マスター、ブレンドひとつ!
7.ナイン・エンタープライズ 極東支部、松代技術研究所
ヘリから降りた俺の目の前に広がる地下空間はまるっきりSFの世界だった。
先が見えないくらい長く続く地下壕に、さっき見た白いカブトムシみなたいなロボットやカーキ色の装甲車がずらっと並んでいる、自動車メーカーの工場にあるような工業用ロボット達がウインウインと何かの作業をしている。
うむ、これに似た風景を地球にエイリアンが攻めてくる映画で見たことがある、たしかエリア51だったか?
呆然としていると内海さんが「着いてきて」と奥の方に歩いて行ってしまう。
置いてかれそうになって慌てて歩き出すが、現実感がすっごい薄い空間だな、ここ本当に松代だよな?
「内海さん、ここって一体なんの施設なんですか?」
「あぅ、こ、ここはだね黒崎くん。ナイン・エンタープライズ 極東支部、松代技術研究所の兵器開発部だよ」
内海さんは頬を赤らめながら早口で説明してくれた、兵器開発?
「太平洋戦争の時掘った松代大本営を拡張して建設したんだけど結構広いから迷わないでね、て、手つなごうか?」
「へ、兵器開発ですか!?」
「あ〜、その辺は後で説明するよ。とりあえず話をつけなきゃいけない人がいるからそっちが先ね」
内海さんが空いた手をプラプラさせながら寂しげに歩いていく。何で?
「あぁ、ここ、ここ。ちょっとここで待っててね」
整備主任室のプレートが掛かったドアの前で立ち止まると、内海さんがバーンと勢い良く開けて中に入って行く。
こらこらノックはどうした、社会人。
ー松代研究所整備主任 松井繁ー
午後9:00、松代研究所試作室。
研究所の整備主任である松井繁(48歳)はとってもダンディーなおじさまである、研究所の作業用のつなぎを着ていなければ、喫茶店のマスターなんかどハマりだろう。中肉中背、ロマンスグレーの髪に口ひげが大層似合っており研究所の女性陣にはイケメンの山崎課長と人気を二分するほどファンが多い。
そんなダンディなおじさまは本日の仕事を終え工具の手入れをしながらコーヒーを飲んでいた。
その時廊下からちんちくりんな声が聞こえてきたかと思うと部屋のドアが勢いよく開かれる。
「まぁ~ついさん、松井主任♥」
ニコニコといかにも私、今とっても気分がいいんですと言わんばかりの笑顔で、ここの所長である内海の嬢ちゃんがスキップしながら擦り寄ってきた。瞬間、また厄介事を持ってきた事を悟る。
「何だい、嬢ちゃん今度は何拾ってきたんだ?」
この嬢ちゃんは時々古いバイクを仕入れてきては研究所の倉庫に勝手に放り込んで積んでいく、忙しいくせに自分で整備、いや違うな、作り直そうとするので結構な台数が積みバイクとして研究所の倉庫を圧迫している。さすがに私用で倉庫を使うことに罪悪感があるのか、そうゆう時はニコニコと笑顔でごまかすようにお願いしてくる。
しかし何時もより輪をかけて機嫌がいいな、相当嫌な予感がすんぞこりゃ。
「う~んとね。NSR50」
「NSR50?…それなら前にも仕入れて積みバイクになってなかったか?」
「あれはまだシリンダーもピストンも作ってないから組めないんだよ~」
「嬢ちゃんだけだぞ、金属の塊から削り出しでエンジン作り直すの。そんなことやってるから積みバイクが増えてくんだ!素直にメーカー純正パーツ使えよ」
「えーっ!材質も精度も完璧にしたいんだよ、私は!」
「ネジ1本から作り直してたら、もうそんなの別物じゃねぇか」
「別物じゃなくて、完璧な本物になるんだよ」
「・・って違うんだよ!今回はそうじゃなくて」
「何が?」
「実は・・・NSR50に乗った青年を仕入れてまいりました!」
「はっ?・・・・生き物はダメだろ!すぐに拾った場所に返してきなさい!!」
「う~っ、ちゃんと面倒みるから~。散歩だってするし。エサ(給料)もあげるから〜!!おねがいだよぉ〜」
なんかいつもより必死にすがりつく内海の嬢ちゃん(立場上は偉い人)がそこにいた。
部屋の中から随分と変な会話が聞こえて来るんだが。
「俺は捨て犬扱いか」
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