消えた登場人物(プロフィール)
朝、誰かがいなくなった。
それだけのことだった。
教室に入ったとき、いつもより少しだけ静かだと思った。
騒いでいるやつはいるし、笑い声もある。
けど、何かが足りない。
理由は、すぐには分からなかった。
席に座って、鞄を置いて、
前の席のやつとどうでもいい会話をして――
ふと、視線が教室の後ろに向いた。
一つ、空いている席がある。
それ自体は珍しくない。
遅刻とか、体調不良とか、よくある話だ。
でも、そこを見た瞬間に思った。
「あれ」
言葉にするほどじゃない。
けど、引っかかる。
あそこ、誰か座ってなかったか。
思い出そうとする。
男だった気がする。
いや、違うかもしれない。
背が高くて――いや、普通くらいで。
髪は黒で――それは大体みんなそうだ。
輪郭が、ぼやけている。
「なあ」
前の席のやつに聞く。
「あそこって、誰かいたよな」
そいつは振り向きもせずに答えた。
「空席だろ?」
「いや、昨日――」
「最初からだって。何言ってんの」
軽く笑われて、それで会話は終わった。
納得はしていない。
けど、否定できる材料もない。
ホームルームが始まる。
担任が出席を取る。
名前が一つずつ呼ばれて、
生徒がそれに答えていく。
いつもと同じ流れ。
何もおかしくない。
――はずなのに。
途中で、担任が一瞬だけ止まった。
ほんの一秒もないくらいの間。
出席簿を見て、
何かを確認するみたいに視線を落として、
それから、何事もなかったように次の名前を呼んだ。
教室の誰も、それを気にしていない。
俺だけが、その“間”に引っかかっている。
休み時間。
もう一度、後ろの席を見る。
やっぱり空いている。
近くまで行ってみる。
机も椅子も、普通だ。
落書きもあるし、傷もある。
使われていない感じは、しない。
なのに。
「……誰もいない」
当たり前のことを、わざわざ口に出していた。
そのとき。
ポケットの中でスマホが震えた。
メッセージ。
クラスのグループチャット。
何気なく開く。
流れているのは、いつものやり取り。
どうでもいい雑談。
誰かの昨日の出来事。
課題の愚痴。
スクロールする。
途中で、指が止まった。
違和感。
さっきと同じ種類の、説明できない引っかかり。
メッセージの流れが、少しだけおかしい。
会話が、噛み合っていない。
誰かが発言して、
それに対する返信があるのに――
肝心の“元の発言”が、見当たらない。
削除されたのかと思う。
でも、表示は何もない。
「メッセージが削除されました」みたいな痕跡すら。
ただ、最初から存在しなかったみたいに、
ぽっかりと抜けている。
「……なんだこれ」
思わず呟く。
その瞬間。
教室のどこかで、椅子が倒れる音がした。
全員の視線が、そっちに向く。
音のした方。
――後ろの、あの席の近く。
誰もいないはずの場所。
でも。
床には、倒れた椅子があって、
机がわずかにずれていて、
まるで――
さっきまで、そこに誰かがいたみたいだった。




