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魔法な世界で愛されて  作者: きつねねこ
魔法な世界で愛されて
6/32

5話

 キィン、カァン、キィン。


 けたたましく鳴り響く、鋼と鋼がぶつかり合う金属音。剣と剣が織り成す、火花散る剣戟の舞。私の目の前で、王子様と一人の騎士が真剣な顔で切り結んでいる。とは言っても実戦ではございません。王子様の剣術の訓練でございます。


 魔法があるこの世界、最高の戦力と言えば魔法を使う貴族の魔道師。

 ですがいざ戦となれば、剣を持った平民も戦う訳です。基本的に魔法が使えない平民は、剣こそ力の象徴として戦います。槍や弓、或いは農具である鍬や鎌で戦う人も居るでしょうが、一般的には剣でしょう。


 平民の上に立つ貴族。その貴族の男子たる者は剣でも上に立つべきである。それが我が国サクライスのモットーなのです。貴族と平民との決闘では剣のみの場合もあるんだとか。決闘自体行われるのは非常に稀なのですが、この世界あるんですよねぇ。決闘が。


 そのような我が国の王族である王子様。貴族の頂点であるから剣術の訓練は当然行うわけです。そこまでは良いのですが、何故に私がそれを見学しているのでしょう? 部屋で本を読んでたら『俺の腕前を見るがいい』と手を引かれ庭に連れ出されました。


 なんとなく理由は察します。懐かれましたね。夏休みに親戚の家に泊まり行った時の、懐いてくれた年下の男の子とそっくりです。縄跳びや鉄棒をするのを見てとせがまれました。


 懐かれた理由は思い当たりません。何故私に懐いたのでしょう?

 王子様から見てお父様は教えを請う相手。お母様もその奥さんと言う事で似たような立場。弟のサージェは6歳の子供。護衛役の騎士様方は年が離れてる上に王命を受けた、ある意味目上の人達。使用人の皆は平民で立場が違いすぎ。貴族で年が近くて自由に連れまわせるのは私だけ、と。なんだ消去法か。


 庭に用意されていた椅子に座り見学して居たのですが、正直見てられません。王子様の腕前の良し悪しではなく、訓練なのに真剣で斬り合っているので怖すぎるのです。初めのうちは見てたのですが、重量感たっぷりの真剣のチャンバラは心臓に悪すぎます。刃物なんて剣どころか包丁すら使った事がない私には、見るだけでも刺激ありすぎですよ。


 そのような訳で見てられないので、現在は本を片手にテーブルに置いてあるサンドイッチをモグモグしております。このサンドイッチは、昔私がコックさんに頼んで作ってもらった物の発展形です。本を読んでる時に片手間で食べれるのが良いので作ってもらったのですが、家族や使用人の人達の評判も上々です。前世の知識が活躍した奇跡の出来事。


 とまぁ、まるで私の手柄のように言いましたサンドイッチ。ですがお母様すら認めるほどの味にしたのはコックさんなんですよね。食感の良いパン作りから、パンに合う中身の模索やら。サンドイッチ伯の称号は私ではなくコックさんの物でしょう。


 そんな美味しいサンドイッチを右手で摘み、食べようとした時に風が吹いて落としてしまう。そう言えばここは外でした。お上品に軽く摘んだのが失敗失敗。でもテーブルの上に落ちたのが幸いです。再び摘んでくるっと回して綺麗なのを確認。


 そして口を開いたその時に、私を見つめる視線に気づく。


「……」

「……」


 無言で見詰め合う王子様と私。

 あらやだ。なんでしょうか、この胸に生まれるドキドキは。これが恋? な訳はなく、食べる所を殿方に見つめられれば恥かしくて堪りませんとも。いえ、わかっています。わかっているんですけど。


「……お前は、俺を見ないで本を読んでるかと思えば、テーブルに落ちた食べ物を拾って食おうとしてるとは」

「あ、あははは」

「笑って誤魔化すな」


 呆れた様子で空いてる椅子に腰掛ける王子様。どうやら剣の練習は終わったようです。程よく汗をかいてる姿は爽やか男子で素敵です。少しの疲労が浮かぶ表情は、憂いを含んだ感じでイケメン度当社比2倍です。心中で褒めちぎったので、見てなかったのはこれで許してくれませんか?


 一方的な謝罪を終えて、サンドイッチを食べようとしたら手を掴み止められました。


「落ちた物を食うな。それは捨てて別のを食べろ」

「でも、もったいないかと」

「もったいない?」


 日本人の常識である『もったいない』が通じない。けれども大丈夫。そんな事は経験済みでございます。ある時の夕食で、お父様やお母様がもったいないをわからなかったのは体験済み。その後に説明して理解してもらったのも実証済み。ではでは僭越ながら、その時と同じ感じで説明をさせていただきましょう。


「このサンドイッチという食べ物ですが、どうやって作られているかご存知でしょうか?」

「パンに肉と野菜を挟んでるだけだろう?」

「その通りでございます。ですが少々付け加えさせていただきます。まずパンを作る小麦ですが、殿下もご存知の通り農民の方々が日々精魂篭めて畑を管理し、数ヶ月をかけて収穫しております。さらにその後小麦を粉状にしてから出荷し、それを買い付けた商人の方々が売りに出し、買った小麦粉を我が家のコックが――」


 私の言葉を黙って聞く王子様。要約すると、こんなに色々な人と時間と手間がかかってますよ~と言ってるだけですね。これは平民の暮らしの上に貴族の暮らしが成り立ってると、殿下に忠言申し上げているのではありません。後付の理由であって実はただの貧乏性です。貴族の癖に貧乏性ですいません。ですけど食べれるのにポイと捨てたら勿体無いじゃないですか?


 あの厳しいお母様すら認めてくれたのです。夕食に出た貴重な甘味であるアップルパイ。その最後の1ピースをうっかりテーブルに落してしまい、お母様に止められてもどうしても食べたかった私は必死に語った。最後には諦めた目をして認めて下さったのです。あれ?


「――ですので、テーブルに落したとは言えまだ食べられるのですから、簡単には捨てられません。むしろ大切に感謝して食べたい。その気持ちがもったいないと言う事なのです」


 私の話を黙って神妙に聞いてくださる王子様。話してる私が言うのはなんですが、毒のある河豚すら食す日本人の食へのこだわりが染み付いてるだけですので、そう畏まられると罪悪感がひしひしと。忠言でもお説教でもなく、ただの貧乏性のいい訳ですのよ。


 色々な意味で居た堪れない私は、その原因たる物を隠滅しようと行動します。ですがそれは叶う事はありませんでした。右手のサンドイッチは王子様にひょいと取られてしまったので。


「考えさせられる話だった。なのでコレは俺が食おう。お前は皿に乗っている別のを食べるがいい」


 そう言った王子様を少しだけ、ほんの少しだけ格好良いと思ってしまう。子供ながらに私を気遣い、食べられるとは言え落ちた物を自らが引き取るのですもの。今までの王子様の行動を鑑みると、気遣いではなくしたい事をしてるだけな気はしますが。


 少しだけ見直した俺様王子様に、最後に一言申し上げねばならない事が。


「あの、後でお腹を壊しても怒らないで下さいね?」

「腹を壊すかもしれんのに食おうとしたのか? お前もしかして……」


 ただの食いしん坊です。






 我が家は騒然となっていました。

 王子様がやって来た状況にも慣れた頃、その王子様が熱を出して倒れたのです。


 魔法がある世界なのですから、魔法で瞬時に病気なんて治せるだろう。残念な事にそう上手くはいかないようで。治癒の魔法はもちろんあるのですが、それは怪我を癒せるだけなのです。病気の人に治癒魔法を使おうものなら、下手をすれば悪化するとかなんとか。例外に女神様に仕える姫巫女様の魔法があるそうですが。


 思うに治癒魔法は対象の生命活動の増強なのではないでしょうか? ですので病人に治癒魔法をかけた場合、回復力を上げると同時に病原菌たるウィルスも活性化。体内の抗体とウィルスの戦いに火に油を注いで悪化する事になるのでは。


 細菌と言う概念の知識がある私ならば、病原菌を消し去る画期的な治癒魔法が作れるかも。ですが何故だか善玉菌さんまでやってしまう未来が見えます。治そうと思ったら止めを刺した、なんて怖いのでやめときましょう。そもそも魔法の才能が最底辺ですし。


 治癒魔法の事実はさて置き、自己回復で何とかしていただくしかない王子様のご容態ですが……。我が家御用達のお医者様曰く、ただの疲労から来る発熱だそうな。一晩寝ていれば大丈夫。良かったですね。そう思ったのは私だけだったのですけれど。


 お母様と使用人の人達は顔を青くしていましたし、お父様すら険しい顔をなさっていました。サージェも空気を読んでか部屋にお篭り。護衛の方々に至っては殺気を放ってお医者様を見送る始末。非常事態に我が家はまるっと臨戦態勢。


 そんな中で何故か王子様のご看病をする事になった私です。


 普通ならば王族専門のお医者様か使用人がお世話するのですが、勉学の為か今回のホームステイでは連れて来たのは護衛のみ。ならばリートバイト伯爵家の使用人がしようにも、恐れ多くて出来ないそうな。平民の人から見ると私が思う以上に王族とは天上人なのでした。それではと護衛の人やうちの両親が看病をしようにも、貴族だからか看病経験が皆無で不安が残る。


 お医者様を送り届けてしまったのが後の祭り。誰が看病するかとなった所で白羽の矢が立ったのが私です。気が向けば愛弟サージェの面倒を見ていた私。当然看病もした事があります。看病経験者と言う事で、10歳の私が大抜擢。


 推薦したお父様は身内ですので信じてくれてたでしょう。ですが護衛の方々は藁にも縋る気持ちだったはず。王子様が常日頃どれだけ努力をしているか、隊長さんがとてもとても熱く語ってくれましたから。私が熱を出しそうな程。愛されてるな王子様。


 そんな訳でして、現在私は王子様の看病中です。


「うぅ……」


 熱でうなされている王子様。少しでも楽になるようにと濡れたタオルを頭に置きます。時間が経って、様子を見てはタオルを水に濡らし絞って額に乗せる。看病などと偉そうに言いましたが、出来る事なんてこの程度。疲労の発熱なので十分でしょう。


 苦しそうに寝入っている姿は可哀想。消去法とは言え懐いてくれた。日頃どれだけ頑張ってるかも隊長さんのおかげで理解した。そのせいか目の前の王子様が愛おしくなる。まるで弟に接するような気分です。リートバイト家に王家の血は入ってないので、実際は弟どころか血縁ですらありませんが。


「ん……」


 年上ですが弟認定させて頂いた王子様が、虚空を掴むように手を彷徨わせる。私はベッドの側により、その手に優しく手を沿わせて握る。


「母上……」


 その呟きに思わず手を離してしまう。弟認定した私も失礼ですが、虚ろな状態とは言え母親扱いは乙女に失礼でしょう。精神と肉体の年齢を足して割れば乙女ですとも。ギリギリかもしれないけれど。


 私の手が離れた王子様の御手は、またも虚空を彷徨います。それを見て溜息ひとつ。弟のように私に懐いてくれた頑張り屋さんの王子様。母親扱いしたのは大目に見ましょう。虚空を彷徨うその手を、今度は離さないようにしっかり握る。ついでに安心するよう声かけサービス。


「殿下、私はここに居ますよ」

「母上……良かった」


 手を握って安心したのか、呼吸も落ち着き始めて一安心。乙女のプライドとのトレードオフの成果は絶大です。


 握った手は王子様だと言うのに固くてびっくり。剣術の訓練等の結果なのでしょうね。白魚のようなとは程遠い男性を思わせる力強さ。本当に頑張ってるんだなぁとしみじみ思ってしまいます。将来国を背負う王子様の為に、気が済むまで手を繋いでおいてあげましょう。私がしてあげられる事はそのくらいでしょうから。


 お姉さんぶって看病していた私ですが、気づけば寝入っていたのは内緒です。






 一月にも渡った王子様の領地運営のお勉強。

 それもついに終わりの時を迎えました。


 王子様ご一行をリートバイト家全員で見送ります。当主であるお父様と挨拶を交わす王子殿下。真っ直ぐな感謝を述べる王子様とそれに応えるお父様。二人共に金髪美形で絵になります。


 挨拶を終え馬に乗り、いざ出発だと言う時に白馬が一頭私の前にやって来ました。忘れられない白い毛並みの、王子様の愛馬です。また気づかぬ内に貴族的タブーをやっちゃった? とこっそり焦ったのですが。


「思ったよりも適当で変わった奴だったが、お前にも世話になったな」

「色々失礼いたしました」


 私の返事に苦笑いを浮かべる王子様。私が気づかないだけで、本当に失礼な事をしたんだろうなぁ。勉強に来た先の貴族の娘だから、かなり大目に見てくれたんでしょうねぇ。今更ながらに申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 王子様はそれだけ言うと護衛の方々の中に戻っていきます。そしてそのまま護衛を連れて走り出して行きました。さすが王族と護衛の馬達なのでしょう。砂埃を上げて、駿馬の集団は短い時間で遠くへと離れて行きました。


「寂しいかい?」


 いつの間にやらお父様が横に居て、私にそう問いかけてきました。私はその問いに素直に答えます。


「はい、寂しいです」


 私の意志なんて気にせずに連れまわしてくれた王子様。自信に溢れ、いつも楽しげにしてた男の子。口から出る言葉は良い事ばかりではなかったけれど、子供らしい真っ直ぐな態度は嫌いではありませんでした。


「またいつかお会い出来るさ」


 お父様は私を慰める為にそう言ってくださりますが、貴族と言えど王族にはそうそう出会えません。面会なんて相当地位の高い貴族でもなければ叶いません。パーティーでも王族が出席する場合、格が高い貴族か、それらに招待された貴族でもなければ参加できないのです。うちは伯爵家ではありますが、伯爵位の中でも高い方ではないのです。そこの次期当主でもないただの長女の私が、王族に出会う機会などないでしょう。


 思えば10歳の社交界デビューの時に出会ったのも不思議なものです。今ならダンスの誘いにも乗ったでしょう。彼と踊れなかった事が少し残念に思います。


 郷愁の思いに似た感情を抱いていた私に、お父様が静かに告げます。


「半年後くらいには、ミリィはアンネと一緒に王都に引越しだからね」


 そんな重要なお知らせは、初耳ですよ、お父様。




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