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王室からの招待状  作者: 南方
花婿選び
8/30

08.弟の容態


 その日、昼間に食べ過ぎたせいで、夕食が食べられずに食事を抜いたが、時間が経つにつれて小腹が空いてしまった。


 ――無理にでも食べておけば良かったな……。


 冷蔵庫には飲み物しか入っておらず、仕方なく厨房のある東館へ出向くことにした。

 部屋を出ると、エラルドも出て来る。しかも、驚いたことにスーツ姿のままだった。

 その格好のまま、ずっと待機していたのかと思うと、流石にちょっとやり過ぎなんじゃないかとミハエルは思った。


「スーツ脱がないの?」

「直ぐに出られるように、いつも着ています」

「え、いつもって……、まさか寝てる時も?」

「はい」


 信じられない発言にミハエルは開いた口が塞がらなくなる。

 さすがに寝ている時くらい、スウェットなどの柔らかい布を来た方が良いような気がしたが、それは当人の自由か……、と口に出すのをやめた。

 不思議そうな顔をしたエラルドが、「どちらに行かれるのでしょうか?」と聞いて来る。


「ちょっと厨房に行って食べれる物を探して来るだけだから付いて来なくてもいいよ」

「いいえ、ご一緒します」


 宮殿内で危険なことはないというのに、本当に真面目な男だと思った。どうせ何を言っても付いて来るだろうと思ったミハエルは、エラルドを連れて厨房へ向かった。

 数人のシェフが明日の仕込みをしている最中で、邪魔をしたくなかったミハエルはフランスパンと軽く挟める具材を分けてもらった。

「宜しかったら、何かお作りしますが?」とシェフが気を遣って声をかけてくれたが、「胃に入ればいいだけだから、気にしないで」と、もらった食材をトレーに乗せて部屋へ戻ろうとすると、すかさずエラルドがミハエルからトレーを奪い取った。


「そんなウェイター見たいなことしなくてもいい、君は護衛なんだから」

「……分かりました」

 

 再度エラルドからトレーを奪い取り、中庭から自室へ戻るが、先程とは違って妙に館内が騒がしいことに気が付いた。

 この西館に部屋を持っているのはミハエルとエラルドとフェルナンドだけであり、三階のフェルナンドの部屋は、余程の用事が無い限り、グレンも母親も訊ねることは無かった。

 彼はちょっとしたことで発熱が起き、酷い時は一週間ほど寝込むらしく、緊急時には直ぐに医者が飛んで来るのだと聞いていたため、恐らくはフェルナンドの容態が悪いのだと思った。

 南館から中庭を抜けて慌てた様にグレンがやって来るのを見て、彼がフェルナンドを可愛がっているのが見て取れた。

 同じ兄弟だと言うのに、ミハエルとの差は歴然だ。こちらにチラっと目を向けたグレンが、「いつものことだ気にしなくてもいい」と言うのを聞き、「そうですか」とミハエルは素っ気なく答えた。

 気にならないと言ったら嘘だが、一緒に住んでいなかった二十年という月日を埋められるわけもない。どちらにせよ、ミハエルが首を突っ込む事では無いことくらい分かっていたので、早々に自室へ向かおうとしたが――、


「これからもこういう場面はよく見かけるだろうから言っておく、フェルナンドは免疫不全症候群だ」

「え……、もしかしてΩ細胞疾患ですか……?」

「ああ、幼い頃に誘拐されて、その時、遊び半分に打たれた促進剤のせいで感染した……」


 アルファなら特効薬で直ぐに治るのに、オメガの場合は発情期があるせいで、ウイルスが死滅しないと言う。

 

「そんな……」

「お前が気に病むことはない、俺のせいだからな」


 寂しそうというよりは、罪悪感を感じている顔と言った方が正しいのだろう。誘拐に遭った経緯までは聞けないが、彼がフェルナンドを可愛がり、大切にする理由が分かった気がした。


「そういえば、今日はジャンと出かけたと聞いたが」


 不意に自分の話になり、つい反応が遅れた。


「その様子だと、楽しく無かったようだな」

「いいえ、楽しかったです。けど彼がどう感じたのかは分かりません……」

「相手の気持ちなど考える必要は無い」


 それだけ言い残すと、グレンはフェルナンドの部屋へ向かった。

 きつい言葉だと以前なら思っただろう。でも、今のミハエルは慣れてしまったのか、グレンの言葉を聞いて逆に気が楽になった。

 兄の姿が見えなくなったのを確認して、ミハエルも部屋へ向かったが、扉の前で一瞬立ち止まり、「良かったら一緒に食べない?」とエラルドに声を掛けた。


「私はいりませんが、調理しましょうか?」 

「エラルドが食べないのに作ってもらうのは気が引ける……、一緒に食べるなら作ってもらうけど?」

 

 小首を傾げたミハエルを見て、躊躇いながらも彼はうなずき、「分かりました」と言って、トレーを取り上げた。

 キッチンへ移動し、手際よく食材を切り、サンドウィッチを作ってくれた。


「何でも器用に熟すよね」

「……このくらい誰でも出来ます」

「俺は出来ないよ?」


 くすっと笑みを浮かべたミハエルは冷蔵庫から炭酸水を取り出した。

 エラルドがコーヒーを淹れるのを見て、「こんな時間にコーヒー?」と驚いた声が出た。


「私はコーヒーを飲んでも眠れる(たち)です」

「そうなんだ? ああ、そういえば父さん……も……」


 本当は父親じゃなかったけど、他にどう呼べばいいのか分からないミハエルは口を閉じた。

 あの人達が両親ではなく、自分を監視していたサルスジャミン諸王国政府の人間だったことは事実なのに、未だに信じられなくて恋しく思う時がある。


「大丈夫ですか?」

「うん、両親だった人達のことをどう呼べばいいのか分からなくて」

「……いきなり両親を失ったのですから戸惑うのも当然です。ですが、ミハエル様が監視員達のことを親と思うのであれば、それで良いのではないでしょうか」


 エラルドの言葉に、スカっとするような気分にはならなかったけど、過ごした時間は紛れもなく本物なのだと思っていいのだと教えてくれた気がした。

 綺麗に具材を挟み切り添えられたサンドウィッチを見つめ、性格が現れてるな、と思いながらミハエルは、「頂きます」とひとつ手に取った。


「美味しい」

「そうですか、それなら良かったです」

「エラルドが居れば困らないね、君が婿候補だったら、迷わず選んでるのに」


 冗談交じりに言えば、長い沈黙が流れた。


「あのさ、今の冗談だって分かってる?」

「はい」

「……はあ、だったら、リアクションしてくれないと、気まずい……」

「すみません」


 一体、今まで友人とどう過ごして来たのだろうか? と心配になってくる。


「友達ともそんな感じ?」

「いいえ、ミハエル様の護衛ですので、適切な距離を保っているだけです」

「……だとしても、二人きっりの時くらい……」


 そう言ってミハエルが愚痴を溢した時、エラルドの瞳が揺れた。

 ああ、困らせているな、と気が付くと同時に、彼だって仕事でなければ普通に話をしてくれるのだろう。いや、もしかしたら、会話なんてする価値がないと思われる可能性だってある。そう思ったミハエルは、「仕方ないね」と、話題を終わらせ、サンドウィッチを全て完食するとエラルドに感謝した。

 

「美味しかったよ、作ってくれてありがとう」

「いえ……」

「じゃあ、おやすみ」


 こくりと頷き、部屋から出て行くエラルドを見送ると、ミハエルは早々にベッドへ身を埋めた――――。


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