プロローグ
「ミリアリア、今日もお願いできるかしら?」
「はい、お母様」
透き通るような青空の下。
白いテーブルに並べられた菓子と紅茶、それを囲む美しい女性達。
その中の一人であるマリアンネお母様からお願いされた。
「ミリアリア様は実に優秀ですわね」
「良く出来た娘ですこと。うちの子にも見習わせたいわ」
「マリアンネ様は、ミリアリア様のような娘がいて幸せですわねぇ」
「ありがとうございます」
貴族の奥様方の雑談を背中に受け、母のお願いを叶えに行く。
奥様方の茶会の場とは別の屋敷の部屋へと早足で。
私が勝手に遊戯室、或いは保育所と名づけた部屋へと踏み入る。
入室した瞬間、部屋の中の子供達が私へと寄って来る。
「ミリアリアお姉様、今日はどんなお話しをして下さるの?」
「ねえたま、おにんぎょーであそぼ」
「ミリアリアは今日は僕と遊ぶんだ」
3歳くらいの子から10歳くらいの子供達。個性豊かな多数の子供が私に話しかけてくる。お母様に頼まれたお願い。それはお母様主催の茶会に出席する奥様方の子供のお世話。
私自身も10歳の子供である。そんな子供に使用人が監視してる中でとは言え、子守を頼むのはどうなんでしょうかお母様。しかし7歳の頃にはこの子守を始めていたので今更か。
「喧嘩しないで、皆で遊びましょう」
私がにっこり笑って言うと「は~い」と返事が返ってくる。我侭な子供達を宥めたり諌めたりしつつ、今日も一緒に遊ぶ。普通の子供なら、同じ子供の我侭には耐えられないだろう。
なのに何故私が耐えられるのか?
それには特別な理由があった。
ミリアリア・ルーデ・フェス・ラ・リートバイト。
それが私の名前。リートバイト伯爵家に生まれた、この世界の貴族では標準的な自分の名前。なのだが長い。私の感性では長ったらしい。名前なんて精々個人名と家名だけで十分ではないか。
そんな事を考えるのも私に前世の記憶などという物があるせいだろう。
前世の記憶。言葉にすると大層なものだけれど、実際はそんなに大した物ではない。記憶にあるのは大学生の自分。地球の日本で育ったサブカルチャーを愛する極々平凡な一般人だ。
ミリアリアとして生まれ、前世を思い出したのは3歳の時。
危機に陥ったり、熱を出したりする事なく前世の記憶を思い出した。庭でぼ~とチョウチョを追いかけている時に思い出したのだ。劇的にではなく、ふわっと。あ~そう言えば大学の次の講義なんだったっけ~? と。
大学の事から始まり、順番に前世の自分の事を色々と思い出した。死んだ記憶は無いけれど、きっと自分は一度死んだんだろう。神様に出会ったり、トラックに轢かれた覚えはないけれども。
3歳で日本人としての記憶を思い出した私。だけどもそんな一般人の記憶があったからって、どうだというのだろうか?
生まれ変った世界は魔法がある異世界。文化レベルは中世的な、良く言えば夢がある、悪く言えば不便な文化。
科学が発達した日本人だった前世の私の記憶。それを使えば一攫千金。それどころか世界征服も夢じゃない。な~んて事にはならなかった。
お金儲けしようにも何をすれば良いかわからない。
この世界的には画期的な品物を、前世の知識から作り出せばいいだけなのですが……。作り方がわからない。ティッシュみたいな日用品を作ろうにも、使ったことはあれど作り方を学んだことは無し。お手軽娯楽にボードゲームでもと思っても、すでにこの世界に将棋のような物が流行していた。では前世が日本の若者なのだし、マンガでもと考えて執筆開始。自分の絵心の無さに即日断念。ならば知ってる物語を小説にと考えたが、細部を覚えてないし文才が自分にあるかが疑問で諦めた。そもそもこの世界も小説は普通にあったし。
所詮、平々凡々の女学生の記憶などその程度だ。困れば専門書やネットで調べてたので、様々な事柄の知識自体があやふやなのだ。
むしろ前世の記憶のせいで貴族としては微妙だと思っている。
貴族と平民と言う階級社会がいまいちピンとこない。平民である使用人の人達に頭を下げたりを平然と行うものだから、両親によく怒られた。暇な時に自分でオヤツを作ろうとしたら、両親どころか平民のコックさんにも怒られた。あれは未だに納得がいかない。貴族は料理を趣味にできないと言うのだろうか。
そんな訳で前世の記憶があっても、今世もかわらず平々凡々の私だった。
唯一のメリットと言えば、精神的には20歳+今世の年齢なので落ち着いて物事を考えられる事。面倒くさいお勉強を嫌がらないので怒られない。家庭教師や両親から優等生の烙印を押されるくらい。我ながら実に平凡だ。
そんな風に落ち着いた性格で言う事を良く聞くせいか、茶会の間は子供達の世話役をやらせられる。うん、結局メリットになってない気がする。
異世界に転生してから10年。
国でそれなりに偉い伯爵家に生まれた私。だと言うのに、やることは家庭教師との勉強と茶会の間の子守。いつでも貴族のお嬢様から保母さんにクラスアップ出来そうな私の日常。
そんな日常に変化が訪れる。
10歳の社交場デビューの時に出会ったのだ。首都の王城で開かれる貴族の夜会で。ダンスなんて面倒な事は御免だと、人見知りを装って父と母にくっついていた私のもとへとやってくる一人の少年。
「お前がリートバイト家の娘か。ふむ、見た目は意外と普通だな」
「……はい?」
金髪碧眼の美少年。普通に出会っていたら目の保養に喜んで見た事でしょう。
ですが初対面での一言目が容姿に関すること。しかも普通とのたまってくれた。自分でも両親が美形なのに、私の見た目は普通だなぁと思うくらいではあるけれど。それを他人に指摘されたらいい気はしない。
「社交界デビューだと言うのにダンスの誘いも無いのか。残念だな」
残念。何が残念? そうですか、私の容姿ですか。
目の前の少年は次々に失礼な事を喋りだす。
自己紹介もせずに人を残念という少年に、私の好感度は地に落ちる。
「仕方ないのでダンスに誘ってやろう。第一王子である俺の誘いは嬉しかろう」
私に向けて手を伸ばす美少年。
今更ながら名乗りを上げてくれる。名前は名乗っていませんが。王子様だなんてびっくりです。美形なのも頷けます。
それに対し私はにっこり笑う。
そして一言。
「お断りします」
よろしくお願いします。