⑨
会社に着くと、やはりというか課では一番乗りだった。昨日一度来ておいたのは正解だった。とりあえず昨日堺さんが座っていた席に座り、机の上の書類などパラパラとめくって見る。
堺さんとは、メールで職員のデータのやり取りをしたことがある。そのため、見慣れた書類もあったが、ひとつひとつの仕事の分量が本社に比べ少ない分、広い範囲を担当するようで、本社では別の人が扱っていた書類もある。
しばらくすると、神田さんがやってきたので挨拶する。
「おはようございます」
「おはようございます、ずいぶん早いね」
おや、と思う。
神田さんは僕と同世代だとは思うが、昨日のイメージだとほぼ初対面の人にフランクにタメ口で話かけるタイプに見えなかったからだ。まぁ、ここでは先輩なので僕のほうはちゃんと敬語を使おうかな、などと思いつつ
「今日5時くらいに目が覚めちゃったんですよね」
「ずいぶん早起きだね。まぁ最初の日だから緊張しちゃうよね」
ふふっと控えめに笑う。初めて神田さんの笑顔を見た。一日のはじまりは過去最悪の部類だったが、なかなかいいものが見られたので、まあ、プラスマイナス0ってところか。そんなことを思っていると、神田さんの顔から突然笑顔が消える。
「山本くん、顔色悪いね……朝ごはん食べて……いや」
僕の少し後ろに目線を合わせ、しかめ面でこういった。
「山本くん、昨日、肝試しかなにかしてきた?それか道に迷って変なところ通ったとか」
一瞬頭が真っ白になる。
「え、ど、どうしてですか」
しどろもどろになりながら答える。
「タチのあんまりよくないものの気配がする」
「やだなぁ、僕そんなタチの悪い人じゃないですよぉ。いきなり悪人認定しないでくだ」
「いや、そういうことじゃなくてね」
冗談めかして返そうとするが、しかめ面のままの神田さんさえぎられる。
「分かりやすく言うとね、幽霊か何かの怨念みたいなものの残り香みたいなものが付いてる」
僕の事情など知らないはずの神田さんに看過されてしまい、気が遠くなりそうになる。まだどこか自分の気のせいじゃないかと思っていた節があったが、どうやらもはや逃れられないのだということを悟る。
「わたし、そういうの見えちゃうんだよね。いきなりこんな話したら変な人だと思うかもしれないけど……」
神田さんが少し俯く。以前の自分であれば「でたーww自称霊感少女だーwww」と心の中で騒いで、少し距離をおくことを決めるのだが、今の自分の状況的にそうする気には全くなれなかった。
「山本くんはこういうの信じない人かもだけどね、でも、経験上そのままほっといてよさそうなカンジじゃないよ?」
心配そうにこちらの目を見てそういう。
この人に相談してみよう。そう腹を決める。解決しなかったとしても、それがこの人とお近づきになれるなら悪い話じゃない。
「実は……」
僕は、ことの一部始終を神田さんに話しはじめる。
まさか、仕事の相談より先にスピリチュアルな相談をすることになるとは思わなかったなぁ……