21.フランスへ戻る
ルイードの訪問があるため、予定を切り上げてフランスへ戻ることにしたが、エラルドはミハエルとの距離感を感じていた。
出来てしまった溝を埋める方法は見つからないが、それでも護衛に徹するには丁度いいのかも知れないと思う。
彼自身も無理難題を押し付けたりするようなタイプではないし、今まで通り淡々とミハエルを守る事に徹すればいい。そんなことを考えながらエラルドは彼の背後に立つと、じっと小さな背中を見つめた――。
フランス空港に着くと、ルイードが待っており、ただでさえ目立つ男だと言うのに、民族衣装に身を包んだ彼は周辺の視線を集めていた。
ジャンは不機嫌なまま彼と挨拶を交わし、ミハエルは作り笑いを顔に貼り付けていた。
「ジャンとの結婚を決めたと聞いて、驚いたんだが」
「はい、彼とは年齢も近いですし――っ?」
ミハエルが言い終える前にグイっと腰を抱き、「条件を出されたのでは?」と言う。
「ルイード、人目があるのでやめて下さい」
「ふむ、確かに」
彼は、くすっと笑うとミハエルの身体を離した。
ルイードは小首を傾げながらジャンに向かって、「卑怯な手を使ったな?」と言う。
「卑怯? 確かに、色々と提案はしたけど、卑怯とは聞き捨てならないな」
「どうせミハエルが喜びそうなことを並べたんだろう? イギリスに帰れるようにしてやるとか、本当はそんな気などないくせに」
「――はあ? 俺がそんな詐欺見たいなことするわけないだろ」
空港内で人目があると言うのに、困った人達だとエラルドは仕方なく間に入った。
「ミハエル様も困っておりますので、お二人には冷静な判断をして頂きたいです」
二人は溜息を吐くと仕方なく移動し始めた。
小さく舌打ちをしたルイードだったが、自身の護衛を呼びつけると、その場を離れた。
ルイードからしてみれば、ミハエルがこんなに早く結婚を決めるとは思ってなかったのだろう。それに彼は、今まで身近に男を置いたことはないはずだ。
だからこそ躊躇していただろうし、政治的な絡みがあるにしても、ミハエルを妻として迎えることは、かなり悩んでいたはずだ。
去って行くルイードを睨みながら口を尖らせたジャンが、「ったく、何だよ」と文句を言っているのを見て――、
「気にすることないよ。俺はジャンと結婚するって決めたんだから」
ミハエルが宥めるとジャンの機嫌は直ぐに良くなった。
エラルドの目から見ても、ルイードよりジャンとの方が上手くやっていけるだろうと思う。
ふと、先日、フランスの街でばったり会ったジゼル・ルモンテのことを思い出した。
大学の友人だった彼女は、三歳年上で現在は国防省に勤務しており、エラルドの母の下で働いているが、それ以前は中東の中でも某国のテロに関する軍事活動に軍配されていた。
彼女からルイードと知り合った話は耳が痛くなるほど聞いたし、エラルドも研修で現地に行った時、二人と一緒に食事を同行させてもらったことがある。
その度にルイードを〝最高の男〟だと称賛していたが、陰では真剣な付き合いが出来るタイプではないと愚痴も言っていた。
結局、恋人という枠に縛られるタイプではなかったようで、一年ほど付き合ったあと別れたと聞いた。
――同じ割り切るにしても彼よりはジャンの方がいいだろう。
そんなことを考えて、ちくっと胸が痛んだ。
割り切るなどミハエルに出来るとは思えず、そのうち真剣にジャンに心を許し、愛が芽生えたりするのだろう。本来オメガとはそういう生き物だ。
その時、彼が傷つかないことをエラルドは祈るばかりだった――。
フランスの自宅へ到着するとジャンは兄であるブラッドの元へ向かうと言った。ルイードのことで話があるのだろう。
既に手に入れたも同然のミハエルを奪いに来たのだから、彼達には邪魔な存在だ。それに、グレンがルイードの肩を持つ可能性の方が高いことを、あの兄弟だって分かっているのだろう。
エラルドが自分なりに思考を巡らせていると携帯が鳴る。知らない番号だったが、凡そ見当は付いていた。
「悪いな、彼女に聞いて教えてもらった」
そう言って口火を切ったのはルイードだった。
「彼女、今は欧州連合軍に配属されてフランスに居ますから、お会いになられてはどうですか? あまりいい別れ方では無かったと聞いてます」
「……君は、意外とお節介なんだな」
「はい」
「お節介ついでに聞きたいんだが、二人が結婚を決めた経緯は? 身近に居たのだから、大体分かるだろう?」
聞くまでもないことを聞くルイードだったが、空港で彼が言った通り、ジャンが結婚後はイギリスに住めるように手配する話を持ち掛けていたとエラルドは答えた。
「やっぱりな……」
「ですが、その話はサルスジャミン諸王国に居る時点で提案されてました」
「はぁ……、君との交流を躊躇わなければ防げたことだったかも知れないな……」
仮にルイードが自分と交流をしていても、恐らくミハエルはジャンの提案以上の物は求めなかっただろう。
そもそも、彼が心の底から求めていることは元通りの自分に戻ることだ。
「諦めた方が宜しいのでは? 誰かを追ってくるなんて貴方らしくないです」
「価値があるなら追うさ」
政治的な価値と言うならそうだろう。
「……彼女から以前聞いたことがあります。貴方から国のハーレムに入る事を提案されたと……、プライドが傷ついたと言ってました。ミハエル様も同じような目に遭わせる気ですか?」
「……プライドねぇ」
「ミハエル様は婿候補の方に関して最初から割り切っていらっしゃいますが、心がないわけではありません」
流石にミハエルをハーレムの女達と同じような扱いをすることはないと思うが、ぞんざいに扱われることがあれば、エラルドの方が許せそうになかった。
「ふぅん? ならば、私のハーレムを封鎖しよう」
驚くような言葉を彼が言った。
彼の国のハーレムは一族の象徴でもある。初代から続くハーレムをミハエルのためだけに閉じるとなると大事だ。
「……彼は愛情に飢えてはいますが、無心な愛を探しているわけではありません。共に歩める人を求めているだけです。それこそ、家族のように……」
大きな溜息を吐くルイードが、「君は護衛だと言うのに、随分と入れ込んでいるな」と言う。
彼に関する様々なことを見て来たのだ。誰よりもミハエルのことを知っているし、幸せを願っているのは本当だ。
「ただの護衛ですが、無関心ではありません」
「まあ、いい、フランスに滞在している間、平等な情報を君には求める。グレンだって許可するだろう」
言いたい事を言い終えるとルイードは携帯を切った。
――疲れた……。
グレンとの対話も疲れるが、ルイードも疲れる相手だ。
携帯をベッドへ放り投げ腰かけると、扉を叩くノック音が聞え、仕方なく重い腰をあげた。
対応に出るとミハエルが立っており、「今、話し出来る?」と聞いて来る。
「ええ、構いません」
「じゃあ、お茶を淹れるよ」
「私がやりましょう」
幾度となくやり取りをしてきた一連の流れにエラルドは微笑した。
広々としたリビングに配置されている四人掛けのソファ。その隅の方に座るミハエルに、「中央に座られてはいかがです?」と声をかけた。
「うーん、他人の家って落ち着かないんだ」
「そうですか」
「ところで、ルイードのことなんだけど」
「はい」
紅茶を入れたカップをミハエルの前に置くと、彼はそれを手に取り、「グレン兄さんはチャンスは平等にやれって言うけど」と少々納得の行かない顔をして見せた。
「グレン様としては、ルイード様の方が政治部分でも利害が一致してます。けれど、ジャン様達との交流も避けられません。ついでを言いますが、ルイード様もジャン様と同じ条件を出されると思いますよ」
「あー……、そうだろうね」
「ただ、ミハエル様がジャン様を好きなら――」
「……っ、す、好きじゃない!」
失言だったと気が付いた時は遅かった。
目の前にいるオメガから狂気とも思えるフェロモンが漂い、思考が揺さぶられた。
あの国に居た時、ミハエルは殆ど感情的になることはなかった。だから、然程感じることなく済んでいたが、フランスに来てからの彼は常に不安定だ。
朝方に打った抑制剤のおかげで、正気でいられるが、長くは持たない。再度打つかどうか考えていると、ミハエルからサーっとフェロモンが収まるのを感じてエラルドは、ほっとした。
「ずっと、理由もなく苛々するんだ……」
「はい、お気持ちは理解してます。それと……グレン様より、治療の話をするようにと承っています」
「……今さら……、治療? 分かってて放っておいたくせに……」
説明を受けてない彼にして見ればそう思うだろう。
「内容をお聞きください、治療には羞恥と苦痛を伴います。何日も全裸で数十人の医師の監視の中、したくもないことを永遠とさせられます」
「……っ」
「ですので、今の状態はグレン様の配慮です。もし治療したいと言うなら――」
「いい、分かった……」
「きっと、ご説明されなかったのはオメガに転換させたうえに、そんな治療をさせるのは忍びなかったのだと思います」
彼が躊躇ながら、「いつか治るの?」と聞いて来る。
「はい、期間はかかりますが、一、二年以内には発情期以外の突発的なフェロモンは出なくなります」
「そっか……」
気持ちを落ち着けた彼は、カップを手に取り、「エラルド、ごめん」と泣きそうな顔をして言った。
何に対して謝ったのかは分からないが、「謝ることなど何もありません」と返事を返すと、エラルドは与えられた部屋へ戻った。
――主を置いて先に部屋へ戻るなんて、なにをしてるんだ……。
逃げる様に部屋へと戻った理由は、湧いてしまった庇護欲を振り切るためだったが、一番の問題は切れかかった抑制剤のせいでもあった。
携帯を手に取り、グレンへミハエルに治療の話をしたことを報告すると、エラルドは熱いシャワーを全身に浴びた――。




