21話 少年レグルス その2 前編
「殿下、聞いてますか?」
考え事をしていたら目の前にアルベルトが立っていた。突然声が聞こえて驚いたが、一体いつ近づいたのだろうか。
「近づく気配を感じさせないとは、やるなアルベルト」
「単にあんたがぼ~として気づかなかっただけでしょうが」
「むぅ、そんなに呆けていたか?」
「ハァ、重症ですね。ここ数日、明らかに心ここに在らずと言った感じですよ」
否定を口にしようとして言葉に詰まる。言われたとおりここ数日は何事にも集中できていない自覚があった。原因がはっきりしているだけに、気づけばそれについて考えてしまっている。
「わざわざ昼間にミリアリア嬢に会いに行く時間を作る為に、僕まで巻き込んでこんな真夜中に仕事をさせてるんですから、真面目にやってくださいよ」
「そうだな。すまん」
「で、ミリアリア嬢と何があったんですか?」
アルベルトの言葉に驚愕してしまう。先日のプロポーズのことを話していないのに、何故今俺が悩んでいることがミリアリア絡みだとわかったのだろうか。まさか心の中を読む力でもあるのか? 動揺を抑えきれずに震える声で疑問を口に出す。
「な、何故ミリアリア絡みだとわかった?」
「あんた普段は頭の回転が速いのに、彼女のことになるとダメダメだな」
「どういう意味だ」
「三日前にミリアリア嬢の屋敷に行ったのを最後に彼女の屋敷に行ってないだろ。で、その後から見るからに落ち込んでいる。これで彼女絡みじゃないと思うほうがおかしい」
「そうか……」
見るからに落ち込んで居たのか。自分では普段通りに振舞っているはずなのだが、アルベルトが言うならそうなのだろう。
「何があったか知りませんが、ミリアリア嬢の所に行かないのに無駄に夜中に働かされるのは嫌ですよ」
「そうだな……。では前のように仕事は昼にするか」
「あ~、そうじゃなくてですね。夜中に仕事をする気にさせて欲しいと言うか、意義が欲しいと言うか」
「何が言いたい?」
「僕は殿下の側近でしょう? ですから何か悩んでるなら、仕事として相談に乗ってあげても良いですよ」
皮肉屋らしいアルベルトの言葉に思わず笑ってしまう。側近だから、仕事だからと言っているが要は心配してくれているのだ。口は悪いし態度も悪いが根は善人な腹心の言葉に、少し心が軽くなった気がする。彼の厚意に感謝して素直に言うことにした。
「では頼りになる腹心に相談するとしよう」
ミリアリアにプロポーズして断られたことを端的に伝える。端的に伝えたのは時間短縮やわかりやすく要点を纏めたからではなく、ショックだったあの時を思い出したくないからだ。高ぶっていた気持ちから暗闇の奈落に落ちるあの瞬間。何度思い出しても胸が苦しくなる。
自分では衝撃的な事実を話したつもりであったが、話を聞き終えたアルベルトは涼しい顔をしていた。断られたことに目を見開いて驚かれると思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。
「まぁそんなことだろうと思いましたよ」
「……」
「無言で抗議しないで下さいよ。プロポーズの結果を予想していた訳ではなく、殿下の落ち込み具合からそうだろうなと思ったんですよ」
俺の様子から察したのか。いつもなら優秀だなと思うのだが今は褒める気にはなれなかった。ところが我が腹心は想像以上の優秀さだったようで、アルベルトの次の一言は賞賛に値するものだった。
「ではミリアリア嬢に承諾してもらう為の作戦を考えますか」
まるで闇の中を照らす一筋の光明のようだった。色褪せていた世界が急激に明るくなっていく。体に活力が漲る。落ち込んでいた気持ちが奮い立つ。
「しかし殿下が彼女のことを諦めたのなら別ですが」
諦める? 誰を? ミリアリアを? それが出来ないからこそ落ち込んでいたのだ。告白前は断られたら潔く身を引こうなどと軽く考えていたが、いざ断られたら諦めることなど出来なかった。彼女の笑顔を、声を、握った手の温かさを忘れることなんて出来ない。そんな俺に諦める選択肢なぞあろうはずがない。
「諦める気はないぞ。一度断られたくらいで諦めるほど生半可な覚悟で、ミリアリアを妻にしようと思った訳ではない」
「その前向きさは殿下らしくて良いですね。普段は面倒で心底嫌ですが」
ミリアリアを生涯の相手と決めた時に覚悟したはずだ。何があっても彼女を妻にし、どのような相手からも守り通すと。例え王に成れずとも良いとさえ思っていたはずだ。だと言うのに俺は何を落ち込んでいたのだ。一度彼女に断られた程度で折れる覚悟ではなかったろう。しかしそうは思っても問題がある。
「だがしつこいと嫌われないか? ミリアリアに嫌われたくはないし、二度も断られたら立ち直れる気がしないぞ」
「あんた遺跡発掘の時に現れた魔獣に先頭切って戦ってたくらい勇敢な癖に、ミリアリア嬢のことになると本当にダメだな」
倒せば良いだけの魔獣に挑むのは楽だったな。護衛隊との連携で安心して戦えたからだが。それに比べミリアリアは、アルベルトやリートバイトの使用人達の協力を仰いだと言うのに敗れたのだ。明らかにミリアリアの方が難敵であろう。
「そもそも殿下、どうして断られたと思いますか?」
「ふむ……」
そう言えば断られたショックで落ち込んではいたが理由は考えていなかった。アルベルトに問われて何故断られたか、彼女が断ったのかを真剣に考える。告白の仕方が悪かったか? いや、踊っている時の彼女は楽しそうにしていた。
暫く様々な可能性を考え、結論に至る。
「ミリアリアが断ったのは、おそらくだが俺の為か」
「と言いますと?」
「俺が王に成るにはシングルランクの自分が妃では邪魔だと思ったのだろう」
「ありそうですね。殿下が彼女を王宮に連れてきた時、彼女は決して殿下の前には出なかったですからね。自己紹介の時すら半歩下がっていました。貴族の娘なのに自己主張をせず、殿下を第一にしてましたからねぇ」
そうだったのか。いつも自然に着いて来てくれていたので気づかなかった。献身的な所は昔から変わらないな。彼女を好きな理由の一つではあるが、今回はそれが裏目に出た形か。
「あとは俺の失敗だな。告白する時に緊張して『私』と言ってしまった」
自分を『私』と言ったことでより気を遣わせてしまったのだろう。ミリアリアを妃にしたいのは王子としての自分ではなく、レグルスと言う個人だ。だと言うのにあの言葉では王子として臣下に話しているようで、彼女の性格を考えれば相手が王を目指す王子なら気遣いから断るか。
「……殿下を立てるミリアリア嬢に、緊張から王子としての口調で告白したんですか?」
「……うむ」
「……控えめで立場を弁えてる彼女にそうしたら、断られるんじゃないですかね」
「……そうだな」
冷静に考えると断られて当然な気がする。プロポーズの仕方は考えたが、彼女から『はい』と言ってもらえるようにとは考えていなかった。14歳の自分はまだまだ未熟であるとは思うが、あまりの未熟さに軽く眩暈がしてしまう。
「推測に過ぎませんが、大体合ってるんじゃないですかね。それを踏まえてもう一度プロポーズすればいいんじゃないですか。今度は殿下らしく、必死に前向きに思いの丈を言えば」
「そうしよう」
「自分が緊張するような洒落たプロポーズをするから失敗するんですよ」
「ぐっ」
そこから雑談が始まった。プロポーズを失敗したことを責めてくるが、久しぶりに楽しいと感じる会話だった。アルベルトに話して良かった。一人で落ち込み悩んでいては、こうも前向きな気持ちにはなれなかっただろう。
雑談が終わり明日ミリアリアに会いに行くことを決めた丁度その時、部屋の扉を激しく叩く音がした。そして入室の許可を出す前に扉が開かれる。開けたと思われる人物は慌てる衛兵を手で制し、俺の前に来ると跪く。
「殿下、夜分に訪れる無礼、お許しください」
貴族の中でも特に目を引く美貌を持つ社交界の華、イザベラ・コルベールが跪いていた。突然の来訪に驚くよりも彼女の雰囲気に違和感を感じた。何時でも優雅さを忘れない貴族らしいイザベラが、今は余裕が無く必死に見えたからだ。
その理由は直ぐにわかった。不安を感じさせる言葉によって。
「ミリアリアについて火急の用件がございます」




