第12話 灼熱の炎
8層は再び迷宮のフロアだった。だが、ワームの迷路程複雑な構造では無さそうだ。
それに、モンスターの姿も見当たらない。
「これなら宝探しに集中できるね!」
「そうね。でも、油断しちゃだめよ?」
(ククク……その通りだ。第8層は、この俺様、ストーカーのテリトリーよ。
奴らが少しでも隙を見せれば、このナイフで背後から仕留めてやるぜ……)
……やはり、周囲に敵は存在しないようだ。
ルカは完全に油断しきっている。しきりに周囲の様子を伺っているが、それは宝を探しているだけだ。
ルカだけでは無い。ルドルの爺さんも、大きな欠伸をしながらタラタラと歩いている。
だが俺は、どうにも違和感がぬぐえなかった。
(あの金髪のガキと魔女は中々油断を見せんな。
だが、まあいい……俺は連中が絶対に油断する瞬間を知っているからな……)
「あ、宝箱だ!」
ルカは宝箱を発見し、すぐに駆け寄る。
だが、中身は空だった。
(ククククク、馬鹿め。ここの宝箱は殆どダミーさ。油断を誘うには、良いアイテムを見つけさせて興奮させるよりも、ひたすら退屈にさせるのが一番だからな……)
「げ……これも空じゃん……」
「うむ……何の為にあるのかよくわからん階層じゃな」
「んー、なんか白けちゃったな。もう行こうよ」
確かに、これ以上この階に居ても、余り意味は無いかもしれない。
俺はミールの持っている地図を確認した。やはりそれ程広いフロアでは無さそうだ。
警戒を解き、俺はパーティの一番後ろで、ゆっくりと歩く。
「あの……」
「わかっていますわ」
(ククッ……もう少しだ! もう少しで、最大のチャンスが訪れる!
さあ、何人殺れるかな? ま、別に俺が全員倒す必要はねえ。できるだけ戦力を削るのが役目だからな。何人か殺ったらすぐ逃げちまえば良い。楽な仕事だぜ……ククク)
結局、何も現れないまま階段まで辿り着いてしまった。
全く、退屈な階だった。さっさと次へ進もう。
(今だ!! 次の階への階段を下りる瞬間……
これが最大のチャンスだ! 死ね!!)
「え?」
「気は済んだかしら?」
「げ……馬鹿な……なんで……」
空を切ったかのように見えた俺の剣は、空中で制止し、確かに何者かを捉えていた。
……透明な何者かは、震える声でその疑問を口にする。
「あの、ごめんなさい。私、気配を感じたから……」
「というか……そんなに殺気がだだ漏れじゃあ、暗殺者としては半人前ですわね」
「くっ、くそっ……ぐふっ」
断末魔と共に、剣が空中から振り落とされた。
どうやら、何者かは消滅したようだ。
結局、彼がどういう姿をしていたのかはわからなかったが、去り際に宝箱を落としてくれたようだ。
「おっ! 宝箱だ! また空じゃないよね?」
ルカは宝箱を調べる。どうやら罠は仕掛けられていないらしい。
鍵も掛かっておらず、蓋を押し上げるとあっさりとそれは開かれた。
「えっと、何これ? 木の実?」
中に入っていたのは、掌サイズの小さな木の実だった。
「ほほう、これは透過の木の実じゃな。これを食べると、1時間だけ透明になれるのじゃ」
なるほど、なんともそのままなネーミングだな。
しかし、いつか役に立つときが来そうだ。大事に取っておこう。
「でもさ、この宝箱どこから出てきたんだろ?」
「さぁのう?」
……もしこいつらだけなら、絶対に背後から攻撃されていただろう。
俺達はそのまま階段を下り、9層へと辿り着く。
そこは開けた空間で、周囲は十字型に通路が伸びている。
だが、一歩足をそこへ踏み入れた瞬間、異様な熱気を感じた。
「何か来る!」
「え?」
突然、右側の通路から火球が飛来してくる。
それは、ブラッドローブの魔弾よりもさらに一回り程大きい。
俺は咄嗟に剣を振るい、火球を両断するも、残った熱が周囲を包み込む。
「こ、これは一体……」
「あれよ!!」
俺が指差す先には、巨大なトカゲのような姿の魔物が佇んでいる。
「あれはもしかして……ドラゴン!?」
「いや、あれは"レッサードラゴン"じゃな。ドラゴンの中でも比較的小型で、翼を持たぬものじゃ。だがその代わり、地上での戦闘に特化しておる……」
ドラゴンは再び口を大きく開き、火球を吐き出す。
熱気と共に猛烈な勢いで飛来する火球をかわし、俺達は壁端に逃げ込む。
「お、おっかねぇ……!」
「ど、どうすればいいんでしょう!?」
「うむ、ここは……」
再びルドルの言葉を遮るように、激しい足音が鳴り響く。
それからすぐに、ドラゴンは通路から顔を出し、ゆっくりと首をこちらへと傾ける。
「うわあああ!!」
「やるしかない……!」
……俺は意を決し、剣を構える。
迫り来るドラゴンの火球を、氷の剣で受け止め、その眼前に目掛けて飛び込む。
ドラゴンは巨腕を振るい、鋭い爪で迎撃を図るが、俺は空中で素早く壁を蹴り、その上を飛び越える。
そして、ドラゴンの背中に降り立ち、剣を突きたてる。
「グオオオオオ!!」
ドラゴンは怒りで咆哮を上げる。奴が暴れだす前に、俺はすかさず背中を蹴って跳躍し、一気に剣を引き抜く。
さらにそのまま勢いをつけて身体を捻らせ、首筋を後ろから切り裂いた。
「す、すげー……」
「がんばってください!」
「もう一息じゃ! パワーを剣に!」
……彼らはどうやら見ているだけのようだ。
俺は剣を持ち直し、渾身の力を込め、先程とは逆向きに首を斬り付ける。
ついにドラゴンの首が切断され、その巨体は地響きを立てて崩れ落ち、消滅した。
「うむ。よくやったわい」
「流石だね!」
「すごいです!」
「……あなた達は見てるだけだったから楽でしょうね」
「へへ、でもこれで次の階へ進めるでしょ?」
いや……恐らく奴は……
俺がその言葉を紡ぐよりも早く、巨大な影がゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「え、まさか……」
「どうやら、そのまさかのようね……」
俺達の眼前には、再びドラゴンが立ちふさがっていた。
加えて、そいつは先程の個体よりも、さらに一回り程大きい。
「あいつって、もしかして……」
「ええ。雑魚モンスターですわ」
ドラゴンの巨大な顎を眼前にして、俺は再び剣を強く握り締める……




