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内海所長と黒崎くん。  作者: R884
2/18

社会人の夏休みって休みじゃないよね

2.学生の夏休みっていいよね。



話は2年前、2015年8月3日にさかのぼる。


その日はひどく暑かった。壁に掛けられた温度計は朝っぱらから31度を指しておりとても元気だ。

専門学校が夏休みに入ったので昼まで寝ている予定だったのだが、カーテンを閉め忘れた室内は朝の8時を超えたあたりには寝苦しさを覚えとても寝ていられなくなって起きてしまった。


「だれだよ、長野は涼しくていいね、なんて言ってくる奴は」


地球温暖化の影響か昔は雪国や避暑地として知られていた長野県も近年では30度越えの真夏日を平気で連発する。

もう何年かしたらリンゴじゃなくてバナナでも栽培してそうだ。スキー場も雪不足で経営が苦しいとスキーインストラクターをやっているお隣の宮沢さんも嘆いていた。

寝汗でベタつくTシャツをパタパタさせながら2階の自室から出て階段を降りてゆく、台所まで行くと母明子が味噌汁のお椀片手にコチラを少しビックリしたように見てくる。ふむ、母の今日の朝食は味噌汁に目玉焼きのようだ。


「おはよ」

「あら、休みの割に早く起きたわね」

「暑くて寝てらんないわ」

「そうね~。今日も暑くなりそうね」


ガチャ


朝はシリアルで簡単にすまそうかと冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。ザラザラと最近お気に入りのグラノーラをボウルに移して牛乳に浸しているとリビングから声をかけられる。


「竜ちゃ~〜〜〜ん、お姉ちゃんにお水ちょーだい〜」

「アレッ? 姉貴起きてたの?」

「昨日飲んで帰ってきてそのままソファーで寝てるのよ、まったくあんたからも何か言ってやりなさいよ」


リビングに水を持って行くと姉の美虎みこがおもいっきり下着姿でソファーで寝ていた。


「チョッ、なんて格好でいるんだよ!」

「だって暑かったんだも~ん、いいじゃん家ん中なんだから」


俺の姉貴、黒崎 美虎 21歳。ショートカットの茶髪に好奇心旺盛なちょっとつり上がった猫目、本人に言うともれなくパンチが飛んでくる平たい胸、やたらと長いスラっとした足、身長は俺より3cmばかり低い167cm。友達の長峰ながみねいわく「超かっこいい、すぐ付き合いたい!」らしい。女子にかっこいいって褒め言葉か?今年の春から長野駅前の居酒屋に勤めだした社会人1年生だ、ちなみに彼氏は作らないらしい。


「長峰に写メおくるぞ」

「やめなさいよね、お姉ちゃんの清楚なイメージくずれるでしょ!」

「清楚はないだろ。いや、ちょー喜ぶなアイツ。しばらく昼飯ぐらい奢ってくれるかも」

「姉の下着姿を飯の種につかうな!竜ちゃんをそんな子に育てた覚えはありません」


姉貴としゃべっているとズボンのポケットに入れたスマホが着信を知らせてきた。

噂をすればなんとやらで長峰だった。


「あ、オレオレ」


どこの詐欺グループだ。


「おう、長峰。どうしたこんな朝から」


長峰 みのる。長野美術専門学校の同級生だ、身長185cmと背が高く170cmの俺はいつも見下ろされている。将来は旅人になりたいなどと真顔でほざいてる、ちょっと変な奴だ。趣味が俺と同じバイクということで入学時に仲良くなったのだが、最近は姉貴目当てなのか知らんがしょっちゅう家に来て飯を食っている。俺の住んでる長野市から1時間位の上田市から通学している。


「ホラ、黒崎のNSR50のフルスケールのスピードメーター捜してたじゃん、昨日小諸のジャンク屋で廃車になってる車体に付いてるのみつけたんで仕入れてきた」

「うおっ、マジか」

「おう、感謝しろ、感謝しろ。その礼代わりと言ってなんだが、・・・いつ行けば美虎さんに会える?」

「姉貴なら隣で下着姿のままソファーで寝てるぞ。」

「うおっ、マジ!何その羨ましい状況。写メして送って!!」

「アホ、そんなことしたら俺が殺されるわ。昨日飲み会だったらしくて、帰って来てそのままリビングで寝たらしい」

「さすが美虎さん。そんなだらしない所も魅力的♡」

「頭大丈夫かお前?そんな事より、それじゃ今日お前の家行っていい」

「あぁ、悪い、今からバイト行かなきゃいけないんで昼はいねぇんだ、夜でもいい?」

「あぁ、夏休みだから別に夜でもかまわないぞ。今日は俺も課題やる予定だったし」

「了解、そんじゃ夜にな」


ポチっ。


スマホを切って隣を見るとソファーで姉貴がエロいポーズをとっていた。撮って欲しいんかい!!


「竜ちゃんにだけの特別サービスだよ~♡」







ダラダラと課題のデッサンを仕上げるともう午後6時30分になるところだった、あいつのバイトも終わる頃だしそろそろ長峰の家に向かってもいいだろう。


「母ちゃん、ちょっと上田まで行ってくるわ」


玄関でヘルメットと鍵を引っ掴み靴紐を結んでいるとパタパタと歩いて来た母に声をかけられる。


「夜遅くなるなら帰ってくる時、家から離れた所でエンジン切ってきなさいね」

「あぁ大丈夫、帰ってくるのは明日の昼だと思うから。て言うかそんなにうるさい?」

「かなり。まるで目覚まし時計みたいよ。お父さんのバイクもう古いからね、新しいの買ったら?」

「まだ、ちゃんと動くからもったないよ。じゃあ行ってきます」


駐車場からカラカラとバイクを引っ張ってきて鍵を刺す。この時期ならチョーク引かなくてもいいか。キックペダルを一蹴りするとエンジンがかかりパンパンと音と煙を吐き出し始める。

ホンダNSR50、もう20年以上前の古いちっちゃい原付バイク。親父が若い頃乗っていた物で、俺が免許を取った時にまだ動くはずだから普段の足に使えと譲り受けたものだ。今ではめったに走ってない2ストロークエンジンがパンパンとてもうるさい(ノーマルでは無いらしい)。

今は仕事でアルゼンチンに行っていて家にいない親父は、車やバイクをいじるのが異常に大好きな変態だ、そのおかげで年式が古いわりには整備状態も完璧で(長峰曰く新車かと思った程らしい)すこぶる調子が良くて俺はとても気に入っている。


クラッチを握り、カコッと1速にギアを落とす。


「さて、夕闇のライディングと洒落込みますか」


アクセルを捻るとタコメーターがグインと勢い良く回る、パァーンパリパリと騒音と白煙を住宅街にばら撒きながら上田市を目指す。


俺が住んでる長野市は360度どこを向いても山がある、本当にどこを向いてもだ、おかげで隣の市に行くだけでも峠を越えることになる。

自宅から長野大橋を渡り国道18号を走る、信号待ちで燃料タンクを揺するとチャポチャポと軽い感じがしたのでガソリンスタンドに寄ることにする。こういう所は燃料計がない古いバイクはちょっと不便だ。ガソリンを満タンにすると少し遠回りがしたい気分になってきた、時間はまだ余裕があるし地蔵峠を超えるコースで上田に行くとするか。

川中島合戦で知られる八幡原史跡公園を横目に松代に向かう。

松代町は武田信玄が海津城を作ったのに始まり、江戸時代には真田十万石の城下町として栄え、太平洋戦争末期の昭和には松代大本営が作られるなどなかなか波乱万丈な土地柄である。

今度国営放送の大河ドラマで真田幸村をやるらしいので観光客も増えることだろう。


日が傾き夕闇が広がりだす、昼間の暑さが嘘のように山道には爽やかな風が流れ、街灯がない山道にバイクの音だけが響く。暑くもなく寒くもないこの季節、この時間が好きだ、ヘアピンカーブが続く峠道をヘッドライトをたよりに右に左に車体を倒しながら曲がっていく。親父が若い頃は某Dなる漫画が流行っていて夜になると峠は走り屋さん達で車が逆に増えたそうだが、昨今、若者は車ばなれしているのか静かなものでまるで自分専用道路みたいだ。すごく気持ちい。


「しっかし、今日は本当に1台も車とすれ違わないな?」


パァーン、プン、パァーーンパンパン


頂上の公衆トイレの前でバイクを止めて一息いれる。

パンパンパンとバイクのアイドリング音がすっかり暗くなった山中に木霊する、ヘッドライトが自分の周りだけ照らすなかリユックサックからエビアンを取り出して喉を潤す。見上げれば満天の星空が頭上に広がっている、今日は星がよく見える。

山の木々の間から星空を見上げているとなんか世界で自分一人だけになった気分になる。ふとライトの照らす先に潰れたゲートと脇道が目にはいった。


「あれ?こんな道あったかな?」


首を傾げ、そんなことを考えていると脇道の向かってる方角の山中でチカチカと光の点滅が見えた。


「なんだ。あんな方になんかあったけ?」


ツパパパパパパパン


「ん、エンジン音かな?俺みないにこんな時間にわざわざ峠越えする物好きが他にもいたかな」


腕時計を見るとまだ7時20分、ここまで誰にも会ってなかったおかげで人恋しくなっていたのかもしれない、ちょっと行ってみようかと思ってしまった。


好奇心は猫をも殺す、ここで素直に峠を下っていたら俺の人生違ったんだろうな。

読んで頂きありがとうございました。

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