22話 少年レグルス その2 後編
跪くイザベラから詳しく話を聞いた。ミリアリアが落ち込んでいたこと。雨の中を一人で外出したこと。そして消息不明になったこと。冬に行う俺の15歳の誕生祭を前にしての消息不明。聞いているだけで胸の内に不安が広がった。
しかし不安の中に少しだけ嬉しい気持ちもあった。プロポーズを断った理由や屋敷に行かなかった二日間も待っててくれたこと。嫌われて居た訳ではなく、むしろ俺のことを大切に想ってくれていたとわかり嬉しくなる。だからこそ彼女の身に何かあったのなら必ず助けようと心に誓う。
「お前が訪ねてきた理由はわかった。情報に感謝しミリアリアを探す為に全力を尽くそう。アルベルト、俺の王位継承に不満を持つ貴族の調べはついているな?」
「もちろんですよ」
「良し、ならば護衛隊を使いそれらの貴族の屋敷を捜査させろ。理由はお前に任せる。俺は陛下に事後承諾になるが裁可を貰ってくる」
「お、お待ちください。レグルス殿下」
俺とアルベルトが行動を起こそうとするとイザベラが立ち上がり腕を掴み止めた。それを不審に思ったが、すぐに彼女は再び跪き1通の封筒を差し出してきた。どうやら話はまだ終わってなかったらしい。ミリアリアの危機かもしれないと知って焦っていたようだ。
気を静めつつ受け取った封筒の封蝋を破り、中に入っていた手紙を読んだ。内容は今最も知りたいミリアリアの居場所が書いてあり、尚且つ助ける方法まで提示されていた。動く前に手紙を渡してくれたイザベラには感謝したい。だがこれをイザベラが持っていたと言うことは。
「今回の件、コルベール家が関わっていると考えていいのだな?」
「不本意ながら……。その手紙はすぐにミリアリアを助けたければ殿下に渡せと、父より預かった物です」
「殿下、何が書いてあったんですか? 僕にも見せてくださいよ」
手紙をアルベルトに渡しイザベラの顔を見た。彼女の表情からは偽りではない苦悩が感じられる。言葉通りなら彼女はミリアリアを助けようとして行動している。しかしその行動をどう考えればよいのか。コルベール侯から手紙を預かったと言うなら、彼女はただのメッセンジャーに過ぎないのだろうか。自分の娘を使って手紙を届けさせれば、コルベール家が主犯格と思われても仕方ないだろうに。
コルベール侯の意図について考えていると、アルベルトが大きな声を上げた。怒りを含んだ大声を。
「なんですかこれは! 殿下のことを馬鹿にした内容で、しかもミリアリア嬢を助けたければ殿下一人で廃墟の旧王都に朝日が昇るまでに来い? あからさまな罠じゃないですか! これはどう言うことですか!」
「待て、アルベルト。封蝋がされていたのでイザベラは内容を知るまい。彼女を責めるな」
手紙の内容はアルベルトが言うように嘲笑うかの如く俺の欠点を並べ立て、最後にミリアリアを助けたければ一人で廃墟となっている旧王都のアルテルフ宮殿まで来いと書いてあった。アルベルトが言うようにあからさまな罠だろう。
コルベール侯から託されて娘のイザベラが持ってきた事実を考えれば、この手紙はコルベール侯が書いた物と思うのが自然ではあるのだが、どうにも引っかかる。
コルベール候は貴族派筆頭ではあるが王族と正面から敵対していた訳ではない。さらに人の欠点を皮肉気に書く人物ではないはずだ。特に他国出身の者を側近に据え、シングルランクのミリアリアを伴侶にしようとしていることを非難されているが、侯爵自身が書いたなら無駄な皮肉は入れまい。
ミリアリアを助けたければ旧王都のアルテルフ宮殿まで来いと言うのも悪意が感じられる。9代目のレオーネ国王が建てた宮殿。狂王と呼ばれた彼はシングルランクの女性を妻にしようとしていた。手紙を書いた人物は俺も同じだと言いたいのだろう。国に害を成す王に相応しくない存在だと。
真の手紙の主が誰かは気になるが、兎にも角にもやることは決まった。
「アルベルト、俺は一人でアルテルフ宮へ向かう。事後処理は任せたぞ」
「は? 何言ってるんですか? どう考えても罠なのに一人で行かせられる訳ないでしょう」
「しかしだな。朝日が昇るまでに一人で来なければミリアリアを害すると書いてある」
「だからなんですか? 罠だとわかっているんですから、護衛を連れて行くべきです。いえ、殿下がご自分で行く必要すらありません。準備に時間がかかったとしても護衛隊に命じて行かせましょう」
アルベルトの言葉は臣下としては正しいのだろう。罠があるのに指示通りに一人で行くのは愚かだ。護衛隊に任せて報告を待つのが最善で、自身が行くにしても少数でも護衛を連れて行くべきだ。
だが護衛隊だけを向かわせるにも今は真夜中で準備に時間がかかりすぎる。部隊として動くなら朝には間に合わない。かといって少数の護衛を連れて行く場合も、信頼する者達だからこそ不安が残る。俺を守る為にミリアリアを見捨てる選択をし、アルテルフ宮へ行かせまいとするかもしれない。
我が身の安全を考えるならアルベルトの言ったとおりにするべきなのだが。
「主としてではなく友として頼む。アルベルト、行かせてくれないか?」
「……最悪、二人とも助からないかもしれないのにですか?」
「そうだとしても、ここでミリアリアを見捨てれば俺は自分が許せない。自分可愛さに愛する人を見捨てる自分をな」
「ですが……」
「頼む」
少しの間を置いてからアルベルトが俯きため息をついた。そして顔を上げ俺を見て再びため息をついた。
「主従ではなく友人として頼まれたんでは仕方ないですね。僕には殿下を止められる腕力なんてありませんしね。ですが後から護衛隊を連れて追いかけます。なので友人の僕が追いつくまで、ミリアリア嬢と二人一緒に無事で居てくださいよ」
どこか茶化すような言葉だったが気持ちは伝わってくる。アルベルトが護衛隊を連れて後から来ると言うなら、これほど心強い援軍もあるまい。
友たる腹心の許可を得たので剣を持ち急ぎ部屋を出た。朝日が昇るまでにはまだ時間はあったが夜間の移動だ。普段行く場所でもないので慣れぬ道でもある。のんびりしてはいられまい。
王宮の廊下を早足で歩きながら疑問に思っていた先程の手紙のことを考える。朝日が昇るまでにと、他の行動を取る時間を与えない時間指定。害意があると言わんばかりの文面。一人で行くことを決断した俺が言うことではないかもしれないが、あれでは護衛を連れて来いと言っているようなものだ。
もしも護衛を連れて行ったら時間的に間に合うまい。その場合、俺は無事だろう。代わりにミリアリアが無事ではないのだろうが。それで一体相手に何の益があるのか。
厩舎に着くと世話係の者が居たので、他言無用と申し付けてから愛馬の準備を急いでさせた。急いでいたので共にやろうとしたのだが、それは許してくださいと懇願されたので大人しく待つことにする。
待っている間に疑問を解消しようと再度手紙のことについて考えていると、厩舎へ向かい駆けてくる女性が見えた。夜の闇を纏うような美貌の女性。イザベラがドレス姿で走っていた。
それを見てある人物が思い当たる。コルベール侯爵を後見人にしている王族の一人。兄弟達の中でも優秀だと言われているリヒト兄上。文面の他国出身者を嫌う部分やシングルランクを卑下する部分が、血脈主義の兄上と繋がる。
手紙をリヒト兄上が書いたと思うと色々と納得がいく。一人で行けば俺を罠に嵌め、もしミリアリアを見捨てた場合も、伴侶と考えていた相手を見捨てたとして評価を落とすように仕向けるのだろう。どちらに転んでも王座を狙っている兄上に利があるわけだ。コルベール家を使えるのも王族の兄上ならばか。
兄上とは仲が良いとは言えないが、このようなことを企むとは思っていなかった。俺の15歳の誕生祭を前に焦ったか、それともこのようなことをしなくてはならない何かがあったのか。
手紙の書き手についての疑問が解消した頃にイザベラが目の前にやって来た。走ってきた彼女は息を切らしていたが、それにも構わずに言葉を発する。
「殿下、わ、私も、一緒に」
「手紙には一人で来いと書いてあったぞ」
「ち、父が、今回の件では、私の安全は、保証すると」
コルベール候がイザベラの身の安全を保証したのか。とすると本当に安全なのだろう。イザベラが共に行こうとするのは自分の身を盾にするつもりか。自ら危険の中へ行けば保証も何もないだろうに。
イザベラまで危険に晒すのはどうかと思うが、かと言って置いていけば勝手に付いて来そうだ。ミリアリアのことが心配で王子の俺にすら敵意を持って詰問する人物だ。美貌と淑やかさで騙されるが、女傑と言ってよいのではなかろうか。
どうするか悩んでいると馬の世話人が支度を整え愛馬を連れて来てくれた。連れてこられた愛馬の白い毛並みの首筋をひと撫でしてから鞍の上へと跨る。そのまま馬上からイザベラを見ると、強い眼差しで俺を見据えていた。
「共に来れば、安全とやらも怪しいが良いのか?」
「それが私の望みですから」
彼女の決意は先日ミリアリアに対して本気か確認してきた時、何かあれば守るのに協力すると言った言葉を違えぬ為か。自らの言葉を曲げぬ強い意志。それが彼女の貴族としての矜持なのだろう。
「ゆるりと馬車で行く訳には行かんぞ。後ろに乗ってもらうことになるが構わんか?」
「はい」
迷いなく返事をしたイザベラの手を取る。手紙には一人でと書いてあったが、女性一人連れて行くくらいは問題あるまい。待っている相手が誰かはわからぬが、相手からすれば身内側であるコルベール家のイザベラを無碍にはしないはずだ。
イザベラを後ろに乗せると懐かしい景色を思い出した。同じようにミリアリアを後ろに乗せて見に行ったあの光景を。
「急ぐぞ」
過去に思いを馳せるのではなく、これからの為に雨の止んだ夜の王都を駆ける。愛する相手と共に過ごす未来の為に。何が待っていたとしても必ず助け出す。リヒト兄上かそれとも別の誰かが企んだのか知らぬが、全力をもって打ち砕いてくれる。
待っていろ、ミリアリア。




