エピローグ
穏やかな昼下がりだった。
特に何もすることがないまま、人気のない公園のベンチに座り、タバコに火を点ける。
浜松にやって来たばかりの頃も、俺は、同じように公園でタバコを吸っていた。
壊すことが、好きだった。
新しいものを見つける度に、ふと気が付けば、壊れたらどうなるんだろうという疑問が頭に付きまとった。
そして、何故か、その壊し方を自然と理解してしまっていた。
目に入るものを興味本位のままに壊し、壊し続けた結果、気が付いた。
本当に壊していたのは、自分自身だったってことに。
壊すのが嫌で、全てをリセットしようと逃げてきたはずなのだが。
「結局、何も変わってねーもんなー」
仰向けに転がって、ぼやいてみる。東京と違って高いマンションや建物がないために、青空はどこまでも広がっていた。
「それ、あんたが変わろうとしてないだけ」
その声は、頭上から。
声の主は、この時間に外で見かけるのはかなり珍しいレアキャラだった。
「仕事、また成功ね」
大した感動もなく、紫音は言った。
「んなこと、わざわざ言いに来たのか」
今回の件は、対象の交友関係さえわかれば、特に難しい要素のない容易い仕事だ。はっきり言ってしまえば、八割は情報屋である紫音の手柄である。
「どう。探偵ごっこは楽しい?」
急に、返事が難しい問いをされる。相変わらず、めんどくさい女だなオイ。
さてさて、なんと言えば正解なんだろうか。
「つまらなくはない、かな」
考えた結果、出た答えがそれだった。可もなく不可もなく、正解がわからない場合は、無難が一番です。
すると、お姫様は突っ立ったまま、意外そうな顔をしていた。いや、立ったままなのは、俺がベンチに横になって占領しているからなのはわかってはいる。意地でも譲らないけど。
「あんたのことだから、メンドくさいから嫌だーとか言うかと思った」
「メンドくさいのはあるけどさ、働いてないんだし、ちょっとした小遣い稼ぎくらいはしなきゃな」
「へえ。ダメニートのくせに、そういうマトモな思考はあるんだ」
「はいはい。どうせ俺はダメニートですよ」
真昼間から公園で煙草吸ってるだけの非生産的な存在は、きっとダメ以外の何者でもない。
「そ。あんたはダメニート」
ゲフゥッ
急に腹の上に勢いよく座られて、口の中の煙草の煙を、一気に吐き出してしまう。そんなに座りたければ言えばいいものを、強硬手段に出やがった。
「でも、探偵ごっこをしているときのあんたは、ダメじゃない」
コツン、と額に硬いものがぶつかる。ひんやりとした感触のそれは、どこにでも売っているような缶コーヒーだった。
「お疲れ様」
「……あ、うん」
探偵ごっこをはじめてしばらく経つが、こうして直接労いの言葉をかけてもらえたのは、ひょっとして初めてじゃないだろうか。
思わず、返事に窮してしまう。
「じゃ、そろそろ行くから」
紫音は俺の腹の上から立ち上がる。学校。家。漫画喫茶。行き先の候補が色々と思い浮かぶが、特に興味はないので聞くことはしなかった。
「依頼の件、こっちでも何かあれば連絡入れるから。よろしくね、相棒」
なるほど。相棒ときたか。まあ、言い得て妙だが、間違ってはいないのだろう。探偵と情報屋。古来より、切っては切れない関係である。きっと、もうしばらくはこの奇妙な関係も続いていくのだから。
「――――あ。一個だけいいか?」
言わなくてはいけないことを思い出して、遠ざかっていく背中を呼び止める。
「次からは、コーヒーじゃなくてビールがいい」
「……はぁ」
わざとらしく、深いため息をつかれる。
「ごめん。やっぱ、あんたダメなヤツだ」
破壊屋。東京近辺において、かつて、そう呼ばれる存在がいた。
形あるものだけでなく、人間関係など、目に見えないものさえも破壊するとされ、その存在は、人々に恐れられ、怖れられ、畏れられた。
だが、ある時を境に、破壊屋の名を誰も耳にすることが無くなる。
その数ヵ月後。
とある地方都市において、伝説の探偵の名が長い時を経て、再び語られるようになる。
いわく、その探偵は、
――――悪行や企みを全て、『ぶち壊す』。
麻雀を知らない方にとっては面白味のない、完全に趣味で創った作品です。
この話は、一度、私が住む町を舞台にやってみたかったことと、麻雀を絡めてやってみたかったことの、二つの願望を合わせたものとなっております。
気分次第で話を膨らませられるよう、設定は(無駄に)創りこみましたが、次回作の予定はありません。