素振り
「ほぅ、それでその子の行き場に困っていると。」
俺の友人は汁を啜りながら言った。
「うむ、如何様にしようかと悩んでいる。」
俺が言うと同時に囲炉裏の鍋から汁を椀に注いだ。
友人は気を利かせて俺の住まいに深夜訪れてくれたのだ。
不承不承向かい入れたが、内心大歓迎だった。
彼が鈴を連れて行ってくれれば万々歳だからだ。
だから、こうして味噌で軽く味をつけた汁を囲炉裏でふるまっているのだが―――。
「お前の考えることは分かるが、連れて行けないぞ。」
友人は俺の目を見て言った。
「そうか。」
俺は落胆しながら汁を啜った。
「いっそのこと、お前が嫁に娶ってしまえばどうだ?」
ぶっ。
俺は思いっきり汁を噴いてしまった。
「な、なんと言うことを……。俺は一生天涯孤独で生きると言っただろう。それをこんな少女を薦めるとは貴様……。」
「ふむ、満更でもないようだがな。」
友人は落ち着いて汁を飲み干すと、俺に空になった椀を突き出した。
俺は黙ってその椀に汁を注ぎ足すと、椀を突き返した。
「そもそも、嫁なんて性に合わない。余計な手間が増えるだけだ。」
「ふーん?本当にそうかな?」
友人はジロジロと俺の顔を見た。
俺ははぁ、とため息をついた。そして無言で剣を抜いた。
「本当だが。信じなければ斬るぞ!」
「まぁ、いいけど。」
友人は突き出された剣も物ともせずに椀の汁をずずっと啜った。
そして、隣の部屋に視線を移す。
「―――何か出身を現すような物はなかったのか?益州だったり涼州だったりその風土の物は持っているだろう?あったら寄越せ。」
「それがだな、何も知らんし何も持っていないそうだ。」
俺はそう言いながら汁を口に含むと、友人は呵々と笑っていった。
「あるではないか。彼女の衣服だよ。」
ぶっ!
俺はまたしても汁を噴いてしまった。
「き、貴様……まさか……服を剥げと?」
「誰がそんなことを。貴様に女物の服をくれてやっただろう?」
俺はそう指摘されると、無言で首を振った。
「着替えてはおらん。」
「左様か。着替えたらこっそり渡してくれ。すぐに調べよう。」
友人はそう言うと汁を飲み干した。
「さて、お暇しようかの。ええと、おなごの名前は何といったかな?」
「劉鈴だ。」
「うむ、分かった。また来よう。」
友人はそう言うと外に出て行った。
暫くすると馬の嘶きと蹄の音が聞こえた。
蹄の音が遠ざかるのを聞きながら俺は残った汁を飲み干した。
そして、立ち上がると椀を水桶で洗い、物干し台に置くと厠に行った。
用を足すと寝床に足を向けたが、ふと思うことがあって劉鈴の寝床に向かった。
鈴はあどけない寝顔で眠っていた。
美しい顔立ちでただの農村にいる少女とは思えない。
まぁ、農村にいる程度じゃファンテリーに誘拐されないだろうが。
俺はフッと一人で笑うと寝床に潜り込んだ。
朝、目を覚ますと俺は外に出て剣の素振りをした。
これは日課だ。欠かすと身体が鈍ってしまう。
「おはよう!孟起!」
明るい声がして振り返ると、鈴が玄関に出て手を振っていた。
「おう。」
俺は素っ気なくそう答えると、素振りを続けた。
「ねぇねぇ、孟起、何をやっているの?」
ととととっと近付いて鈴は訊ねた。
「剣の素振りだ。武芸の鍛錬こそ漢のやることだ。」
俺は見向きもせず、ただ一身に剣を振っていると鈴は明るい声で言った。
「私もやる!」
「は?」
思わず手から剣がすっぽ抜けた。
地面に落ちた剣を拾って鞘に収めると、俺は鈴を見て言った。
「武芸という物は漢がやるものだ。女がやるものではない。」
「でも、やるっ!孟起がやるなら私もやるっ!」
はぁ……と俺はため息をついた。これだから餓鬼は面倒くさい。
仕方がないので俺は薪小屋から程良い重さ、長さの薪を抜くとそれを剣で削って握りやすい木刀の形にした。
「百歩譲ってもこの木刀だ。貴様に真剣はまだ早い。」
「む~。」
鈴は暫くむくれていたが、それを受け取ると一心不乱にそれを振り始めた。
「ダメだ。なっていないぞ。」
俺が言うと、鈴は手を止めて小首を傾げた。
俺は彼女の手を取ると、構えを作り上げた。
「これが基本だ。で、ここから振り下ろす。」
手を添えて木刀を上下させた。
「うんっ!」
その動きを必死な顔で覚えると、全くその通りに剣を振り始めた。
その振りは教えた通りに忠実だ。
こいつは逸材かもしれない。
俺はそう思いながら剣を抜いて、鈴の横で素振りを始めた。
ハヤブサです。
早速、お一方お気に入りのお方がいらっしゃって大変嬉しいです。
やっぱり、書く気力になりますよね。
で、頑張って一話書き上げました。
本当は明後日……いや、明日書く予定でしたが。
さて、感想をお待ちしていますね。
いやー、誰が最初に孟起さんが誰か言い当てるかなー。
楽しみです。