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8.教えておこう


 まずは私の事を教えておこう。

 私はロジオン、これは生前からの名前だ。親からもらった名前だが、正直言って気に食わん名だ。有名な小説の登場人物から引用した名だが、そいつは人を二人殺し、作中の大半を寝て過ごしていたような奴だ。教養の無い親を持つと辛いな。

 ああすまない、話が反れたな。

 私はあの方によって死から蘇り、その見返りとしてあの方に従っている。だから、お前もこうして蘇った以上、あの方の面倒を見る事になるな。あの方の人となりは、説明しない方がいいだろう。教えてしまうと、お前も逃げるだろうからな。……そんな顔をするな。私だって苦労してるんだ。

 逃げるな。まだ本題に入っていない。あの女がどういう人間か、聞いてないだろ。……、よし、良い子だ。

 話に戻るぞ。私とあの方との付き合いは長いが、これはまあいいだろう。お前にとって必要な所から話すぞ。しっかり覚えろ。

 あの方について覚えるべき点は二つだ。

 あの方は吸血鬼だ。だが、半年前にどこかで頭を打ったらしくな、本人はその事をすっかり忘れているんだ。おかげで私も今や、昼に起きて夜に寝るという生活だ。……変な顔をするな、それまでは逆が普通だったんだ。陽光に当たれば死ぬというのに、あの方は気安く日に当たろうとする。今は美白の為という事にして日から遠ざけているが、いつまでごまかせるか分からん。

 それともう一つは、あの方が伴侶を求めているという事だ。伴侶というのはつまり、嫁だな。……安心しろ、お前みたいなのは眼中にない。あの方はむしろ、あの女の方が好みのようだ。……ずいぶん奴を気に入ってるようだな。言っておくが、あの女は私達の敵だぞ。そんな顔をしても無駄だ、事実は覆らん。

 あの女は吸血鬼狩りで、あの方の命を狙っているんだ。分かるか?吸血鬼を狂犬病持ちの野良犬と同列に見ているような連中だ。良心なぞ持ち合わせていないと思っておけ。

 なんでそんな奴がここに来たかは、私も知らん。だが、心当たりはある。

 半年ほど前に、あの方の友人である魔女が来てな。お前もいつか顔を合わせるかも知れんから教えておくが、あまり親しくならん方がいい。関わると余計な災難に見舞われる、そういう女だ。その魔女が新しい住処を探そうと、あの方と私とを城の外に連れ出したんだ。あの方が行くとなれば、私も行かない訳にはいかんからな。

 魔女が住処を決めるまで、私達は世界中を回る羽目になった。……羨ましそうな目をするな、苦労の方が多かったんだぞ。頼まれたってもう御免だ。それに、旅先であの女、ああ、吸血鬼狩りの方だ、そいつに出会った訳じゃない。

 旅先での都合で、私があの方から目を離してしまう事が多々あった。おそらくその時に、吸血鬼としての足がついてしまったに違いない。私達の主人はそういう方だ。それを教会や吸血鬼狩りが嗅ぎ付けたんだろう。それで、つい二日前にあの女がやって来たのだ。

 先にも言ったが、あの方は自分を吸血鬼と思っていない。あの女は吸血鬼狩りで、あの方の命を狙っている。だから、あの女には気をつけておけ。あの方をみすみす死なせるのは、私達からすれば義理に反する事だ。

 何より、あの方から離れて暮らせば、いつか必ず私達はぼける。私達はものを食べる必要がないし、眠るのだって生前の習慣でそうしているだけで、必要でしている訳ではないからな。あの方の世話をしなければ、私達の生活に起伏がなくなる。もしそうなれば、知性が錆びる。私達は生きているか死んでいるかも分からんような、下等なゾンビになってしまうだろう。私はそれが一番怖い。お前もそう考えろとは言わんが、気には留めておけ。

 話が長くなったな。もう仕事に戻っていいぞ、タウ。

 くれぐれも、あの女からは目を離すなよ。


 タウか、聞いてくれ。おいおい何で逃げるんだ。私は主人だぞ。……よぉし、良い子だ。

 私には悩みがあるんだ。きちんと聞けよ。言うだけ言ってすっきりしたいんだからな。……嫌な顔するな、いいだろ別に。

 そうだな、お前には何から語るべきか。

 私の生い立ちを初めから話してやってもいいが、どうせお前には覚えられまい。何分長い話になるからな。だからつい最近起こった事だけ話してやる。

 私は実に長い間、出会いに恵まれていなかった。父上から譲り受けたこの城が、かなり辺鄙な所にあるからな。客などめったに来ないのだ。私は百年だか二百年だったか、とにかく長い間この城にロジオンと二人で暮らしていたのだ。束縛の多い生活に、私は頭がどうにかなりそうだった。半年もの間世界中を旅してもみたが、それでも私に春は来なかった。巡り合わせが悪かったのか、それとも私に悪魔でも憑いていたのか。どちらにしても、私にとっては不幸な話だ。

 だから、そう退屈そうな顔をするな。ここからが本題だ。

 そんな私をきっと神が見かねたのだろうな。ここに、美しき客人が来たのだ。

 そうだ、お前にマスクをくれたあの彼女だ。

 なぜかロジオンは彼女が気に食わないようだが、あいつの意見はどうでもいい。あいつが何と言おうが、私は彼女とお近づきになるぞ。彼女を見ると心が弾む。あわよくば求婚して、そしてイエスをもらいたい。つまりそういう事だ。……首を傾げるな、察せ。

 ああもう行っていいぞ。メッセンジャーになってもらおうかとも考えたが、お前は口がきけないからな。その分、お前の働きには期待してるぞ。あいつに楽をさせてやれよ。

 さぁて、私はプレゼントの一つでも用意するとしよう。


 あ、タウちゃん、ちょっといい?

 あなた、自分の部屋はある?そう、あるのね。よかった。

 ならお願い、今夜は絶対外に出ないで。いい?絶対よ。あなたも怪我はしたくないでしょ?

 ……え、いいの?

 いや駄目でしょ?なんで首を横に振るの?

 あ、あいつね!あの片目に無理しろとか言われたんでしょ?あんな奴の命令なんて……え、違う?じゃあ何で?

 ……ごめん、分かんない。

 うーん、筆談しようにも、あなたの字は私には読めないしなぁ……、何で筆記体しか書けないのよあなた。ああごめんなさい、責めてる訳じゃないの。

 とにかく、絶対外に出ちゃ駄目よ。

 あなたに怪我はさせたくないの。だってあなた、子供でしょ。子供は夜は寝るものなのよ。分かった?

 ……、何するつもり、って言いたげな顔ね。

 言う事聞く気がないならはっきり言ってあげる。

 殺し、よ。

 分かったら部屋にこもってなさい。じゃあね。


 そして、夜が来た。



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