第10話 ぐらぐらボーイズ
「サマナちゃん、また遊びに来てね? それと、ここから先は本当に危険だから、どうか気をつけて。もし途中で怖くなったら……いつでも戻ってきてもいいのよ?」
「ありがとう! でも大丈夫。完全制覇して、帰りにまた来ますわ!」
「ふふ、楽しみにしているわ」
リラネラは穏やかな笑みを浮かべながら、こちらに手を振っている。
彼女に見送られながら、階段を降りてゆくと……妙に広い道が広がっていた。
そして、その遠方には、巨大なミミズのような化け物が佇んでいる。
化け物は、鋭い牙がびっしりと生えた口を大きく開き、おぞましい呻き声を上げる。
その姿は、まるで侵入者を待ち構えているかのようだ。
「うぇぇ、なんだあれ……!」
「なんでしょう……? ひっ!?」
巨大ミミズ……ワームはこちらに気付き、猛烈な勢いで突進してきた。
足が無いとは思えないほど、その動きは素早い。
その体は、いわば全身が筋肉の塊であり、それを波の様にうねらせ、フルに稼動させる事で、あの恐るべき速度を出しているのだ。
「ほれっ!」
ルドルは炎と氷の魔法を行使し、巨大な二つの壁を作り出す。
が、ワームは氷の壁をあっさり突き破り、炎を物ともせず突っ込んでくる。
「こ、これは参ったのう……」
やはり、迎え撃つ他無い。俺は高く跳躍し、空中で、猛進するワームの姿を捉えた。
そして、そのまま剣を振り下ろし、奴の上部に突き刺す。
「ギュアアアアアアアア!!!!」
地の底から響くような、不気味な叫び声を放ち、ワームはのた打ち回る。
なんとか振り落とされぬよう、剣を引き抜き、魔力を込めて、もう一度切り裂く。
ドス黒い血が噴出し、周囲を染め上げる。ようやくワームは動かなくなり、消滅した。
なるほど……リラネラが言っていたのは、こういう事か。
だが俺は、ここまで来て引き返したりはしない。
それは仲間達も、きっと同じ……
「こ、怖かったですね……あ、あんなのが、沢山いるんでしょうか……? こ、こわい……」
「わしの呪文が通用しないとは、のう……」
「あのさ、サマナ、ちょっとさ、ちょっとだけ、一旦戻らない?」
「貴様ら!!!!」
「…………」
「……行きますわよ?」
「はい……」
「わかったぞい」
「お、おっけー」
よし、オーケーだ。行こう。
……それにしても、このエリアはかなり複雑な構造になっているようだ。
幾つも分かれ道があり、一つ一つの道幅がかなり広い。
ミールの魔法が無ければ、マッピングにもかなり骨が折れただろう。
さらに、もう一つ、このエリアには恐るべき事があった。
「ま、また来ました!」
ミールがそう叫んでから数秒、壁が轟音とともに破壊され、ワームが飛び出してくる。
奴らはこのダンジョンの壁を突き破り、どこにでも現れる。
いつ、どこから襲ってくるかわからないという事だ。
ミールの魔法によって探知しなければ、非常に危険だったと言える。
さらに、ワームには魔法が殆ど通用しない。
分厚い皮膚は熱も、冷気も通さず、風の刃も受け止め、絶縁体であり電撃すらも通さない。
聖属性と闇属性なら辛うじてダメージを与える事が出来るが、特効と言うほどではない。
俺は剣に聖属性の光を纏わせ、素早くワームの腹を斬り付けた。
ワームはダメージを受けるとさらに激しく暴れ、全身を鞭のように振り回す。
この攻撃により、俺はこの世界で初めてダメージを受けた。
腕に走る鈍い痛みを抑えながら、奴に止めを刺すべく両手で剣を振るう。
これで、ようやく1体を倒す事が出来た。
「はい、お疲れ様!」
俺はルカからHPポーションを受け取り、一気に飲み干す。
不思議なもので、これを飲むとすぐに傷が癒える。
今までで一番、ゲームの登場人物の気持ちがわかる瞬間だ。
「しかし、参ったのう。魔法が殆ど通用しないのでは、わしの出番が無いではないか」
「ボクのダガーじゃ傷一つ付けられないし……」
そう、正直言って、結構不味い状況だ。ここは、急いで次の階層へ進みたいが……
ミールの地図を確認し、襲撃を警戒しながらも足早に進む。
しかし、迷宮の構造は複雑であり、巡り巡って、結局同じ道に出てしまったり、行き止まりに当たる等、どうにも一筋縄ではいかないようだ。
「ふむ、これは参ったのう」
「かなり複雑な構造になってるみたいですね……あっ、またワームが来ます!!」
道に迷い続けていると、またもワームがこちらに迫ってくる。
面白い……こんな時こそ、燃えてくるという物だ。
「はっ――!!」
壁をぶち破り現れるワームを、俺は、気合と共に一閃する。
ワームの体は真っ二つに切り裂かれ、あっさりと消滅した。
「す、すげー……」
「ハァ……でも、かなり魔力を使ってしまいましたわ。MPポーションを」
俺はMPポーションをルカから受け取る。
が、妙に数が少ない。まさか……
「ご、ごめん……喉渇いちゃって……」
「HPの方を飲めといったでしょう!?」
「いやさ、こっちはどんな味なのかなって……飲んでみたら、結構おいしいんだよね、これ」
まったくあきれた奴だ……仕方ない。残っているのは10数本か。
どれ……飲んでみるか。
……うまい。なんだこれは。
なんとも表現しがたいが、強いて例えるなら、様々な果実の良い所だけを、幾つも混ぜ合わせたような味がする。
HPの方は、うっすい栄養ドリンクみたいな味だったのに。何故こんなに違うのか……
……俺は、それ以上ルカを咎められなくなってしまった。
魔力は回復した。最早言う事もない。ただ無言で突き進むのみ。
無言、そして無心で歩いていると、沈黙を破るように、激しい音が周囲に響き渡る。
だが、壁が破壊される音では無い。悲鳴だ。ここまで辿り着いた冒険者は殆ど居ないと思われる。
つまり、この声の主は……
「う、うわあああ!! 化け物め! 来るな!!」
やはり、ギルドで出会ったあの男だ。その傍らに仲間はおらず、ただ独りワームと対峙している。
だが、全身が震え、腰も完全に引けている。彼は俺達に気付くことなく、必死でワームに剣を突き立てる。
「うわあああ!!」
剣がワームの体を貫き、ワームは痛みと怒りでさらに暴れ狂う。
不味い、このままでは、彼は間違いなくやられてしまう。
だが、今声を掛けるのは逆効果だ。余所見をしている間に、ワームに食い殺されてしまうだろう。
俺は出来るだけ気配を隠し、足音を立てず彼の元に走りよる。
だが――その時、何者かの声が空間全体に響く。
「おい小娘……折角良い所だと言うのに、邪魔をするな!!」
全ての者が、その声に注意を奪われた。ただ、暴れ狂うワームだけを覗いて。
――遅かった。ワームは一瞬で彼を丸呑みにし、満足した様子でその場から去っていった。
「そ、そんな……」
「今の声はなんだったんだろう……?」
まさか今の声は、この迷宮を支配する悪魔の物だろうか?
いや、だがあの声からは……畏怖と、妙な安心感を感じた。
悪魔というよりは、まるで聖者のような……不気味ながらも、どこか荘厳さを感じる声だった。
……一つだけ言えるのは、"奴"は間違いなく敵であるという事。
そして、俺達は奴に監視されていると思われる。
この迷宮にいる間は、決して気を抜く事はできないだろう。
何れにせよ、今はただ進むしかない。
「ま、また来ます! 今度は……二体です!!」
「げ! 二体!?」
思考を遮るかのように、激しい地響きが起こり、ワームが近付いてくる音が聞こえる。
二体のワームは、壁の同じ箇所を突き破って同時に現れ、お互いに激しく衝突しつつ、波の様にうねりながら襲い来る。
いや、待て……同時に出現した二体のワームを見て、俺はある事に気が付いた。が……
「……まずは、こいつらを片付けないとね!」
俺は剣に魔力を込める。しかし、属性を宿さない、純粋な魔力だけを、剣に集中させていく。
(な、なんと……まさか魔法剣を発動させるとは……それも、自力で思いつくとはのう……)
そこからは、まるで体が自動的に動いているかのようだった。
俺は走りながら剣を構え、大きく開かれたワームの口を横向きに切り裂き、さらに踏み込んで腹を袈裟切りにする。
そして、そのまま左に目を向け、もう一体のワームを確認する。
ワームは体を弓の様に撓らせ、そのまま叩きつけようとしていた。
……好都合だ。俺は奴の腹の下に潜り込み、その体に剣を突きたてる。
「グギギュゥアアァアアァァア!!!!」
悲鳴の様にも聞こえるおぞましい叫びを聞きながら、俺は剣を滑らせ、ワームの体を引き裂いていく。
キン、音を立て、刃が着地すると同時に、二つに裂かれた肉塊は崩れ落ち、消滅した。
……全身がワームの血塗れになってしまったが、ワーム本体が消滅すると同時に、俺の全身や、周囲を黒く染め上げていた返り血も、全て消え去った。
周囲に漂っていた、血生臭い匂いさえも完全に消えている。
「す、すげぇ……」
一瞬の出来事に、ルカは感嘆の声を上げる。
正直、引かれたらどうしようかと思った。
「ミール、ちょっと地図を貸していただけるかしら?」
「あ、は、はい」
俺は自信満々に言い放った。最早、自分でも完璧なお嬢様だと思う。
地図を受け取り、自らの予想と照らし合わせると……
……やはり、思った通りだった。
「わかりましたわ。やはりこの階層は、四角形の巨大な空間に、幾つも壁が張り巡らされ、迷路のような構造になっている。そして……」
そして……ワーム達は冒険者を発見すると壁を突き破り、どこからでも襲撃してくる。
なら、奴らはこの迷宮内に何体程存在するのか? 答えは、無限に存在する。
正確に言えば、無限に自然発生しているのだ。
以前俺は、オーク砦で何度も同じ場所を行き来し、オークと何度もエンカウントし続けた。
この迷宮も同じなのだ。所謂雑魚モンスターは、どれだけ倒しても一定時間で何度でも出現する。
そう、正にゲームのように。だから、一定の間隔で奴らは何度も現れる。
「では……彼らは一体、どこから沸き続けてるんでしょうか?」
そう、重要なのはそこだ。ワーム達はダンジョンのどこかで自然発生している。
俺は、その発生場所は一つだと思っていた。それは、今まで現れた全てのワームは、同じ方向から来ているからだ。
改めてミールの地図と、ワームの襲撃場所を照らし合わせると、ワームは常に壁を三箇所破壊して現れている。
恐らく、これがワームの索敵範囲なのだろう。壁三枚分程度の距離に冒険者を見つけると、壁を突き破り、襲撃する。
そして破壊された跡は全て、この階層の入り口の、間逆の方向へと繋ぐ事が出来る。
もし複数の発生点があるのなら、こうはならない。奴らは入り口側からも襲ってくるだろうし、元を辿ると、行き止まりに当たる事だってある筈だ。
そして場所によっては、入り口や誰も立ち寄らないような部分にワームが密集する可能性もあるが、それではゲームバランスが悪すぎる。設計上、避けなければならないだろう。
……つまり発生点は、入り口から離れた逆の方向に、一箇所。仮に複数だったとしても、ある程度密集している筈だ。一点で、入り口に敵が密集せず、全体に行き渡らせるには……
「奴らの発生点は……この階層の出口周辺ですわ!!」
「な、なんだってー!?」
そう。出口付近に発生点を配置すれば、そこから進んでいくワームと、出口を目指して進む冒険者とを、確実に出会わせる事が出来る。
そして!! これがわかれば、やるべき事は一つ!!!!
「はぁぁっ!!」
「グギャアアアアアア!!」
俺はワームを一刀両断し、奴が開けた壁を進む。
そして、剣を構えたまま、その場に佇む。
「ま、まさか……」
「よくやるわい……」
「グギャアアアアアア!!」
「次!!」
最早、奴らを倒すコツは掴んだ。次から次、流れ作業の如くワームを両断していく。
後は破壊の跡を辿るだけだ。
勿論、ミールにドロップの魔法をかけてもらい、ドロップの回収はルカに任せてある。
「えっと、これは……ワームの牙か……で、これは、皮か……気持ち悪いな」
倒しては進み、進んでは倒す。
その繰り返しの果て、ついに階段へ辿り着いた!
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「す、すげー……ほんとに階段まで着いちゃった……」
「サマナさんって、すごいですね……色んな意味で……」
「まったくじゃ。正気の沙汰とは思えんわい」
褒められてるのか、引かれてるのかわからない……実際、自分でもかなりの力技だったとは思う。
神が『ズルをするな!』と言っている声が聞こえた気がしたが、プレイヤーに気付かれる欠陥があるほうが悪い! と言い返してやりたい。
ともかく、これで第5層も突破だ。




