30.罪を重ねた二人
検査を受けて欲しいとミハエルが言ったことで、彼の心は傷ついたのか、こちらの都合などお構いなしにジャンは身体を求めてくるようになった。
ミハエルは研究室にも出勤出来ず、何日も家の中でジャンの相手と、身体の療養を繰り返した。
見かねたエラルドが彼に異議を申し立てたが、当然のように却下され、その度に行為は酷くなった。
「ミハエル、君が子供を欲しがるから仕方なくしてるんだ」
「うん……、分かってる」
「ああ、明日は少し変わったことをして見ようね」
ベッドの上で横たわるミハエルの頬を手の甲で撫でながら、ジャンがそんなことを言った。
ぞわっと怖気が走るが、拒めるわけもない。こんな風に彼を追い込んだのはミハエル自身だからだ。
けれど、流石にもう限界だった。二週間もぶっ続けで抱かれては身体どころか精神的に休まらない。アルファとオメガでは元々の体質が違うのだから当然だ。
それにジャンは、ミハエルのフェロモンを上手く扱った。大量に吸い込まなければ、ハイな状態が続き、下手な薬より気分が良くなると言った。
「ジャン……、こんな風に毎日は困るよ、俺、仕事にいけない」
「そうだね、けどお互い協力して頑張らないと、子供のためにね? 早く欲しいだろう?」
「……」
それを言われてしまえば、もう抗議することすら出来なかった――。
ふと目が覚めて窓を見ると昼過ぎだった。朝、ジャンが出掛けるのをベッドの上から見送って、起きようにも起きられず、また眠りに付いてしまった。
はっと人の気配に気が付き、その気配を辿ると部屋の入口にエラルドが立っていた。
「目が覚めましたか?」
「うん……」
「お腹は空いてませんか?」
「空いた……」
恐らく何度も様子を見に来てくれていたのだろう。彼はミハエルの身体を抱き抱えると、食卓へと連れて行ってくれる。出来上がった料理を口にして、ぼろぼろと涙が溢れ落ちた。
「私に出来ることを仰って下さい」
「エラルド……」
「以前、お話しさせて頂きました『奇跡は起こすものだ』と……」
どうして悲嘆に満ちた顔を彼がしているのか、そんなにも今の自分は可哀想に見えるのか、とミハエルはしゃくりあげ喉を鳴らした。
頬を伝う涙を自分の手で払い、ふと彼から貰った〝メダイ〟を思い出す。あれを彼に渡せば、ここから連れ出してくれるだろう。
けれど、冷静な自分が問う。彼の手を取り、ここから逃げてどうなる? 彼の将来は? それら全てを巻き込んで、ミハエルと一緒に地獄の果てへと連れて行けるわけがない。
それなのに、夢を見てしまう。誰にも知られない場所へ逃げて二人だけで暮らす平穏な日々、毎日が穏やかで彼に愛される日々……。
――愛する? エラルドが俺を?
今、自分の瞳に映る彼は哀情を浮かべて、ミハエルを憐れんでいるだけだ。
エラルドは同情しか持ち合わせてないのに、どうして自分は愛されると思ったのだろう。何て馬鹿なんだ……、と咄嗟に頭を振った。
「子供が出来ない……」
「はい」
「ジャンでは無理なんだ……」
「はい」
「だから――」
ミハエルは涙を堪えると、自室にある〝メダイ〟を取りに行き、エラルドに命令をした。
「俺の護衛をこれからも続けてくれる気があるなら、抱いて……」
彼を手放す最後のチャンスだと思った。
この言い方ならエラルドも断り易く、自分に背を向けて家を出て行っても、失言をしたのはミハエル本人だと諦められる。ぎゅっと目を瞑り、彼が出て行くのを覚悟した。
けれど――、
「分かりました」
悲しく微笑む彼は、ミハエルの命令に従った。
こちらの頬に遠慮がちに触れたエラルドは、全てを包み込むような目でミハエルを見つめると、ゆっくりと唇を重ねた。
そのまま彼に抱き抱えられ、ぐったりと身体を預けていると、ふわりと甘く漂って来る香りに、はっとした。
――ああ……、俺はずっと勘違いしてた……。
エラルドから今までも嗅いだことのある香り、今までずっと〝あの人〟の残り香だと思っていた。
この優しく甘い香りがエラルドの支配香だと今になって気が付くなんて、何て馬鹿なのだろう。
ふっとミハエルは頬を緩ませ、「俺って幸せ者だ……」とエラルドに告げ、主の命令に従うしかない可哀想なアルファは、極上の甘い香りを纏い、ミハエルと罪を重ねた――――。
それから数ヶ月が経ち、病院から帰って来たミハエルはソファの背もたれに身体を預けた。
横に居るジャンは、こちらのお腹を何度も擦ったり、耳を当てたり忙しそうにしている。「男の子だって」と彼は嬉しそうに言いながら、腹に頬を寄せると何度もキスをした。
しばらくして買い物を済ませたハウスキーパーとエラルドが帰って来る。彼は携帯を手に持ち、小首を傾げてこちらを見た。
その様子を見ていたジャンが、「どうかしたか?」と聞いた。
「グレン様が、結婚されるそうです」
「はぁあ? あの傍若無人と結婚するヤツがいたとは驚きだ」
驚いた声を出すジャンとは対照的に、エラルドは冷静な態度で言葉を続けた。
「フロベール家の御曹司のようです」
「え、あのアメリカのフロベール製鉄会社?」
こくりとエラルドがうなずいた。
「そのうち招待状を送ると仰ってます」
「あの国に行くと、体調崩れるから嫌なんだよなぁ……」
嫌な顔をするジャンにミハエルは、「断っちゃえば?」と、自身のお腹を擦りながら言った。
「あー、そうだな、断る理由ならあるもんな」
「うん、招待状が届いたら子供服を買うのに忙しいと言って断れば良いよ」
「そうしよう」
くすくす笑うジャンは、またミハエルのお腹に耳を当てると、「この子は、多分ミハエルに似た子だ」と呟いた。
それを聞き、ミハエルはエラルドをこっそり覗き見る。こちらの視線に気が付いた彼は、目を伏せると背を向けた。
お腹とジャンの頭を一緒に撫でながら、「そうだといいけど」とミハエルは微笑んだ――――。
王室からの招待状~END.
.あとがき
最後までお付き合い頂きありがとうございました♪
ミハエルは可哀想な子と言うより、悩み苦しみながらも強い心を持った青年でした。実際、なりたくもないオメガになったわけですから、その辺りの葛藤が随所に見られたと思います。
エラルドはミハエルに想いを告げることはないだろうなと思います。彼の想いは愛よりも深いのです。一生をかけて見守るって、そういうことなんだろうなと思いました。
――そして、生まれる子は誰に似てしまうのでしょうね?
それでは、また違う話でお会いしましょう♪




