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ヴァルキリーズ・ストーム外伝 後継者達 後編

作者: 綿屋 伊織

 葉月市郊外。

 明治の市政発足以前から近衛が接収、市街地が拡大する中においても、決して解放も縮小もしないため、口の悪い者からは、「ありゃもう意地になってる」とさえ言われる程、頑なに近衛がこだわり続ける土地がある。


 近衛軍葉月演習地。


 一年戦争開戦まで、富士演習地に迫る規模の本州第二の規模と、日本唯一に近い沿岸部を含む演習地だったため、帝國軍に高額で貸し付けることもあったという。


 その端にあるのが、東京ドームの3個分の広さを持つ球場のような施設。

 メサイア戦のための施設―――別名「コロシアム」。

 観客席こそないが、メサイアの背丈ほどもある分厚いコンクリート壁に囲まれた施設だ。


「白龍っていったでしょう!?」

 その一角に、麗菜の怒鳴り声が響いた。

「ちょっと、美佐子、どういうこと!?」

「日菜子殿下から“大の字つけて却下”されました」

 激怒する麗菜を前に、宗像は平然とした顔でそう答えた。

「は?」

「白龍を含むβタイプメサイアは、日菜子殿下の許可があって初めて運用出来るのが規則です」

「知ってるわよ……。でも、演習よ?」

「“姉様が動かすなら尚更許可出来ない”とかなんとか」

「……ちっ。この前、水瀬とのデート叩きつぶしたの、未だに根に持ってるわね」

「日菜子殿下曰く“妹としての温情”により、こいつらの使用は許可されました」

 宗像が指さす先。

 そこに片膝状態で待機するのは―――かつての祷子の愛騎「D-SEED」と、その後継騎「ENDLESS」だ。

「βタイプだから文句はないはずだと」

「私専用騎とその予備……」

 麗菜は何かが納得出来ない。という顔でぼやいた。

「βタイプにはかわりないけど……それだと、幻龍改でも役不足だもんねぇ」

「というワケで、我々は見物させていただきます」

「……」

 麗菜の視線が、目の前に並んで待機する部下―――親王護衛隊レイナ・ガーズ―――の面々に注がれる。

 彼女達が後ろ手に隠してるものが何か、麗菜は聞かずとも知っていた。

「―――で?」

「はっ?」

「オッズはどうなってるの?」

「殿下の勝利が9割。残り1割が大穴狙いで」

「誰が賭けた?」

「私と遠野少尉です」宗像はしれっと答えた。

「……いい部下もって幸せだわ」

「恐縮です」




「緑ちゃん……あの……本当に、お願いだから、無茶しないでね?」

 メサイアのコントロールユニット調整のため、一時的に引き出されたD-SEEDのコクピットに乗った緑に、紅葉が心配そうに声をかけた。


「コンデンサー、接続確認しろっ!」

「HDS、どうなってんの!」

「フローセッティング、ちゃんと見ろっ!」

 あちこち駆け回る整備兵達があげる殺気だった声。

 メサイアのあちこちから上がる機械音。

 様々な喧噪。

 全てが、緑に、メサイアの世界を教えてくれる。


「武装は、演習用のILSイミテーション・レーザー・ソード。当たっても騎体に被害は出ないけど、ダメージはカウントされるから」

 紅葉は、緑に見えるように端末を操作して、D-SEEDの騎体設定を説明する。

「それと、同じく演習用のHRSハード・ラバー・ソード。あのスタンブレードの、もろメサイア版。これは下手に当たると無事じゃ済まないから、気をつけて」

「うん」

「あとはシールド。騎体に装備されているマジックレーザーは、今回の演習では使用禁止。他、火器は積んでいないから」

「わかった」

「……お願いだから、無茶だけはしないでね?」

「ふふっ……もう私、ここで死んでいいって、結構本気で思ってるんだけど?」

「そういうの、キライなの」

「……ごめんなさい。でも」

「満足して死ねるってのはいいことだよ?でも、過去の栄光を懐かしみながら、余生を送るってのも、大事なことだって、あの戦争経験してから思うようになってるんだ」

「そうね……そうかもね」

「あ、それと!」

 紅葉はコクピットの奥。誰もいないはずの暗闇に呼びかけた。

「“弥生”?出てきて、ご挨拶!」

「?」

 コントロールユニットに固定されて首が回らないが、緑は後ろから人の気配を感じた。

「よし!紹介するね?このメサイアの精霊体“弥生”だよ?」

 紅葉が抱きかかえているのは、白いスモックを着た女の子。

 まだ年の頃は6歳にも達していない。

「精霊体?―――ああ、このメサイアの精霊」

「そう……それと、みことちゃん!」

 MCLメサイア・コントロール・ルームの入り口で整備兵と会話していた少女が、紅葉の声に気づいて、コクピット部まで降りてくる。

「何か?」

「この子が、MC担当の榊心さかき・みこと少尉。怒るとめっちゃ怖いから気をつけて」

「―――よろしく」

 戦闘装備に身を包んだ、物静かな感じの女の子が小さく頭を下げた。

 冷たい印象とその美貌が、何だかルシフェルを彷彿とさせる。

「四方堂緑です―――それにしても」

「?」

 緑は、じっ。と榊少尉の顔を見た後、小声で訊ねた。

「どこかで―――お会いしませんでした?」

「……知りません」

 なぜか心は、緑から視線を外した。

「そっかなぁ……」

 緑は小首を傾げて言った。

「どこだろ?コミケ会場かどこか……」

 ポンッ。

 ……いや。

 バンッ!

 ……こちらの方が正しいだろう。

 そんな勢いで、心が手を緑の両肩に力一杯置いた。緑の顔が、突然の苦痛に歪んだ。

「―――私は、コミケなんて行ってません」

「はっ?」

「私は、コミケ、なんて、行って、ません」

「そ……そうですか?個人ブースでよく……」

「違い、ます」

 真剣を通り越して座っている心の目に逆らうつもりのない緑は、無言で頷いた。

「わかりました……でも、Sasukeさんでしょう?」

「次、それを言ったら―――殺します」



「よーし!ゆっくり戻せっ!」

 調整の終わったコントロールユニットがコクピットブロックに戻されるのを見守りつつ、緑は感心したように言った。

「これって、あの戦争で活躍したD-SEEDでしょう?あれって特殊騎で、一騎しか建造されていないと思ったら―――もう一騎、作られてたんだ」

「へ?」

 コントロールユニットの調整を確認していた紅葉が、奇妙な声を上げた。

「緑ちゃん?」

「何?」

「これ、ホンモノのD-SEEDだよ?」

「え゛」

「戦争で大破したの、回収後に修復、今は本来のテストベッドと、麗菜殿下専用になった後継騎ENDLESSの予備騎の指定受けている」

「う゛……う゛ぞ」

 緑の顔が青くなった。

 無理もない。

 今、緑が乗ろうとしているのは、あの戦争で最も活躍した最武勲騎そのものなのだ。

「わ……私、144分の1と100分の1、限定モデルまで何個、プラモ作ったかわかんない騎だよ?」

「記念記念―――ホント、壊さないでね?直すの私達なんだから」



 30分後。

「目標ENDLESS―――これよりT1(ターゲット・ワン)と呼称」

 コクピットの中、榊少尉の言葉だけが妙にクリアに伝わってくる。

 すでに両騎は演習地のど真ん中に移動。

 対峙している。


「距離250」

「……」

「T1、機動開始」

「っ!!」

 飛び込み様の抜き打ちの一撃。

 

 緑は、騎体を急速後退させ、その一撃を避けた。


「なんて速さっ!?」


 シミュレーターなんてもんじゃない!

 カンで避けなければ、死んでいた!


「第二波、来ます」


 迫り来るENDLESS。

「回避可能性2%」

 榊はコンピューターのように冷たく事実だけを伝えてくる。

「くっ!」

 右から撃ち込まれる袈裟斬りの一撃。

 緑にはそう見えたが―――

 ガンッ!

 緑の体は、左下からの逆袈裟斬りを止めていた。

「えっ!?」

 驚く暇もなく、体はブースターを使って力押しをかけ、ENDLESSが騎体をひねって回避する。

「―――ちっ!」



 一方、

「あれをかわした!?」

 麗菜もコクピットで驚きの声を上げていた。


 袈裟切りをかけ、すぐに逆袈裟斬りに切り替える力業。

 素早い剣の残像を利用して、袈裟斬りばかりを警戒する敵を、予想外の逆袈裟斬りで倒す。

 それを相手は見事にかわし、シールドで力押しまでかけてきた。

 身をかわすことで押し倒されることを回避、そのがら空きの胴めがけて突き出した一撃でさえ、かわされた。


「よくぞ!」


 麗菜は間合いをとるため後退するが、緑はその隙を与えない。

 実剣同士が激しい音を立てて交差する。

「止める!フルパワーッ!」

「はいっ!」

 ENDLESSのエンジン音が変わり、パワーゲージが一気にレットゾーンに跳ね上がる。

「いくら素人でも―――パワーはβタイプだっ!」


「ぐっ!」

 押していたはずなのに、逆に押されている!

 緑は踏ん張るのがやっとだ。

 フレーム自体が悲鳴のような音を上げ始め、巨大な剣が迫る。

 少しでも気を抜くと、剣が押し戻され、首が飛んでしまう!

「―――くそっ!」

 ガンッ!

 緑はD-SEED脚でENDLESSを蹴りつけ、転倒しつつ、バーニアで後退。逆襲に転じた。


「このぉっ!」


 やれるっ!


 向こうはまだ体勢を整え直していないっ!


 その隙さえつけば!


 緑は必殺の思いでENDLESSの懐めがけて飛び込もうとするが―――


「ダメッ!」


 ギンッ!


 対G装置が吸収できない横Gを残して、D-SEEDは真横に飛びすさった。


「なっ!?―――っ!」

 驚きの表情を浮かべる緑の目の前を、ENDLESSの剣がかすめる。


「体勢を崩したのは誘いです」

 心が緑に告げた。

「隙と見えるものは、すべて、敵の誘いだと思ってください」


「じゃ、どうやって!?」

 それでは、敵を倒すことが出来ない。

「敵を突き崩して、隙を作ってください。間合いが少しでも空いたら、隙は誘いと思うのも忘れずに」

 心は、あくまで冷静さを欠くことなく、冷たい口調を崩さない。

「隙を……作る」

「そうです」

「わかった!」

 緑は、D-SEEDを前進させた。


「いつまでも遊んでいるわけにいかないか……」

「はい」

「美凪?確か、私が負けるって方に一票、入れてたんだっけ?」

「今月のお給料、全額です」

「生活費は、私持ち?」

 クックックッ。

 喉で笑った麗菜だったが―――

「殿下のお給料、全額です」

「……私の?」

「はい」

 こちらも冷たい口調を崩しはしない。

「何でっ!?」

 涙まで浮かべて抗議する麗菜に、美凪は答えた。

「他に持ち合わせがなかったんです」

「人の給料、何だと思って!」

「知りません」

 美凪はモニターの向こうでそっぽをむいた。

「他の子とのデート資金なんて、私が有効に使って差し上げます」

「そうじゃない!違うのよ美凪っ!」

「終わったら―――醜い言い逃れ、聞いて差し上げます」

「勝ったら私、一文無し!」

「……殿下で勝てますか?」

「えっ?」

 ピーッ!

「―――来ます」

「っ!!」



 緑は、その音を聞き逃さなかった。


「!!」


 迫り来るENDLESS。

 それは単騎。

 それなのに―――


 緑の目には4騎に映った。


「―――そこっ!」



 ガンッ!

 D-SEEDのシールドが、その一撃を何とか受け止めた。


「何っ!?」

 驚愕に目を見開く麗菜の前で、D-SEEDが動く。


 横薙ぎの一撃を回避、ENDLESSは反撃に出るが―――


「なっ!?」

 グワッ!

 突然襲ってきたD-SEEDの跳び蹴りを回避できなかった。

「ぐっ!?」

 対G装置が悲鳴を上げる中、麗菜はコクピットを貫いた衝撃に呼吸を奪われた。

 コクピット内に様々な警告音が響き渡る。

「―――なめるなぁぁっ!」

 麗菜の剣が、ついにD-SEEDを捉えた。


「きゃっ!?」

 その光景を見た紅葉が思わず悲鳴を上げたのも無理はない。

 突き技を出そうと構えたD-SEEDの右腕めがけて、ENDLESSの抜き打ちの一撃が命中。

 吹き飛ばされたD-SEEDの腕が、紅葉達のいるブースの真横に飛んできたのだ。

「あ、あああああああっっっ!」

 煙を上げるD-SEEDの腕の残骸を前に、紅葉が滝のような涙を流す。

「わ、私の、私のD-SEEDがぁぁぁっっっ!」


「右腕破損」

 コクピット内に警告が鳴り響き、モニターは右腕の喪失を伝える。

「“弥生”ちゃん!」緑はモニターから目を離さず、“弥生”に言った。

「ごめんなさいっ!―――敵の首で許してっ!」

 突然、自分の名を呼ばれた“弥生”は、驚いて緑の目を見た。

 未だ、戦いを諦めていないその目。

 その目に、“弥生”は、自らのマスター、祷子との最後の出撃を思い出した。

 雲霞の如き妖魔を目前に、一歩も引かなかったマスターの、あの時の目と同じ。

 それが、“弥生”に言わせたのだ。

「はいっ!」

「どうします?」

 心は問いかけた。

「主要武装の9割が使用不能」

「―――まだやれますっ!」

「そうですっ!」“弥生”が言った。

「あの時だって、両足に左手までなくしたけど、それでも!」

「そうこなくちゃ!」

「―――了解。左、シールドと膝、肘のスパイクが使用可能」

「上等っ!」


「殿下?」

 一方、ENDLESSでは、美凪が麗菜に訊ねていた。

「敵は戦闘不能と判断可能」

「そう?」

「残念ですが」

「今晩、覚悟なさい?」

「……」

「赤面してもだぁめ」

「ううっ……」

「それより」

 麗菜はENDLESSに剣を構え直させた。

「あの子達、まだ戦いを諦めていない!」

「―――えっ?」



「えっ?」

「ですから」

 緑は心に言った。

「敵が分身かけた時、変なエンジン音がしたんです。あれ、出来ますか?」

「出力を絞って、瞬間的に爆発させる、エネルギー噴出を利用した、あれですか?」

「出来ますか?」

「不可能ではありませんが」

「じゃ、今から突撃します!やってくださいっ!」

「え゛っ!?」


 目が点になった心を置き去りにしかねない勢いで、D-SEEDが駆け出した。



「殿下っ!」

「やぶれかぶれの攻撃?……諦めていないってのは、褒めてあげたいけど」

 突撃して来るD-SEEDを見つめながら、麗菜はため息をついた。

「退くっていう選択肢をとれるほどの勇気はなかったか」

「―――敵の出力に異常!」

「えっ?」


 麗菜の目の前で、D-SEEDが動いた。


 単騎から―――3騎へ。



「ぶ、分身っ!?」

「馬鹿なっ!」

 紅葉の横で宗像が手すりを叩いた。

「素人が出来る芸当じゃないっ!」

「宗像大尉は出来るの?」

「……っ、努力はしている」

「そっかぁ」

「いちいち、ひっかかる言い方だな」

「でも、そんなに難しいの?」

「あの美奈代でさえ出なかったんだぞ!?私の知る限り、殿下と祷子、樟葉・水瀬両閣下、あと……出来るのは世界的にも後は20人といないはずだ」

「へぇ?……って!それを緑ちゃんが!?」

「そこまでわかってから驚け」



「よくやった!」

 いいつつ、麗菜は剣を一閃。

 D-SEEDの左腕が吹き飛ぶ。

「だが―――相手が悪すぎたな!」

 ENDLESSの剣が振りかぶられ、D-SEEDの脳天を狙う。

「終わりだっ!」


 振り下ろされる剣。


 緑達の終わりを意味する一撃。


 緑は、それを前に叫んだ。


「まだっ!」



 ガィィィィンッッッ!!


 ―――ズッダァァァァン!!


「……」

「……」

 観客となった紅葉達は、その光景を、言葉もなく見守る。

 それしか、誰も何も出来なかった。

「……き」

 メサイア達の作動音も止まり、風の音だけが伝わるコロシアム。

 その静寂を破ったのは、宗像だった。

「救護班、ベルゲ!かかれっ!」

 ブースの床を蹴った宗像達親王護衛隊レイナ・ガーズ達が、一斉にENDLESSとD-SEEDに向かって駆け出した。




「痛ててっ」


 バンッ!


 緊急ハンドルをひねってコクピットから出た麗菜は、美凪に訊ねた。

「美凪?生きてる?」

「……ENDLESS大破、行動不能です」

「見ればわかるわよ」

 目の前には、ENDLESSに覆い被さる格好で倒れるD-SEEDの姿がある。

 両腕は破損し、あちこちから煙を上げている。

「D-SEEDの大破……相打ちってところ?」


 グイッ。


 ギ……ギギッ……。


 麗菜の目の前で、D-SEEDは立ち上がった。


 よろめきながらも、立ち上がった。


「……ははっ。なんだ……私の負け、か」


 見上げたD-SEED。

 かつての部下の騎。

 一年戦争最武勲騎。

 その誇りを見せつけるように、D-SEEDは立ち続けている。


「……祷子」

 麗菜は、D-SEEDを通じて、かつてのパイロット、風間祷子に語りかけた。

「あんたの……勝ちよ」



「殿下!」

「ああ……この不忠義者」

「聞かなかったことにします。ご無事で?」

 十数メートルを一度のジャンプで飛び越えてきた宗像が言った。

「まさか……あれは反則でしょう。勝ちとはとても」

「私達、戦争してるのよ?」

 麗菜は不愉快そうに口元を歪めた。

「確かに、近衛騎士として、あれは評価出来ない」


 評価できない勝ち方。


 緑はどう、勝ったというのか?


 すでに右腕はなく、武装は左手のシールド程度。

 そのシールドも、突撃と同時に、左腕ごと吹き飛ばされた。

 それでどうやって?


 緑は、体勢を低くし、膝に力を貯めると、ブースター最大出力でD-SEEDをジャンプ。


 膝のスパイクをENDLESSのアゴに叩き付けたのだ。


 その衝撃で、ENDLESSは転倒。その上にD-SEEDが倒れた。

 転倒と、アゴの一撃で操縦システムが一度飛んだENDLESSに、それをはねのける力は残されていなかった。


「D-SEEDは、ああやって立った。ENDLESSを立ち上げることは出来ない」

「……負け、ですか?」

「せめて引き分けにして―――美凪のご機嫌直す資金が欲しい」

「―――了解です」

「さて」


 D-SEEDには、転倒を防止するための移動用ハンガーベッドが近づけられ、回収担当のメサイア―――ベルゲ騎―――により、ベッドへの移動作業が開始されている。


「宗像」

「はっ」

親王護衛隊レイナ・ガーズの一隊を預かる身として―――どう思った?」

「荒削りですが……鍛えてみせます」

「うむ……それにして」

 ぷっ。

 突然、麗菜が吹き出した。

 宗像は、その意味がわからない。

「殿下?」

「足癖の悪い子ね。―――ベッドで大変そう♪」




 ガンッ!

 ハンガーベッドに装備されている整備兵移動用の足場、キャットウォークの籠に乗った紅葉が、D-SEEDのコクピットブロックに乗り移った。

「緑ちゃん?」

 返事はない。

「緑ちゃん!」

 無駄と知りながら、紅葉はD-SEEDの装甲を叩く。

「榊少尉!コクピットハッチ、開けて!」

 あれだけ派手にやったんだ。

 下手すれば、コクピットの中で死んでいることだってザラのメサイア戦。

 紅葉は、最悪の事態を恐れながら、ハッチが開くのを待ちかねて、その隙間からコクピットへ入り込んだ。

「緑ちゃん!」


 コクピット内にいる緑は―――生きていた。

 外傷も見あたらない。

 緑は、ただ、ぼんやりと、光の落ちたモニターを、見つめていた。


「緑ちゃん!?」


 まさか!

 紅葉は青くなって緑にすがりついた。

 風間祷子を精神崩壊寸前に追い込んだ、あの悪夢のMBセンサーは外しているのに!

 今の緑は、祷子そっくりなまでに沈んでいる。


「緑ちゃん!?大丈夫!?」


「―――終わっちゃった」

 肩を揺すられた緑が、弱々しい声で言った。

「終わっちゃったんだよね」


「へ?」

 意味がわからない紅葉は、緑の言葉を待つ。

「み、緑ちゃん?」


「ははっ……終わっちゃったんだ」

 緑の瞳から、大粒の涙がこぼれた。

「私……もう、これで最後……なんだね。メサイア乗れるの」


「そ……そんな!」


「―――メサイア、ここまで壊して、はいさようなら?」


 ハッチの向こうから飛んできたのは、麗菜の声。

 いつの間にか、麗菜達が、緑と紅葉を見つめていた。


「あなたね。メサイアの中でも、特注ハンドメイドに近いスペシャルパーツ満載の特殊騎2騎も大破させて、それで無事で帰ることが出来ると思った?」


「そ、そんな!」

 紅葉が緑をかばうように両手で緑を麗菜達から隠そうとする。

「これは殿下が!」

「ふふっ―――四方堂緑さん?」

「―――はい」

 緑は覚悟した。

 麗菜の言うとおりだ。

 いろいろ言いたいことはあるが、投獄程度で済むはずもない。

 その緑に、麗菜は意外なことを告げた。


「もう一度、このコクピットに座りたいなら」


「えっ?」


「私、麗菜内親王の権限で命じます。四方堂緑―――」




 麗菜内親王。

 親王護衛隊8名

 近衛騎士団所属メサイアコントローラー2名。

 整備兵350名


 彼女達の立ち会いの元、緑は―――刀を手にした。




 10日後。

 明光学園は、卒業式を迎えた。


 学園には卒業生が次々と集まってきた。

 それぞれ思い思いの時を過ごしていたが、どう見ても高校生とは思えないのが就職の決定した騎士養成コースの生徒達だ。

 皆、採用された組織の制服を誇らしげに着込み、あちこちで写真を撮ったり、お互いの制服姿について冗談を飛ばしあっていた。

 「しっかし……」

 その光景を眺めながら品田は呆れたように言った。

 「なんちゅ〜んか、ヘンやな」

 「何が?」

 同じ報道部として品田の横にいた桜井が品田に訊ねた。

 「みんなまだ着慣れてないだけよ。そりゃ、みんな同じ学校の生徒なんだから、同じ制服でもいいと思うけどね」

 「ちゃうちゃう。そういうんやない」

 品田は手を振って桜井の言葉を否定した。

 「?」

 「みんな、なんかそわそわしてるんや。せっかくの卒業式や。もっと堂々しとったらええもんを」

 「……そういわれてみれば」

 桜井も確かにヘンだと思った。

 騎士養成コースの生徒達は誰かに会うたびに何かを訊ねあっているようなのだ。

 ただ、聞かれた相手は決まって首を横にふっている。そして、正門横のある一点を何度も見るのだ。

 「ま。無理もないか」

 品田も正門を見ると、ため息混じりにファインダーを構えた。


 それは、ついさっきの出来事だった。

 正門横には、騎士養成コースの生徒達の採用が決定した組織の旗がその証としてたてられている。

 旗にはそれぞれ、採用者の名前の書かれた白い布がつけられており、採用者が多いほど、その白さが目立つ。

 明光学園と各組織の伝統だ。

 軍や警察あたりの多さは、まぁ当たり前といえばそれまでだ。


 今年は皇宮騎士団へ5名もの採用が決定しているので、皇宮騎士団の旗が珍しく翻り、生徒達のみならず、保護者達の関心も集めていた。

 普通、こういった旗は前日までに用意され、学校の開門と共に卒業式の一日だけ掲揚されるものだ。

 当然、生徒達が入ってくる時には全ての旗が翻っているのが普通。

 そして、卒業生達は、就職先が用意した車や、或いは集団で最後の登校を行う。


 しかし、今年はそうではなかった。


 ついさっき、南雲が、そこに新しい旗を加え、直立不動の姿勢で敬礼したことが、すべての騒ぎの発端だ。


 血の十字架−

 皇室近衛騎士団旗。


 近衛採用者がいる。

 そのニュースは瞬く間に騎士養成コースの生徒達を駆け回った。

 しかし、何故か採用者の名前が書かれた白い布がない。

 誰が採用されたんた?あいつか?そいつか?

 生徒達の興味は尽きない。

 そんな生徒達がたくさんいる中、リムジンが一台、正門前に陣取る報道陣をかき分けるようにして敷地内へ入ってきた。


 宮内省近衛府のリムジン。


 正門の車寄せには、校長と緑の担任が待ちかまえていた。

 リムジンが停車し、ドアが開く。

 「さ。行くぞ?」

 車から降り立ったのは二人。

 カメラが一斉にフラッシュを焚き、降りてくる二人を照らし出した。

 

 「報告します。皇室近衛騎士団右翼大隊所属、後藤美奈代少佐。採用決定の貴校生徒、四方堂緑を慣例に基づき、お届けにあがりました」


 

……お疲れさまでした!「一年戦争秘録」から2年後の出来事でした♪何がどうなって、結果としてこうなったかは、「一年戦争秘録」にて公開しますっ!お願いですから、「一年戦争秘録」もよろしくお願いしますっ♪

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