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“Lover”

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 お前といると空気が重くなる、と言われたことが何度もある北条静佳さえ、今の生徒会室の空気は重かった。呼吸するのさえままならないような、そんな重たさが部屋を埋め尽くしていた。

『君がしたことで、ズタズタにされたものがある』

 さっき、蓮見を追いかけてそう言われた。自分がしたことが全て正しかったわけではないことくらい、分かっている。死んでいたとはいえ子犬の身体に刃をいれてしまったことは、本当に申し訳なく感じている。

 けど、そうしなければいけないと思った。例え蓮見が真実に辿りついても、彼女なら口を閉じると考えていた。櫻井のことを弟分という彼女なら、彼が傷つくような真相は闇に葬るだろうと。

 なのに彼女はそうしなかった。騙されたふりをした後、全ての真実を暴いた。

 全く……一年生の頃からよく分からない女だと思っていたが、ああもう理解できないとは思いもしなかった。

 ソファーに座ったままの櫻井に目をやり、なんと言葉をかけていいか分からなかった。本当なら私がいらついてやったと告白し、あとは流れに身を任すつもりだったのに、この状況では放っておけない。

 そもそも、こんな傷ついた彼をもう見たくはない。

「櫻井。私が……」

「ふざけないでください」

 君のせいじゃない、私の責任だと言おうとしたのに、その出鼻をくじかれた。しかも、さっきまでとは違い、はっきりとした声音で。

「……櫻井?」

「ふざけないでください、先輩。何してるんですか……」

 静かにソファーから立ち上がって、こちらを見てくる。顔が赤くなっているのは、照れているせいではないことくらいすぐに分かる。

「どうしてそんなことしたんですかっ!」

 三年生になってしばらくして、あの段ボールハウスで子犬の世話をしている最中に彼と出会った。それから、彼が世話を手伝うと申し出てくれて、ずっと二人でそうやってきた。だから、あれからもう半年以上が経つ。

 浅い歴史かもしれない。それでもまだ十八年しか生きていない身にとっては、貴重な時間だった。

 その時間の中、今まで聞いたことの無いような大声で彼が怒鳴ったので、思わず面食らってしまう。

「私はただ君を……」

「先輩が俺のためにやってくれた気持ちは分かりますよ。でもっ」

 彼が急にこっちに来て、右手首を掴んできたので、驚いて顔を紅潮させた。

「それで先輩が手を汚したら、先輩が傷ついたら、俺は何やってるのか分からないじゃないですかっ!」

 さっきまでずっと伏せていた目を、ぐっと近づけて睨み付けてくる。揺れている瞳にあったのは、紛れもない悔しさだ。それを見て思わず、ああっと声が漏れそうになった。

 さっき蓮見が言っていたことがようやく理解出来た。自分の行為がズタズタにしてしまったもの……それは、彼のプライドだった。

 告白を受けたから彼の気持ちは知っていた。彼が自分のことを異性として見てくれていることも、ちゃんと分かっていた。答えをはぐらかせたのは、自分の気持ちに整理がついていなかったからだ。

 その彼を、自分が無茶苦茶な方法で庇ったせいで、彼の中の自尊心がひどく傷ついてしまったんだ。

「俺は先輩の役に立ちたいんですよっ、そのために傍にいたつもりです。邪魔ならはっきり言ってくださいっ」

「そ、そんなわけはない。私は……」

 私はただ、この目の前の後輩の傷つく姿を見たくなかった。けど、結果はこれだ。彼はひどく傷ついてしまった。それも私が手を汚したことに、その原因を自分自身の失敗のせいだということに。

 最悪の悪循環だ。

「……すまなかった。そんなつもりはなかったんだ」

 人にここまで真剣に謝るのはいつぶりだろうかと思う程、必死に謝るとさっきまで勢いのあった櫻井が一気に沈んでいく。

「いえ、俺が悪いのに、すいません……」

 櫻井が手首を放して、くるりと回って背中を見せた。

「俺は、もう手伝わない方がいいですか?」

 彼と世話をしていたのはあの子犬だけじゃなく、近所の野良猫たちもだ。彼はそれをもう辞めた方がいいかと訊いてきたのだ。彼が見ていないのは分かっているのに、首を左右に振った。

「いや……。今度は君が失敗しないよう、色々と教えていく。だから、そんなことは言わない欲しい。それに……」

 そこで言葉を句切ってしまったのは、次の台詞が妙に恥ずかしかったからだ。

「それに……私だって今回みたいに失敗する。その時、声をかけてくれる者がいて欲しい」

 背中を向けていた彼が驚いた顔をして、またこちらを見た。どういうわけか、今度は自分が目をそらしてしまう。

「……俺で良ければ、そうします」

 いつも、いやいつもより明るい声で櫻井が返事をする。私は何も言わず頷いて、完全に彼に背を向けた。後ろからは、彼が小声で「よっしゃ」と言っているのが聞こえてくる。

 全く……気に食わない。こんな状況なのに、頭に浮かんできたのはさっきまで部屋にいた、あの女のしたり顔だ。私が言った通りだろと、どこかで得意げに言ってそうな気がして、そこが悔しくて仕方なかった。

 それなのにどういうわけか、顔は熱くなっているし、唇から笑みもこぼれそうになっていた。

 そしてそれを必死に覆い隠そうとする自分が、また妙に恥ずかしかった。

お読みいただき、ありがとうございました。


日常の謎の範疇に収まっていたのか、わかりませんが、これは日常の謎です。

矛盾点や伏線を結構わかりやすくしたので、解ける方には解ける問題だったかと。

最終回はいるのかなと思いつつ、二人がどうなったかだけは書きたかったので付け足しにように書きました。

では、お読みいただき、ありがとうございました。

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