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 空から落ちてきた雪はアスファルトを黒くした。この様子だと積もることはなさそうだと、三郷幸村みさと ゆきむらは安心していた。しかし、そのような安堵の感情の奥にどす黒い負の塊のようなものが胸の中に居座っていることを、三郷自体理解していたし、意識もしていた。しかしそれこそが今の目的地へのたった一つの理由でもあるのだが。

「クリスマス前だっていうのに…」

 くしゃくしゃの手描きの地図に目を落としながらため息をついた。12月22日の今日、三郷が彼女に振られてから実に3日後の事である。

 

   *


 「え、今なんて」

 「…私たちもう無理だよ。別れよう」

 朝の10時頃に彼女の大学付近の喫茶店に呼び出され、二人分のコーヒーが運ばれてきた時に唐突に告げられたのだ。個室風に壁に囲まれたテーブルをはさみ、私は彼女を彼女はコーヒーの入ったグラスの一点を凝視していた。

「な、なんでだよ! 俺なんかしたか? 」

「…最近会ってくれないし」

 確かに今日会うのは本当に久しぶりで最後にあったのは1か月以上も前のことになる。こっちが会おうといえば彼女が用事で、彼女が会おうといった時は俺が用事だったりと、全く2人の予定が合わないというのが原因だった。

「それは俺だけが原因じゃないだろ。俺もお前も忙しいんだからしょうがないじゃないか」

 この言葉が気に障ったのか、彼女は横にあったカバンを持ち、立ち去ろうとした。

「そうだよね、私も悪い。だからここら辺が潮時だと思うの。さようなら、今まで楽しかったよ」

 追いかけようと立ち上がったが、立ちくらみでまた座った。昨日、友達と夜遅くまで飲んだのが原因だ。孤独が押し寄せてきていてもたってもいられなくなり、その日は家に帰ってそのまま床に伏した。

 ここで終わればただの痴話なのだが、問題はここからだ。12月20日の朝、『あるもの』を捨てようとしたのだが、それがなかった。昨日家に帰ってきた記憶があいまいなのもあり、もしかして振られたことでそのまま捨てたのかと思ったが、それらしき痕跡はなかった。それ以外にも捨てようと思っていたものがことごとく無くなっていたのだ。どうせ捨てるものだったから無くなってもいいのだが、記憶がないところでなくなっているのが不気味だった。

 「…ということがあってな」

 「うはははっ! そりゃ災難だったな。まぁ飲め! 朝まで付き合ってやるよ」

 ちょうど休暇を取っていた同級生で新米警察の尾﨑(おざき)を自宅近くの居酒屋に呼び出し2人で飲んでいた。尾﨑は明るくバカなので、こういう傷ついたことがあった時は一緒にいると気が楽になった。

「で、捨てる予定の物が無くなったんだろ? 手間が省けてよかったじゃねーか! 神様がお前に味方してんだよ」

「確かにそう言わてみればそうだが…」

 俺の少し不安になっている表情を察してか、尾﨑はこう言い放った。

「俺の上司が言ってたんだが、都合のいい便利屋がいるらしい。何でも俺ら警察が頼りにするぐらいだからお墨付きってやつだ。どうだ? 頼んでやろうか? 」

「…お願いしてもいいか? 」


 *


 三郷は尾﨑と飲んだその1日後に尾﨑の勤め先の交番へ行き、そこで今の目的地までの手描きの地図を渡された。ふらっと顔を上げると『秋葉商店街しょうようしょうてんがい』とかかれた直線目測で50mほどのガレージ街が三郷の前に広がっていた。三郷以外誰ももいないこの商店街の上はドーム状にガラスが張っており、三郷のの足音だけが響く。三郷の中で一層孤独感が増し、胸の中の黒い感情が大きくなっているのを感じた。それに気づいた三郷は舌打ちを一打ちした後に地図に目をおろした。尾﨑が書いたとされるその手書きの地図には、このガレージ街のちょうど真ん中あたりに『裏路地入れ』となぜか片言で表記されていた。三郷はちょうど商店街の真ん中の辺りで左右を見渡した。するとちょうど三郷の右にそれらしきものを発見した。その建物をよく見ると、確かに2階の明かりだけは点いていて人の気配がした。裏路地に回ると、正面の真後ろの面にそこから2階へと上がる階段を発見した。階段を上がりきったところにあった看板に三郷は目を向けた。

「『偽善屋』…? 何だこのネーミング」

 偽善とはそんなにいい言葉には使われない言葉だ。まだこの中の人に一度もあっていないが、三郷は少し嫌悪感を抱いた。そして昔ながらの回転式のドアノブを回しドアを開けた。

「いらっしゃいませ『偽善屋』にようこそ。お待ちしておりました。み、みさとゆきむ…ブハッ! 」

「おい、ボス! 笑うなってあんだけ言っただろうが!! 」

「ふははははっ! だ、だって! み、みさとゆ、ゆきむらって!! 外国人に説明に『タロウ・ヤマダ』って言ってるみたいな名前で…! アハハ! やっぱ駄目だわ! 死ぬ! 笑い死ぬ!! 」

「おいぃ! いい加減にしろ! ユキムラさんがものすごく不機嫌と困惑が混ざったような顔をしてるじゃねーか!! 」 

 例えるならば部長クラスに人間が座るような大きな机と立派な椅子に座っていた女は三郷の名前に大爆笑し、コンピューターの前に座っていた男がその女に怒鳴り散らしていた。三郷の『偽善屋』への最初の印象は最悪だった。


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