7話
世界は広い...らしい。俺の想像力を限界まで振り絞って考えたものよりずっと広いそうだ。
そりゃあそうだろう。俺はこの村から出たことがない。この村を取り囲む森以外の世界なんて知らない。
こんな言い方すると、如何にも俺が無知なように聞こえっけど、この村じゃ一部の例外的な大人を除いて皆、生まれてから死ぬまで一歩も森の外に出ないまま一生を終える。ちっちゃいうちから森で生きていくための知識と力をぐいぐいと詰め込んで大きくなるから、この村の成人は腰の曲がった婆ちゃんまでもが優れた戦士であり狩人であり、教師なのだ。
年に数回隊商を組んでやって来る商人のおっちゃん曰く、この森に来るためには相当優秀な護衛をつけても人死にが出るのがざらなのに、此処で生活を成り立たせているのは、異常極まりないことなんだとか。更に、皆がみんな字を読み書き出来るのも凄いことらしい。イマイチ何がすごいのかピント来ない・・・ってか、字が読めなかったら、森の危ないこととか、大切なこととか、危ないこととか、食べれるもののこととか、危ないこととかの事をどうやって覚えればいいんだろう?あんまりにも数多いから、教える方も覚える方も大変過ぎる気がするんだけど。
話がそれてるって?えーとつまり何が言いたいかっていうと、ここの村は外の世界だとハイスペック?な人材がゴロゴロしているけど、それを活かして森の外に目を向ける村人は殆ど居ないってことだ。
まぁ、理由はバカな俺でもわかる。要するに万年人手不足で人、特に若者が一人でも森から帰ってこないなんて事があれば、村の主だった大人たちが集まって明日からの生業の割り振りについて夜なべして話し合わなきゃいけないような村じゃ、外に目を向けるような余裕はどこにもない。
だったら子供を沢山生んで人手不足を解消すりゃあいいじゃないかと思ったんだけど、親父曰くコウサクチ?が確保できないせいで食料自給率が低く、外との交易で確保しようにも限界があるから、出生制限をかけてるらしい。
それじゃ、この村は未来永劫人材不足のカッツカツのまんまなのかって聞いたら、親父もその事でずっと悩んでいるらしい。色んな事やっているってことは俺もよく知っている。ってか、そもそも何でこんな人が住むには絶対に向かないような場所に村を作ってしまったんだろう。
俺もアルトのリティーヤも、3人揃って14歳。16歳の年の夏至祭にやる成人の儀式で道、つまり職を決めたらよっぽどの事がない限り死ぬまでその道に生きなくっちゃいけない。俺も含めて3人ともすでに道は決めてる(俺の場合は生まれた時からきまってたけど)し、納得もしてるんだけど・・・・納得できない自分がいる。ワガママだって分かっている。でも俺は外の世界を知りたい。別に“俺の器はこの村だけ位で収まるような物じゃない“だなんて自惚れるつもりはない。ただ、せっかく世界はでっかくって見たことも聞いたこともないことが山ほど有るのに、その百万分の、いや何千億分の一も掴めないまま人生が終わるのって、それはとってももったいないんじゃないかな...って思うんだ。
だってそうだろう?俺は今まで置物が放電したり、本の挿し絵の兎が紙から飛び出して駆け回ったり、被っただけで勝手に手足が動き出す呪いの仮面が存在していたり、お伽噺の不思議道具だと思っていた芭蕉薦が実在するものだったりetc...。今日という日だけでこんなにも俺の常識が打ち破られたんだ。いかに俺の知っている世界がちっぽけだったかってことが、この一日でよくよく痛感させられた。
(仮にクラトがこんなことを考えていた事をサラが知ったなら、彼は頭を抱えてクラトの実家へ折菓子をもって謝罪に行ったことだろう。)
「俺、世界ってもんを見てみたい。」
願わくば、アルトとリティーヤと3人で。
◆◇◆◇◆
「俺、世界ってもんを見てみたい。」
「・・・知ってるよ。昔からクラトってば森の外に興味津々だったもんね。」
日中あんだけ動き回ったから、体力のないアルトならとっくの昔に夢の国で例の美女と逢い引き?してると思っていたのにまだ起きていたらしい。
カレーという辛味が癖になるシチューをご馳走になったあと、何か手伝おうと申し出た俺たちに、サラさんは明日話があるから今日はとっとと寝ろと仰った。
「うちのモヤシ弟子に船を漕ぎながらお皿を割られても困りますし、話も長くなるでしょうからお腹がいっぱいになったクラト君は、直ぐに頭がこんがらがって睡魔に無条件降伏することでしょう。今日はもう起きていても無駄ですので、とっととお休みなさい。」
流石よく俺たちの事をよく理解していらっしゃる。反論できる要素も理由もなかったのでリティーヤは客間へ、俺はアルトの部屋に退散することにした。もっともアルトは、「オカシイ。あの突き当たりに扉なんてなかっった。・・・いや、考えるのは止そう。でも師匠までモヤシ呼ばわりするなんて・・・。やっぱもうちょっと体力つけるべきなのかな?」とかなんとかブツブツ呟いていたが。
何時も店の方に押し掛けているせいで今まで入ったことのなかったアルトの部屋は、本がぎっしりと詰め込まれていたがスッキリと整理され、下手すると大量の本に圧迫感を覚えかねないのに、何処か落ち着くような空気が漂っていた。ただ当然の事ながらベットは一つしかないので、自分が寝椅子がわりにもなるからソファーで寝ると主張するアルトと口論になりかけたのだが・・・徐々にヒートアップするなかで何気なくベットを見やった時、二人揃って絶句した。ついさっきまでただのシングルベッドだったハズなのに、いつの間にかハンターやってるオッチャン達でも5人までなら一緒に寝れそうな程巨大化していたのだ。これが噂のキングサイズってヤツなのだろうか。
何はともあれ争う理由もなくなったので、二人して巨大なベッドに上がったのだが、アルトはともかく常日頃から体力馬鹿呼ばわりされている俺は、今日の衝撃的なアレコレのせいで寝付くことができず、色々と考え込んでしまった訳なのだ。
「この4年間、いい加減師匠のアレコレには慣れてきたつもりだったけど、今日のはなんと言うべきか・・・。あそこまで常識を丸無視した行動を連発したのは今日が初めてなんじゃないかな?挙げ句、寝る直前に不意打ちまでされちゃうと、疲れているのになかなか眠れなかったんだ。・・・って何その顔。」
「いや、顔すら見ていなかったのに見事に俺の疑問に答えてくれたなと思って。・・・そんなに俺ってわかり易い?」
「少なくとも俺にとっては、ね。ずっと、長いこと一緒だからなんとなくわかっちゃうんだ。」
「・・・そっか。」
アルト。俺の大事な幼馴染。かけがえのない親友で、誰よりも近いところにいる俺の相棒。こいつにだけは隠し事はできない。なら知っているんだろうか。外への憧れとともに育つ、俺の暗い感情も。って
「痛てっ、何すんだよいきなり。」
「デコピン」
「そりゃ分るよ。じゃなくてなんでいきなり。」
「わかり易いって今話したばっかりだろ。ついでに言うなら、お前かなり顔に出やすいから、俺じゃなくってもある程度なら誰でも考えてることばれるよ。更に言うなら、お前にシリアスモードは似合わない。」
「お前こそ、さっき言ってたことと矛盾してるぞ。こっそり感動してたのに。あと、シリアスが似合わないとかヒドクナイデスカ。」
「カタコトやめろ。・・・"ある程度なら"っていったろ。クラトが外に憧れていることを知っている人は結構いると思うよ。ただそれは村の若者が罹る熱病みたいなもので、大人になったらそんなことは忘れていって、ゆくゆくはおじさんの後を継いで村長になるって思っているんだと思う。でも、俺の顔を見て表情暗くするほど思い悩んでいるのを知っているのは、俺以外だとおじさんくらいじゃないかな。リティーヤも察している面もありそうだけど。それと師匠も多分・・・。」
「多分・・・って何?それにそこまで筒抜けなの?俺ってば。」
「少なくともこの件に関してはものすっごく分かりやすい。」
「う~が~」
「呻きたくなる気持ちは分からなくもないけど、人間の言葉で言え。」
ごもっともです。でもどうしたらいいんだろう。村を出たいって思ってること、アルトのみならず親父どもにまでバレてるんじゃ、前に一回検討した行商のオッチャン達にこっそり着いていく案は間違いなく潰される。ってそうじゃなくって、俺にはやっぱりこの小さな世界に皆と一緒に生きていくしかないのかな。
「心配しなくてもいいと思うよ。」
「え?」
暗い考えに沈みかける俺を拾い上げるのは、いつもアルトだ。
「師匠に曰く、魔導の道を歩む者、己の感を信ずることを心掛けよ。
要は魔術をかじってるヤツの勘とか直感とか予感は案外バカにならないから心に留めておきなさいってことなんだ。
・・・俺の道がお前の言うところの外の世界になることは、俺の両親が死んだ時に殆ど決まっていて、師匠の元で本格的に魔術を学ぶことになったことで決定的になった。この村から一度も出たことがない今でさえ、この森で俺の居場所はこことお前の家位しかないのに、外に出るようになったら本当に、生まれ故郷なのに余所者になるんだろうって考えるまでもなくわかるんだ。でも」
「でも・・・?」
「それと同じかそれ以上に、考える必要がないって位自然に、お前と道が離れることは無いってことが分かるんだ。」
「えぇーとっつまり・・・・?」
「外に行くことが九割九分九厘決まってる俺とお前の道が離れないってことは、お前の道も何らかの形で外に向かうんじゃないかってハナシ。単なる予感だけど、お前を糠喜びさせといて突き落とす悪い趣味、俺にはないから。
正直なところ、村長の長男で、抜けてるところが大いに有るにしても、色々と才能にも恵まれているお前がこの村を出るなんて、周りは許す訳無いはずなんだけど・・・。何でなんだろな?」
「いや、俺聞かれてもなんて答えればいいんだ?
・・・・でもそっか。そう言われれば俺の方もお前と疎遠になるなんて想像もつかないな。なんでさっきあんなバカな事考えたんだ?俺。」
「そりゃ、馬鹿だからだろ。
てか、そろそろ寝ないとホントに明日、師匠の話中に寝こけて物理的にひどい目に遇うぞ。」
そう言うやいなや、アルトひは布団をかぶり直して話を打ち切った。確かにもう大分夜も遅いし寝ないと不味いだろう。物理的にってのがひどく気になるところではあるが。
"それに明日の話は比喩でもなんでもなく、俺らの未来に繋がるんじゃないかな。"
そんな呟きが聞こえたような気がした。