表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂う病  作者: ストレラ
2/3

1日目 運命の日

不審な男が一人、公園の砂場に立っている。


一見昼休みのサラリーマンのように見えるが、服装が乱れ、涎を垂れ流し、低い唸り声を上げ、虚ろな瞳は子供たちが作った砂のお城を見つめている。

不審感を通り越し、危機感を抱くに十分である。

子供たちを遊ばせていた母親たちは異変に気づき、自分の子を連れ、公園から遠のく。

ほどなく、付近の建物の警備員が男に近づいてきた。

50代ほどでがっしりとした体系、いかにも武道一筋といったような風格の警備員である。

少々離れた位置から男に声をかけた。


警備員「こんにちは、どうかしました?」


男は無反応だ。

警備員はさらに近づいて声をかけるべきか迷っている。

いかにも薬をキメているように見える男に近づきたい者などいるはずがない。

このまま引き返し、自分が守るべき持ち場だけを警備すればいいのではと思うが、彼の正義感がそれを許さない。

意を決し、警備員は男に近づき、声をかけながら肩に手を触れようとした。


警備員「体調が優れないのですか?大丈夫……」


まさに一瞬の出来事というべき早さだった。

男が急に振り返ったかと思うと、警備員に掴みかかってきたのだ。


警備員「!……ぐっ……何をする!!」


警備員は両手で掴みかかっている男の片方の手を振りほどき、すかさずもう片方の腕と掴みかかってきた際の勢いを利用して男を投げ飛ばした。

一本背負いである。

とっさの出来事であるが故か、少々ぎこちない動作であったが、男を地面にねじ伏せさせることができた。

男の手を捻りあげ、背中から押さえつける。



「うぅ……ぁあああああああぁああぁあああああぁぁぁぁあああ」



男は耳をつんざくほどの叫び声を上げながら、激しく暴れまわる。

先ほどからうめき声や叫び声しか上げていないこの男に、警備員は何とも言い難い不気味さを感じて仕方がなかった。

遠巻きに見ていた野次馬の中から若い男が現れ、警備員の手助けをしようと男の足を押さえに入る。

警備員だけでは危険だと判断したのだろう。

確かに警備員一人だけでは、男はいつ抜け出してもおかしくなかった。

しかしこのままでは、いつまた男に隙を突かれて取っ組み合いになるかわからない。

一刻も早く、この状況を収めるべく、警備員は誰彼なしに叫ぶ。


警備員「だれか!だれか警察を呼んでくれ!!」






中川弘一は、今日出席すべき大学の講義を全て終え、帰途についていた。

7月の太陽が、容赦なく彼の斜め上から熱を飛ばしている。

講義前に自販機で購入した清涼飲料水はすっかり温くなってしまっていた。


弘一「あっつい……」


大学から自宅までは1.4キロ。

彼はこの道を徒歩で通っている。

直射日光が照らそうが、雪が降ろうがである。

弘一曰く、遊ぶ金を捻出するための苦肉の策らしい。

遊ぶ金と言っても、書籍を購入するための金である。

お世辞にも友達が多いと言えない彼にとって、それ以外の使い道を知らないのだ。

もちろん知識欲から来るものであり、購入した書籍すべてを読破している、というなら全く問題はない。

しかし、彼は気に入った書籍を購入しても、そのほとんどを読破することはない。

すぐに別の書籍に目移りして、その中身全てに目を通すことはないのだ。

彼の部屋には未だに読まれていない書籍がざっと、150冊以上積まされている。

浪費の何物でもない。

恐らくではあるが、友人の少なさからくる孤独感を埋め合わせるために、書籍を買いあさっているのだろう。


帰り道のちょうど中間点にあたる場所に公園がある。

さして大きいものではないが、林で囲まれており、周りのコンクリート建造物まみれの空間を一変させる特徴的な公園である。

公園の前を通りかかったとき、物々しい空気を感じた。

パトカーや救急車が駐車してあり、奥には立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。

警官や救急隊員が忙しなく動き回っている。

弘一はなんだろうと興味をそそられたが、あまりの暑さに道草を食う余裕すらなく、公園に群がる野次馬をしり目に帰宅を急いだ。



家に帰ってくると、弘一の姉、京子が居間で扇風機とテレビ両方を占領していた。


京子「おかえりー」

弘一「ただいま。おかんとおとんは?」

京子「おかんは買い物ー。おとんは部屋でよっさんと一緒に担当の人に急かされてる」

弘一「ああ、わかった。てか昼間っから扇風機占拠してテレビのワイドショー見てんなよ。仕事見つけろニート」

京子「うっせばーか」


中川家は4人家族。

父、中川京介は漫画家だ。

今現在連載中の漫画の原稿を仕上げようと、仕事場である自室で担当編集者のプレッシャーを感じながら筆を進めている。


京介「……指いてぇ」

担当「京介先生急いでくださいよ。それ今日の6時までに届けなきゃいけないんですから」

京介「わかってるよ……、よっさんここ頼む」

よっさん「あいよ」


よっさんとは京介のアシスタントである。

本名、佐藤弘義。

5年間京介とともに描き続けてきた戦友だ。


よっさん「あ、失敗した」

京介「よっさああああああああん!!」


腕はあまり良くない。



母、中川美代子は専業主婦。

昔ちょっとだけ名を知られるエッセイストであったが、今は主婦業に専念している。

現在でも女性誌の読み切りを頼まれることがあるが、それは極たまにだ。


   「あらっ!中川さんこんにちは~」


美代子「ああ!五十嵐さん!こんにちは~。お買い物ですか?」

五十嵐「違うのよぉ。ほら、この間駅前に新しく喫茶店出来たじゃない?あそこの帰りなのよぉ」


美代子「ああ!あそこ!行ってみたかったのよねぇ。どんな感じでした?」

五十嵐「良いわよぉ。かぷちーの?あれがよかったわぁ。中川さんいま時間あったら行きません?私もう一つためしたいやつあったのよねぇ」


美代子「せっかくだけども、今日は遠慮させていただくわぁ。ほら、2丁目のスーパー五郎。あそこでこれからタイムセールなのよ。お茶漬け8袋入り4つで500円!ほら、うちの旦那仕事柄ささっと食べれるものしか食べないのよぉ。ちゃんと食べなさいって叱ってるんだけどもねぇ……。いや、まぁ、わかるのよ。昔私も締切に追われてた頃なんかそうだったから。でもねぇ。ま、これから少しずつ改善させようと思うんだけど。それでうちの旦那がお茶漬けよく食べてねぇ。ことあるごとにお茶漬けお茶漬けって狂ったように言うんですよぉ。だから少しでも黙らせるために、今日タイムセールでゲットしておきたくってねぇ……」


……主婦の話は長い。



弘一がどさっと、講義資料やテキストが入ったカバンをベッドに投げ出し、パソコンを備え付けている机に向かう。

机は彼の本で埋まっている。いや、机というより部屋というべきか。

足の踏み場は、合計して1畳ほどしかないだろう。

6畳間が今では1畳間だ。

椅子に腰かけ、パソコンのスイッチを入れる。

OSがたち上がるまで、弘一は何とはなしに積み重ねられている本の一冊を手に取った。


『~究極サバイバル~ゾンビの襲撃がもし現実のものとなったら』


つい四日前に、駅前の書店で購入した安っぽい装丁の単行本だ。

先月見たゾンビ映画をふと思い出し、500円なら安いものだろうとレジに持って行った。

まだ、中身は確認していない。

最初のページを開く。

「はじめに」と前書きが記されている。


はじめに

ゾンビ、それは生けるものの血肉を求め彷徨う死者の事である。

頭を落とさない限り死ぬことのないモンスター。

彼らから逃げ延びる術を君に教えよう!


ありきたり。

読んですぐにその言葉が、視神経回路を侵食してページの隅っこに幻像として現れそうなほど大きく、頭の中に浮かんできた。

買って損をしたような気分になってきた。


弘一「どうせあれだろ?2ちゃんみたいにホームセンターだとか、そういうショッピングモールで立てこもるのが最強だろ、とかそんな内容なんだろ」


弘一はすぐにページを閉じ、窓際に無造作に置かれている、読む気のしない本の集合の中に放り投げた。

パソコンのディスプレイの方を見るとユーザーのログイン画面が表示されている。

慣れた手つきでパスワードを入力する。


弘一「さぁてと、2ちゃんとニコ生やでぇ……」





  「吉田さん、ヤバイです」


自分のデスクで、先日パトカーを標識にぶつけた時の始末書を書いている警察官、八王子警察署刑事課、強行犯係の吉田巡査部長に一人の男が声をかけた。


吉田「なんだよ、飯島ちゃん。おれほかに何にもバカやらかしてないよ?ほんとだよ?」


吉田の部下、同強行犯係の飯島巡査が息を切らせ、肩を上下させながら血走った目で吉田に訴える。


飯島「そんなどうでもいいことじゃないです。公園で起きた傷害事件、とんでもないことになってます」

吉田「とんでもないことって、どんなこと?」

飯島「被疑者によって怪我を負わされた男性が搬送先の病院で暴れているらしいんです」


一瞬吉田は飯島から発せられた言葉を理解しようと足りない頭をフル回転させたが、結局理解できずに飯島に聞き返した。


吉田「は?」

飯島「だから被害者が病院で暴れてるんです」

吉田「なんでよ?」

飯島「わかりません、とりあえず来てください。応援が必要なんです」

吉田「え……、でもおれさっきの出動だって課長に始末書かけって止められたんだし。まだこの始末書できてないし……」

飯島「いいから!早く来い!!」


吉田「え?あ、ちょっと襟引っ張らないで!!」




紺色の制服警官とこげ茶色のスーツを着た私服警官が、ワイシャツを真っ赤な血で染めた男を2人がかりで押さえていた。


制服警官「こら!やめなさい!」


被害者「ううぅぅ……おぁああああああああ!!」


傍らには彼の治療にあたっていた看護師が横たわり、、首筋から大量の血を流していた。

一緒に治療にあたっていたであろう医者が、彼女を抱きかかえ、悲痛な叫びを上げている。

あまりの出来事に、冷静さを欠いているようだった。


看護師「ぅ……」

医師「良枝君!大丈夫か!?おい誰か手を貸してくれ!早く!!」


待合室にいる診察待ちの人々が、若干の恐怖心を抱きながらも、警官2名が取り押さえているという状況に、遠巻きから様子を窺っていた。

あまりに不思議な状況であった。


はじめ、彼は大人しく治療を受けながら、警官に事情を説明していた。

警備員が一人では取り押さえるのに苦労しそうだと思い、自分が助っ人として共に抑えに行ったこと。

通報によって駆けつけた警官に引き継ごうとした際、暴れた不審な男に腕を咬まれたこと。

救急車を待っている間観察した、男の特徴、状況の全てを話した。

だが、次第に彼の口数が少なくなり、寝ぼけたように呆然とただ空中のみを見つめるだけになった。

と思った次の瞬間には、傷口を消毒していた看護師を引き寄せ、首筋に咬みついた。

しばらく、といってもわずかだが、誰も反応することができなかった。

咬まれた看護師でさえ、悲鳴を上げるのを数秒忘れたほどだ。

誰もがなぜ彼がこのような奇行に走ったのか理解ができない。


不審な男とグルであったのか?

なぜ共犯である彼を咬まなければならなかったのか?

病院内で治療中に凶行に走るためだろうか?

いや、それなら最初から病院に行けばいいだけの話である。

この問いの答えにもっとも近い、いや、ほぼ答えと言ってよい考えを思い浮かべている人がたった一人、野次馬の中にいた。

風邪のため、親に連れられて来院した7歳の少年だ。

少年は半年前にテレビで見たホラー映画を思い出していた。

彼だけが、この事件の真相に近い実像を見抜いていた。





京子は相変わらず、醤油せんべいを頬張りながらテレビを見ていた。


京子「このキャスター、知ったような口で何でも言うなぁ。こういうの嫌い」


京子は2年前、大学を卒業後、都内の老人ホームに事務員として就職したが、4か月で辞職。

それ以来バイトらしいバイトもせずにニートを続けている。

本人曰く、老人ホームの陰湿な空気が耐えられなかったとのこと。


京子「コメンテーターも似たような、深みの無いことばっか言ってんなー。もっとズバッと言えよ。昼だから言えねぇのか。朝ズバッ!なっつって、はっはっは!」


下品な笑い声をあげていると、テレビの向こう側で異変が起こった。

司会とスタッフが小声でなにか話しているのだ。

マイクを切っているせいか、内容は聞こえない。

と、司会を真正面から捉えるカメラに切り替わり、スタッフから手渡されたであろう原稿を読み始めた。


司会「あ、ここで速報が入ってきました。八王子救急医療センターで、男が看護師に怪我を負わせ、暴れているとのことです。今、現場の近くに居合わせたレポーターと中継がつながっています。よしながさーん?」


レポーター「はい!吉永です!今、我々は八王子救急医療センターに来ています。先ほど、取材先へ移動中、八王子救急医療センター前にたくさんのパトカーが停車しているのをみつけまして、取材を開始しましたが、病院関係者によりますと、今日、昼12時に八王子市内の公園にて発生した傷害事件の被害者が、病院内で暴れているとのことです。負傷した看護師は現在、治療を受けているとのことです!」


司会「吉永さん、傷害事件の被害者が暴れているとのことでしたけれども、これはあれですか?酔っ払い同士のケンカとかそういうあれですか?」

コメンテータ「昼間っから飲んでケンカして、ナースさんに怪我させるとかひどい大人ですねぇ」


レポーター「はい、その情報はまだ詳しくわかっていません!ですが、病院関係者によりますと、酔っている様子は見られなかったと……」


  「きゃあああああああ」

  「やべぇ!逃げろ!!!」


レポーター「え?な、なに?え、なになに?」


突如悲鳴と、逃げろと叫ぶ男の怒号が聞こえ、不意を突かれたレポーターが右往左往している。

京子は食べているせんべいの手を止めた。


京子「お、これなに?衝撃スクープじゃね?」


住んでいる八王子市内で起きた事件だというのに、まるで他人事のような、テレビドラマの出来事のような印象を受けた。

心の中では、どこかワクワクした気持ち。

そう、丁度台風の暴風域が自分の住む町を通り過ぎていく、そんなハラハラドキドキといった気持ちだ。

恐怖心はあまり湧いてこなかった。

京子は極度の楽観主義者だ。

そんな彼女の価値観を変える出来事が、目の前で、テレビの画面の中で今まさに起ころうとしていた。

それは、画面を越えて、京子の目を通し、心の中でとてつもない恐怖を形作ることになる。

そして、これからの2週間、中川家最大の試練として降りかかる事となるのだ。



病院の入り口から病院関係者、一般人、警官の人々が巣を壊された蟻のように流れてきた。

流れが少なくなりかけた時、次の流れ、波がやってきた。

第二波は、皆一様に体のどこかしらを赤く染めた者たちだった。

悲鳴とはまた違う声を上げながら出てきたかと思うと、赤い者たちは逃げている人々、野次馬達、報道陣、警察に次々と襲いかかった。

殴ったかと思うと上に覆いかぶさり、体のどこかしらに咬みついたのだ。


あまりに恐ろしい光景だった。


京子は目を疑った。

これは一体どういうことだろう?

似たような光景はドキュメンタリー番組で見たことはある。

団塊の世代の学生運動や、アメリカの暴動などだ。

様子は似ている。

だが、片方が一方的に襲っていて、武器は手と口だ。

気持ちが悪い。

鳥肌が立ち、口が渇いてきた。

口の渇きはさっきまで食べていたせんべいの所為なのだが。


レポーター「なにあれ!?ねえなんなのよ!!」

AD「あれやばいっす!逃げましょう!!」


テレビスタッフたちは怖気づき、逃げ出そうとしていた。

その時、レポーターの後ろで何かが動いた。

レポーターが気付き振り向いた途端、耳がちぎれている女が、レポーターの顔面を殴打した。

よろめいたレポーターを抱き、首に咬みつく。

その女の表情は、眉間にしわを寄せ、目は焦点が合わず、どこかイラついているような、そんな表情だった。


レポーター「きゃああ……ぐぁ……がぽ…………」


首から鮮血が流れだし、苦しむ声に水っぽい、うがいをしているかのような音が混じっていた。


テレビ画面が暗くなった。

テレビの自動消灯機能が働いたのかと一瞬思ったが、起動中を意味するグリーンのライトが点灯しているのを確認して、そうではないということが分かった。

十秒ほど経っただろうか、しばらくお待ちくださいと書かれた1枚の絵が表示された。

物静かなクラシックが流れている。





吉田「飯島、これっていったいどういうことよ?」


吉田は脂汗を額に滲ませながら、パトカーを猛スピードで走らせていた。

行先は八王子警察署だ。


飯島「わ、わかりません……」


飯島も唇を震わせ、おびえきっていた。



八王子救急医療センターに到着した二人は、戦場を目撃した。

すでに到着していた警官隊と赤い者たちが、取っ組み合いをしていたのだ。

すぐ近くには怪我をした警官、一般人、医療関係者が横たわっている。

そしてその者達を治療しようか迷っている医者や看護師が立ち尽くしていた。

吉田、飯島ともに何が起きているのかさっぱりだった。

すぐそばにいた医療事務員に声をかけた。


吉田「これは一体どういうことですか!?いったい何があったんですか!!?」

医療事務員「あ……、男に噛まれた看護師が急に暴れて……、医者と診察待ちの人達に咬みついて……、それでみんな暴れ出して……。ぼ、ぼくにもわからないですよ!気づいたらみんな暴れてたんです!!!」


吉田「どういうことだよ……」


  「吉田君!!」


騒ぎの中から吉田を呼ぶ声がした。

その方向を見ると、係長の太田がやってきた。


吉田「係長!これはいった!?」

太田「吉田、今すぐ署に戻って課長に伝えてくれ。俺たちじゃ追い付かない。署のやつら全員連れてこさせろ。警備課の連中と、組織犯罪対策課の連中は絶対連れて来い。まったくここは異常だ!!」

吉田「え?あ、はい」

太田「わかったら早く行け!!!」

吉田「りょ、了解!飯島はおいていきますか?」

太田「当たり前だ!人手が足りないんだ!!!」


吉田は急いでパトカーに向かった。

外には野次馬がひしめき合っていた。

どこから嗅ぎつけたのかマスコミもいる。

しかし一つだけ、ありえない光景が広がっていた。

警官が一人もいないのだ。

パトカーの近くにはだれも居らず、野次馬を抑えているのは病院の警備員だ。

全ての警官があの戦場にいた。

吉田はパトカーに乗り、扉を閉めた。

その時、ふと気づいた。

あまりの出来事に忘れていたが、無線があるのだ。

わざわざ署まで戻る必要はない、この無線で状況を報告し、自分も加勢に行けばよいのだ。


吉田「俺としたことが、てか係長もあまりのことに頭が回っていないな」


すぐに無線機を手に取る。


吉田「至急至急!八王子204から八王子本……部…………」


「ガッ……八王子本部より八王子204、どうした?応答しろ……ザザッ」


病院の入り口から人々が流れ出てきた。

太田係長も含まれていた。

吉田はすぐに理解した。


吉田(持たなかったか!)


すぐに赤い連中が出てきた。

さっきよりも数が増えている。

パトカーに男が乗り込んできた。

心臓が飛び出そうになったが、飯島だった。


飯島「吉田さん!ダメです!!逃げましょう!!」

吉田「飯島!びっくりさせるな!!」

飯島「はやく!!いいから!!車だして!!!」


吉田は、いつも落ち着いている飯島がここまで動揺しているのをはじめてみた。

ギアをドライブに入れ、アクセルを踏み、パトカーは八王子署に向かった。



飯島「これじゃ……、まるでゾンビですよ……」


飯島が訴えかけるように話し出した。


飯島「係長に言われて押さえに行こうとしたら……、倒れてた連中が起き上がって……、暴れ始めて……。やつら……理性がぶっ飛んでるんですよ!なに話しかけてもうめき声とか叫び声ばっかりで……。先輩、俺たちこれからどうするんですか……」

吉田「とりあえず署に戻るしかないだろう。あそこに戻っても何もできない。戦力が必要だ」

飯島「……連中外に出てきちゃいましたけど、これ被害が……」

吉田「ああ、広がるだろうな。……最悪の事態だ。ちょっと展開、早すぎるけどな……」





都内、料亭

腹を膨らませたフグのような男が、コップ一杯のビールをあおっていた。

向かいにはメガネをかけたトンボのような男が、常にニコニコしていた。


「先生、お疲れ様でした」

「ん?うむ。骨が折れたよ。まぁ、まだやることはたっぷりあるんだがな」

「今度たち上がる新党、あれにも根回しをしないとですものね」

「ああ、あれ野放しにしてると与党から引きずりおろされるからな」


襖がスッと開いた。

程よく熟れている着物の女性が、そこにいた。


おかみ「先生、大野さんとおっしゃる方がお見えになってますが……」

   「おお、大野君か。通してくれ通してくれ」


女性の後ろから背広の、体格の良い男が出てきた。

おかみは会釈をすると襖を閉めた。

男は入り口に正座した。

目はまっすぐフグ男を向いている。


大野「先生、ご無沙汰しております」

  「うん、久しぶりだな。して、今日はどうしたんだ?」

大野「実はちょっと……」

  「……そうか。あ、君、ちょっと席を外してくれないかな?重要な話なもんでね」

  「かしこまりました。失礼します」


メガネが部屋から出て行った。

大野は1メートルほど、フグ男に近づき、姿勢を正す。


  「……なにがあった?」

大野「あれが漏れました」

  「漏れたのか!!!?」

大野「はい。盗み出したやつが誤って……」

  「……状況はどうなってる?」

大野「盗人は感染して今、八王子署の留置場にぶちこまれてます。ただやつに咬まれたやつが八王子の病院で暴れて、被害が拡大。病院の外に流出しました」

  「……警察は?」

大野「初動が甘かったようです。多数の警官が負傷。警備課や組織犯罪対策課が出動するようです。警視庁の方も動き出してます。ただ、すでに感染者が拡散しているので、警察では最早抑える術がないと思います」

  「機動隊やSATでもか?」

大野「SATは技術は素晴らしいですが数が足りません。機動隊も、あれの拡散する勢いには対抗できません。……自衛隊の出動が必要となるでしょうね」

  「自衛隊か……、しかしなんの名目で出動させる?治安出動か?」

大野「それが妥当でしょう。災害出動では……」

  「保健所とか、そっち方面も動いてるか?」

大野「一部の事情を知ってる人たちは独自に動いてるようですが、他は今のところ。なんせ限られた情報しか出てませんし、これが感染症であると気付くまで、もう少しかかるかと……。あいつらが伝えない限りは」

  「……あいつらはするかな?」

大野「……するとは思います。ただ、色々ともみ消しにかかるとは思います」

  「どうやって?」

大野「いくらでも方法はあります。今回のようなケースを見越して、カバーストーリーを用意してあるはずです」


ししおどしの音が、料亭内に響く。





時計は5時を指していた。


美代子「ただいまぁ~」


両手に買い物袋を携えて、美代子は帰宅した。


美代子「あ、京子。ごめんなさーい。買い物途中で2丁目の五十嵐さんと会っちゃってさぁ、駅前の新しくできた喫茶店に行ってきたのよぉ。正直微妙だったわ。あ、それでね、あんたのプリン、ちょっと温くなっちゃったけど、冷蔵庫入れとくわよ?いい?」


京子はテレビを見たまま硬直していた。

その様子を不思議におもった美代子は、買い物袋を食卓の上に置き、京子に近づいた。


美代子「なによ?なんか面白いものでもやってた?」


京子は無言。

テレビにはお待ちくださいと書かれた絵が映し出されていた。


美代子「なに?放送事故でもあったの?」


京子はまだ無言。

ただ、鳥肌が立っているのが見えた。




2ちゃんねるに次々と新しい情報が入ってきた。

ニュース速報に立ち上げられたスレッド。

八王子救急医療センターで起きた傷害事件、それの速報だった。



名無し:おい、なんかすっげぇ暴れてるやついるぞ


名無し:詳細キボンヌ


名無し:うわ、キボンヌとかいつの時代の言葉だよ。今時つかわねぇって


名無し:なんか病院からわんさか人逃げてきてる

    血流してるやついるんだけど


名無し:ぬるぽ


名無し:ちょ、さっきワイドショーで速報入ってたけど、レポーター咬まれてたぞ


名無し:ガッ


名無し:え?まじ?やばいじゃん


名無し:レポーターってだれだよ?


名無し:血流してるやつらが暴れてるぞ、どうなんてんだこれ


名無し:レポーター吉永だよ


名無し:やべぇ、部屋から怖くてでれねぇ


名無し:何々?暴動?消費税値上げに反対する連中かなんか?


名無し:吉永か、あいつブスだし性格悪いからいいや


名無し:咬まれたとか。ゾンビかよwww


名無し:警官も逃げてるぞ

    これそうとうやべぇって


名無し:別のテレビ局でも速報入った

    これ祭りの悪寒


名無し:日本も物騒になってきたねぇ


名無し:これ自衛隊出動あるかな?


名無し:お前ら、平日だってのに暇だな


名無し:↑お前もな


名無し:やべぇ、なんか暴れるやつ増えてんだけど

    まじこれやべぇって


名無し:自衛隊とかwww

    機動隊とかだろ、暴動っていったら


スター亀八:てかなんで八王子よ

      永田町でやれや


名無し:外でないニート勝ち組まじバロス


名無し:部屋で首つって死ねニート


名無し:wktk


名無し:おもしろくなってきたな



弘一は興奮を覚えずにはいられない。

まさに祭りに胸躍る少年そのものだった。

暴動事件が今まさに起きている。

浮足立つ心を深呼吸で落ち着け、新しい情報が来ないか、今か今かと待ち受ける。


弘一「おまいらもちつけっと……、やべぇ、これチョー興奮するw」


と、スレに動画がアップロードされた。

弘一はなんの躊躇もなくクリックした。



部屋が映った。

薄暗い部屋で、服や本が乱雑に置かれている。

汚い部屋だ。

男がぼそぼそと小声で話している。


「えー、はい、あのー、目の前で、えー、いろいろ大変なことが起きてます」


なんとも歯切れの悪い話し方だった。

窓にかけてあるカーテンを手でわずかに開ける。

その隙間から、カメラを外に向けた。

映画の光景かと思ってしまうほどだった。

窓ガラスがあちこちで割られ、赤に染まった人々が人々の上にのっかかり、暴行を加えていた。

大半は咬みついていた。

窓は閉め切っていたが、悲鳴が時々聞こえてくる。

逃げ惑う人々、走り追う人々。

日本ではないかと思ってしまった。


「えー、すごい状況です。あー、なんというか、そのー、映画のような、えー、ハリウッドのような、そのー、そういう感じがします」


ふとこの光景に見覚えがあることに気づいた。

数少ない弘一の友人、安田典彦の家の近くだ。

急に不安な気持ちがこみ上げてきた。

さっきまでは他人事の、同じ八王子市とはいえ、離れているからと関係のないことだと思っていたこの事件が急に自分に係わりを持った、そう感じられた。

やつは無事だろうか?

スマートフォンを手に取り、電話帳を撫でる。

安田。

電話をかけてみた。

しかし。


弘一「くそ、出ろよ……」


コール音が無情にも耳に響き渡る。

スレッドの方でも不安に駆られる人々が映し出されていた。



名無し:ちょ、おれの住んでる方にもやってきたんだけど。まじ勘弁


名無し:連中がおれの部屋の扉叩いてる

    やばい


名無し:まじ?大丈夫か?


名無し:東京大変だな


名無し:これ扉こわれそうまじやb


名無し:さすが都会、物騒やでぇwww


名無し:かあちゃん帰ってこない

    八王子出かけるとかいってたから心配


名無し:暴れまわってる連中っていまどこらへんにいるの?


名無し:中野山王とか暁町あたりらしいよ


名無し:どんどん広がってないかこれ?


名無し:富士見町あたりもらしい。あと田町らへんも?


名無し:部屋に入ってくるっていってたやつがさっきから黙ってるんだけど


名無し:駅前きそうじゃね?やばいじゃん


名無し:ほんとだ。もしかして部屋はいってきたのか?


名無し:おいおい、まじかよ


名無し:新しい情報入ってきた

    咬まれたやつ、同じように暴れて咬みついてくるらしい


名無し:おいおい、まじでバイオハザードじゃん


名無し:どっちかっていうと、さっきの動画みると28日後って感じだったな


名無し:やべぇ、日本の終わり?


名無し:世界の終りだろうな


名無し:おまえら怖気づくなよwwwたんなる暴動に決まってんじゃん。第一咬みつかれ

    たら奴らの仲間になるとかどこ情報だよwwwソースだせ


名無し:近場のホームセンター探さないと。籠城戦だ


名無し:今すぐ瀬戸大橋とか爆破しろ

    四国を本州から分離させるんだ


名無し:おい、おまえら。VIP落ちたぞ



依然として、安田は電話に出なかった。




緊急特別報道番組があらゆる局で始まっている。

東京八王子で大規模暴動発生。

美代子は夕食の準備に取り掛かっていた。

今日の夕飯はロールキャベツである。

支度をしながら、美代子はちょくちょくテレビに目を向けていた。

京子はクッションをきつく抱きしめながら画面を凝視している。


女子アナ「えー、それでは事件の概要を説明します。今のところわかっている段階では、暁町にあります、八王子救急医療センターで治療を受けていた男性が、突如、医療関係者や一般人に暴行を加えたそうなんですが、この暴行を受けた人を含めた病院いた人々がいきなり暴れ出した、というのですが、解説員の長野さん、これどういうことですか?」


解説員「はい、非常に奇妙な事件で私もちょっとわからない点が多いんですが、一種の集団ヒステリーかなにかではないかと思うんですね」

女子アナ「集団ヒステリー?」


解説員「はい。集団ヒストリーというのは、集団がある強いストレスにさらされ続けることによって、同時にパニックに陥ったり同じ妄想を信じ込んだりすることなのですが、今回のケースはまさにこれではないかと思います。初めに暴行を加えてきた男性によって院内に居合わせた人たちに極度の恐怖を与えています。詳しい現場の状況は伝わっていないので、ここから先は推測ですが、なにか皆に一様の妄想を抱かせるなにかが起きて、それで皆パニックを起こして暴動に発展したのではないかと」

女子アナ「なるほど、確かにそう考えられますね」


解説員「しかしながらいかんせん情報があまりに少ないので、実際は何が起きているのか全くわからないのが現状です」

女子アナ「わかりました、ありがとうございました。ここで、八王子警察署から記者会見の模様が入ってきました。……えー、先ほどからお伝えしていますとおり、今日……」


女子アナの声に被るように、男の声が聞こえてきた。

テレビには警察署の記者会見場の様子が映し出され、画面右上にLIVE、左上に5:30と書かれている。


「を、はじめさせていただきます」


男の前には小原正義警視と書かれたカードが立てかけてあった。


「えー、本日正午過ぎに発生しました暴動事件ですが、現在、警視庁の機動隊を動員いたしまして、鎮圧にかかっております。今回の事件ですが……」


2階から弘一が降りてきた。


美代子「あ、弘一。大変だよー!八王子で暴動だってさ」

弘一「しってる。ネットでみてた」

美代子「あんた今日早く帰ってこれてよかったわねぇ。もっと遅かったらこれ巻き込まれてたわよ」

弘一「安田が電話に出ない」

美代子「あ、安田君が?あの子暁町だったわよね。大丈夫かしらねぇ……」


弘一に続いて京介、それと担当者が降りてきた。


京介「それじゃ頼んます」

担当「はいはい、それじゃ失礼しますよ。次はもっと早く上げてくださいよね」

京介「努力はしてみる」

担当「まったく……、それじゃ奥さんお邪魔しました。京子ちゃんも弘一君もまたね」


美代子「あらあら、どうもご苦労様でした」


弘一は軽く会釈をした。

京子はテレビを見続けている。


京介「あー疲れたわぁー」

美代子「あれ?よっさんは?」

京介「上で寝てる。起き次第帰るでしょ。あれ?今日なに?」

美代子「ロールキャベツよ。たまにはちゃんとしたもの食って栄養つけなさい!」

京介「来週まですこし余裕あるから大丈夫大丈夫、……あれ?京子どうしたの?」

美代子「さっきからずっとテレビ見続けて固まってるのよ。なにあったか知らないけど。そういえば今大変よ」

京介「何が?」

美代子「暁町の方で暴動ですって。しかもどんどん地域が広がってるんですって。こっち来そうで怖いんだけど」

京介「マジか。全然知らなかったわ」

美代子「しかも咬まれた人がまた暴れてるそうよ」

京介「なんだそりゃ、ゾンビじゃんまるで」


弘一はテレビを見続けている京子の隣に腰かけた。

京子が抱えているクッションは、すっかり形を変えていた。

様子のおかしさに、弘一は京子に小声で聞く。


弘一「姉ちゃん、見たの?」


京子は動じない。


弘一「2ちゃんで言ってた。レポーターが咬みつかれたって。姉ちゃん、もしかしてみた?」


京子はハッと我に返ったかのように表情を変え、弘一を見つめた。


京子「あれ異常だよ。絶対単なる暴動じゃない」


弘一はうなずいた。


弘一「いろんな情報錯そうしてるけど、どうもうただ事じゃない。ゾンビみたいだ。咬まれたやつが、大した時間もかけずに、すぐまた暴れまわってる。不用意にゾンビなんて非科学的な言葉いいたかないけど、言わずにはいられないね。少なくとも、なにかしらの感染症と見た方がいい。いろんな人が集団ヒステリーだとか言ってるけど、いくらヒステリー起こしたからって、自分が怪我を負ってるのに人に咬みつくなんてこと、まずありえない」

京子「こっち、来るかな?」

弘一「来るとみて間違いないな。被害地域がどんどん広がってる。元横山町、元本郷町、平岡町にまで広がってる。八王子駅まであっという間に広がるね。それだけじゃない。大谷町、尾崎町、みつい台。警察の手に負えなくなってるね。八王子駅前を死守しようと必死になって押さえこもうとしてるけど、結局押されてるし。やばいね」


弘一は軍事オタクの気が入っている。

本を積んでいるとはいえ、一応は読書家だ。

こういう関係の本も読んでいる。


京介「おうおう、また弘一の変な癖が出たよ。そうやって話を大きくするなよお前は」

美代子「でもこっちに近づいてるらしいし、来たらどうする?」

京介「そうなったらおとなしく家にいるのが一番。電気消して、人がいるって気配を消すんだよ。そうすればやつら勝手にどっか行くって。てかまず警察を信用しろよ。ほら」


京介がテレビを指さす。


「住民の皆様には十分警戒をしていただくようお願いいたします。また、外出は控えてください。家の扉、窓には鍵をかけ、室内で待機してください。我々警察が万全の態勢で対応しております。市民の皆様にはご協力をお願いいたします」


美代子「そういえばよっさんの家って新町じゃなかったっけ?」

京介「あ、んだな。こりゃあ家で泊めるしかないな。布団出しといて」

美代子「はいはい」


弘一は立ち上がると。


弘一「飯出来るまで上に行ってる」

美代子「そう?わかった。6時には出来上がるからねー」

弘一「姉ちゃん、ちょいちょい」

京子「ん」


弘一は京子を連れ、2階に上って行った。


京介「あ、お茶漬けある?」




部屋に入ると京子はベッドへ、弘一は机に座った。

キーボードに何か打ち込んでいる。


京子「何してんの?」

弘一「情報収集。事件の詳細と新しい情報」

京子「なんであたしを呼んだの?」

弘一「今の姉ちゃんにあんましテレビ見てほしくないから」

京子「なにそれ。どういう……」

弘一「姉ちゃんショッキングなの耐性ないでしょ。さっきだってずっと上の空ってかそんな感じだったし。とりあえず少し横になれ」

京子「……」

弘一「そしたらおれ姉ちゃん襲って2ちゃんのネタにするから」

京子「まじサイテー。死ねクソ弟」


2ちゃんは今にもサーバーが落ちそうな勢いだった。

連中が現れるたびに、スレッドにレスがついた。

すでにニュー速VIP、実況板は落ちた。

ニュース速報も危うい。

ニコニコ動画の方もアクセスが増えていた。

生放送で実況する連中が出始めている。


弘一(すごい勢いだ……それだけこの事件が異常であることを示してるな……)


ふと携帯に目をやる。

未だ安田から連絡は来ない。





吉田「まったく状況がつかめない……」


吉田は署のデスクでコーヒーをすすっていた。

救急センターの様子を警視庁から来た連中に洗いざらい話していたのだ。

飯島はカップめんをすすっている。

刑事課の中はがらんとしていた。

下のホールでは警視庁から来た応援などでごった返し、ひっきりなしに怒号が飛び交う。

今回の暴動事件の対策本部が八王子署に設けられた。

しかし、今やこの八王子警察署の近辺にまで赤い連中が闊歩している。

署員全員がおびえていた。


飯島「ここも、いつまでもつんでしょうか?」

吉田「わからん。ここまで被害が、それも早くに拡大するとはだれも思ってなかったからな。……拳銃携帯命令が出たとはいえ、聞いた話だともう撃ったやつがいるみたいだが、1~2発じゃだめだそうだ。それこそ全弾ぶち込まないと倒れないらしい。まるで薬中だ」

飯島「逃げる準備、しといたほうがいいかもですね……」

吉田「飯島、おれたちは警察官だ。市民をほっぽり出して逃げるわけにはいかない。無駄死にとわかっていてもだ」

飯島「……」


  「吉田さん、ここにいましたか。新しい命令が下りました。拳銃の使用が現場判断に任せることになったそうです。それと、いま別の署から応援が来てるらしいので、あと少しだけ辛抱してくれだそうです」

吉田「……おう、わかった。ご苦労さん。……応援、間に合うのかね」





よっさん「いやぁ奥さんもうしわけないっす!」


中川家の食卓にでっかい声が響く。


美代子「いいのよぉ、いつもよっさんいはお世話になってるし、それに今戻ったら危ないじゃない。いいのいいの」

京介「ちゃんと感謝しながら食えよーよっさん。いつも家じゃ安い弁当しか食えてないお前にはもったいない飯なんだからな」

よっさん「だれの所為で毎日弁当だと思ってるんですか」

京介「なにぃ?」

よっさん「あんたがもっとヒット作描いて、ちゃんと給料ワシにくれりゃワシもちゃんとした飯食えるんすよ」

京介「やるかぁ?この」

よっさん「今ワシ飛び出してったら誰がアシやってくれるんすか?だれも来ないでしょ?それに奥さんにご迷惑かけるわけにはいかないっすからねー」

美代子「あらあら、ありがとうねよっさん」

京介「くっそぉ……、ぶん殴りてぇ」


弘一は黙々とはしを進めていた。

京子はあまり進んでいないようだった。

テレビでは相変わらず報道特別番組が続いていた。

情報があまりにも少ないため、ああでもなこうでもないと出鱈目な情報が錯綜していた。

わかっているのは依然、原因がわからず、暴徒は八王子全域に及び始めているということ。


よっさん「ん!このロールキャベツうまい!奥さん料理の腕全然衰えませんねぇ」

美代子「あら、ありがとう」

京介「食事中にあんましぺちゃくちゃしゃべるなよ行儀悪い」

よっさん「京介さんはそのクチャクチャ言う口開けたままの咀嚼音どうにかしたほうがいいですよ」

京介「うっせ!」


  「それでは現場から中継をお伝えします」


  「こちら、八王子駅前です。普段は、家路に急ぐ人々と飲み会に出かける人々でごった返している場所ですが、今はほとんど、人通りがありません。ここから約800メートルほど北に行った場所が、八王子警察署です。今回の暴動の対策本部が置かれています。現在、八王子全域に、外出禁止令が出ています。今回の事件の奇妙さ、そして急速な拡大、これらに警察が翻弄された形で、未だに事態の収拾には至っていません。未確認の情報でありますが、この事件の暴徒たちは、皆一様に咬みつかれた者たちであり、一種の伝染病ではないかという憶測が広がり、保健所などが対応に乗り出そうとしている模様です。原因不明の暴動で、住民は安心して眠れない夜を迎えています。以上、現場からでした」


まったく変わらない情報。

刻一刻と変わるのは被害と危険地域の拡大だけだ。

正直飽きてきた。

同時に恐怖心が少しずつ、大きくなってきた。


中川家は片倉にある。八王子駅から川を2つほど隔てた南側だ。

部屋の鳩時計が7時を指していた。


よっさん「ご馳走様でした!いやぁ美味しかったです!それじゃ京介さん、仕事場で寝かせてもらいますね」

京介「おう、もう少ししたら布団もってっからな」

よっさん「いや、いいですよ。枕と上着さえあればどこでも寝れますから」

美代子「遠慮しなくていいのよ。干したばっかりのやつ、持っていくからね」

よっさん「ほんとすみません」


弘一「ごちそうさま」

美代子「お粗末様。あれ?もう寝るの?」

弘一「うん、なんか寝といたほうがいいと思ってね」

京子「ごちそうさま」

美代子「あら、京子も?」

京介「家の鍵、ちゃんと全部締めろよ。おれも後で確認するから……」

美代子「え、ええ」



弘一はパソコンの前には座らず、ベッドに横になった。


弘一「よっこいしょういちっと……」


枕元に置いてあるポケットラジオのスイッチを入れる。

すでに設定してあったチャンネルが流れた。

こちらもニュースをやっている。

耳を傾け、少し横になる事にした。

と、目をつむったその時だった。

弘一の部屋の扉をノックする音がした。


弘一「はい?」


京子「あたし。入っても?」


弘一「ああ、いいよ」


パジャマ姿の京子が部屋に入ってきた。

大体予想はついている。


弘一「一緒に寝てほしい、でしょ?」

京子「だめ?」

弘一「姉ちゃんいつも怖いもの見た後はそれだもんね。いいよ。寝な」


弘一は布団をめくり、京子を促した。

京子は素直に布団に入り込み、弘一に体を寄せた。

弘一が布団の上から手で抱き込む。


弘一「大丈夫。俺がいるから」

京子「……うん」


僅かであるが、京子が安堵したことが、なんとなく弘一にはわかった。

ラジオからはニュースがまだ流れている。


弘一は考えた。

この拡大スピードは恐ろしい。

僅か6時間足らずで半径3キロの範囲に広がった。

暴徒の数は右肩上がりで増え続けている。

警察の抑止が加えられ始めたとはいえ、この調子でいけば、明日の朝にはここまで連中はやってくるだろう。

川にかけられた橋に防衛拠点を設置して流入を抑えればまだ少し時間は稼げるかもしれないが、いかんせんそんなこと警察がする暇があるのかどうか。

今や前哨基地となった八王子警察署もいつまでもつか。

これは戦争だ。

得体のしれない連中との戦争だ。

そして今状況は圧倒的に警察が不利だ。

差し迫った状況に陥りそうになったら、親を説得して避難しよう。

出来るだけ遠くに。


京子が寝息を立て始めた。

この時が弘一は一番好きだった。

姉がとても愛おしく思える。

まるで思い人であるかのように。

弘一も少し瞼が重くなってきた。

枕元に置いてある目覚まし時計を手に取り、目覚ましをセットする。

朝の3時。

リモコンスイッチで部屋の明かりを豆電球に変えた。

オレンジ色の優しい光が部屋を包む。

弘一ははじめて心を落ち着けることができた。

瞼を閉じる。

目の前に点滅する光の糸くずたちが漂っていた。

耳からはラジオの音、番組が変わったらしく、邦楽が流れていた。

姉の温もりを感じながら、弘一は眠りについた。

夜9時半の事である。

すげぇ時間かけ過ぎた。そしてねみぃ。文章汚いし話もちぐはぐ。これはひどい(´・ω・)そして本文掲載してすぐ見にくくなってることが発覚。でも直すのめんどい。気が向いたら直す

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ