06.婿候補の顔合わせ
グレンが用事を済ませて戻って来ると、一緒に控えの間から客室の待合室へ向かう。
先ほど聞いてしまった候補者達の会話を急に思い出し、くすっと微笑していると、兄から、「どうかしたか?」と訊ねられて頭を振った。
「花婿候補のリストに書かれていたことを思い出しました」
「笑えるようなデータは書いてなかったと思うが、な」
確かに……、とミハエルも思うけど、他に良い言い訳が思いつかなかった。
そろそろ待合の部屋近くだったが、先程の騒ぎとは違ってシンと静まり返っている。そのせいで、また吹き出し笑いが出そうになった。
背後でエラルドが小さくコホっと咳払いをするのが聞えて、ああ、笑ってはいけないと、ぐっと喉を締めて必死に笑いを堪えた。
グレンが、「待たせた」と声を掛けながら先に部屋へと入る。遅れてミハエルも中へ入るが、弟のフェルナンドに教えてもらったように、少しだけ俯きながら、花婿候補者の前へと立ち、小首を傾げる。
たった、それだけのことで、目の前にいる男達の喉が鳴るのが見えた。
――アルファって意外と単純なんだな……。
属性転換してすぐに、弟に『オメガの方が優位に立つ場合もあるんだ』と色々と教えてもらった。
色々な面においてアルファが優秀なのは分かっているけど、本能的にはオメガの方が上だと言っていた意味がようやく分かった気がした。
「彼が弟のミハエルだ」
「はじめまして、ミハエルです。本日はわざわざ遠くまでお越し頂いてありがとうございます」
何処かに書いてあるマニュアルのような歓迎の言葉を並べて、男達に微笑んだ。
右から順番に挨拶をされて、その度に小さく縦に顎を揺らし、ミハエルは最小限の動きだけをして見せた。
フランスに貿易会社などを営む資産家の二人息子と、隣国のゼビアナ王国の王子、三人とも元々面識のある仲なのだろう。時折、グレンの目を盗むように三人で視線を合わせていた。
「花婿選びの期間は一年間だ。その間にミハエルから婿を選ばせる」
グレンの説明を聞き、スっと一人の男性が手を上げた。
「質問があるんだが、一年の間に孕んだらどうするんだ?」
「避妊用の注射を月に一度打たせている。その心配はない」
「準備万端か……」
兄に確認をした男は隣国の王子だと言うルイード・バストルと言う男で、如何にも中東の人間だと分かる風貌をしている。
長めの黒髪に精悍な顔つきで、身長もグレンと変わらないか、少し高いくらいだ。この男もエリートアルファなんだろうな、と少しだけひねた感情が生まれた。
質問が終わってから、ルイードがミハエル達の背後にいるエラルドを見て、おや? という顔を見せ、「どうして君が……?」と言葉を零した。
けれど、目の前にいるグレンの視線を感じ取り、何かを読み取ったルイードは直ぐに、「何でもない」と頭を振った。
「他に質問は?」
「あー、じゃあさ、期限前に花嫁が俺達の誰かに恋したら?」
チラっとグレンが視線をこちらへ移動させ、「その時点で婿として弟が望むならそれでいい」とミハエルを見ながらうなずいた。
質問の主はフランスの資産家の息子の一人で、喋り方から弟のジャン・ラカトッシュだと思う。綺麗なグリーンアイに金髪、無造作に整えられた流行りのヘアスタイルは、特別な珍しさはないけど、当人には似合っているという印象を持った。
「へぇ……、じゃ、惚れさせたもん勝ちってことか……」
「そうなる。だが、我が弟はあまりそちら方面には疎くてね」
「そうなんだ?」
ジャンはミハエルへの方を見て小首を傾げている。彼の声を聞いて、あの下品な雑談では一切言葉を発しなかった人物だと分かったが、心の中までは分からない。
――確か……、俺と同じ歳……?
アルファにしては威圧的な所もなく、この中では一番気が合いそうだと思っていると、彼の兄であるブラッドが、にっこり微笑み一歩前に出る。
弟のジャンと似たような瞳と髪色を見て、兄弟なのだから似ていても不思議ではないけど、言われないと兄弟には見えなかった。
「ミハエル殿下、不躾な弟の態度に私の方から謝罪致します」
低い声に、フランス訛りのある英語の語尾を聞いて、ああ、この人が〝試験官〟発言の人間か……、と三人の中では一番の曲者だと感じた。
「お気になさらず」とミハエルが返事をすれば、「ありがとうございます。ところで――」と、言いながら彼に、つっと手を取られ、手の甲に唇を押しあてられる。
「ミハエル殿下がこれほど魅力的な方だとは知りませんでした。今まで表舞台に出なかったのが不思議です」
「それは光栄です」
人間と言うのは本音と建て前で生きている。だから、彼のような男の方が人間らしく映った。
残念だな、あの雑談さえ聞いてなければ、好意印象を持ったかも知れないのに、と心の中で苦笑した。
そんなミハエルの心中を知る由もない彼は、ゆっくりと唇を広げ――、
「この国に滞在する期間、より多くの交流が出来ることを望んでおります」
上流階級者ならではの柔らかな物腰と上品な振る舞いに、さすがだなと関心すると同時に、またあの〝試験管〟発言が脳裏を過ってしまう。笑いを必死で堪えながら、「こちらこそ」とミハエルも不自然のないような笑みを顔面に浮かべた。
そんなやり取りをしていると、間を切り裂くように、「抜け駆け禁止」と言いながらジャンが割って入ってくる。
年齢的にも大学に居そうな彼の雰囲気を見て、やっぱり話し易そうだと思う。兄弟ならではのやり取りを聞きながら、ミハエルがぼんやりと二人を眺めているとグレンが、「喧嘩なら余所でやってくれ」と二人を制し、言葉を続けた。
「とにかく、先ほど話した通り、弟が君達の三人のうち誰かに恋でもすれば、その時点で花婿と断定する。そうでない場合、最終的には――」
グレンはこちらを数秒見たあと、「弟の公平な総合評価で決める」と候補者達に説明をした。
総合評価ならば、すでにマイナスからスタートしている二人がいるけど……? と、また吹き出し笑いが出そうになり、笑いで震えそうになる唇をぎゅっと噛んだ――。
ようやく顔合わせが終わり、ミハエルはほっとしながら宮殿内に用意された自分の部屋へと向かう。
西の館に作られた自分の部屋に関して、ずっと違和感を持っていたことがあったが、その違和感がようやく解消された。
「そっか、その部屋はエラルドのために作られたんだね」
「そのようです」
部屋の玄関にはミハエルの部屋へ続く扉と、もう一つの扉があった。
一度だけ気になって覗いて見たが、ワンルームマンションの作りで、トイレとバスルーム、それから小さめのキッチン、端の方にあるベッド、それ以外は何も無いガランとした部屋で、何のための部屋なのか疑問に思っていた。
急にピンっと閃いたように、エラルドへ向かって口を開いた。
「監視のために?」
「いえ、問題が起きた時に、すぐに動けるようにと伺ってます」
物は言いようだ。アルファである彼が、オメガのために護衛をして尽くすなんて構図がどうしても、自分の中でしっくりこない。
それならいっそ、監視されていると言われた方が納得出来るのに、とミハエルは溜息を吐いた――。