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王室からの招待状  作者: 南方
花婿選び
11/30

11.フランスへ

 

 それから数週間後、ブラッドがグレンに交渉をしたようで、ミハエルはフランスへ行く許可をもらった。

 当然、エラルドも一緒に行くことになったが、それに関しては逆に安堵感を感じていた。

 花婿候補とはいえ、数回しか顔を合わせたことがない人間と一緒に過ごすわけだから、多少の不安はあるし、エラルドの存在がなければ断っていたと思う。

 五時間ほどの空の旅を映画鑑賞で紛らわせ、コートダジュール空港に辿り着くと、先にフランスへ帰国して色々と準備をしてくれていたジャンが、出迎えてくれた。

 

「ようこそ、フランスへ」


 少々大袈裟に両手を広げたジャンに、「わざわざ迎えに来てくれてありがとう」とミハエルは御礼を言った。


「座りっぱなしで疲れたんじゃない?」


 微笑した彼はこちらを気遣う言葉をかけてくる。


「全然、すごくいい席を用意してくれたおかげで快適だったよ」


 本当に快適だったと感激の言葉を伝えると、ジャンはほっとした顔を見せた。

 そのまま軽い会話を楽しみ、彼の運転する車に乗り込むと滞在予定の家へと案内された。

 パリ郊外にある広い敷地内に建てられた家は近代的で、緑豊かな風景が広がっており、のんびりという言葉がピッタリとあてはまる風情だった。


「ここは昔住んでいた家で、今は週末だけ過ごすのに使ってる」


 そう言って案内された家は、サルスジャミンの宮殿とは違い、使用人などは居らず、イギリスで生活していた頃と変わらない普通の住宅のスタイルだった。


「ミハエルの部屋は俺の隣ね、まあ、一緒に寝ても良いんだけどさ」


 そう言ったジャンの言葉に固まった。


「そういえば、ミハエルはそっちの経験ないんだっけ?」

「あ、うん……」


 彼が言う〝そっち〟は性交渉のことで、男性経験もなければ女性の経験もないミハエルは一瞬で顔が熱くなる。

 最初に婿候補のファイルをもらった時に、相手の性的趣向なども書いてあったことを思い出して、彼達にも同じようにミハエルのことを事細かに書いた書類が送られていたのだろうと察した。


「試して見る?」

「え……」

「一応、性交渉もしておいた方がいいよね。相性があるだろうし……? ああ、もちろん他の二人と試したあとでもいいんだけどね」


 まるで実験でもするかのように言われて、しばらく呆然とした。なかなか返事をしない自分に、くすくす笑いながらジャンは片目を軽く瞑る。


「ごめん、ごめん、俺の意見ばかりで、でも滞在期間中、少しでも考えておいてくれると嬉しいかな」

「わ、わかった」


 女じゃあるまいし、たかが性交渉の話題を出されたくらいで挙動不審になってしまった自分が恥ずかしくなる。

 元から愛の無い形だけの結婚をする程度の考えだった自分とは違い。お互い一緒に生活するなら、身体の相性も必要だと現実味のある話をするジャンに、何だか申し訳ない気分になった。

 それと彼の言う通り、愛がないのだから、身体の相性ぐらいは良い方がいいのかも知れないとは思う。ぐるぐると、おかしな思考に悩まされていると、ジャンが、「真面目だなぁ……」と言う。


「その年でまったく経験がないのって珍しいよ」 

「そうかな……」

「俺達の年頃なら経験ない男の方が少ないと思うけどね」


 真面目と言われて、そうでもないんだけど、と不意に大学に通っていた頃のことを思い出した。フジタに『勤勉だ』と言われていた頃を懐かしく思う。 


「あれ、そういえば、ジャンって同い年だったよね? 大学は……、あ、飛び級?」

「そうだよ」

「やっぱりアルファだね」

 

 言葉に出してから、しまったと思う。

 こちらの言葉を聞いたジャンが目を瞠ったあと、甘いアルコールのような香りが漂って来る。それがアルファの支配香(フェロモン)だと気が付くのに時間はかからなかった。

 ミハエルは自分の劣等感が増して行くのを感じる。今まで極力、アルファへの劣等感を持たないようにしてきたのに、つい口走ってしまった言葉に、自分の首を絞めたように息苦しくなる。


「ふ……、その顔……、兄さんには見せない方がいいよ。あの人はオメガを恥辱させるの好きだから」


 いったい、自分はどんな顔をしているのだろう。悪戯に微笑むジャンを見て、急にゾクリと背筋に寒気を感じた。たぶん、初めて彼の支配香(フェロモン)を嗅いだせいだと思うが、急に心許ない気分にさせられて不安になる。

 その時、不意にエラルドがミハエルの後に立ったのを見て、瞬時にジャンが眉根を寄せ、口を開いた。


「俺は兄やルイードとは違う。変な趣味はないよ」


 エラルドの警戒心を読み取ったかのようにジャンがそう言うと、ミハエル達に背を向けて歩き出したが、階段の手前でピタリと歩みを止めた。

 彼は、くるっとこちらへ向き直ると、小首を傾げて、「そうだイギリスも行って見る?」と聞いてきた。


「いいのかな?」

「明日か明後日には行けるように手配しておくよ。俺もミハエルがどんな場所で育ったのか見て見たいし」


 彼が手をひらひらと振り、そのまま自分の部屋へと戻っていくのを見届けてから、ほっと一息付いてエラルドに、「ありがとう」と御礼を言った。


「いえ、大丈夫ですか?」

「どうして……」

「はい?」

「ううん、なんでもない」


 彼に、どうして自分を庇ったのかを聞こうとしたが、エラルドもアルファなのだから、オメガであるミハエルが劣等感を抱き、怯えていたことに気が付かないわけがない。

 それほどまでに自分が情緒不安な様子だったのだと知り、情けないなと思った。


「エラルド、少し休んでていいよ。俺は荷を解いてくる」

「はい」


 ベータからオメガになった所で、発情期さえ気を付ければベータだった頃と変わらないでいられると思っていた。

 たかが、アルファの支配香(フェロモン)を感じたくらいで、あんな風に自分を蔑むような

感情が湧くとは思っても見なかった。


 ――これがオメガ……。


 与えられた部屋の中でぶるっと肩を震わせながら、荷解きをしていると、グレンから電話が掛かって来た。

「どうかしましたか?」とミハエルが対応に出ると、何かを諦めたように、グレンの小さな吐息が聞えた。


「……他人行儀な口調はそろそろやめろと言ったはずだが? まあ、いい……、ジャンから聞いた。イギリスへ向かうのはいいが、あまり期待はするなよ」

「え……、どういう意味ですか」

「言葉通りだ。それから、ジャンはお前のことを気に入ったようだから、なるべく早く期待に応えてやれ」


 用件だけ言うとプツンと通話を切られた。


 ――期待に応えろ……って。


 他人の性交渉に口を出す兄に思わず笑いが出た。

 仮にも実兄だと言うのに、グレンはミハエルの心情を心配するどころか、さっさと花婿を決めろとばかりに催促をしてくる。

 さっきの出来事も、本当はどれだけ不安だったかなんてグレンには理解出来ないだろう。エラルドがいなかったらアルファの支配に飲み込まれて、自分を見失ってしまう所だったと言うのに。

 ぎゅっと携帯を握りしめると、ミハエルは荷解きの続きを開始した――。

 

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