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魔法な世界で愛されて  作者: きつねねこ
魔法な世界で愛されて
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4話

 王子様が我が家に滞在してから数日。


「素晴らしいなリートバイト領は! 緑溢れる畑で働く精力的な農民達! あの光景は王都では見れなかった!」


 王子様が部屋へ来て、学んだ事の感想という名の報告をしてくださいます。

 内容は農業についてですね。うちの領は小麦の生産を大々的にやっています。お父様の父親、つまり今は亡き私の祖父が領地を豊かにする為に小麦畑を増やしたのです。平時では余る兵士の仕事として畑を開墾させる、半農半兵を実施したのです。戦時には兵士が担当していた畑を専農の農民に管理収穫を任せられるように、綿密に細かく地域を分けたりしたそうな。


 結果、領内の食料生産量が上がり他領への売りつけで経済的に豊かになり、仕事にあぶれる兵士が減り、農業が暇な時は治安部隊として仕事を与え治安も良くなった。凄いねお祖父ちゃん。似たような事が屯田兵とかで日本でもあった気がするけど、知ってても私には実戦できそうにないのに。


「お前は見たことがあるか? 見渡す限りの小麦畑を! 凄いぞ!」

「えぇ、もちろんあります」

「そうか! そうだろうな! あのような感動的な光景だもんな!」


 先程からべた褒めしてくださってますが……。

 王都のような人の住む事を優先した都会では畑が少ない訳で。つまり大都会の王都と反対の畑が一杯なうちはど田舎って事ですよ~。王都にある王立図書館や女神様を奉る大神殿とかの小規模バージョンすらない訳です。畑はまさに売るほどありますが。


 田舎が嫌いという訳ではありませんが、誉められすぎると困惑します。自分の故郷とも言うべき領内には思い入れもあり、大好きだと断言できます。が、無駄な反発心でどれだけ田舎か語りたくなるってもんです。田舎の乙女は都会にこそ憧れるのですよ。主に私的娯楽施設な図書館辺りに。


「来て見たら思った以上に実があって驚いている。やはり現場を見るというのは大事なのだな」

「それは良うございましたね」

「うむ」

「そろそろ就寝の時間かと思われますので、明日に備えてお休みになられては?」

「もうそんな時間か!」


 さりげなく殿下の御身を心配した振りをして、乙女の部屋からそろそろ出てけと申してみます。日の出と共に目覚め、日暮れと共にお休みするこの世界。だと言うのに屋敷に戻ってから何時間話続ける気なんだか。私には寝る前に色々やる事があるのに。お母様に申し付けられてる美容的なあれこれを。


「少し話しすぎたか?」

「いえいえ、矮小な我が身に余る栄誉でした」

「本音は?」

「乙女の美容の天敵でございますれば、とっととご自分の部屋に戻って寝てくださいな」


 初日に出会ってから何故かよく『本音』を聞かれます。

 最初はお父様に遠慮して、それでもオブラートに包んでいたのですが、王族自ら本音を聞いてくるんだし、飾らぬ言葉を返す事こそ正しい対応でしょう。王族に対する態度とかが段々わからなくなってきて、素の自分が漏れ出してるだけではありませんとも。そのうち本音はと聞かれずとも漏れそうですけれど。正直な自分が憎い。


「そうだな。お前は特に頑張らねばいかんだろうしな」


 こうやって本音をぶつけて来る王子殿下に、私も対抗して本音で語ってしまうだけでございます。頑張らなくても美形な王子様に、頑張っても地味な庶民の気持ちなんてわからないでしょう。私も貴族のはずですが、とっても庶民の気持ちがわかっちゃうぞ、こんちくしょう。


「殿下もしっかり寝て成長しないと、私よりも背が大きくなれませんよ」

「む」


 立ち上がった私と自分の背丈を比べる王子様。

 10歳の私と11歳の王子様。この次期の子供は一時的に女子の方が背が高かったりするのですよ。女子の方が成長が早いのです。たぶん数年したら抜かされますけど。


 年頃のお子様男子としては、背の高さで女子に負けているのは悔しいでしょう。人の弱点をついてくるなら、同じく弱点で返してあげます。大人気ないと言うなかれ。実際今の私の体は大人じゃないし。言葉にすると、なんだかちょっとアダルティ。


「ぬぐぐぐ、やはり俺はお前に負けているのか! 見ていろ! すぐに抜かしてくれる!」

「頑張ってくださいまし」


 敗者の弁を残しドアへ向かう王子様。

 就寝中の成長なんて見てられないので、ご自分だけで頑張ってくださいね。


 王子様が出て行きホッとする寸前に、呪いの言葉が聞こえてきます。


「ではまた明日な!」


 ちょっとまて王子様。君は毎日乙女の部屋に夜中常駐する気なのですか? 年頃の男の子が女の子の部屋に遊びに来るとか、普通は難易度ベリィハードのはずでしょう? これだから天然イケメンは手に負えぬ。


 一人になった部屋で思わず呟く。


「明日はお茶でも用意しときましょう」


 来客があるとわかっているなら接待せずには居られない。お持て成しこそ日本人の文化ですとも。用意するのはこの世界にもあったカモミールティー。サービスに追加でミルクも入れてあげましょう。


「喜んでくださると良いのですが」


 カモミールティ。

 鎮静効果とリラックス効果。ほどよい睡眠に誘ってくれる素敵な飲み物ですのよ。






 晴天が素晴らしく、陽気のとても良い日。


 私は貴族らしくピクニックへと出かけています。ピクニックが貴族らしくない? いえいえ、とても貴族らしい行事なのですよ? 馬に乗って遠乗りと言う名のピクニックなのですから。


「で、殿下、少し、ゆっくり、お願い、します」


 途切れ途切れの発言で失礼かもしれません。ですがそれも仕方ないのです。王子様と一緒に馬に乗り、絶賛上下に揺られ中なのですから。どこかで聞いた話では、ぐるぐる回り続けるとバターになるらしいのですが、上下に揺れ続けるとチーズやシェイクになったりするんでしょうか。


「貴族の癖に馬に乗れんと言うから後に乗せているのだ。我侭言うな」


 パカラパカラではなく、ドカドカと馬を走らせる王子様。

 いつもいつも貴族らしくない私ですが、今回ばかりは反論しましょう。


 貴族の女子は自らの美しさこそが貴族の証であり宝なのです。ですので、美しさを損なう怪我をするかもしれない乗馬などはせず、移動はもっぱら馬車なのですよ。乗馬を嗜む女性の方は、おてんばと評される剛の者。だから馬に乗れない私はとても貴族らしいと言えますね。正体がただのインドア派だとかでは決してございません。


「いつも本ばかり読んで篭っているからダメなのだ」

「はぁ、申し訳、ございま、せんっ」

「慣れてないのだろう? 無理してしゃべるな」


 私に無理をさせてるのは王子様なのですけれど……。


 今日はお姉ちゃんっ子な弟サージェと遊ぼうと思っていたら、私の部屋へとやってきた王子様。そして一言おっしゃったのです。『遠乗りに行くからついて来い!』と返事も聞かずに手を引かれ、あれよあれよと言う間に馬に乗らされておりました。


 護衛の方達もついて来ようとしたのですが、王子様が拒否した為に、自然溢れる森の中を絶賛二人でランデブー。まぁ私達が出発間際でも鎧を着こんで馬を用意して整列してたので、遠めから見つからないように護衛をしている筈です。ご苦労様です騎士様方。


 美しい毛並みの白馬に乗って、イケメン王子の背中に抱き着いての遠乗り。夢見る乙女が憧れるシチュエーションそのものですね。この状況になって、物語のヒロイン達が王子にキュンと来る理由がわかります。この苦行から開放してくれたら感謝の一つもするってもんです。でも苦行の原因が当の王子様なのですが。


 綺麗な森の中の景色も見れず、馬に落されないように必死に抱き着き耐える私。最初は遠慮して軽く服をつまんでいましたが、気づけば一蓮托生と密着しておりました。貴族の醜聞を気にせずに男の子に抱き着く恥かしさよりも、命が大事な小市民。


 お馬は進むよ、どこまでも。

 この世界に生れ落ちて、今が最も必死になっている私です。






「着いたぞ」


 命を賭けた遠出も終着したようです。

 王子様は馬を降り、返事すら出来ないほど弱った私に手を差し伸べ――――ずに見ております。


 私がお姫様役には不足と言う意見には異議はございません。けれども少しは期待したのです。降りる時に手ぐらい差し伸べてくれるだろうと。期待と言うか希望なのですが、王族相手に上申できるほど偉くないので、自力で如何にか頑張ります。


「ん、あっ」

「おっと」


 堅くなった体に鞭打ち動き、馬から落ちそうになった私を抱きとめてくれた王子様。手を差し伸べない事に不満を持っていたのですが、これでチャラにしてあげましょう。最初から手を差し伸べてくれてたらと思わなくもないですが。


 王子様はそんな私の心情も気にせず、手を引っぱって先導してくださいます。為すがままにされているのは、相手が王族云々ではなくて疲労の為です。インドア派の体力の無さを舐めないでほしいですわ。


「今日はお前にこれを見せたかったんだ。部屋に篭ってて見たことないだろうと思ったからな」


 反論を考えるのも忘れ、王子様が手を広げ示す景色に目を見開く。

 今居る場所は小高い丘らしく、眼下には広大な小麦畑が広がっています。小麦畑は見た事があるけれど、今みたいに高い場所から見るのは初めてです。力強く大地に並ぶ緑の絨毯。単純な自然の景色ではなく、人の営みが生み出した緑豊かな光景に心奪われます。


「素敵ですね」

「そうだろう? 俺が連れてこなかったら見れなかったんだからな! 感謝しろ!」


 自分はこんなに凄い場所を知ってるんだぞ~と自慢したかったのか。それが成功したからか、顔を赤くして笑う王子様。捕まえたカブトムシなんかを見せてくる時の子供そのものです。子供って自分の宝物を見せてきますよね。つまりこの光景は。


「宝物を見せくれて、ありがとう」


 ちょっと疲れていたので、貴族の礼ではなく普通にお礼を言ってしまう。しかも頭を下げたりせずに、顔を相手に向けて言うだけのフレンドリーなお礼の仕方。貴族の私ではなく、昔の私。お母様に鍛えられているというのに、疲労で崩れるお嬢様の包装紙。


 言ってからまずい事に気づいたのですが、王子様は私をボ~と見つめるばかり。いつもの自信に溢れた笑顔ではなく、鳩が豆鉄砲を食らったような驚き顔。庶民的なお礼の作法を目にして驚いていらっしゃるのですね? 王族にこんな風に礼を言う人なんて、私以外に居ないでしょうし。


「後一月か二月もすれば収穫時期です。こんなに素敵な光景ですから、その時の黄金色に染まった小麦畑も見てみたいですね」


 怒られる前に会話を進める。誤魔化す為ではなく、素直な気持ちでもありますが。紅葉を好んで見に行く趣味がない私ですが、目の前の光景に心打たれたのか、また来たいと思えたのです。


「……そうか。収穫時期の景色もきっと美しいのだろうな」


 静かな声でおっしゃる王子様。

 いつもの声高なトーンが出ないほど驚いたのでしょうか。驚いたのかもしれませんねぇ。私だって王族に先程のような礼をする貴族が居たら驚きます。パーティーの時から考えて、次はない気がするので要反省。王子様の顔も三度まで。


 隣に立っている王子様の顔をちらりと窺ってみる。するとそこには凛々しい顔の少年がいました。溢れる自信や王族の威厳を纏っていない、眼下の光景を仄かな笑みで見下ろす年相応の少年が。


 私も彼と同じ景色に顔を向けます。

 暫くの間、丘に吹く爽やかな風を感じながら、二人静かに佇んでいました。






 何にでも始まりがあれば終わりがあります。

 つまり何が言いたいかと言うと。


「よし、帰るぞ」


 素敵な光景に感無量ですが、日が暮れる前に帰らなければいけません。予想外の感動を味わえたので、充実した気持ちで王子様に手を引かれて歩いて行った。行った先には忘れていた絶望が。


「あの、殿下……帰りもコレですか?」

「何を言ってる。当たり前だろう。急ぐ必要は無いが、のんびりしていたら日が暮れるぞ。早く乗れ」


 待っていたのは白馬のお馬さん。白馬が嫌いな訳ではありません。ですが、えーと、どこでも呼べる無線馬車とかありませんか? ありませんね。ありませんか。


 とっても素敵な白馬に乗って、美形な王子様に抱き着き帰宅。何故でしょうか、屋敷に着いた頃には涙が出てそう。だって貴族の女の子だもの。


 今日と言う日は、忘れられない思い出になりました。




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