シュレッダー
「6時17分、御臨終です。」
担当医の乾いた言葉が病室に響く。
叔母さんの啜り泣く声が、顔を覆った手から漏れる。
無情にも、窓の向こうでは空が日の出を迎えていた。
部屋に差し込む朝陽と無機質なベッドとの残酷な対比が、母の死を鮮明に僕に伝える。
涙は出てこなかった。
僕は母の骨張った手を掴んだまま、もう開く事は無い母の瞼を見つめていた。
看護師がペンを走らせる音が、部屋中に広がる。
母の前では笑顔で振る舞っていた妹が、ずっと堪えていた涙を僕の背中で拭う。
医師と看護婦が部屋を出ていく。
その足音が、いつまでも僕の耳に残っていた。
僕と妹は、母親の背中を見て育った。
妹が生まれて間もなく死んだ父親の顔を、僕ははっきりとは思い出せない。
寡黙で勤勉だった父親は、唯一の趣味であった山登りから帰って来なかったのだ。
遭難届けを出した翌日に、河川の下流で父親は発見された。
僕が母の涙を見たのは、後にも先にもこの時だけだった。
印刷所を営んでいた我が家の大黒柱の代わりは、母親が十分過ぎる程に務めた。
戦後に不動産で財産を築いた祖父の援助もあり、僕達は生活には困らなかった。
現に今、僕は大学に在席しており、ましてや妹は私立高校に通っている。
農家の多い田舎町の中では、むしろ裕福な方だった。
しかし最近では母親も体調を崩し、印刷所は叔母さんの息子夫婦が継いでいた。
仕事場の雰囲気はガラッと変わり、最近では従業員も増えて、業績も右肩上がりだった。
そんな中、仕事場で唯一変わらなかったのは、父親の机の上のシュレッダーだった。
僕が生まれた日に父親が買ってきたものだ、と母は僕の誕生日の度に話していた。
その父親の形見も、去年の印刷所のリフォームに伴い、自宅の倉庫に影を潜めた。
それを思い出したかの様に、母は入院する時にうっすらと埃を被ったシュレッダーを病床に持って行った。
心電図のモニターの横に位置取るシュレッダーの違和感に、面会に来た親戚は皆、お見舞いに来たとは思えない笑顔で帰っていった。
その度に、母親は決まってこう言った。
「あんた、シュレッダーにも切れないものがあるって、知ってたかい。」
僕はその度に適当な相槌を打ち、母の笑顔を眺めていた。
葬儀も無事に終わり、僕達は以前の生活に戻った。
ある休日に、叔母さんに頼まれ母の遺品の整理をした。
いつ着るつもりだったのか見当もつかないほど派手なワンピース。
毎年冬の始まりを告げていた緋色のカーディガン。
僕と妹が母の日にプレゼントしたエプロン。
そんな母親の生きた証の中に、あのシュレッダーを見つけた。
僕は、おもむろに蓋を開けてみた。
そこには一枚の写真が入っていた。
妹が生まれた時に撮った写真だ。
父と母の間に坊主頭の僕が立っていて、妹は母の腕の中で目を見開いている。
その裏には、インクの滲んだ文字が書かれていた。
"家族の絆をいつまでも"
シュレッダーでも切れないもの。
僕は何となく分かった気がした。
その日僕は、母親が死んでから初めて涙を零した。
END




