に、冒険者としてずっと付いて来ていたのだ!!
その上、お前を裏切ったふりをして驚かせようとしているぞ!! あの二人は危険な目に合わせたくないから、冒険者ギルドに転移させただけだ!!」
「あーあ……」
衝撃の事実がエルミードの口からあっさりと語られる。
なるほどな……ルドルの爺さんは、あの神の兄だったのか……
恐らく、爺さんはこの事をいつ俺に話すか、ずっとワクワクしながら溜めていたのだろう。
そのチャンスを見事に台無しにされ、爺さんは物凄くしょぼくれた顔をしている。
「まったく……相変わらず、ジョークのわからん奴じゃな……」
「フン、私は貴様らの様な嘘つきではないからな」
えーっと、なんだか頭が混乱しているが、取りあえず爺さんは敵ではないという事は確かなようだ。
しかし、ルカとミールを町まで転移させたというのは、それだけ奴が危険だという事だろうか?
「サマナよ、騙してすまなかった。わしは、お主を転生させた神、"ドルム・グラン"の兄なのじゃよ。お主を導く為に、こうして冒険者として付いてきたのじゃ! 勿論、お主の味方じゃよ」
「知ってる」
俺の反応があまりに薄く、爺さんはしょんぼりしている。
そりゃ、さっき聞いたばっかりだからなぁ……
「……それで、ルドル爺、あのエルミードという奴はそれ程危険ですの?」
「先程の、魔晶を身に纏ったミールの力は凄まじい物じゃったが(殆ど見てなかったけど)、それでも、奴と戦うには危険じゃろうな。なにせ……今のあやつは、神にも匹敵する力を得ている。それに、恐ろしく空気が読めない……」
「フハハッ!! ルドルよ、これを見るがいい!!」
「な!? そ、それはまさか……!?」
俺達の会話を遮るように、エルミードが大声で叫ぶ。
その両手には、なにやら巨大な刃を持つ謎の武器が握られている。
その刀身には、無数の小さな刃がついており、それらは激しい音を立てながら、高速で回転している。
……というか、チェーンソーだこれ!!
「そう、魔剣・ゴッドスレイヤー! 貴様ら神を殺す為の武器よ!!」
「サ、サマナ……」
轟音と共に刃を激しく回転させ、一歩ずつこちらに近付いてくるエルミードに対し、ルドルは額から冷や汗を流し、じりじりと後退りしている。
「す、すまん……やっぱりわしも帰る!! サマナよ、なんとか頑張ってくれい!!!」
そう言い残し、ルドルは一瞬にしてその場から消え去ってしまった。
「あ、あの……クソジジイ……!」
「ふっ、どうやら見捨てられたようだな?」
なんという事だ……ルドルが逃げてしまい、未知の強敵と一対一で戦う事になってしまった。
何がお主を導くだ……あのジジイめ……
……だが! このくらいで怯むような俺では無い。むしろ、逆境にこそ燃えるというものよ!
例の魔晶憑装事件で忘れかけていたが、俺は真の力を覚醒させたのだ。
決意を新たに剣を握り締め、目の前の敵と対峙する。
見た目は普通の少女にしか見えないが、実際に向き合ってみるとよく分かる。
奴が、その身に途轍もない力を秘めているという事が……
エルミードは巨大な刃を下に傾け、腰を深く落とし、静かに構える。
「クク、今度の転生先は決まったか?」
「……その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
エルミードはニヤリと笑い、地面を激しく蹴りつけた。
黒衣の少女は巨大な武器を軽々と振るい、こちらへ猛進してくる。
「死ねぃ!! フォールス・フライデイ!!」
激しく回転を続ける刃が、一瞬にして眼前まで迫り来る。
その動きは、俺が予想していたよりも、ずっと速い……!
俺は素早く姿勢を低くし、かろうじて刃をかわした。
耳障りな轟音を伴い、刃が頭上を通り過ぎるのとほぼ同時に、俺は素早く身を逸らし、奴に側面から脚払いをかける。
「甘いぞ!!」
エルミードは高く跳躍してそれをあっさりとかわすと、こちらに目掛けて刃を傾け、急降下してくる。
何て無茶苦茶な動きだ……俺はその場から飛び退いて攻撃を逃れるが、狙いの外れた刃が地面に触れた瞬間、エルミードは瞬時に身体を回転させると、武器を振り上げ再び飛び掛ってきた。
「ちっ……」
「ハハハ!! どうした、逃げるだけか!?」
エルミードは回転する刃を何度も地面に振り下ろし、何度回避しようとも、化け物じみた動きで猛追してくる。
あんなものを剣で受け止めるのは、流石に危険すぎる……
やはり、まずはあの武器をなんとかするしかないか……
俺は指先に意識を集中し、魔力を研ぎ澄ます。
「……電魔法!」
「なにっ……!」
俺は奴の武器を目掛け、指先から一筋の雷撃を放つ。
放たれた雷撃は、真っ直ぐに魔剣の動力部分を貫き、刃の回転がゆっくりと止まっていく……
初めての試みだったが、なんとか上手く行ったようだ。
「なるほど、あのジジイよりも魔力のコントロールが上手いではないか……」
するとエルミードは、機能が停止した得物をあっさりと投げ捨て、こちらを真っ直ぐに見据えた。
「……いいだろう。遊びは終わりだ」
――その言葉と共に、エルミードの背には漆黒の翼が現れ、その頭上には、黒く染まった光輪が浮かんでいる。
そして……蒼い左目を指先で覆い隠し、紅く染まった右目から鋭い眼光を放つ。
「……堕天使の真の力を見せてやろう」
こ、この人、完全に拗らせてる……




