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 部屋の中は雨戸が閉まっているせいで真っ暗だった。横にいる小林さんの体が強張る。


「とりあえず雨戸開けますね」

「は、はい、すいません」


 玄関から入る光を頼りに部屋に入り雨戸を片方だけ開けた。


「け、結構躊躇なく入りましたね。流石ですね……」


 真っ暗ないわくつき物件に入るのは流石にちょっと勇気が必要だったが、怖がっている女性にそれをさせられないという感情の後押しで割合すんなりと入れた。


 小林さんも部屋に恐る恐るといった様子で部屋に入ってきた。ぐるりと部屋を見回して怪訝な顔でつぶやいた。


「なんか、暗くないですか……?」


 確かにもうすぐ昼だというのに部屋の中が薄暗い。しかしそれには分かりやすい理由が見えていた。


「窓からこんなに近くに壁があるんですね。さすが東京……」


 窓のすぐそこに別のアパートの壁があった。窓は南向きなのだが、こいつのせいであまり日光が入ってこない。


「いや、それにしたってこの薄暗さは……それになんか寒くないですか……?」

「光入ってこないですからねー。3月ってもう春のイメージですけど、実際結構寒いですよね」

「いや、単純に寒いというかゾクゾクするといいますか……空気が重ーいカンジしません?」

「風通しが悪いんでしょうねー。その辺りも低価格の理由なんですかね。」

「そ、そうなんですかね……それにしても空気が淀んでるというか、なんか変なにおいしません?」

 

 確かに、臭いは入ったときから気になっていた。かび臭いのと線香のにおいが混ざったような臭いがしている。


「あー、確かにカビ臭いカンジの臭いしますね」

「カビというか、おせん」

「やっぱ風通し悪いとカビとかきちゃうんですねー。窓とドアはちょっと開けたままにしておきましょうか」


 小林さんのセリフを遮るように、言い訳がましいことを言う。

 何か、これでは立場が逆転しているみたいではないか。

会話だけ追うと僕が小林さんにワケ有り物件を押し付けようとしているように聞こえるが、実際は僕のほうがお客さんである。


「じゃあ、部屋はこのくらいにして水周り見ていいですか」

「は、はい……」


 二人で台所を見て回る。この物件は一人暮らし向けの物件のはずだが、キッチンが妙に広い。実家では気が向いたときに簡単な炒め物を作るくらいしか料理はしていなかったが、これを機に料理を趣味にして、ライトノベルの主人公のようにモテモテになってやろうか。


僕がそんな碌でもないことを考えていたその時だった。



ユニットバスから物音が聞こえる。



なんというか、濡れた磁器を指で強くこすったような音だ。

隣の部屋の人が掃除でもしているのだろうか、と思っていると顔を真っ青にして目に涙を浮かべた小林さんがこちらの目を見て。


「もう、無理です……限界です……山本さん!」


ほとんど声になっていないかすれ声で叫び、僕の手をとって、駆け出した。階段を転げ落ちそうになりながら下り、僕の手を離し電光石火車に乗りこむ。仕方なく僕も助手席に乗り込んだ。小林さんはエンジンを始動させようとするが、手が震えてうまくいかない。


「ちょ、ちょっとどうしたんですか。ドアも窓も開けっぱなしですよ」

「こ……こ……!」

「え?」

「声!声しましたよね!?音なんかじゃないですよ!女の人の泣き声でしたよ!」


 すごい剣幕でまくしたてる小林さん。すいません、さっきの音より今の小林さんのほうが怖いです。


「と、とりあえず落ち着いてください!落ち着いてください」

「はぁ、はぁ……す、すいません。あぁ……ウソでしょぉー……こんな真昼間に……」


 まだブルブルと震えてながらブツブツ言っているものの、なんとか正気を取り戻してくれたようだ。


「窓とドアの鍵、僕閉めてきますよ。鍵貸してください。」

「いや、流石にそれは私の仕事ですから!」

「そうですか。じゃあ、僕はそこのコンビニで塩買ってきますよ」

こういうときは塩を体にふるというのは母親からの伝聞でなんとなく覚えていた。


二人で車を降りたが、小林さんはしばらく棒立ちで逡巡したあと。


「本っ当に申し訳ないんですけど、鍵、お願いしていいですか……?」

「じゃあ一緒に行きましょうか。一人だと僕も心細いですし」


結局二人で戸締りをしにいき、二人でコンビニに行って塩を買ってかけあうことにした。


 僕はあの、始終袖口にしがみついてぺっぴり腰になっている小林さんかわいらしさで頭がいっぱいで、あの「音」のことは頭から零れ落ちていた。


人間、パニックになっている人が傍ににいると、自身は妙に冷静になってしまうものである。





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