① 一ヶ月前
ずいぶんと急な転勤を言い渡された。なんでも東京支社の社員が実家の都合で急遽退職したらしく、後釜として僕に白羽の矢が立った。まぁ、特段本社に執着があったわけでもなかったので、これも経験、と思い快くひきうけることにした。
異動日まであまり時間もないのですぐに転居先を探すことにした。これまでが実家暮らしだったので初めての一人暮らしになる。両親や会社の人に聞いたり、ネットで情報を集めたりして、初めての「自分の城」選びを半ば楽しみながら進めていった。
日曜日を利用して、ネットでみつけた手頃な物件を実際に見るため、現地の不動産屋に向かった。雑居ビルの二階にある小さな事務所のドアを開けると、カウンターの向こうにいた若い女性がこっちに気付いた。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
「10時に予約していた山本です。ちょっと早かったですかね?」
事務所の掛け時計をチラリと見ると、まだ9時30分を少しすぎたところだ。
「前の方がのご案内があと30分ほどかかると思いますので、それまで少々お待ちいただいてよろしいですか」
「じゃあ、ここで待たせてもらいます」
「承知しました」
カウンターの前にある椅子に座り、スマホを取り出した。暇つぶしにゲームを始めたところ、ファイルを持った先ほどの女性に声をかけられた。
「ご希望の物件はお決まりと伺っていますが、よろしければお待ちの間こちらご覧になってください。同じ区画とその周辺の物件情報です」
「あ、はい、ありがとうございます」
「コーヒーいれてきますね」
ファイルを受け取り、パラパラとめくってみる。何枚かサラサラと眺めてみたが、ネットで見て決めてきた物件以上に条件に合う物件はなさそうだ。それでもしばらくは暇だったので資料を眺めてみる。20枚ほどパラパラとめくっていると、とんでもないものを見つけた。
賃料 19,000円
「え?」
驚いてよく見直してみるが、どう見ても19万円ではなく1万9000円だ。