表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法な世界で愛されて  作者: きつねねこ
魔法な世界で愛されて
26/32

25話

 優しい笑顔と温かな安心感を残し、王子様が私から離れていきます。向かう先に待ち受けるのはコルベール家の嫡男である紫苑の騎士。信じると決めたばかりなのに、王子様の背中に駆け寄り止めたい衝動にかられてしまいます。


 衝動を抑えながら王子様を見ていると、険しい顔をなさったイザベラ様が王子様に一言二言声を掛けました。イザベラ様の言葉を聴き終わると王子様は頷き、そして入れ替わるようにイザベラ様がこちらへと歩いてきます。


「ミリアリア……」


 常に夜空の輝きを纏っているイザベラ様らしくなく険しく歪んだ表情。私への気遣いの気持ちか、コルベール家が王子様を罠に嵌めた事実への憤りか、決闘を止められなかったことへの悔しさか。きっとイザベラ様の表情に出ている感情は、私には推し量れない様々なことを含めた全てなのでしょう。


「ごめんなさい。貴女と殿下をこの様な目にあわせてしまって」


 目を伏せ謝罪を口にしたイザベラ様。初めて見るその表情は涙はなくとも泣いていると思うほど悲しそうでした。それを見てやはりイザベラ様は私の友人で、本当に優しい方なのだと思いました。


 本来ならイザベラ様がここに居るはずがなく、王子様や私を助けようとして来てくださったことを私は知っています。当主のコルベール侯爵や嫡子であるグロームさんの意図に逆らいここに居るのだと。王子様と私の為に家の意向に反してまで行動してくださった大切な友人のイザベラ様へ、私も友人として自分の気持ちを伝えます。


「イザベラ様が殿下や私を助ける為に、侯爵様の意向に背いて行動しているとグロームさんに聞きました。凄く嬉しかったです。ですから、そのようなお顔をしないでください」

「でも……。いえ、ありがとう。ミリアリア」


 気持ちを伝えてもイザベラ様の表情は険しいままでしたが、笑顔で見つめ続けると少しだけ和らぎ微笑を浮かべてくださいました。


 イザベラ様は歩を進め私の横へ来ると王子様とグロームさんの方に目を向け、そして横の私を一瞬ちらりと見てから視線を王子様達へと戻します。イザベラ様に習い私も王子様の方へ顔を向けると、隣から静かだけれど力強い声が聞こえます。


「必ず私が守るわ」


 覚悟を秘めたその声を聞いた丁度その時、グロームさんと向き合う王子様が腰の剣を抜きました。






 白い服装に合った白銀の剣を両手で持ち、ご自身の前に掲げる王子様。正面に相対する魔道騎士用の黒い騎士服を着たグロームさんも、細身の剣を掲げています。


 王子様が剣を前に出すとグロームさんが近づき剣を合わせ、カチンと重なる音がした後にゆるりとした動作で細剣を鞘に収め、一度頭を下げた後に背を向け王子様から距離を取りました。距離が離れたのを確認すると、王子様は掲げていた剣を下ろしました。


「まさか礼式に則っとり礼を尽くされるとは思わなかった」


 王子様が仰るとおり、先ほどのグロームさんの行動は決闘において行う儀礼的なものなのでしょう。決闘のマナー等に詳しくない私が見ても、グロームさんの王子様に敬意を払う所作は見事なものでした。レグルス殿下を認めないと言った方とは思えぬ態度。王子様同様に私も疑問に思ったのですが。


「意外でしたか?」

「うむ。とっくにコルベール家からは見限られていると思ったのでな」

「確かに御身の価値を軽視し、この場にいらしてしまった殿下を父やリヒト様は見限るでしょう」


 王子様もグロームさんも気軽な口調で話しています。廃墟の神殿で睨み合う二人の間には、見ている私ですら感じる緊張感があるのに、です。


 とても決闘をするとは思えない軽い調子の二人の会話でしたが、グロームさんが剣を抜いた瞬間に様相が変わります。ダンッと音が聞こえたかと思ったら、グロームさんが王子様の目の前に移動して剣を振り下ろし、王子様がそれを両手で持った剣で防いでいました。


「しかし、個人的には賢しく我が身大事に王宮に篭り愛する者を見捨てる方よりも、己の力を信じ自らの力で道を開く方を歓迎致します」

「ほう、国の内務を司るコルベール侯の嫡子とは思えぬ発言だな!」


 王子様が一歩踏み出し防いでた剣を力づくで払います。けれどグロームさんは払われた勢いそのままに回転し再び斬りつけ、それを王子様がまたも剣で防ぎました。


「ふふ、騎士ならば王と共に戦場を駆けるのに憧れるものですよ」

「コルベールの次期当主は、賢王よりも武王が望みか!」


 会話しながらもグロームさんの剣戟をしっかり防ぐ王子様。速く力強い動きは遠目でも私の目には捉え切れません。魔道騎士のグロームさん相手にも負けずに戦う姿は頼もしく見えます。


「こちらからも行くぞ!」


 攻守交替とばかりに、今度は王子様から足を前に出し斬り込みます。離れていてもビュンと聞こえる剣の風切り音。隙を見せる事無く二度三度と続く剣の波。昔に見た訓練とは違う本気の斬撃。全てが必殺であろう王子様の攻撃。積み重ねた努力が門外漢の私ですらはっきりとわかる動きだったと言うのに……。


「はは、レグルス殿下は知の方だと評判ですが、中々どうして鋭い剣筋ですね」

「くっ、戯言を!」


 王子様の斬撃をグロームさんは横や後ろに動き避け、時に剣で弾き躱し続けます。楽しそうな笑顔を絶やさぬ彼の動きは王子様よりも遅く、私の目でも追える速さだと言うのに。グロームさんの笑顔と動きの緩やかさは、まるで舞踏会で踊っているように見えます。


「残念ですよ。文武に優れた貴方が玉座に即けないのが」

「避けるばかりで勝った気に!」

「なるほど、道理ですね。ではご要望に応えましょう」

「ぐっ!?」


 攻守の入れ替わりはなく、未だ王子様が剣を振りグロームさんが防いでいる。だと言うのに王子様は苦悶の声をあげた。何故? と心配になり王子様を見ると、左の肩口の衣服が斬られたのか破れています。


 王子様が剣を振る度に破れた部分が徐々に増えていき、声こそあげませんが苦痛に耐えているような表情をする王子様を見て確信します。王子様の剣を防ぎながらグロームさんが反撃しているのだと。


 王子様の衣服の斬られた部分に赤黒い染みが所々見受けられます。王子様が傷を負っていると思うと胸が苦しくなり、気づけば私は祈るように手を組んでいました。


 果敢に剣を振り続けていた王子様ですが、急に後ろにトントンと何歩か下がり動きを止めます。


「はぁ、はぁ、さすが、麒麟児と噂に高いグローム殿と言ったところか」


 後ろに下がった王子様は息を荒げ汗をかき、複数傷を負っています。対して掠り傷一つないグロームさんは、笑顔のまま細剣を構え王子様を見ていました。


 私は王子様の努力を知っている。それに加え彼への好意と来てくれた嬉しさもあり、彼なら誰にも負けないと楽観的に考えていたのかもしれません。


 グロームさんは魔道騎士。サクライス王国においてたった一人でも軍に匹敵するとされる最高戦力の一人。一騎当千を体現した存在。その意味を理解していなかったのだと、目の前の光景が突きつける。


 息を整える王子様とは対照的な笑顔のグロームさん。余裕なのか構える剣を下げ、斬りあっていた直後とは思えぬ落ち着いた口調で王子様へと語りかけました。


「殿下、王族としての矜持をお持ちなら、これ以上の戦いは無用かと思います。潔く敗北をお認めになられては?」


 グロームさんの言葉に私はホッとしてしまいました。好きな人にこれ以上傷ついて欲しくない。たとえその結果どうなったとしても、今この瞬間の彼を救いたいと思う私の弱い心。


 しかし弱い私とは違い、王子様は迷う素振りすら見せず答えました。


「認める訳がなかろう。ここに居る俺は第一王子レグルスではなく、愛する者を助けに来たただのレグルスだからな!」


 そう言い切り再びグロームさんへ向かっていきます。真っ直ぐな彼らしい、私を想ってくださる気持ちが篭った嬉しい言葉。聴いた私の中に歓喜の気持ちは確かにあります。あるのですが……。


 先ほどの再現のように切り結ぶ二人。さらに傷ついていく王子様を、私は見ていられませんでした。彼は諦めていない。私は信じて送り出した。それなのに必死に剣を振る王子様から目を背けてしまう。


 好きな人が頑張っているのに、信じると決めたのに、それを貫き通せない情けない私。凡百の身と自覚してはいたけれど、それすらも過大評価だったと思い知る。


「ミリアリア?」


 私の様子に気づいたイザベラ様が声をかけてきます。自分の情けなさで顔を上げれなかった私は、返事をせずに俯いていました。するとイザベラ様は私の肩を掴み、正面から言葉を投げかけてきます。


「ミリアリア、目を逸らさずしっかり見なさい。例え殿下が傷つき倒れたとしても、私達は見なくてはならないわ。それが貴族の子女としての、ここに居る私達の義務よ」


 ノブレス・オブリージュ――――貴族が背負うべき義務――――を誰よりも意識しているイザベラ様。家を継ぐ立場に居なくても、政務に関わらず民を導く指導者でなくとも、イザベラ様は気高い貴族。彼女の言葉には誇りと強さを感じます。


 立派な友人に比べ私は……。伯爵家の娘として生まれ育ち貴族の在り方を学びはしましたが、心の内は日本人であった頃と大きく変わったとは言えず、私は本当の意味では貴族の誇りを持ち得てないのでしょう。


「顔を上げなさい! ミリアリア!」


 イザベラ様の言葉を受けても俯いたままの私に、今度は怒りを含んだ声が届く。初めて聞いたイザベラ様の怒声。意識せずにビクッと体を震わせ反射的に顔を上げます。目に映ったのは手を振り上げる姿。


 何をされるか悟り、直後に来る痛みを想像して目を閉じたのですが――――






 ――――来ると思った痛みは訪れることはなく、代わりに私の頬を柔らかで温かい何かが包んでいく。


 ゆっくり目を開けると、穏やかに微笑んだイザベラ様が目の前に。目線を私に合わせて屈み、優しく両手で私の頬を包み撫でています。


「貴女がとても優しい子だと言うのは知ってるわ。誰かと争うのが嫌いな子だって」


 貴族として相応しくない私を叱咤するだろう。そう思っていたイザベラ様の緩やか口調に戸惑いを覚えます。


「茶会で自分の失敗を話題にして場を和ませてくれたわね。夜会でダンスに誘われないことで傷ついていたでしょうに、貴女から不甲斐ない男達の文句を一度も聞いたことがないわ」


 イザベラ様は私の頬から手を離し、不安で硬く握っていた私の手をほぐす様に解いていきます。それから私の右手を包むように両手で握り言葉を続けます。


「貴女と違い、平民の上に立つ地位や名誉ある家名を傘に着て傲慢な貴族は多い。言いたくないけど、きっと私もそうなんでしょうね」

「そんなことは」


 ありません。と続けようとしたら、首を横に振り止められました。


「貴女のそういう優しい所は好きよ。私や他の貴族の娘みたいになるのではなくて、ずっとそのままでいて欲しいと思うわ。たぶん殿下も同じはず」


 ここで一旦言葉を切って、イザベラ様は微笑を消し真剣な表情となります。


「でもね、今殿下は貴女の為に戦っているわ。王子の身分だけではなく、命さえも失うかもしれないとわかっていても、何よりも貴方が大切だと思うからこそよ。だからお願い。好きな人の傷つく姿を見るのは辛いでしょうけど、今だけは耐えて貴女を救う為に戦う殿下を見てあげて」


 それは説得ではなく嘆願。王子様と私のことを想っての言葉。一つ一つの言葉から、イザベラ様の真摯な想いが伝わってきます。自分の為ではなく他者の、王子様や私の為に行動するイザベラ様が、とても眩しく見えました。


 私には無い輝き。見た目の良さ等ではなく、未来を信じ必死に生きる煌き。イザベラ様から感じる輝きは王子様も持っているもの。常に自分らしく前を向いて歩く彼等だからこそ、私の目に眩しく映るのでしょう。


 ミリアリアと言う名の少女に生まれ変わった私は、王子様やイザベラ様ほど懸命には生きてこなかった。突然前世を思い出した私は、ミリアリアと言う名の他人の人生を生きている気がしていた。


 我侭を言わず良い子だと褒められた幼少期。文字を学び本を読み、家庭教師の授業を自分から望み優秀だと褒められた。弟が生まれ、自分も幼いのに癇癪一つ起こさず世話をして優しい姉だと頭を撫でられた。


 成長しお母様主催の茶会に参加する方々の子供達の子守をして、面倒見が良いと奥様方に評価された。王都で淑女教育が本格的に始まり、不出来ながらも続ける内に頑張っていると認められた。


 本を読み学ぶ良い子。姉として弟を見守る良い子。子供の面倒を見れる良い子。親の期待に応えようとする良い子。子供らしい我侭を言わず、言われたことをちゃんとする良い娘だと見られていた私の根本。それは諦めだった。


 3歳で『私』を思い出した私は、純粋な子供では居られなかった。10年以上の過去ができた私は両親の『子供』を期待する思いに応えられず、本の世界、物語の世界に逃げた。本を読んでる間だけは、両親の期待に応えられない自分を忘れられたから。


 そうやって過ごしていく中で、自分の色々なことに失望した。『私』が持つ前世の知識の役立たなさ。華やかな家族の見た目に比べ、『私』の面影を感じる平凡な容姿。貴族として最低ランクの魔法の才能。何よりも落胆した王子様と私の身分の差。


 私が我侭を言わず優しいと評価されたのは、きっと自分に期待せずに諦めて居たから。自分の我を通すだけの望みを持っていなかったから。


 開き直り『私』として生きていくことも、全てを受け入れミリアリアとして生きることも出来なかった。『私』と私が混在したまま自分の在り方を定められず、一歩引いて自分を見ている傍観者のように生きてきた。


 自分を振り返り、己の小ささを再確認した。私はこの場に居るのに見合わない存在だと。けれど心の中に残っていた何かが訴えてくる。


 私の答えを待つイザベラ様を改めて見る。


 貴族らしくなく、特別な才能もない私を友人と思ってくれる人。知り合ってからずっと姉のように振る舞い、いつも私のことを気にかけてくれた。私の大切な友人。


 左手に嵌めたままの、外すことが出来なかった青い指輪を見る。


 知識や教養、容姿や魔法の才能、釣り合う身分も不足している私を、好きだと言ってくれた男の子。相応しくないからと断ったのに、それでも命懸けで助けに来てくれた。私の好きな人。


 湧き上がるのは感謝の気持ち。私を大事に想ってくれる人達。非才の身である自覚はあるけれど、彼等と同じように私も輝きたいと言う希望。


 一度断った王子様の二度目の告白。私には身に余る光栄なことで、断るのが正しい気もします。でも私は断れそうにありません。断りたくありません。彼の想いに応えたい。彼と一緒に居たい。諦観を漂わせ生きてきた私のはっきりとした望み。


 彼等のように生きたい。これからも一緒に居たい。目を背けようとしても、諦めようとしても無理そうな確かな想い。それを選択すれば凡人の私は、今後何度も後悔し至らなさを感じるでしょう。そうだとわかっても捨てられない想い。ならば私のするべきことは。


 指輪から目を離し、イザベラ様の瞳を真っ直ぐ見つめ頷きます。


「色々言ったけど、あまり気負わないで。いざとなれば私がどうにかするもの」


 厳しさと優しさを併せ持つイザベラ様は、私の緊張をほぐす為か少し茶化す風にそう言うと、私の右手とご自身の左手を繋いだまま隣に移動しました。繋がる右手から温かな絆を感じます。


 右手の温かさと左手にある指輪の感触を確かめ、剣戟の音がする方向へと顔を向けます。その先には傷ついても諦めずに戦う王子様が。


 彼に向かい、私は胸に灯る想いを、一緒に居たいと想う気持ちを、我侭で身勝手な私の望みを、精一杯の大きな声に出して伝えました。


「頑張って! レグルス!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ