2話
私が傷心で部屋に篭ってる時に、その知らせは届いた。
我が国、サクライス王国の第一王子襲来。
先日のパーティーで出会った王子様が来るのだとか。お母様が嬉々として伝えてくれました。それはもう、愛弟のサージェが生まれた時のようなはしゃぎっぷりで。
わかる。わかるよ、お母様。王族が訪ねに来るとか、貴族としては誉れという奴なんでしょう。あ、訂正しなきゃ。貴族の誉れとか私にはさっぱりでした。所詮中身は日本国の平民ですよ。
しかし、改めて言うが私は傷心中なのです。
娯楽の少ないこの世界。本を読む以外に楽しみだった事が魔法を使うこと。ファンタジー物の話に登場する魔法使いよろしく、華麗に魔法を使う自分を楽しみにしていた。空を飛んだり、火の玉を出したりする自分を想像していたのですよ。
だと言うのに、先日のパーティーでの魔力測定の結果は最低ランクのシングル。最底辺。赤点ギリギリ。むしろ貴族的には赤点かもかも? 前世の記憶があって自分はちょっと特別だ。だから魔力も相応にあるだろう。根拠なくそう思ってた私の希望は儚く散った。
魔力量シングルは、聞いた話ではマッチ程度の火を出したり、コップ一杯位の水を生み出したり、団扇くらいの風を操れるそうな。わーい、バーベキューの時に便利そうだ。ライターや携帯飲料、小型扇風機の代わりになれるね! でも魔力を使う人力で疲労するから微妙だね!
王族並みのトリプルランクとはいかずとも、せめてダブルくらいは欲しかった魔力量。ランク差の壁はとても厚い。シングルを一発芸レベルとするならば、ダブルになるとたった一人で平民兵士50人~100人分の戦力なのだとか。トリプルになると一軍に匹敵するとか。この世界の人達は何故に兵力で例えるかな? 怖いので追求しませんけど。
そんな訳で、魔法関連まで庶民な自分という現実に対して、自室で本を読んで現実逃避していた私です。や、普段からヒロイックサーガなんかを読み漁ってるので行動自体は変わらないんですけどね。さすが魔法がある世界、それ系のお話が豊富でした。この世界的にはファンタジーじゃなくてリアルサーガな訳ですが。
「ミリィ、レグルス殿下がいらっしゃったら頑張るのよ!」
見るからに機嫌が良いお母様が部屋を出て行く。
我が母ながら喜怒哀楽がわかりやすい。娘の私の方が落ち着きがある気がする。精神年齢的には私の方がやや年上だからでしょうか? 肉体年齢に引っ張られて、中身も若いつもりなんだけどなぁ。
母が出て行った部屋で一人考えます。何故に王子様が我が家にお宅訪問にやってくるかを。
ぶっちゃけ王子様に良い印象はないのよね。王族だからって、初対面のレディに容姿でダメだしするような男なのです。好感度? なにそれ? ゲージすら存在しないレベルですよ。
私がそう思ってるのだから相手も良い感情を持っている筈がない。ダンスの誘いを断った後の顔は実に愉快でしたし。信じられない物を見たような表情の後は「そ、そうか」と動揺丸わかりの返事の上に、頬がピクピクしてたので。きっと王子なので断られた事なんてないのでしょう。しかし甘いのです。日本には下克上という権力に屈しない、むしろ覆す言葉があるのですよ。
でもあれですね。王族の誘いを断ったと考えたらまずかったかもしれません。貴族的な思考ではなく、偉い人にはなんとなく頭を下げる日本人的な思考で。どこまでも庶民だな私。下克上はどこ行った。
なんて誤魔化したが実際本気でまずいのでは? 王族の誘いを断るとか、もしや不敬罪? ……訪問の目的って私の首を切る事だったりします? 物理的に。
いやいや、でもまさか、ねぇ?
お母様は喜んでたので、王子様による拒否の仕返しではないはずね。きっと貴族的に何か良いことがあるのでしょう。王子様がうちに来るとしか言われてないので、私にはわかりませんけど。
読み終わった本を閉じて本棚へ仕舞う。
そして別の本を取り出して、窓辺の椅子に座りそっと開き読み始める。
「王子様の事を考えるより、本でも読んでる方が実があるわよねぇ」
窓から入ってくるそよ風が心地よい。
王子様もダンスを断った一貴族の娘をイジメに来るほど暇ではないでしょう。
でもちょっと不安を感じる。
その不安を払拭できそうな、手の中の本の重みが頼もしい。
「念の為、念の為よ」
王国法全書。
サクライス王国の法律をまとめた書籍。
「王族相手に裁判して勝てるのかなぁ」
有能な弁護人でも探しましょうか。
「おい、俺が来たと言うのにいつまで本を読んでいる」
責めるような口調で、と言うか明らかに責めていますね。
私の私室にやってきた王子様がご不満を露にしております。
「先程、自由にして良いとおっしゃられたので」
「自由にしてよいとは言ったが、俺を放置してよいとは言ってない」
子供染みた構ってちゃんか、この王子様は。
11歳で一つ年上なだけだから、間違いなくお子様ではあるのですけれど。
が、それで良いのですかね王子様。我が家には領地経営の勉強に来たらしいのに。我が家にホームステイを開始して、まずやるのが私の部屋に来る事とはどういう事だ。
「殿下におかれましては、将来の為の勉強にリートバイト伯爵領に来たのでしたら、当主であるお父様と一緒に領地の視察に赴かれてはいかがでしょうか?」
「ふん、当然それもするがな。まずは俺が世話になる屋敷がどうなっているかを見るべきだろう」
「でしたらご案内いたしますが?」
「いらん。先程リートバイト伯に案内されたのでな。残りはこの部屋のみだ」
「……そうですか」
自信に溢れた顔で語ってくれる王子様。
内容に関しては……正直訳がわかりませんが。
護衛が満載な王子様ご一行を出迎えて、ご挨拶をし、後は両親に任せて部屋に戻った私とサージェ。目的が帝王学的なお勉強の為と事前にお父様が教えてくれたので、安心して部屋に篭って本を読んでいた。そこへいきなりやってきた王子様。ぎょっとした私に「む、俺が来た事は気にするな。自由にしろ」とおっしゃった。おっしゃった癖に自由にしたら怒られた。
理不尽だと思うけど、相手は所詮11歳のお子様だ。王族だろうがお子様。構って欲しいなら構ってあげますとも。中身は年上のお姉さんとして。冷静になってる今、王族のご要望を断ったりはいたしませんとも。我が身を守る為に権力に屈してる感がありますが、あえて無視する所存ですとも。
「それでは何かお話でもいたしましょうか」
「その前にやる事がある」
「なんでしょうか?」
「俺の名はレグルス・アーデ・イル・リ・ファース・サクライスだ」
「? 存じておりますが?」
立ち上がりしてやったり顔で自己紹介する王子様。
今更名乗らずとも知っていますとも。お父様にお名前以外も色々言い含められましたから。主に『パーティーの時みたいに笑顔でお願いを断らないでね』と、やんわりと、でもしっかりと。
知ってますよ~と教えると渋面を作る王子様。
輝くばかりのご尊顔は、それでも目を引く美しさ。金髪に碧眼でイケメンとか、王子のスペックは伊達じゃないです。イケメンはどこの世界でも得ですね。
「俺が名乗ったんだからお前も名乗れ」
「リートバイト伯リカルドが長女、ミリアリア・ルーデ・フェス・ラ・リートバイトと申します」
「何故素直に名乗る!」
名乗れと言うから、スカートをちょこんと持ち上げ名乗ったら怒鳴られました。理不尽な。
「殿下が名乗れとおっしゃったので」
「ダンスの誘いを断った奴が言う台詞じゃないな」
ほ~ほ~。
苦虫を噛み潰したような表情で言われ得心する。この王子様、私の部屋に来たのは私をいびる為ですね? 誘いを断ったのをしっかり根にもってやがりますのね? お勉強に来たついでに、私をネチネチイジメるのが目的ですか。心が狭いぞ王子様。
「あの時は申し訳ございませんでした」
精神年齢年上の器の大きさを見せ付ける為、素早く謝罪を申し入れる。実際は我が身可愛さなのですが。いつまでも言われないように、直ぐに謝るのが大人の心得。
そしたら明らかに疑いの目で見つめられる。
「それが本心か?」
ここで初めて言葉に詰まる。
子供は意外と聡いもの。大人が思う以上に本音を悟るのです。貴族のお子様達の面倒を見た経験でよく分かる。前世でも親戚の集まりで子守をしてたので、そちらの経験でもよく分かる。生まれ変ってもやってる事に大差がないな。
そんな二つの世界での経験から得た子供と仲良くするコツは、本音を言う事だと思っています。叱るにも誉めるにも、ちゃんと本音で語りかけてあげるのです。
今、目の前には11歳のお子様が一人。
その子が『お姉ちゃん、本当にそう思ってるの?』と不安な顔で見つめています。一部脳内妄想ですが。大筋はあってるはず。基本的には子供好きな自分としては、そんな時にはやることは決まってるのです。
不敬罪にならなきゃいいなぁと思いつつ口を開きます。
「見た目が普通と言われ傷つきましたので、断って当然だったかなと思っております」
「む、そうか。そうだな!」
途端に笑顔になる王子様。
どうやら本音を言って正解だったようですが、傷ついたというのはスルーですか。女の子に見た目普通とか言っちゃダメですよ~と、遠回しに伝えた訳ですが。イケメンでも所詮お子様か。
「俺の誘いを断るのも当然か。ふふふ」
楽しげに笑う王子様。断られた事を喜んでいる?
王子様はマゾなのでしょうか。もしや私が断ったせいで目覚めてしまったのでしょうか。この国の将来が心配になってしまいます。責任は感じませんけど。
「さて、俺はリートバイト伯に色々教わらねばならん。忙しいので失礼する」
「はぁ、いってらっしゃいませ?」
「うむ!」
楽しそうな雰囲気で部屋を出て行く王子様。
忙しいなら私の部屋で無駄に時間を潰すな~と思います。
訳がわからないお子様王子。一体何しに来たのでしょうか?
ホームステイ中、まさか私が子守をやらされるのでしょうか……。