彼の澄んだ声は…!
タツザクラ。
私はそう名乗った人を覚えていた。
そして彼に自ら自分の名前を教えたことも。
もう今ではあの人の顔すら思い出せないのに、どうして、どうして、彼のあの澄んだ声だけは覚えていたのだろう?
「覚えて、ない、よな…」
少し、迷った。
この人に『覚えている』と伝えるか。
もし『覚えていない』と答えれば、すぐに解放してくれるだろう。
しかし、私は言った。
「…覚えてるよ、お兄ちゃん」
"お兄ちゃん"は「へっ?」と間抜けな声をあげ、嬉しさと悲しさが混じったような顔をした。
「なぁ、ゆか」
「なに?」
「私のことは『竜桜』とよんでくれ」
お兄ちゃんではなぜいけないのだろうか?
彼はその私の疑問が分かったかのように笑った。
「示しがつかないだろう?私の仲間に」
「へぇ、竜桜に仲間なんているんだ♪」
竜桜っていう響きは結構好き。
なんだか自分を呼んでるみたいで不思議だけど。
「ゆかぁ~!どこにいる!?おい!ゆかー!」
漣だ。
「おっと、彼氏くんのお出ましか。…じゃあな!ゆか!」
あれ?今話し方が変わった…。
「ゆか!なんでんなとこいるんだ!?お前の為に来てやったってのに…」
「あ、あのね!昔ここで会った人に会ったの!」
「どこにいるんだよ?そいつ」
私がパッと振り向くと、そこには誰も居なかった。
「あ、あれ?さっきまで確かに竜桜が…」
「タツザクラ?お前、自分のこと呼んでんのか?」
そのあと、色々漣が言ってきたけど、どれも頭に入ってこなかった。
竜桜は一体、どこへ…。