第13話 エロイムエッサイム
「全く、どこがレッサーなの!?」
「フォッフォ、それだけドラゴンが強大な存在だという事じゃ。
それに、お主もよく戦っておるではないか!」
ルドルが雷撃でドラゴンを怯ませている僅かな隙に、俺はドラゴンの背後に回りこみ、尻尾を剣で両断する。
「一応、ボクも攻撃してみるか……」
ルカは少々控えめにダガーを振るうが、案の定ドラゴンの分厚い鱗に阻まれ、傷一つ付けることが出来ない。
「あー、駄目だこりゃ」
「はいはい、休んでなさい!」
やっぱり、という表情でルカはこちらを見つめている。
大丈夫だ。最初から期待はしていない……
「爺、氷!」
「ほいほい。まったく、ジジイ使いが荒いのう!」
ドラゴンが口を開いたタイミングに合わせ、ルドルは冷気を放つ。
すると、ドラゴンの頭部が完全に凍りつく。
「レッサードラゴンは常に高い体温を保っておるが、炎を吐き出すその瞬間だけは、全身の熱を体内の発熱器官に集中させる為、他の部分の温度が下がる。
だから、この時なら魔法で凍りつかせる事が出来るという訳じゃな」
俺はそのままドラゴンの身体を斬り付け、止めを刺した。
「ふー……」
「おっと、休んでいる暇は無いぞ?」
「わかってますわ! ミール!」
「は、はい!」
俺は地図を確認する。当然、まだこの部屋しか記されていない。
とりあえず、今倒したドラゴンが来た方向へ進む事にした。
……暫くまっすぐに道を進んでいくが、新手は現れない。
流石に、ワームより出現頻度は少ないようだな。
と、俺はそう思ってすっかり油断していた。
「熱っ!?」
「うわぁっ!! だ、大丈夫!?」
その時、突然右半身に熱さを感じた。
右を振り向くと、通路の先で、ドラゴンが口を開き、こちらを見ている。
……うん? という事は、奴は今、炎を吐いたのか?
それなのに、この程度なのか?
……いや、よく考えてみれば、これはゲームに近い世界なんだった。
そう考えれば、確かにこれくらいのダメージが自然かもしれない。
……そうだった! これはゲームなんだ! そう思うと、急に力が湧いてきた。
腰から剣を抜き去り、俺はドラゴンの元へと疾走する。
「はぁぁっ!!」
俺は一瞬にしてドラゴンを三度斬り付け、その身を三つに裂いた。
「おほほほ! ゲームなら、わたくしの独壇場じゃない!!
さ、あなた達!! 着いてきなさい!!」
ハイになった俺は、迷宮を全力疾走する。
仲間達は困惑しながらも、俺の後を必死に追走する。
「サマナさん、ど、どうしちゃったんでしょう……」
「どうやら、秘めていた力が覚醒したようじゃな」
「別に、ボクはいつも通りだと思うけどね……」
そうだ……俺は今まで慎重になりすぎていた。
ギルドでプレイヤー連中を説教したにも拘らず、俺自身、忘れかけていた。
これはゲームなんだ。ゲームなら……俺は……
「……わたくしは、最強でなければならない!!」
最早無双状態でドラゴンを切り捨てながら、俺は迷宮を駆け抜け、あっという間に階段へ辿り着いた。
「恐らく、この下が最下層……」
「え、どうしてわかんの!?」
「勘ですわ!!」
俺は自信満々に言い放つ。ルカは呆れているが、俺の勘は、経験に基づく確かなものだ。
……というか、キリがいいから多分10層で最後だろう。
そして、やはり俺の勘は正しかった。10層はまさに、ラスボスの間に相応しい豪華な内装が施された部屋で、その中央に存在する玉座には、巨大な黒い身体に、翼とツノを持つ悪魔の姿があった。
「ククク……よくぞ辿りついた。私はデーモン。ここまで来たのは、貴様らが始めてだ……」
デーモンはテンプレな台詞を吐きながら、こちらをじっと見据えている。
「御託はいいですわ。丁度、私は勢いに乗ってますの」
俺は剣を握ったまま、一歩前に進む。
「待ってください!!」
……突然、俺を制止するかのように、背後でミールが叫ぶ。
その瞳には、何やら決意めいた意思が秘められているようだ。
「私、ここまで……殆ど守ってもらってばかりでした。だから……
ここは、私に任せてください」
彼女が戦う……? 俺は不安を感じたが、その熱意に押され、一旦引き下がる。
「無茶じゃ! ミール、お主が戦うなど……」
「大丈夫……私の、本当の力をお見せします。
そして、今度は私が皆さんをお守りします」
そう言うと、ミールは両手をかざし、魔力を集中させる。
すると……青白い半透明の結晶が作り出された。
「な、なんじゃと……お主まさか、魔晶術師か!?」
「……はい」
魔晶術師!?
……まさかここに来て、新たに謎の単語が登場するとは。
「でも、私は魔晶術師の中でもさらに特殊な存在。
魔晶石をその身に纏う唯一の術師……」
「ぬぅっ!?」
「こ、これは……」
ミールの全身が青白い光に包まれる。
その場に居る誰もが、その眩さに目を奪われた。
「魔晶憑装!!」
ミールは魔晶石をその身に纏い、マントを翻す。
その姿は……
(な、なんだあの格好……)
(エロい……)
(エロ過ぎる……)
「ハァハァ……」
……悲しいかな、本人は至ってシリアスなのだが、その姿が余りにエロすぎて、皆目のやり場に困ってしまっている。
敵であるデーモンでさえ、かなり困惑した様子で、目線が泳いでいる。
それにしても、アーマー……アーマーかなあれ? どっちかって言うとビキニ……いや、前張り?
少なくとも、アーマーでは無いと思う。
「おい貴様! なんだその格好は!?」
「これは私の一族に伝わる魔術、魔晶術! この力で創り出した魔晶石を自らの体に纏う事ができるのは、一族でも私だけ……」
いや、多分そういう事を聞いているんじゃないと思う。
「あ、あのさ、ミール……」
「大丈夫! 私が皆さんをお守りします!」ブルンブルン
ミールはこちらに振り向き、微笑みながら優しくそう言った。
「本当は、この力は使ってはいけないと言われていたんです……でも、この力を使えば、私をパーティに誘ってくれたあの人達を死なせる事は無かった……
だから、私はもう後悔したくない! サマナさん達は、私が絶対に守ります!!」
ミール……
……いや、駄目だ! 正直、その真面目な雰囲気には付き合えない……
その格好でそんな真面目なセリフを言われても……
「行きます!!」
「く、く、くるかっ……!?」
ミールは天高く跳躍し、指先から白い閃光を放つ。
いや、それどころじゃない。飛んだときに、胸が凄い事になっている。
「ぐおっ!?」
閃光によってデーモンは脚を貫かれ、怯んだ様子を見せる。
すぐに魔法によって傷を再生させるが、明らかに動揺している。
だって……半端じゃない揺れ方してるし……
「はっ!」
ミールは素早く宙を飛び交いながら、デーモンを蹴りつける……
……もう駄目だ!! 見てられない。
蹴りとかするとほぼ見えてるし……
なんでハイキックとかするんだよ……やめろよ……
「ハァハァ……」
ジジイは、もう戦いの内容とかどうでもよくなっているようだ。
ルカは……どうしよう? とでも言いたそうに、なんとも言えない微妙な表情でこちらをじっと見ている。
やめろ……そんな目でみるな! 俺もどんな反応すればいいかわからないんだ……
「止めです! 魔晶剣……」
「ぐわああああ!! ヤ、ヤラレチャッター!!」
デーモンは明らかに攻撃を受ける前にそう叫び、大げさに倒れこむ。
間違いなく演技だが、突っ込む気にはなれない。
「…………」
ミールは倒れたデーモンをじっと見つめている。
頼む、気付かないでくれ……
「……デーモン」
「……!?」
がんばれデーモン……耐えろ……!
「手ごわい相手でした……」
よし……セーフだ……
デーモンは倒れたまま、こちらに向かって小さくガッツポーズを取る。
そして、気付かれないように、俺もそれに応える。
お前はよくやった。休んでいてくれ。
「皆さん、大丈夫ですか!?」ブルンブルン
おい、誰か言ってくれよ……ルカ、お前言えよ……いつもみたいに……
「いや、いや、す、すごいね! あんな魔法つかえたんだネ!! あは……」
このいくじなし……! 見損なったぞ!!
「ミールよ……」
「はい?」
「な、なんでもない……」
ジ、ジジイ……あのエロジジイでさえ、何も言えないとは……
クソ……やはり俺が言うしかないのか……
「あ、あの……前、隠した方がいいのでは?」
「大丈夫です! 今は裸じゃありませんから!!」
何言ってんだこいつ……超やべえ……
「でも、確かにこの鎧はもう必要ありませんよね。
そうしたら私、また裸になっちゃいますからね……えへへ」
そう言って、ミールは恥ずかしそうに笑みを浮かべ、マントで身を隠す。
既にかなり恥ずかしい状態だったと思うのだが……
……折角迷宮を制覇したというのに、なんとも複雑な気持ちになってしまった。
あれ、俺ついさっきまで、すごいハイテンションだった気がしたんだけど……
「フ……デーモンがやられたか。だが、そいつは所詮私の部下に過ぎん」
その時! 突然謎の声が周囲に響き渡った。
そして……空間が歪み、目の前に謎の少女が現れる。
間違いない……この声は、以前5層で聞いたあの声だ!
つまり、奴が裏ボスだという事か……!?
まだ終わりじゃ無いってことだよな!?
俺は、今だに死んだふりをしているデーモンをじっと見つめる。
すると、彼はごろごろと転がりながら、素早く玉座の裏に隠れてしまった。




