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王室からの招待状  作者: 南方
花婿選び
10/30

10.意外な提案


 日替わりで、ジャンとルイードに頻繁に誘われるが、ブラッドだけは何のアプローチもなかった。

 宮殿の客間に滞在しているので会えば挨拶を交わすことはあるが、誘われることはなく、さすがに変だと思っていると、ある日、朝食に誘われた――。

 宮殿内にある来客用の食卓に辿り着付くと、先に席に着いてた彼と挨拶を交わした。


「ミハエル殿下、おはようございます。わざわざ、足を運んで頂きありがとうございます」

「いえ」


 相変わらず、丁寧な態度を見せる彼だったが、席に着くなり、やや残念そうに、「私は仕事で今日フランスへ戻ることになりました」と言われてミハエルは、内心ほっとした。

 三人の候補の中で、一番厄介な相手だと思っている彼とデートする時は、かなり気を遣うだろうなと思っていたからだ。

 ただ、ルイードと違って、この二人は兄弟どちらが婿でも構わないという姿勢なのだと思った。

 現に向かいの席、つまり自分の真正面にジャンを座らせている時点でブラッドは、ジャンのサポートをするつもりなのだと感じる。


「ジャンはしばらく宮殿に滞在させてもらうんだろう?」


 言いながらブラッドが彼に目配せをする。


「まあね、俺が居ても居なくても会社は問題ないでしょ?」


 彼の返事を聞いて肩を竦めたブラッドは、綺麗なグリーンアイを細めるとミハエルへ向き直り、にっこりと微笑んだ。


「ミハエルはフランスに来たことはあるのでしょうか?」

「一度だけあります。父と……」


 実際には彼は父親ではなく王室から派遣された監査役だったが、父だと思っていた頃は、それなりに良い関係だった気がする。

 喧嘩などはしたことはなかったけど、今思えば、自分が強く物を言った時など、父も母も折れていたことが多かった。

 今頃、どうなっているのだろう。家はまだあの場所にあるのだろうか。イギリスを離れて既に半年が経っているし、今さら戻ったところで、どうにもならないことは分かるが、無性にあの頃のことを懐かしく思った。


「あまり良い思い出では無さそうですね?」


 ミハエルの表情が険しく映ったのか、何かを察したブラッドは眉尻を下げている。


「複雑なんです。父と俺は他人だと知ったから……」

「ああ、なるほど……」


 ブラッドがこちらの事情をどれくらい知っているのかは分からないけど、ふぅん、と何やら納得をした表情を見せ、「グレンに内緒でこっそり見に行って見ますか?」と、今度は悪戯な顔をして見せる。


「私の誘いでフランスに旅行に来ませんか? そのついでに、ご自身が過ごして来た街に顔を出して見てはどうでしょうか?」


 まさか、ブラッドがそんな提案をしてくれるとは思っても見なかった。


「い、良いんですか?」

「もちろん、ただ……」


 彼は言葉を遮断するとミハエルの背後に立つエラルドへ視線を向けた。

 ブラッドが何を言いたいのか瞬時に理解出来てしまい、その意味深な視線に答えるように、「内緒というのは無理そうです」とミハエルは笑みを浮かべた。


「確かに、そのようですね」


 彼は軽く微笑して目を眇めると再度エラルドを見た。

 護衛が常に一緒に行動していることを考えれば、馬鹿なことはせずに単純にフランス旅行を楽しんだ方がいいのかもしれない。

 どちらにせよ、王室に入った時点で自分の自由は奪われているし、今さら、逃げ出しても待っているのはもっと不自由な監獄生活だ。


「ねぇ、ねぇ、俺と結婚したら、イギリスの大学へ戻ってもいいよ? 住まいもそっちに用意するし、ちょっと卑怯な話だけど、このくらいの交換条件があった方がミハエルも割り切って政略結婚する気になるでしょ?」

 

 ジャンが提案する話に、ごくりと喉が鳴ってしまいそうになる。しかも、彼の隣にいるブラッドからも、「私も同じ条件を出しますよ」と微笑されてしまう。

 良い条件だと思う。結婚さえ決まればグレンも納得するだろうし、その後は自由が待っている。ミハエルにして見れば誰を選んでも同じことなのだから、自分を満たしてくれる人間を選べばいい。

 

「取りあえず、一度フランスに遊びにいらして下さい。グレンには私の方から言っておきます」

「あ、ありがとうございます」 


 まさか、こんなにいい条件を提案してもらえるとは思っても見なかったミハエルは朝食を終えると、浮き立つような気分で自室へ歩みを進めた。


「嬉しそうですね」


 エラルドからそんな言葉をかけられるくらい浮ついていたことに気が付き、はっとした。


「凄く……、いい条件を出してもらえたから……つい」

「そうですか」


 彼はくすっと鼻を鳴らした。年相応な笑みを浮かべたエラルドにドキっとして、正しく鼓動していたミハエルの心臓音のバランスが急に崩れた。

 いつも無表情で仕事のことしか頭にないような人間だと思っていたけど、温かみのある笑みを浮かべた彼に、「君でも笑うことがあるんだね」と思ったことをそのまま口にした。


「一応、人ですので笑いたい時は笑います」

「そう? 俺が知る限り、ほとんど無表情な気がするけどなぁ……」

「それは仕事中ですので仕方ありません」


 それもそうかと納得していると、エラルドから、「イギリスへお忍びで行かれる話ですが、黙っていろと言うのであれば私はグレン様には報告しません」と言う。


「あー、さっきの……、引き合いに出してごめん。どうせ俺にはGPSが付いてるだろうし、何処へ行こうが丸わかりだろうからさ」


 ミハエルにはグレンの命令で絶対に外すなと言われているネックレスを付けている。それが何なのかは言われなくても分かっているつもりだった。

 だから、内緒にしていてもグレンには分かることだし、エラルドに関しても報告義務があるのは仕方が無いことだ。

 それが護衛である彼の仕事で、自分の側にいる理由なのだから、揶揄うように話に引き出されたことに関しては、気分が悪かったかも知れないな、とミハエルは思った。


「そう言えば、エラルドの出身はアメリカ?」

「はい、シカゴに実家があります」

「そっか……、じゃあ両親も、友人も、アメリカにいるんだね、寂しくない?」

「もう慣れました」

 

 スン、とすました顔で彼は言った。


「そっか、俺は寂しい……」


 君には分からないだろうな、とミハエルはエラルドを見つめた。

 一瞬で今までの人生を全て奪われた絶望感は体験しないと分からないだろう。真実は時に残酷だと誰かが言っていたけど、まさに身を持って知った。

 押し黙ったまま、寂しさに襲われていると、小さく息を吸い込んだ彼が、「私でよければ話くらい聞きます」と呟くように言われて、ミハエルは我に返った。


「ごめん、何か変な話して……」


 頭を横に振り、小さく一礼したエラルドは、いつものように無表情に戻ってしまった。護衛ではない彼のことをもう少し知りたくなったからなのか、少しだけ残念に感じた――。


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