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王室からの招待状  作者: 南方
奇跡のメダイ
23/30

23.奇跡のメダイ

 

 それから数日が経ち、ジャンとルイードの啀み合いに加えて、ブラッドまでもが参戦しはじめた。

 エラルドから見ても、三人のいがみ合いは疲れるものだったが、ミハエルは

嫌な顔ひとつ見せず、彼達に応対して見せた――。

 彼が少々投げやりな態度で、「ジャンと結婚するって何度言えばルイードに分かってもらえるんだろう」と、うんざりしたように愚痴を溢した。


「少しでも可能性があるなら……、とお考えなのでしょう」 


 エラルドは車の運転をしながら答えた。

 彼から気晴らしにドライブに行きたいと言われ、現在、パリの中心街へ向かっている最中だった。


「可能性なんて……」

「無くは無いのでは?」


 短い沈黙のあと、小さな声で彼は呟いた。


「……本当は誰でも良いんだ……、好きな人とは結ばれないから……」


 言わせなくてもいい言葉を言わせてしまった。そんな自分が嫌になると同時に、横に居る彼からの視線を感じた。かける言葉が見つからないエラルドは、車を運転することしか出来なかった――。

 モンマルトルの丘へと辿り着き、有名な広場へと向かう。こういう場所ではミハエルの無邪気さと、聡明さの両方が発揮される。彼らしい姿を見ることが出来て、エラルドの頬も緩んだ。

 彼が特産物を販売している出店で足を止めると、可愛らしい瓶が並ぶ棚を見つめ、「これは何のジャム?」と店主に尋ねた。


「そっちのはアプリコット。クリームチーズと会わせてパンに挟むと美味しいよ」

 

 それを聞き、ほぅと頬を緩めると、彼はそのジャムの詰め合わせを買った。


「エラルドって甘い物好きだっけ?」

「適度には頂きますが、好んで食べるわけではありません」

「あー、確かにエラルドとケーキって結びつかないなぁ……」


 一体、何を想像したのか分からないが、くすくすとミハエルは笑う。

 久々に見る笑顔に、エラルドの顔も綻びそうになるが、きゅっと固く口を閉じた。

 しばらく歩き続けていると、正面に大きな建造物が見えてくる。見るからに教会だと分かる建物に、興味を抱いた彼は、「あ、あそこ行って見てもいい?」と指を差す。

 探求心が旺盛なのは研究者志望だったからだろうか、目に付くもの全てに興味を抱く彼は、色々な場所へと足を踏み入れたがる。


「構いませんが、あまり遅くならないうちに帰りましょう」 

 

 エラルドは腕時計を見て時間を確認した。

 ジャンはミハエルが自分と出かけることを嫌う。あまり長い時間一緒にいると、買わなくてもいい反感を買うこともあった。

 当然、ミハエルもそれに関しては理解しており、小さくうなずくと、目的の建物へ急いだ。


「わぁ、すごい」


 建物の中へ入り、天井の壁画を見上げた彼は、うっとりと美しい美術品に感動している。天井に描かれている天使と神の絵が美しく、迷える魂を浄化すると言われたら、そのまま信じてしまいそうなほどだった。

 ここ最近は、色々なことがあったせいでミハエルは自分を押し殺しているが、本来の彼は感情が豊かな人だ。くるくると変わる表情を見つめ、これから先も、あの表情だけは自分の物なのだと自惚れた感情が湧いた。

 ふと、彼の表情が暗くなったのを見て、どうしたのかと思えば、ミハエルがズボンのポケットから携帯を取り出した。それを見てエラルドは、ああ……、と納得した。


「戻りましょうか」

「うん……」


 彼が分かり易く落ち込むが、自身が置かれている立場だけは忘れることはなかった。


 ――そういえば、一度だって嫌だと言ったことないな……。


 花婿候補者とのデートに関して、愚痴を言うことはあっても『嫌だ』と我儘を言ったことは無かった気がした。

 本当なら逃げ出したい衝動に駆られても当然のような気がしたが、彼はその辺りに関しては従順だった。

 もし、彼が逃げたいと言ったら――、と、エラルドは抱いてはいけないことを想像するが、直ぐにそれを消し去った。

 出入り口でミハエルが立ち止まり、教会の隅でメダイを販売している売店を見つめた。


「奇跡のメダイ……」


 思わず声に出てしまった、という感じに聞えた。


「買いますか?」

「ううん、いい……、起きない奇跡は期待しない」

「……」


 教会が販売しているメダイには、奇跡と浄化と様々な名称が付けられている。ここで販売している物も同じ類の品だった。 

 エラルドは売店へ向かうと奇跡のメダイを二つ買い、その二つをミハエルに渡した。


「奇跡は起こす物だと私は思ってます。もし、その奇跡を起こしたくなったら……、その一つを私に下さい」


 小首を傾げるミハエルだったが、直ぐに「分かった」と返事をした。

 もし彼が逃げ出したくなったら、エラルドは迷わず手を差し伸べる決意を示したつもりだったが、それが伝わっているかは不明だった。 

 教会を出て振り返り、たった今、自分は罪を犯したと心の中で懺悔しながら、マリア像を見つめた。


 ――奪うことも、手放すことも出来ないでいる愚かな俺を許して欲しい……。

 

 心の中でマリア像に想いを告げていると、ミハエルに声を掛けられた。


「エラルド? どうかした?」

「いえ、角度によってはマリア像は表情が違うので」

「あー、角度と言うよりは、その日の気分じゃないかな? 慰めて欲しい時は優しく見えて、叱ってもらい時は厳しく見える」

「……なるほど」


 エラルドにはマリア像が酷く冷酷に見えた。とても冷たい目で見降ろされて、まるで自分が罪人にでもなったかのような気分だった。

 前を歩くミハエルはエラルドが渡したメダイをぎゅっと握り締め、「これペンダントなんだよね?」と言う。


「ええ、ですが、身に着けるのは良くないかも知れませんので、お守りとしてキーホルダーにする方が良いかも知れません」

「あ……、そうだね。ジャンはこういう身につける物は煩いよね……、割り切った結婚って相手に関心がないってことだと思ってたけど……」

「アルファには所有欲がありますので、オメガ相手には特にそれが発します」


 そう、と小さく返事をしたミハエルは、グレンに結婚を早めてもらうように伝えると言った。


「その方が良いですね」

「うん」


 何かが吹っ切れた様子でミハエルは、先ほど渡した奇跡のメダイを、握りしめると歩き出す。彼の後を歩きながら、そんな些細な物しか渡せないが、彼の心の支えになればいいとエラルドは思った――。


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