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 二軒目のアパートに来た小林さんは先ほどまでのことがウソのように、生き生きと物件を紹介してくれた。


「ここ、何度か案内で来てるんですけど、やっぱりいいですね。この条件でこの賃料はなかなかないですよ。もうちょっと広かったら私が住みたいくらいです」

「随分親身になってくれるんですね」

「私、こうやって案内するのが一番好きなんですよ。お買い物で悩む楽しさをお客様と共有してるってカンジで。」


ニコニコしながら、部屋に関する色々なことを説明してくれる。


「何か気になることとかないですか?バンバン質問してくださいね」

フンっと小さくガッツポーズを作る。かわいい。さっきのことなど忘れたかのように明るく振舞う小林さんにツッコミたくなったが、せっかくいい気分みたいなので、水を差すのはやめておいた。


「うーん、特にないですね。思ったよりオシャレな部屋でした。」

「そうですか、もう戻って手続きされますか?」

「そうですね大体腹が決まりました」


 車に戻ったあとも、近辺のオススメ物件や変わった物件についてニコニコしながら語ってくれた。その様子は1軒目のことを忘れたというよりは、思い出さないようにそうしているようにも見えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「「は?」」


事務所に戻り自分の希望を伝えたところ小林さんと佐藤さんが口をそろえて間抜けな声を出した。まぁ、気持ちはよく分かる。僕が契約を希望したのは、あのいわく付のほうだったからだ。


「山本さん、考え直してください。あんなに怖い目にあったんですよ!?」

「そうですよ!小林に聞きましたよ、マジでアカンやつみたいじゃないですかあそこ」

「え、えーと……」


 どうしよう。全力で反対されている。


「やっぱり、19,000円は破格ですし、キッチンも広かったし……」


 さらに決定的だったのは小林さんだ。小林さんの手をとって(というか手をとられて)走った時や小林さんに袖をつままれて部屋に再突入した時のドキドキが、その後の小林さんの好印象もあって変な風にプラスに置き換わっていた。これがつり橋効果というヤツだろうか。


「……これは言わずにおこうと思ったんですが」


 僕の言葉をさえぎるように、神妙な面持ちで佐藤さんが口を開く。


「この物件の管理会社に大学の同級生がいるんですよ。そいつに聞いたんですけど……その部屋の隣の人から管理会社にクレームが来たらしいんです。隣から女性の泣く声が聞こえてうるさいって……その人は半年前に別の取扱店で契約して入居してたんで、隣の部屋のことについては知らされていなかったみたいです」


 そこで一旦息をつく。


「管理会社はその人に事情を説明して、この部屋のお祓いをしてます。それでとりあえず声はおさまったってことで、その人はまだそこに住んでます。それまではこの部屋の賃料はもっと高かったんですけど、このことがあって大幅に引き下げました。べらぼうに安い賃料に魅かれた人を住まわせてみて、何もなければその人が引っ越したあとに賃料を元に戻そうとしてるみたいです。つまり……」


 ズイっと佐藤さんが顔をよせてくる。


「今ここに住むってことは、生贄にされるってことなんですよ!」


 そ、そこまで言うか……。しかし、一度腹を決めた以上簡単に引き下がりたくない。


「今の話だとすでにお祓いはしてあって、それ以来特に周辺には何も起きてないんですよね?だったら多分大丈夫なんじゃないですかね」


 軽い感じで答える。


「ちなみに、前の住人さんってどうして自殺なんてしちゃったんですか?」

「はっきりとは分からないんだけど、多分男女関係だろうってことでした……」

「そうですか、だったら……」


 腹の下にグッと力をこめる。


「もし、その人の幽霊か何かでても負けないですよ、僕」


 失恋で自殺しちゃうような豆腐メンタルに精神力で負けるわけにはいかない。


「……」

「……」


 数秒間、沈黙が3人の間に流れる。


「……分かりました、そこまでおっしゃるなら」


 渋々といったカンジで佐藤さんが重い腰をあげようとする。


「何もなかったら安い家賃で住めてラッキーってカンジですし、何かあったらすぐまた引越ししますよ。その時はまたここに相談しに来させてください」


 言うと、二人は少し驚いたような顔をする。


「僕、一人暮らしも物件探しも初めてなんですけど、不動産屋さんがこんなに親身になってくれるもんだと思ってなかったです」


 一人で逃げ出さずに僕の手をとって走り出した小林さん。向こうの得にならない裏話を持ち出してまで僕を止めようとしてくれた佐藤さん。

 どちらも周囲の人に聞いた話や、ネットで聞いた話と比べると、この二人は相当特殊なのだろうと思う。


「まあ、相談しなきゃいけないようなことが起こんないほうがいいんですけどね」


 そう言って小林さんが苦笑いする。


「些細なことでも何かあったらご連絡ください」


 ようやっと佐藤さんが通常営業モードに戻る。


「でも、もう変な物件を案内させるのは勘弁してくださいね」

「それはちょっと残念かなー。鍵閉めに行ったときの小林さんが」

「わー!わー!やめてください!」


 大慌てで僕の口をふさごうとする小林さん。かわいい。

 佐藤さんにはその時の様子までは話してないらしい。まぁ当然か。


 その後、小林さんは事務作業に戻り、僕と佐藤さんは割と和やかに契約手続をすすめた。佐藤さんは先ほどの話の続きを知りたがっていたが、僕の口からは言えない。


 こうして「僕の城」が決定した。あとは引越しと一人暮らしの準備をしないとな。






 このときは「パンチのきいた部屋選びになったな」と軽い気持ちでいた。後にあんな人生観がひっくり返るような大事が起きるとはこのとき考えてもいなかった。


次は引越し時まで飛びます。

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