1話
先の誘拐事件での怪我も癒え、王子様の待つ王都へ再びやってきた私ことミリアリア・ルーデ・フェス・ラ・リートバイト。伯爵令嬢らしく、王子様のお相手に相応しくなろうと決意して帰ってきた王都ですが、立場の変わった新たな生活は予想外なものでした。
まず変化があったのは、門に衛兵として騎士様二名が立っています。王都の治安がいいからと衛兵が居なかったリートバイト邸は危険過ぎると、王子様が派遣してくれたご自身の護衛部隊の騎士様方です。日に三交代制で毎日六人もの騎士様が守りに来てくださいます。
私が所用で出かける時は二名の騎士様も随伴してくださる完璧ぶり。王子様から私を守れと命令されているらしいです。王子様の好意と騎士様方には感謝をいたしますが、同時に物凄く恐縮します。
王子様の護衛隊の方々はただの騎士ではなく、王家が信頼を置く貴族の家の出身の方、あるいは信用する個人、その中でも選りすぐりの精鋭です。田舎の伯爵家の娘を守るにしては、実は身分が高い方ばかりでして。
それだけではなく王子様への忠義も厚く職分にかける心根も熱い方達ばかりで、私が十四歳の小娘だと言うのに敬意を持って接してくださるので余計に頭が下がります。本当に頭を下げたら騎士様方の方がさらに下げてくるので、下げられないのが困りものです。
次に変わった出来事と言えば、王子様の腹心であるアルベルトさんが家庭教師に来るようなったことでしょうか。毎日ではございませんが昼過ぎ頃にはやってこられて、王室のマナーから国賓に対する応対の仕方等々、一介の伯爵令嬢には過ぎたる内容を教えてくださいます。
何故そのような勉強をしているかと言うと、自分で言うのはとても恥ずかしいのですが王子様の恋人になった私は王太子妃、さらに将来は王妃になるかもしれない訳でございます。であるならそれに備え学んでおかねばならない王家の常識。
貴族としては中間くらいの伯爵令嬢とは違い、王族に近しい立場となる為のお勉強。それは思った以上に困難でした。特に難しいのが自国の貴族だけではなく、国賓にすら礼は尽くしても通常は下手に出てはいけないらしく、頭を下げたりはご法度なんだとか。冗談ではなく、もっと偉そうにしてくださいと言われました。
王子様が太鼓判を押すできる文官のアルベルトさん曰く、王族と言うのは偉そうにしていないと戦争が起こることもあるのだとか。偉そうな威厳の欠片もない私は、口を酸っぱくして何度も説明されました。頑張ってイザベラ様の真似をして威厳を出そうとしたのですが、背伸びしてる子供にしか見えないとの低評価。
そして何よりも変わったのが、我が家へ訪ねに来る方が増えたことでしょうか。毎日毎日貴族の方が屋敷に訪ねに来るのです。
彼等が来る目的は簡単です。もうすぐ正式に第一王子として王位継承権を得るレグルス殿下が、命を賭けて救った想い人。その想い人にご挨拶をして、次期国王である王子様への覚えをめでたくしておこうと言う狙いでしょう。
約三年の婚活中に私を訪ねに来る方は稀でした。イザベラ様を初めとした茶会のメンバーのお姉様方か王子様くらいです。それが今では様々な貴族の方が訪ねに来るのです。貴族同士の交流と考えれば当たり前のことなのかもしれません。
ですが私は未だに心はパンピーのなんちゃって伯爵令嬢。王子様に相応しくなろうと思いつつも、思っただけで成れたら苦労せず。見覚えのない方々と日々対面し、迂遠な表現がわからず困り果て、時には直接的なお願いに笑顔を返す。面接官のスキルが欲しい今日この頃。
訪ねてくる貴族の方々と言っても様々な方が居る訳で。税処理や政務処理をする文官の歴々。王都の防衛部隊や騎士団所属の武官の方々。王宮で王家の方の身の回りを世話する皆様。爵位も役職もバラバラで、決まった対応をすれば良い訳じゃないのが悩ましい。
王都へ来る前の私は王子様の恋人になるのを軽く考えて居たのだと実感する日々。あえて先人と言わせていただきますが、靴を落したり毒林檎を食べた先人の方々を尊敬します。王子様と結ばれ幸せになった陰に、このような努力と苦難があったとは。
貴族的に華やかと言えば華やかですが、思っていたようなのとは程遠い恋初め生活。告白を承諾したことには後悔はありません。けれどもう少し恋人らしい潤いが欲しいです。来訪者が来るまでの休憩時間、王家印の箱馬車が来ないか窓から眺める秋の空。
日々の苦労に疲れ果て、恋仲に成る前よりも窓辺で王子様を待つ私でした。
「お帰りになられましたか」
お客様をお見送りしたスフィさんが部屋に戻ってきたのを見て、そっと声をかけました。先程までいらしたお客様が、疲れているだろうから私自身の見送りはしなくて良いと仰せだったので、スフィさんに任せたのですが。
「はい。バラティエ侯爵はお帰りになられました」
「そうですか。お見送りご苦労様です」
いらしたのが侯爵家の御当主様でしたので、言われたからって私が見送らないのは少々不安だったのですよね。
それにしてもイザベラ様のコルベール家と同位の侯爵家の方まで訪ねに来たのはびっくりでした。会って話してもっとびっくりしましたが。
「しかしさすが侯爵様、と言うべきでしょうか。一風変わった方でしたね」
そうですね、とは口には出しませんでしたが私もスフィさんに同意します。我が国サクライスに存在する五つの侯爵家。そのうち一つのバラティエ侯爵家の御当主であるエルゲール・バラティエ様。言うまでもなくとても偉い方なのですが。
私が待機していた部屋にスフィさんがご案内してきて対面した瞬間に驚きました。私と同じ茶色い地味な髪色で、気さくな笑顔を浮かべ親しみ易そうな雰囲気のお髭のおじ様だったのです。
いつもは訪ねてくる方と会う時は緊張するのに『こんにちは。あぁ堅くならなくていい。噂のレグルス殿下の想い人を一目見に来たただの道楽者なのでね』と、笑いながら仰っていきなり肩の力が抜けました。
椅子に座りお茶を出してからもバラティエ様の態度は変わらず、気軽に色々なことをぶっちゃけてくれまして。侯爵家当主などと言ってもただの暇をもてあましたおじさんだとか、面会に来る者が多くて困ってるなら殿下がいらっしゃるかもしれないからと断ればよいとか。『かも』と言うのが大切だとお茶目に教えてくれました。
冗談めかしながら喋りお茶を一杯飲むと、自分のようなおじさんと話しても退屈だろうと言ってすぐに帰って行きました。侯爵様が来たと言うのに緊張もなくさらりと時が過ぎていきましたね。バラティエ様が親しみ易い人柄なのかもしれませんが、おそらくは。
「私に気を使い、親しみ易いような態度を取ってくださったのでしょうね」
私が言うと驚いたのかスフィさんが凝視してきました。数々の貴族の方と会ったことで、多少なりとも相手を視る目が養われているのでしょう。少しは成長しましたね、と自画自賛していると。
「いつもお客様と何を話してよいかわからず、お茶を飲み、お菓子を食べ、笑顔で場を誤魔化していただけではなかったのですね。バラティエ様の真意を見抜くとは感服しました。お嬢様」
「あ、いえ、大体あってますけどね……」
初対面の方とは何を話せばいいかわからず、スフィさんが言うように場繋ぎをしてました。今回バラティエ様の態度が気を使ったものだと思ったのも、前にイザベラ様のお父様である前コルベール侯爵様とお会いしたことがあるからです。
イザベラ様のお父様も本来は威厳があり威圧感があるでしょうに、私とお会いした時は柔らかな雰囲気でしたから。今回のバラティエ様も似たような雰囲気だったので、たぶんそうなのではと思っただけです。言わば事前に解答を得ていただけで、バラティエ様の態度を見抜いたのとは違いますね。
「やはりスフィさんが言うように、さすが侯爵様と言うべきなんでしょうね。う~」
イザベラ様のお父様やバラティエ様の私に対する見事な態度を思い返して、伯爵令嬢の仮面を外しテーブルにぐでっと突っ伏し唸ってしまいます。
何人もの方と対面したからこそお二人の態度に思うことが。一目で相手の性格や状態を見抜き、適した対応をお取りになり、決して相手を不快にさせず好感を得る。ただ威厳があるだけではなく、時には自分を低くする度量と余裕を備えている。
上位貴族である侯爵ともなれば威厳があるだけではなく、さらにその先に居るのだと理解できたのは僥倖でしょうか。もっと上の公爵様や王家の方々も、きっと同じような器をお持ちなのでしょうね。
正直に言いまして、王子様の恋人となり浮かれていました。美しい庭園でお茶を飲み、優雅な午後の一時を楽しむ煌びやかな王侯貴族の生活を妄想したこともございます。
だけど本気で王子様の恋人となるならば、そんな妄想をする前にやるべきことがございました。貴族らしい威厳ある態度すらまだまだな私。将来は侯爵様達のような海千山千の猛者な方々の上に立ってしまうのでしょうか。
「殿下に相応しい立派な貴族令嬢が遠くて挫けそうです……」
「ではレグルス殿下との交際はお止めになりますか?」
私の弱音にスフィさんが反応します。彼女の質問には考えるまでもなく答えはノーです。王妃の地位とか王侯貴族の生活には未練はありませんけど、大好きな王子様と別れるのは嫌なのです。だとするならば。
「うぅ、頑張ります」
「その意気です。お嬢様。焦らず一歩ずつ進んでいけば、いつか立派な貴族令嬢と御成りになれます」
メイド長から王都サクライスのミリアリア邸宅の使用人を取り纏める、家令となったスフィさんの言葉は重みがあります。私を含めても、実質この屋敷を取り仕切るナンバーワンですし。優しいスフィさんの励ましの言葉で頑張ろうかなと思ったのですけれど。
「あれ? でもいつか成れるってことは……」
無表情で佇むスフィさんに質問しようとしたのですが、最後まで言わないでおきました。自分でよ~くわかってますから。ええ、わかっています。
立派な貴婦人になれるかはわかりませんが、自分なりに頑張っていこうと思います。




