グレイトフル・ショコラ 〜オルティーナ様の甘さとほろ苦さの楽しい日常〜 いい歯の日編
いい歯の日ということで、読み切りです。
秋の収穫祭、そしてハロウィンを終えて数日。
冬への準備も中頃へと入りだす今日このごろ。
私の実家、ショコラ駄菓子店はハロウィンでの反動化、来客数が少し減って、暇になっていた。
まあ、毎年のことだけれど、友達のマリーナや、今年はフレンたちが来てくれるので、完全に暇を持て余してるわけじゃない。
といっても、やっぱり大半は暇な時間になっていることに変わりはない。
叔父さんが作ったものや、町から取り寄せたものまで、お菓子が並ぶ店内で、私はカウンターに頬杖をついて、今日も今日とて店番をしていた。
「暇ですわ……」
ついこの前まで色々と立て続けに事件があって、その解決に奔走していたから、こうやって平穏な時間を過ごせることのありがたさをよく知っている。
でもそれはそれとして、何もなく店番をしている時間が退屈なことに変わりはない。
うたた寝していたら、グレイに起こされてしまうし。
そのグレイは、少し離れたところで、器用に編み物をしている。
鋼鉄の鎧を纏っている姿をしていて、編み物をするには不都合そうな手元なのに、素早く綺麗に毛糸を編む姿は、なんだかシュールだ。
その気になれば大きなドラゴンを倒せるのに、普段は私たちと同じ大きさになって、幽霊のように半透明の姿で、私たちの日常に溶け込んでいる。
そんな彼は暇な時間を押下する大切さもしっているけれど、同時にその時間を使って、色々とやれることも知っている。
と、私の視線に気付いた彼が、編み物の手を止めず、顔を私の手元に置かれている毛糸玉に向ける。
表情の読めない鋼鉄の目だけれど、視線を感じることができる。
彼が視線で語りかけてきている。
暇なら毛糸玉を編んだらどうだ、と。
わかっている。
でも、私はそこまで手先が器用じゃない。
編んだマフラーがぶきっちょになって、カッコ悪いなって思ったことは数え切れないくらいある。
それなのに、毎年マリーナは私のマフラーを喜んで受け取ってくれる。
服屋の娘だから、良し悪しもわかるだろうに。
まあ、製品として売るわけじゃなくて、私が編んでプレゼントしたマフラーを喜んでくれていることはわかっている。
だから、不器用だろうが、面倒だろうが、結局、編むわけだけれど。
でも、今はそういう気分じゃない。暇だとしても。
私が首を横に振ると、グレイは「そうか?」とでも言うように首を小さく傾げ、自分の手元に顔を戻した。
グレイの横には、すでに三本のマフラーと一着のセーターが畳まれている。
恐るべき速さで、私や叔父さんたちの分のマフラーを編み、マリーナへのセーターを編んでいる。
マリーナのマフラーは私がやるからって言ったら、セーターを迷いなく、素早く編み上げたグレイがちょっとだけ憎たらしい。
自分の手元の毛糸玉を見下ろし、ため息をついていると、店の奥から叔父さんが顔を出した。
「おっす、調子はどうだ?」
「今日は全然ですわ」
「そうか。まあ、もうすぐ、おやつ時だ。誰かは来るだろう」
「そうですわね」
そんな話をしていた時、マリーナがやってきた。
「やっほー、オルテちゃん!」
「あら、いらっしゃい。マリーナ」
今日もバッチリと自作のハンチング帽とハーフコートを着用している幼馴染兼親友の眩しさに目を細める。
と、彼女の後ろからひょっこりと小さな影が現れた。
愛らしい、くりくりした顔立ちと目をした、マリーナの弟、マルセルだ。
六歳になったばかりで、いつもはおば様といっしょにいるけれど、今日はマリーナと一緒にお出かけしているようだった。
「いらっしゃい、マルセル」
「こんにちは、ロゼッタ姉ちゃん」
「マルセル、ロゼッタではありません。オルティーナですの」
両親が名付けてくれた名前を無邪気に呼ぶマルセルに、やんわりと注意する。
確かにそれは大切な名前だけれど、私には魂の名前がある。
ロゼッタ・ショコラとは表の名前。
オルティーナ・ラグランジュ。
それこそが、私の魂の名前だ。
でも、マルセルは首を傾げるだけだった。
この熱い思想を理解するには、彼はまだ幼いのだ。仕方がない。
その点、私の思想をしっかりと理解し、自らも熱い思想を胸に抱く親友マリーナは私をちゃんと魂の名前で呼んでくれる。
ただし、愛称で、だけれど。
「オルテちゃんの魂の名前だからね」
「たましーの名前?」
「うん」
「……? ロゼッタ姉ちゃんなのに、オルテ姉ちゃんなの?」
「そうそう」
「ふーん??」
小首を傾げる可愛い天使に若干癒やされている間にも、マリーナが叔父さんやグレイに挨拶をしていく。
「スコットさん、グレイ君、こんにちは」
「おう、こんにちは」
気さくに片手を挙げる叔父さんと、手を止めて顔を上げ、会釈するグレイ。
マルセルはグレイを見つけると、目を輝かせて手を振った。
グレイもそれに小さく手を振り返してあげている。
ふふふ、可愛い奴らめ。
「じゃあ、マルセル。お菓子は三つまでだからね?」
「うん!」
「夜はちゃんと歯を磨くこと」
「……うん」
マルセルが若干目を逸らした。
歯磨きが面倒らしい。
でも、面倒見のいいマリーナは、マルセルの前にしゃがんで、その目を覗き込んだ。
「ちゃんと歯磨きしないとお菓子は買わないよ? 虫歯になったらどうするの?」
「虫歯……ならないもん」
「そう言って虫歯になった人がたくさんいるんだよ?」
虫歯の治療は大変だって聞く。
特に、魔法使いのいない私たちの暮らしている村や、小さな町だと、結構困ったことになる。
そのことをマリーナは知っている。
小さい頃、虫歯になった経験者その人だ。虫歯になったのが乳歯で、もうすぐ抜ける奴だったから良かった。
大人の歯だったら大変だった。
そんな経験をしているから、マリーナは口酸っぱくして言うけれど、マルセルは乗り気じゃないみたいだ。
その時、叔父さんがやれやれと言った様子で口を挟んだ。
「マルセル。マリーナの言う通り、歯は磨いた方がいいぞ。虫歯になったら、口の中に注射をしなくちゃならないからな」
「お注射するのっ?」
注射と聞いて顔を青ざめさせるマルセルに、叔父さんがうんうんと頷く。
「それから、コルク抜きみたいな道具とか、ペンチとか使って、下手したら歯を抜かなくちゃならねぇ」
「わ、わわ。歯医者、行きたくない」
「でも行かなかったら、地獄の苦しみだぜ? じんじんとした痛みが四六時中襲ってくる。最悪、命に関わるぞ」
叔父さんが半ば真剣にそういうものだから、マルセルは黙りこくった。
小さいから、歯磨きがまだ面倒に思っているんだろうけど、叔父さんやマリーなの忠告は本当に聞いておいた方がいい。
痛みにのたうちまわっていたマリーナを思い出して、余計にそう思った。
それにしても、叔父さん、やけに話の内容が具体的だった。絶対に虫歯になったことがあるに違いない。
「そうだよ〜。ちゃんと歯磨きをしないとね〜」
おどけるような声と共に、叔父さんの背後から、顔見知りが突然現れた。
ついこの前まで都会で大道芸をしていた、ガラウェイガという、私たちとそう変わらない年頃の女の子だ。
道化師の格好で神出鬼没な彼女は、都会で知り合ったという叔父さんにことあるごとに絡んでいる。
現に今も、叔父さんの左腕に自分の腕を絡ませている、困り者だ。
「っておい、お前どこから出てくるんだよ!」
「気が付いたらそこにいる。悲しみや苦しみあれば即参上。というわけで、悲しみと苦しみをもたらす虫歯の話が聞こえてきたからね。駆けつけたのさ」
慌てる叔父さんからするりと離れると、ガラウェイガはマルセルとマリーナの前に踊るように近づいた。
お祭りやハロウィンで楽しい曲芸を見せてくれる彼女に、マリーナやマルセルも心を開いているので、怖がられることはない。
「マルセル。ハロウィンで美味しいクッキーを食べただろう?」
「うん」
「でも、虫歯になると、それが苦しくなるんだ。でも、言ってもわからないだろうから、今、虫歯になっている人を連れてきた」
そう言ってガラウェイガが店の入口を手で示す。
入ってきたのは、フレンとミランダだ。
少し前に、旅行で村にやってきた、ちりめん問屋とかいう商店の娘のミランダと、彼女の親友兼お目付け役のフレン。
二人ともとても美人で、茶髪で緑の瞳をした優しそうな方がミランダ。
黒のセミロングに濃いめのアンバーの瞳をした、鋭い雰囲気の方がフレンだ。
私たちの友人で、この町に来てから、色々な事件に巻き込まれている。
正確に言えば、ミランダが首を突っ込んで、フレンも仕方なく付き添って、一緒に解決に協力してくれている。
それはさておき。
ガラウェイガが、虫歯になっている人を連れてきた、と言った。
つまり、この二人のどちらかが現在進行系で虫歯なわけだ。
二人ともいつも通りだけれど、きっとミランダの方が虫歯なんだろうな。
ウチのお得意様の一人で、毎日いっぱいお菓子を買って食べてるみたいだし。
私たちの視線が集まる中、二人が私たちの近くまでやってくる。
その途中で、片方が頬を抑えて動きを止めた。
ミランダ、ではなくその隣にいたフレンが。
「痛っ……」
「フレン、大丈夫?」
「えええええっ?!」
衝撃の余りに素の声が出た。
てっきりミランダだと思っていたのに、まさかのフレンが虫歯だなんて!
真面目でちょっと融通が利かないところがあるけれど、それは全部、ミランダや私たちのために考えているがゆえの、優しい彼女。
旅行中で羽目を外し過ぎがちらしいミランダによくお小言を言っているフレンが、そんな、虫歯……!
「そんな、フレンが、虫歯!」
「オルテさん、わたくしのこと、どう見ているんです?」
ミランダが困り顔で尋ねてきたけれど、無視させてもらった。
それよりも今は、フレンの方だ。
接近戦闘が得意な彼女は、痛みに慣れていて、そっとやちょっとじゃ悲鳴も漏らさないし、動きも止めない。
フレンがこんな風になるなんて、かなりひどくなっているんじゃないだろうか。
マリーナも、心配そうにフレンに尋ねた。
「フレンちゃん、虫歯なの?」
「ふ……不覚」
「一番奥の歯にできてしまったんです」
ミランダが補足すると、叔父さんが唸った。
「奥歯か……」
「ガトー様、奥歯だと何か不都合があるんですか?」
ミランダの疑問に、叔父さんが深く頷いた。
「俺の経験則になるし、虫歯の具合によっても変わるとは思うんだが……前の方の歯よりも、奥歯の方が、痛みは上だ。それに、飲食時の咀嚼や飲み込みがしづらいし、下手すると腫れた頬の内側が虫歯部分に触れて、余計に痛むこともある。後、歩くと振動が伝わりやすくて、余計に痛い」
「ガトー様の、言う通りだ」
フレンが左下の頬を抑えて、呻き声で答えた。
その姿を見たマルセルが、顔を真っ青にして震えだした。
「フレン姉ちゃん、大丈夫じゃないの?」
「大丈夫だ、マルセル様。これくらい、何とも……ぐぅぅ」
呻きながら半分屈んだフレン。
どうやら、あまり余裕はないようだ。
「フレンちゃん、どうして虫歯になったの? しっかり歯は磨いているイメージしかないのに」
「あ、ああ。普段は磨いて……いるのだが、最近は、怠ってしまっていた」
正直に答えたフレン。
でも、歯磨きをサボっていた、というか、できていなかった理由はわかっている。
収穫祭やハロウィンに起きた事件の解決に、フレンとミランダも協力してくれていた。
その時、フレンはウチでお菓子を大量に買って、ミランダと頭脳労働に当たってくれていた。
目の下にクマを作っていた姿を見ているし、きっと寝る時間同様に、歯を磨く時間も惜しんでくれていたことは想像できた。
サボって虫歯になるのに、理由なんて関係ないけれど、協力してくれた結果としてこんなことになってしまったのには、少し負い目がある。
「まあ、虫歯になっちまうのは自分の管理不足だが……」
叔父さんも自分の経験からか、そんな風にいうけれど、フレンのことを気の毒そうに見ている。
私も、友達でお得意様のことを助けられるなら助けたい。
それに、虫歯は私たち駄菓子屋にとって、宿敵のようなもの。
何としてでも、助けたい。
でも、どうやって助けよう。
お医者様に連れていくのがいいんだろうけれど、それならとっくの昔にかかっているだろう。
「グレン先生のところには連れていったの?」
「グレン先生は、薬草採取に出かけたと奥様が仰っていました」
ああ、これから流行り風邪が出やすくなるから、その薬の原料となる薬草採取に出かけちゃったか。タイミングが悪い。
「痛み止めも連続して飲めるものではありませんし、数も心もとなくなっておりました。そんな時、ウェイ様が通りかかり、治療できる方の下へと連れて行ってくださると仰ったのです」
なるほど、流石はガラウェイガ。
普段は道化師らしくふざけた態度だけれど、いざという時には頼りになる。
フレンを治療できる人がいるところへ連れて行ってくれるというのはありがたい。
何でここなのか、という疑問はあるけれど。
首を傾げる私に、ガラウェイガが笑いかけてきた。
「いるじゃないか。こう言うときの専門家が」
「専門家?」
ガラウェイガの視線の先へ振り返る。
いつの間にか私たちの近くにやってきていて、心配そうにフレンを見下ろしているグレイの姿があった。
「グレイなら、フレンの虫歯を治療することができるはずさ」
「へ?」
「どういうことですか?」
「グレイに小さくなってもらって、虫歯を治療してもらうのさ」
ガラウェイガの指摘通り、グレイは、自由に大きさを帰ることができる。
今は叔父さんと同じくらいの大きさだけれど、ドラゴンと戦う時などは巨人になれる。
つまり、その逆の、小人になることもできるというのは、言われて、なるほどと納得できた。
グレイも少し考えるような素振りをしてから、できると頷いた。
すると、彼の両目が光だし、空中に絵を浮かび上がらせた。
グレイの特技である空絵だ。
これは彼の知識や考えを空中に投影する力で、言葉を交わしづらい彼なりにの、最大限のコミュニケーション方法とも言える。
どうやら今回は、歯に関する知識のようだ。
それによると、虫歯の原因は小さな生き物たちによる侵食が原因であるらしい。
治療法は私たちも知っている通り、虫歯部分を削り、そこに詰め物や被せ物をして塞ぐ、というものだった。
そして、今回、治療の一環として、虫歯の原因となっている生物をグレイが倒すらしい。
「治療するのも倒すのもいいんだが、しれっと医療会に革命をもたらす事実を提示してきたな」
叔父さんが半笑いでそんなことを言っているけれど、治療できるなら、この際、難しい話はいい。
私は、いいえ、わたくしは、立ち上がりながら服に手をかけて脱ぎ捨てた。
白日のもと(お店の中だけれど)に現れた、わたくしを見て、ミランダが目を輝かせ、マルセルが目を丸くした。
今の私が着ているのは、マリーナが作ってくれた、秋用のドレスだ。
最近、寒さが本格化しつつあるので、普段着と二枚重ねにすると、うたた寝したくなるくらいに温かいので、助かっている。
「わかりましたわ。フレンの虫歯、わたくし、オルティーナ・ラグランジュとグレイが解決してご覧にいれますわ!」
世を忍ぶ仮の姿を脱ぎ捨てた、オルティーナ・ラグランジュとして、わたくしは宣言した。
そして、苦笑している叔父さん、いいえ、ガトーへと振り返る。
「ガトー。何をしているのかしら。フレンの治療を手助けしてくださる?」
「へいへい、わかりましたよ、オルティーナお嬢様」
やれやれと言いながら、ガトーが店の奥から椅子をもってきて、フレンを座らせた。
すると、ガラウェイガがフレンの頬に手を触れる。
その途端、苦悶を浮かべていたフレンの表情が和らいだ。
「今、君の虫歯になっている歯とその周辺に、一時的に痛みを抑える魔法をかけた。でも、あまり長時間は保たない。これからは、どれだけ忙しくても歯を磨くんだよ?」
「……肝に銘じる」
目を閉じてフレンが誓った。
こう言ったら、フレンは必ず約束を守る。
この治療が無事に終わったら、彼女は二度と虫歯にはならないはずだ。
「じゃあ、始めようか」
「オルテさん、グレイさん、フレンをお願いします」
「オルテちゃん、グレイ君、やっちゃって!」
ミランダの願い、マリーナの応援、両拳を握るマルセルの期待の眼差しに、わたくしとグレイは頷く。
「グレイ、行きますわよ!」
「Gooo!」
グレイがと功徳の響きを持った声を上げるのと同時に、わたくしの視界が一瞬だけ白く染まる。
そして次の瞬間には、巨大な店内やマリーナたちが映る空間に浮かぶ椅子へと座っていた。
今のわたくしはこの世界にいる自分と、店内に立って、ガトーと同じくらいの目線の高さで直接世界を見ている感覚が同時にある。
動きの確認のために挙げた腕も、半透明ではなくなり、しっかりと鋼鉄の鎧へと変化していた。
わたくしがグレイの中に招き入れられ、彼と一体化した証拠だ。
今のわたくしは、オルティーナ・ラグランジュであり、グレイでもあるのだ。
「グレイ、小さくなりますわよ」
「Gooo!」
グレイが唸った直後、ふと、思い至ったことがあった。
グレイが小さくなったら、わたくし、どうなるんですの、と。
その答えはすぐに出た。
あっという間にグレイの視線が低くなり、マリーナたちが天を衝く巨人に見えるくらいになった。
けれど、わたくしはグレイの中の空間で、特に何の違和感も覚えなかった。
グレイが小さくなると、それに合わせて、わたくしも小さくなるらしい。
巨大化する時も、わたくしの大きさは変わっていないようなので、そんなものかと納得できた。
『さあ、乗りなよ』
安心したのも束の間、わたくしはグレイと心を一つにして、ガラウェイガが差し出してくれた右手に飛び乗る。
見慣れたはずの彼女の手が、まるで断崖絶壁のように一瞬見えたけれど、臆することなく飛び乗ることができた。
『わっ! グレイ君が小さくなってる!』
普段よりも、体感大きめなマリーナの響く声が聞こえてきた。
『これでもまだ足りないくらいだよ。でも、今のグレイではこれが限界といったところだろう』
『いや、豆粒よりも小さくなれているだろう』
『これで、虫歯を作り出す生き物を倒して、治療できるのですか?』
『ああ。フレン、口を開いて。さあ、頼むよ二人とも』
「ええ、お任せあれ!」
「Gooo!」
開いたフレンの口の中へと飛び込む。
そこの見えない大穴に飛び込むような気分になったけれど、目的地である虫歯の位置は、グレイが見据えてくれている。
後は、そこへうまく着地すればいい。
そのために、グレイがわたくしの動きをサポートしてくれた。
空中で姿勢を制御していると、ほどなくして、フレンの虫歯へと辿り着いた。
彼女の歯には、黒くくすんだ大きく深い谷ができている。
そして、虫歯部分以外にも、彼女の口のそこらかしこで、大量の何かが蠢いているのを、グレイが察知していた。
気分が良いものではないし、フレンも長くこの状態でいるのも辛いだろうから、さっさと終わらせよう。
「グレイ、一気に片付けますわ! ワイドスタイルですの!」
「Gooo!」
グレイの視界に、『Sweater』という文字が浮かび上がると、それが『Hoodie』へと変わる。
すると、グレイの鎧が変化した。
それまでの灰色で意匠らしきものが何も無い滑らかな印象のものから、青色基準で、フードのような開閉可能な兜が付属しているものへと、一瞬で変わった。
これもグレイの能力の一つで、マリーナから「クロージング・アーマー」という名称を与えられている。
グレイは幾つもの鎧を持っていて、状況に応じて、その姿を変えることができる。
今回、クロージング・アーマーで選択したのは、広範囲の標的を攻撃するための力を持っている、ワイドスタイルとわたくしが呼ぶ鎧だ。
魔法が使えないわたくしでも、グレイの力を借りて、魔法と同じ、いいえ、それ以上の力を使うことができる。
山のような大きなドラゴンを投げ飛ばすことも、国軍が総力を上げて作り出す戦略級の魔法を超える魔法を連続で行使することもできる。
そして、その大いなる力は、皆のために使う。
それが、わたくしとグレイの約束だ。
『「エクストリーム・ブレイザー!」』
グレイの両手から美しい青色の炎が出現し、虫歯の谷へと、にわか雨のように降り注いだ。
そして、炎の雨が降り止む頃に、次の力を行使する。
『「アブソリュート・タイフーン!」』
突如として発生した嵐が、虫歯部分を削っていく。
そしてその下に現れた、まだ侵食されていない白い歯の部分や、歯とは違う、見たこともない物が見えてきた。
恐らく、あれが空絵で見た、歯の神経や血管なのだろう。
実際、限定した空間の中で荒れ狂う嵐野中に、血らしき赤色が混じっている。
なら、後は二つの力を使えば、仕上がりだ。
『「グランド・クルセイド!」』
グレイの全身から放たれる聖なる光のちからで、虫歯だった一帯、さらに神経や血管部分、その内部や奥まで、そしてフレンの口の中全体を一気に浄化。
これで、虫歯の原因となった小さな生き物たちは全て倒した。
そして、最後に詰め物と被せ物をして、治療は終わる。
『「アメイジング・マテリアライズ!」』
わたくしとグレイの願いが具現化し、虫歯だった大穴を、一瞬で白い塊が塞いだ。
わたくしたちが想像した、詰め物と被せ物を一体化した物だ。
グレイが教えてくれた情報によると、歯に近い成分で作り上げた物で、鏡で見ても全く違和感がない一品らしい。
さらに、接着には体に無害なものを使ったらしい。
それらしき物は、全く見えなかったのだけれど、それはともあれ。
これで、フレンはもう、虫歯に苦しまなくてもいい。
仕事を終えて息を吐いたところで、外に向かって声を張り上げた。
「終わりましたわー!」
『りょーかい!』
ガラウェイガの声が聞こえてきたと思うと、あっという間に口の中から外へと見えない力に引っ張り出された。
わたくしとグレイはそこで元の大きさに戻りながら分離し、わたくしは我が家の床に着地した。
振り返ると、フレンが目を瞬かせ、虫歯があった方の頬を抑えている。
「終わった……のか?」
「ええ、終わりましてよ」
「よし、じゃあ確かめてみよう」
ガラウェイガが指を弾く。
何も起きていないけれど、恐らく、フレンにかけていた痛み止めの魔法を解除したんだろう。
すると、フレンが少しだけ違和感を覚えたらしく、眉間に少しだけシワを寄せた。
「……少し、ひりひりする」
「治療後はそんなものさ。でも、すぐにそれも消える。おめでとう、フレン」
ガラウェイガの祝福の言葉にフレンは感嘆の声を漏らした後、わたくしとグレイへ向き直り、深々と頭を下げた。
「すまない。また世話になった」
「構いませんわ。困っているお方を助けるのも、大いなる力を持つ者の責務ですの」
「Gooo」
何はともあれ、フレンを助けることができてよかった。
わたくしは、私へと思考を戻しながら、隣に浮かぶグレイを見上げた。
「助かりましたわ、グレイ。ありがとう」
「Gooo」
グレイが親指を立てた。
気にするな、問題ない、という彼なりの合図だ。
一件落着となったところで、ガラウェイガがマルセルへと振り返った。
「どうだい、マルセル。ちゃんと歯を磨かないと、怖くて痛い目にあう。ちゃんと歯を磨いていても、色々な原因で虫歯になってしまうこともある。それでも、虫歯になるリスクを減らすためには、歯を磨く、口の中を綺麗にすることが大事なんだ」
「うん……」
「今回は二人がフレンを助けたけれど、君がもし虫歯になった時、二人がいるかどうかわからない。もしかしたら、用事で出かけているかもしれない。そんなことが極力ないように」
「うん。僕、ちゃんと歯を磨くよ!」
マルセルも真剣な表情で頷いた。
どうやら、こっちも解決したみたいだ。
「さて、じゃあ、おやつタイムと洒落込もうじゃないか。スコット、今日のおやつはなんだい?」
「お前、食って行く気満々だな。マフィンだよ」
叔父さんは苦笑いを浮かべながら、店の奥へと引っ込んでいった。
「マリーナたちも食べていくといいですわ。もちろん、フレンも」
「わーい! スコットさんのマフィンだー!」
「治療してすぐだが、いいのか?」
「ええ。グレイが大丈夫だと申しておりますわ」
「Gooo」
グレイがサムズアップをフレンに向けた。
「で、では、お言葉に甘えて……」
その後、皆で食べた叔父さん特製のマフィンは、とっても美味しかった。
フレンは涙を目端に浮かべながら食べていた。痛みもなく食べられることがよほど嬉しかったらしい。
マルセルもマフィンを堪能した後、お菓子を三つ買ってもらって、マリーナと一緒に帰っていった。
その夜から、マルセルもフレンも、歯磨きを毎日ちゃんとしているらしい。
よかったよかった。
「ですが、私の方がどうしてこうなるんですの?」
「仕方ねぇだろ……」
「Gooo……」
ぼやく私と叔父さんとグレイの目の前には、虫歯や歯痛など、歯に関係する悩みの村の人たちの列ができていた。
マルセルがおば様にフレンの治療について話したため、村中に広まった結果だ。
列の中には、お医者様のグレンさんまでいた。
奥歯に罅が入ったらしく、抜歯じゃなくて治療できるならしたいということだった。
そして私とグレイは、二日ほどかけて、村の人たちの歯を治療していったのだった。
そんな話を後日、マリーナたちと叔父さんとガラウェイガ特製のおやつを食べている時に話していると、ミランダが首を傾げて尋ねかけてきた。
「ところで、オルテさんは虫歯にならないのですか? わたくしはなったことがないです」
「ええ。私もなったことがありませんわ」
「昔からオルテちゃん、どんなに忙しくても歯磨きはちゃんとしているもんねー」
「何だそれは羨ましい……ぐぬぬ」
「姉貴がちゃんと教えていたからなぁ。まあ、俺は忙しさにかまけてサボったわけだが」
「虫歯がなくても、定期的に歯医者へ行くのもいいかもしれないねー」
「それってつまり、グレンさんだけではなく、私たちのところへ来るということではありませんの?」
「まあ、そうなるねぇ」
「なるだろうなぁ」
「もう、しばらくは歯の治療はご勘弁ですわー!」
「Goooー!」
私とグレイの悲鳴と唸り声が、午後三時の空に響いた。
「なるほど……そういうこともあったのですね。
ええ。あはは、俺もありますよ。小学の頃に、軽度でしたけれど。
それで、その後、例の……ええ。なるほど。
え、何で……ですか?
今日の日付、見てください。
はい。十一月八日。いい歯の日ですから。
では、香織ちゃんによろしくお伝え下さい。
またお話を聞かせてください。ええ、お気をつけて。
……にしても、意外な繋がりやな……文睦さんと葵さん、知っとんのかな?」
お読みいただきありがとうございます。
毎日、しっかり歯磨きして、しっかりゆすいで、虫歯予防。
虫歯になったら即歯医者!
では、よき十一月をお過ごしくださいませ。




