ネクロ・ファイト ~オレと死体バトルで勝負だ!~
ネクロマンサー。
死者の肉体を使い魔として使役する邪悪な魔法使い。同じく社会の裏側で魔道を歩む者達からすらも忌み嫌われる最悪の外道……だったのは、一昔も前の話です。
いったい何がどう転んでこうなってしまったのやら。
元より狂気的な連中ではありましたが、他の魔法使い達もまさか彼らがこういう方向の狂気に走るとは夢にも思っていなかったことでしょう。
「いっけぇ、オレの『ダーク・サムライ』!」
「くそっ、負けるか! 踏ん張れ、『デス大関』!」
契機となったのは平成初期。
魔法使い界隈でも肩身の狭い思いをしていたネクロマンサー達が、業界内での一発逆転とイメージ改善を目指して畑違いのホビー産業に参入したら、これがまさかまさかの大成功。児童誌で連載された漫画やアニメの大ヒットも、そのブームを強力に後押ししていきました。
全国の小学生達は、お互いが操る死体を戦わせるホビー競技『ネクロファイト』にたちまち夢中に。全国のオモチャ屋やデパートには、誰でもお手軽に死体を操れる腕時計型の魔法の道具『ネクロギア』や、それで操る対象となる『ネクロモンスター』(通称『ネクモン』)が大きな売り場に堂々と並ぶようにもなりました。
前者の『ネクロギア』はともかく、後者の『ネクモン』に関してはあちこちのお墓や地面を掘り返して出てきた遺骨を砕いた物だったり、まだ比較的フレッシュな死体を切り刻んで無菌処理した乾物状態だったりするのですが、不思議と警察や世間の良識ある大人達はこの件についてノータッチ。もしかするとホビーとしての普及に際して、何やら怪しげな術でも使って社会全体の常識を上書きするよう洗脳でもしやがったのかもしれません。
まあ、そうなってしまったものは仕方なし。
業界内での評判や地位が向上したことで満足したのか、大元のネクロマンサー達も概ね満足したようです。その恐るべき魔力でもって世界を支配しようだとか、虐げてきた者達への復讐を考えることもなく、ホビー会社の技術顧問として高額の報酬を貰いながら豊かな暮らしを満喫しています。
なんにせよ、『ネクロファイト』が世に出てから早三十と余年。この令和の時代においてなお全国の子供達は死体遊びに夢中になっておりました。
◆◆◆
日本国某所。
今日も住宅街近くの公園では誇り高い『ネクロファイター』を自認する近所の子供達が、自慢の死体を競わせて大いに盛り上がっておりました。
「やっちまえ、『チャンピオン・マイケル』!」
「ああっ、ジイちゃん!?」
屈強なボクサーの死体が強烈なストレートパンチを叩き込むと、対峙していた老人の死体は見るも無残なバラバラ死体に。数秒後には『ネクモン』の元となった遺骨の破片へと戻りました。
『ネクモン』のボディは、いわば実体のある幻覚のようなもの。
元になった死体の一部がほんの数グラム程度さえあれば、それを核にして残る全身を疑似的に再現することができるのです。これにより同一人物の遺体を数百数千ものパーツに切り刻み全国で販売することができる。この世界では今や過去のものとなった真っ当な倫理観にさえ目をつむれば、なかなか合理的な販売手法ではあるのでしょう。
「どうだ、デス郎! これでボクの九十九勝だな」
「ちくしょう、カス太め。オレだって、もっと強い『ネクモン』さえ買ってもらえたら……! でも、ウチ貧乏だしなぁ。せめて、ジイちゃんが生きてる時に武術とかやっててくれたら良かったんだけど」
負けた側のデス郎少年は、どうやらお値段無料で手に入る親族の遺骨を持ち出して『ネクモン』として使役していたようです。とはいえ、元々は特別な技も力もない普通の老人。相手のカス太少年が操るかつてのボクシング世界チャンピオン『チャンピオン・マイケル』には手も足も出ずに完敗してしまいました。
この『ネクロファイト』に限った話ではありませんが、ある種のホビー競技は実質的にお小遣い額の勝負。死体の操作テクニックだけでその差を埋めるのは容易ではないでしょう。
「ちぇっ、どっかに強そうな死体でも落ちてないかなぁ?」
公園を後にしたデス郎は、なんとも物騒な独り言を呟きながら一人ブラブラと歩き出しました。とはいえ、死体などそこらに転がっているはずもなし。
ちょっと足を延ばせば、たまに他県のヤクザらしい強面の連中がブルーシートに包まれた『何か』を埋めに来ていると噂される山もありますが、幸か不幸かまだ誰かが死体を掘り当てたという話を聞いたことはありません。
「帰ろ。父ちゃんと母ちゃんは今日も夜勤だって言ってたっけ」
このままアテもなく歩き回っても、都合よく死体に遭遇するようなことはないでしょう。デス郎も結局は諦めて、両親と住んでいるボロアパートへと足を向けました。
その日の深夜のことです。
「な、なんだぁ!?」
部屋の外がパッと明るくなったと思ったら、何か隕石のようなモノが空から落ちてきたではありませんか。どうやら例のヤクザが通う山に落ちたのか、目を凝らせばデス郎の部屋の窓からも山の一部が燃えているのが見て取れます。
「こうしちゃいられねぇぜ!」
なにしろ隕石の墜落ともなれば、不幸にも巻き込まれた人間の十人や二十人くらいいるかもしれません。新しい死体を無料でゲットする絶好の機会というわけです。何度も繰り返すようですが、倫理的なアレコレはなるべく気にしないようにしましょう。
都合よく両親は朝まで仕事で不在。
早速玄関を飛び出したデス郎少年は、深夜の公道を自転車でしばらく走り、二十分ほどで目的地の山に到着。あれほど明るかったのに不思議ですが、他の野次馬の姿は見当たりません。隕石の墜落なんて大事件に他の誰も気付かないなんてことがあるでしょうか。仮に隕石そのものを見ておらずとも、山火事があったのに消防車の一台も来ていないのは不思議ではありますが。
「ちぇっ、なーんだ誰も死んでないじゃん」
幸い、すでに火は自然と収まっていた様子。
間抜けにもデス郎自身が死体となる心配はなさそうですが、持ってきた懐中電灯で照らして見ても周囲には人っ子一人見当たりません。誰も死んでいないのなら骨折り損のくたびれ儲け。未練がましく山林を歩き回っていたデス郎も、流石にそろそろ諦めようかと思ったところで……。
「なっ、なんだぁ!? すげぇ、本物のUFOじゃん!」
なんと山中に大きな銀色の円盤が墜落しているのを見つけました。
まさにマンガやテレビで見るようなUFOそのもの。
そう、彼が目撃したのは隕石ではなく本物の宇宙船だったのです。
「誰か降りてくる?」
デス郎が見ている前で円盤の一部に穴が開いたと思ったら、そこから宇宙船の乗組員が、すなわち宇宙人が船外へと出てきました。
その姿はいわゆるグレイ型宇宙人そのもの。
身長は小学生のデス郎とほとんど変わらない程度ですが、黒目だけの大きな瞳と体毛の生えてない全身ツルツルの容貌は明らかに地球人のそれとは別物です。
「■□◇◆○♪●△……?」(訳:この星の住人か……?)
「なんだ、なにか言ってるけど?」
よくよく見れば宇宙人は全身のあちこちから緑色の血を流しています。どうやら船が墜落した際に身体を強く打ち付けて、その衝撃で大怪我を負ってしまったようです。
「ええっと……マイネームイズ、デス郎。ディスイズアペン……困ったな。もうちょい真面目に勉強しとけば良かった」
仮にデス郎が英語ペラペラの天才少年だったとしても地球外生命体が相手では大して意味はなさそうですが、彼も動揺しているのかそのあたりにまで頭が回っていないようです。
「■●△◆○□◇♪……」(訳:すまない、この星の少年よ。医療の知識を持つ大人を呼んできてはくれないか……)
「なんて言ってるかは分かんないけど……ああ、大丈夫だ! オレに任せとけ!」
が、ご安心を。
たとえ生まれた星が違おうとも、共に熱い魂を持つ者同士。
目を目を合わせて心を通わせれば、自然とその気持ちが伝わってくることも……まあ、時々はあるかもしれません。
「□◇……♪■●△◆○……」(訳:医者……医者を、早く……)
「安心してくれ! アンタとオレとで、目指すは日本一のネクロファイターだ!」
残念ながら、宇宙人の気持ちはデス郎にはビックリするほど伝わっていませんでしたが。そもそも仮に意図を正確に汲んで地球人用の病院に運び込んでいたところで、助かる見込みはかなり薄かったものと思われます。
「●……□◇……」(訳:もう意識が……死にたくな……)
「あ、もうダメっぽいな。ナンマンダブ、ナンマンダブ……それじゃ、全身持ってくのは大変だし、尖った石か何かで指でも貰っていこうっと」
まあ死んでしまったものは仕方がありません。
デス郎はそこらで拾った石を何度か振り下ろして故宇宙人の指を切断。残りの部位についてはひとまず元の宇宙船の中に押し込んで、そのまま自宅アパートへの帰路に就いたのでありました。
◆◆◆
翌日の放課後。
「くそぅ、ボクの『マイケル』が手も足もでない!?」
「へっへーん、これがオレの実力だぜ! そこだ『UFOマン』、いっけぇー!」
いつもの公園で同級生との『ネクロファイト』に参加したデス郎少年は、昨日までとは正反対の活躍ぶり。宇宙人改め『ネクモン』の『UFOマン』と名付けられた相棒は、斥力発生フィールドを展開して相手のボクシング戦法を寄せ付けず。
攻撃においては指先から放った高熱の怪光線によって、たったの一撃で『チャンピオン・マイケル』の五体をバラバラにしてしまいました。
「へへっ、初勝利だ! やったな、『UFOマン』!」
「………………」
『UFOマン』となった宇宙人は、もう自発的に考えることも話すこともありません。しかし、熱き魂を秘めるデス郎には生前の彼(もしくは彼女かもしれませんが)から受け継いだと勝手に思い込んでいる大きな目標があるのです。
「目指すは日本一のファイターだぜ! これからもよろしくな、相棒!」
「………………」
ともあれ、一人の少年と相棒との熱き戦いの日々はこうして幕を開けたのでありました。
めでたし、めでたし?




