27.久々に弟と会う
翌日の朝――。
今朝は何事も無かったように、エラルドと顔を合わせた。
お互いに慣れた物だった。前日に何があろうと、次の日は何事もなかったように振る舞うことが出来る。
――慣れって怖いな……。
些細な事では動じなくなってきている自分を心の中で嘲笑った。朝食はジャンと一緒に食べる約束をしており、西館を出ると客間の食卓へと急いだ。
すでに彼は席に着いており、ノートパソコンを見て難しそうな顔をしていたが、こちらの気配に気が付くと、パタンとパソコンを閉じた。
「あ、仕事してて良かったのに」
「一緒に過ごす時くらい、仕事を忘れさせてよ」
「俺に忘却効果はないよ?」
ジャンは笑いながら、「じゃあ、修行してきて」と冗談を言った。
それにしても、本当に彼は忙しい。以前この国に滞在していた時も、ミハエルと会っていない時間は仕事に没頭していたようで、寝てない時もしばしあったようだった。
世界を相手に貿易事業を展開しているのだから、昼も夜もないのは分かるが、彼の管轄はアジア国が多く、フランスが朝だとあちらは夕方なので企業との折り合いを付けるのも一苦労のようだった。
「久々に食べると、ここの国の料理も逆に懐かしいな」
ジャンが口にしたのは伝統的な豆を使った料理で、ミハエルも好きな部類の食べ物だった。
「それ、美味しいよね、俺も好きだよ」
彼が摘まんだ料理をミハエルも口にした。
今日は二人とも衣装合わせをする日程が組まれており、それが終わり次第、婚儀が行われる会場へ向かうことになっていた。
二週間後には正式な夫婦になるのだと思うと、何だか変な気分だったが、それも終わってしまえば何てことはないのだろう。
ふと、背後に立つエラルドの携帯が鳴り、彼が席を外した。
それをミハエルが目で追っていると、不意にジャンが、「イギリスに住むかフランスに住むかどっちがいい?」と住む地域の提案をして来るのを聞き、「どっちでもいいかな……」と答えた。
「そっか、じゃあ大学はどうする? ミハエルが前に通っていた大学に戻りたいならイギリスに住んだ方がいいと思うけど……?」
「んー、通いたいけど、この突発性のフェロモンをどうにかしないとダメ見たい」
「あー、そうだったな……」
眉尻を下げるジャンが、「抑制剤も効かないんだもんなぁ……」と口を尖らせた。
それに関して言えば、元々の属性を変えていることが大きいのだろう。性転換後の後遺症と言うより単純に体が順応出来てないだけなので、治療に関してはしないことにした。
ジャンは「あ!」と何かを思い出したような顔をして渋々口に出した。
「それから、セリーナのことなんだけど……」
「うん?」
「昨日、祝福の電話もらって知ったんだけど、彼女と一緒に教会へ行ったんだって?」
「あー……、たまたま玄関先で会って、メダイの話したら、彼女が教会に連れて行ってくれたんだ」
それに関しては、彼女から話を聞いてたようだった。
間違って買ったメダイを買い直しに行く話をセリーナから聞いたと言いながら、ジャンはセリーナの話を続けた。
「彼女とは腐れ縁でさ、何と言うか会うと……、まぁ……、押しが強いから、ついね……」
ああ、とミハエルも納得した。彼女との関係をしっかり聞いてなかったが、特に気にしてもなかったので、ジャンが途惑っているのが面白くて、つい――、
「珍しい、ジャンが途惑ってる」
「そりゃね……、とにかく悪かった。嫌な思いさせて」
「全然、凄く素敵な人だと思ったよ。付き合っててもよかったのに?」
ミハエルがそう言うと、ジャンは一気に冷たい表情になった。
「その言い方は理解力があるんじゃなくて、突き放しているのと一緒だ」
「そんなつもりじゃ……」
「別に、俺が身の周りを精算したからって、ミハエルは何とも思わないと思ってはいたけど、これでも誠意を見せてるつもりなんだ」
「うん、分かってる」
お互いに割り切った結婚とはいえ、ちゃんと身の周りを精算してくれたジャンの誠意は受け取っているつもりだった。
昨日、エラルドが指摘して来た言葉が胸に刺さったままで、ジャンが好意を表す度にどんどん自分が醜い生き物に思えて嫌になる。
ミハエルが話す話題も無く静かに口を閉じていると、彼が大きな溜息を吐き、「今日の衣装合わせのあと、お昼ご飯はあの店行って見ない?」と誘って来る。
彼が誘ってくれた店は、お互いにどう接して良いかを探り合っていた時期に行った料理店だった。
正直、楽しめたという記憶はあまりなかったが、初めてのデートで行った思い出深い場所だ。
「婚儀の会場から近い見たいだし、ランチに丁度いいと思う。どうかな?」
「そうだね、後は兄さんが鬼じゃなければいいけどね? お昼までに終わらせてもらえるかなぁ……」
「ほんと、それ、俺は嫌な予感してるよ」
げんなりした顔を見せていたジャンの顔が、ミハエルの背後を見てシュっと真顔になる。カツっと背後から靴音が聞え、兄が姿を見せた。
「嫌な予感は当たると言うが……、そうなりそうだな?」
そう言ってグレンはジャンの正面に座った。つまりミハエルの隣だ。
「グレンって本当に意地が悪いよな……」
「お前の兄ほどじゃないが、な?」
「どっちもどっちだよ」
ジャン達とグレンは昔から交流があったのだから、普通に話していても不思議ではないのに、冗談を言うグレンの貴重な場面を見た気分だった。
「それにしても、意外と仲良くなっていて驚いた」
グレンがミハエルに向かって言う。
「同い年ですから、気が合うんです」
「まあ、当然か……」
言いながらグレンが背後を気にした。音もなく背後に立ったエラルドのことが気になったのだろう。
ミハエルは既に慣れてしまったが、警戒心の強いグレンなら気にして当然だと思えた。
そのまま背後へ目を配り、「エラルドとも気が合うんだろう?」と意味ありげな言葉を発した。
「エラルドは護衛です」
「護衛だと言っても、お前と変わらない青年だ、日常会話を楽しむくらいのことくらいあるだろう」
なあ? と目の前にいるジャンにグレンは小首を傾げた。
「ハァ、本当に意地が悪いな、俺がエラルドを気にしてるのを知ってて言ってるんだろ?」
「何を言ってる、意地が悪いのはお前の方だ」
くくっと肩を揺らしたグレンは軽く朝食を済ませ、先に衣装合わせの店へ行くと言って出て行った。
ジャンは兄の立ち去る姿を見つめたまま、「俺達も出かける用意しよう」と言って朝食を切り上げた――。
衣装合わせの場へと辿り着くと、息つく暇もなく衣装を合わせが行われた。
お互いの衣装は式の日まで見ることが出来ないため、別々の部屋で衣装合わせをすることになった。
ミハエルが着る衣装には、シルクの生地とそれを覆うように上品なレースをあしらった二重構造のトーブで裾には金刺繍が施されていた。
着替えている最中、グレンが顔を出し、ミハエルの身体の所々に残る生々しい紅斑を見て唇を歪ませた。
「意外だったな」
「何がですか?」
「お前が既にジャンと身体を重ねていることだ」
「それを望んだのはグレン兄さんです。どうですか満足ですか?」
ミハエルは少しお道化て言って見せたが、ふっと頬を緩めたグレンが――、
「……馬鹿なことを言う。鏡を見ろ、勝ち誇った顔で満足しているのはお前の方だ」
そう言って背を向けると、「忠告しておくが、あまりジャンを舐めない方がいいぞ」とだけ言い残し、グレンは去って行った。
どういう意味なのか分からないミハエルは、指摘された自分の顔を覗き込んだ。
――俺は、昔からこんな顔していただろうか……。
今なら、フェルナンドと双子だと言っても信じてもらえそうだと思う。毎日見ていた自分の顔なのに、近頃の自分は以前とは違って見えた――――。
その日、諸々の用事を済ませ、宮殿へ戻って来たミハエルは、弟のフェルナンドへ面会を申し込んだ。
意外とすんなり許可が下りたところを見ると、体調は良いのだろう。ミハエルは久々に彼の部屋を訪れた。
「フェルナンド、久しぶりだね、体調はどう?」
「今日は凄く気分がいいんだ」
「良かった」
笑みを浮かべたフェルナンドだったが、直ぐに落ち込んだ表情に変わった。
「けど兄さんの結婚式は出れそうもない……」
「無理しなくてもいい、結婚式の様子はちゃんと動画を撮るからさ」
今までもフェルナンドとの交流は携帯の画面越しだった。
だから結婚式くらい顔を出したいと、相当な我儘を言ったとグレンから聞かされていた。
ミハエルも初めの頃とは違い、双子なんだと感じる部分が近頃は多く、自分だけが寂しさを抱えているわけではないと思うようになった。
一年のうちで彼が自由に歩ける場所は限られており、体調の良い時は体力維持のためにトレーニングをするだけの毎日だ。本当なら屋敷を出て遊びに行ったりしたいのだと思う。
「けど、ジャンと結婚かぁ……」
「うん?」
「僕はルイードの方が良かったのに」
「えぇえ?」
「双子って言っても好みは違うんだね」
そう言ってフェルナンドは悪戯な笑みを見せた。二人で好みの言い合いをしていると、室内に退室のブザー音が鳴った。
「もう行くね」と、ミハエルが部屋を出る時、ああ、そうだったと奇跡のメダイをポケットから取り出した。
「フランスのお土産だよ、奇跡のメダイっていうお守り」
「ありがとう……」
そう言ってメダイを手に取ると、フエルナンドはミハエルに抱き付いた。
嬉しそうにする彼を見て、自分には奇跡は起きなくてもいいから、弟に奇跡が起きればいいのに、と心の底からそう思った――――。




