3話 同室の少女
扉を開けた瞬間に見えたのは、窓辺に経つ少女だった。
午後の光が淡く差し込み、彼女の桜色の髪をやわらかく照らしている。振り向いたときに浮かべた笑顔は、屈託がなく、まるで春の陽射しのようだった。
「もしかして、あなたが私のルームメイトですか?」
弾むような声だった。彼女は窓辺から離れ、ルミエリアの傍に寄り、明るい笑顔で裾をつまんで礼をした。
「私、ルクエール伯爵家次女のフィオレッタ・ルクエールです! よろしくお願いします!」
ルミエリアは、一拍遅れてその名前を胸の内で繰り返した。
――フィオレッタ。
どこかで聞いたことがあるような、ないような。知っている名前かもしれないと思い、記憶を辿ってみるが成果はなし。今は、ただ目の前の少女が人懐こく笑っているという事実しかない。
「ブランシュ伯爵家長女、ルミエリア・ブランシュです。こちらこそよろしくお願いします」
軽く裾をつまんで礼をすると、フィオレッタは嬉しそうに目を輝かせた。まるで黄金のようなその瞳は、ルミエリアの視線を釘付けにした。不思議な感覚だった。
「ブランシュさんって、すごく綺麗な響き! ……ねぇ、良ければ、私のことはフィオレッタって呼んで欲しいな。これから一緒に暮らすんだし、仲良くしたくて」
そう言って、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。初対面とは思えないほど、自然に懐へ入り込んでくる。
「もちろん。私のことも、ルミエリアって呼んで」
そう答えると、彼女はぱっと顔を明るくした。
「うん!」
それだけのやり取りなのに、不思議と部屋の空気がやわらぐ。部屋は二人部屋で、左右に同じ形のベッドと机が並んでいる。左側はすでにフィオレッタが使っているらしく、荷物がいくつか整然と置かれていた。
「荷物、もう届いてたみたいで。私、さっき少しだけ開けちゃったんだ」
「じゃあ、私も始めようかな」
二人は自然と並んでトランクを開けた。衣類を畳んで仕舞い、書籍を机に並べる。フィオレッタは時折、楽しそうに話しかけてくる。
「なんか、家族と離れて暮らすのって変な感じだよね」
「ね。慣れるまで時間かかるかも」
「私も! でも、今はルミエリアがいるから寂しくないよ」
ころころと変わる表情。素直で、飾り気がない。――可愛い子だな。改めて、そう思う。
荷ほどきの合間に、好きな食べ物の話や、実家の話、入学式で緊張したことなど、他愛もない会話が続く。
話をして分かったことだが、フィオレッタは元平民だった。両親に捨てられ、孤児となっているところを、現在の伯爵家当主に拾われたらしい。両親のことはあまり覚えていない、と話す彼女は、笑っているのに、どこか影を帯びていた。
前世の記憶が胸の奥で静かに揺れているはずなのに、今はそれが遠いもののように感じられた。目の前にいるのは、ただの同級生だ。明るくて、少しお茶目で、人懐っこい少女。自分をじっと見つめるルミエリアに、彼女は柔らかな笑顔を向けた。
寮の食堂で簡単な夕食を済ませ、部屋へ戻るころには、空はすっかり藍色に染まっていた。窓の外に、いくつかの星が瞬いている。
「明日から、いよいよ授業だね」
ベッドに腰掛けながらフィオレッタが言う。純白のネグリジェを纏った彼女は、まるで星のようにきらきらと輝いていた。
「正直、すごい緊張する……」
「でも、きっと楽しいよ! ルミエリアと同じクラスだし、楽しみだなぁ」
根拠のない自信。それなのに、不思議と安心できる声音だった。どうやら、この短時間で彼女は私に相当懐いたらしい。ずっと距離が近くて、同性の私でもドキドキしてしまった。
「あ、そろそろ明日に備えて寝よっか!」
「そうだね、体力回復させないと」
「じゃあ、電気消すね。おやすみなさい、ルミエリア」
「うん。おやすみ、フィオレッタ」
寝支度を整え、灯りを落とす。静まり返った部屋に、規則正しい呼吸の音が2つ。ルミエリアは暗闇の中で、天井を見つめる。明日から、本当の学園生活が始まる。星に選ばれた恋の物語。
――その舞台に、自分は立っている。
けれど今はまだ、何も動いていない。ただ、隣のベッドから聞こえる穏やかな寝息が、やけに近く感じられた。やがて、ルミエリアも目を閉じる。
星は、静かに瞬いていた。




