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“Puppy”

高校三年生の蓮見レイは、担任の教師である海野から「子犬が校内で殺されていた」と知らせを受ける。

そしてある頼まれごとをされるのだが……。

「あらら、これはグロテスクだね」

 聞くところによると学校の備品だという青いビニールシートをめくると、血まみれの子犬が無残に横たわっていた。傍にはカッターナイフが捨てられている。身体中、まるで芸術を楽しんでるかのように、まんべんなく傷があり、黒い毛並みは赤く染まっていた。腸が少しはみ出しているのもショッキングだ。

 とりあえず手を合わせてこの小さい命を悼んだ後、そういうところをくまなくチェックして、その死骸にビニールシートをかぶせて、立ち上がった。

 そして横にいた、いつものように無表情な海野先生を見た。

「それでティーチャー、いたいけな高校三年生の令嬢に、こんなかわいそうな物を見せてどうしろって言うんだい」

「お前が令嬢かどうかは知らんが、別に趣味で見せたわけじゃない。頼みがある」

「だと思ったよ」

 そもそも今朝登校したとき、校内に無残な子犬の死体があったらしいという情報は耳に入っていた。それでいてホームルームのときにこの担任の海野先生が難しい顔をしていれば、何か良くないことが起きたとはすぐ分かる。

ああでも、先生が「難しい顔をしてた」と分かったのはクラスの中でも少数だろう。この人はいつも無表情で、このわずかな変化に気づくのには時間がかかる。一年から三年までずっと先生が担任だったからこそ分かった。

 それで昼休みに急に声をかけてきた。放課後空いているか、と。

「普通は放課後に体育館の裏に連れて行かれたら、告白と相場が決まっているんだけどね。少し期待してしまった十八歳の淡い純情をどうしてくれるのかな」

 今私たちは体育館の裏にいた。その子犬の死骸がここにあったから、当然といえば当然だ。

「俺とはお前は教師と生徒だぞ」

「恋心を前にしたら、そんな関係は無意味だよ。八十年代の青春ドラマでは定番だった」

「ドラマだ」

「分かってるさ。冗談が通じないんだから、まったく……。それで、大方予想できるけど、頼みって言うのは」

 先生は無表情のまま頷く。

「この子犬を殺した犯人を見つけて欲しい」


 2


 高校入学時から人の厄介事によく介入した。運か実力か、正直なところ自分でもよく分からないがたいていの出来事は上手く収められて、そういう実績が噂になり私はいつの間にか、校内では「厄介事を引き受けてくれる美女」という地位を確立した。最初は「厄介事を引き受けてくれる人」という認識だったのだが、それではこちらのテンションがあがらないので噂を誇張した。いや、誇張ってほどでもないと思う。

 それで今日は担任の海野先生からこの頼み事だ。先生からこういう依頼を受けるのは初めてではない。そしていつもたいてい受ける。私は時に自覚できるほどに破天荒な行動を取ってしまうので、停学や退学の危機に晒されたことは一度や二度ではない。そこをいつも助けてもらっているのが先生だから、断るなどできない。

 しかし今回はちょっと疑問を持った。

「ティーチャー、別に苦情ってわけじゃないけどね……これは私じゃなく、警察に言うべき事案じゃないかな」

 未来ある若者が大勢集い、無防備に日々を送る高校の内部でこんな無残な死骸が見つかったんだ。いくら子犬とはいえ、通報して調べてもらうのが筋ってものだろう。もちろん、子犬の死骸じゃ警察はそこまで必死に動かないだろうが、それでも通報しておくべきだ。

「……学園長が、これしきのことで変な噂がたっては困ると仰ってな」

「そうだと思ったけど、当たるとこれまた腹が立つね。あの婆さんは本当に何を考えているのやら」

 この高校のトップである、春日という初老の女性を私は婆さんと呼んでいた。もちろん、嫌っているからそうしている。向こうも校則を無茶苦茶に破る私を毛嫌いしているようなので、お互い様だ。

 そして彼女のモットーは「学校に被害が出ないこと」だ。決して、生徒に、ではない。

「それで私のところへ来たわけだ」

 先生だって当然暇ではないわけだし、婆さんがそんなことを言ったのならきっと全ての教師にはこの件には触れるなという命令が出されたんだろう。そうなると先生としては動けないわけだ。

 だから、中々危険な香りが漂うこんな事に、私を介入させたわけだ。

「すまないとは思ってる」

 無表情でそう告げてくる。もちろん、さっきも言ったように表情の変化はよく分かる。本当に申し訳なさそうにしているという顔だ。そんな顔しないで欲しいね、みずくさいから。

「先生が謝ることじゃない。いいよ、このワンちゃんをこんな目に遭わせた奴をつかまえればいいわけだ。なぁに、簡単なことさ」

 こういう頼み事は初めてじゃない。何度か経験しているので手順は分かっている。そういう意味では比較的に簡単な捜査で済むかも知れない。今までと違うところは、ここまでひどい被害者がいるということだけだ。

「頼んでおいて何だが……危険を感じたらすぐに身を退くんだ、そして報告しろ。あとはこちらで何とかする」

 思わず、くすっと笑ってしまった。それに先生が不機嫌そうにする。

 私がこの依頼をこうもあっさり引き受けた理由がこれだ。先生が私を頼ったのは、この殺された子犬が不憫だということもあるだろうが、何より、こういう事件がきっかけで何か生徒に害が出ないかということを不安に思ってだ。

 いつだって、生徒のことしか頭にない。だから平気で上司の命令を無視する。全く……これほど担任で良かったと思えるのも幸せなものだね。

「分かった、そうさせてもらうよ。さてティーチャー、そろそろお仕事に戻った方が良いね。先生にはファンが多いんだ、私が目の敵にされてしまうよ。あ、ファンが多いと言っても私ほどじゃないけどね」

 そんな冗談を言っても先生は顔色一つ変えない。ただ、じゃあ頼んだと力強い声を残して背中を向けて私の視界から消えていった。

 さて……。

「言ってみてはしたものの……身を退くなんて、申し訳ないけどできないね」

 そういう中途半端なことは性に合わない。やると決めたからには徹底的にやる、これがマイスタイル。異論は許さないよ。

 しゃがみこんで、ビニールシートを再びめくり無残な死骸を見つめる。そういえば、この子はこの後どうなってしまうのだろうか。できれば埋葬してあげたい。まあ、海野先生に何か考えがあるだろうからそれをまた聞きに行くこうか。もし適当なお墓でも作るのなら、私も手伝いたい。

 ポケットから携帯電話を取りだして、ごめんねと呟いた後、その死骸の写真を数枚撮った。

「うん……?」

 そうしているうちに変なところが気になった。首輪をしていないのに、首の周りの毛が下を向いている。

「首輪をされていたのか」

 それで犯人が何らかの理由で取り外したということか。なら、首輪は犯人にとって何か重要な手がかりになるわけだ。あくまで推測だが、頭に残しておかなければいけない考えだろう。

 ビニールシートをまたかぶせて、立ち上がった。こう見えたって高三の女子だ、こういうものを見せられて平然とはしていられない。だから、仕方がないので、胸ポケットからタバコを取り出した。

 ここは高校の校内で、もちろん生徒がタバコを吸うなんて御法度なわけだ。けど仕方ないじゃないか。こんなものを見せられたら、十八歳の乙女としては、何か気を晴らす物が必要なわけだ。

 私の場合はこのニコチンという恋人。ライターで火をつけて文字通り熱いキスをする。

 体育館の壁に背を預けて、ビニールの周りを見渡す。すぐそばには高い塀があり、部外者の侵入を防いでいる。校内に死骸があったということは、犯人はここの生徒か関係者という可能性が高い。そうなると絞り込むことは難しくはないかな。

 しかし、どうしてこんなところでこんないたいけな子犬を殺したのかは分からない。

 白い煙を吐き出したところ、急に横に気配を感じたので振り向くと先ほど仕事へ戻ったはずの海野先生が立っていた。私がタバコとラブゲームを楽しみながら考えにふけっている間に戻ってきていたらしい。

 やっぱり無表情。だが、そこから怒りは伝わってくる。

 タバコを吸っているところを教師に見られたのだから焦るなりなんなりすべきだろうが、私の場合はこういう経験をもう何度もしているので慣れたものだ。

 タバコをまた取り出して先生に差し出してみる。

「先生も一本どうかな。シガレットチョコだよ、タバコ味の」

 こんな小粋な冗談を無表情で聞かれたら寂しくなって泣いちゃうよ、ティーチャー。

「日常の謎」とよく言いますが、その範囲はまるで定まっていません。

人が死ねば、日常の謎でなくなるかというと、そうでもないように思えます。

『動物が死んだ』は「日常の謎」の定義に入るのでしょうか?

そんなことを思いながら書いた作品です。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

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