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王室からの招待状  作者: 南方
花婿選び
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01.サルスジャミン諸王国


 地中海に程近いサルスジャミン諸王国。財政は燃料貿易を中心に賄っており、全盛期ほどではないが、かなり裕福な国だ。

 中心地には白い石作りで建てられた豪奢(ごうしゃ)な宮殿があり、数百人を超える人間が宮殿に勤めている。

 その宮殿内にある一室で、自分自身の姿を鏡に映し、大きな溜息を吐きながら、伝統的な民族衣装であるトーブに袖を通した。


 ――俺じゃないみたいだ……。


 袖を通した衣装は、正装用に所々に金細工が施してあり、衿には王族だけが身に着けることを許されている文様の入った刺繍が入っている。

 そのスタンダップカラーの釦を留めている最中、パタンと扉が開閉する音が聞え、目だけをそちらに向けた。

 長身のバランスの良い背格好、癖のない黒髪、さらには彫の深いエキゾチックな顔立ち、如何にもエリートアルファだと言わんばかりの自信に満ち溢れた男が部屋に入ってきた瞬間、部屋の空気まで変わった気がした。

 実兄であるグレン・ベイレフェルトが大股で近寄って来ると、鏡越しに顔を覗き込んで来る。


「オメガになった途端、風貌が変わったな、これなら何処に出しても恥ずかしくない」


 そんなことを言われて、それが褒め言葉なら嬉しくない言葉だとミハエルは思った。

 ベータ属性として生まれた自分が、使い道のない子だと見切られ、王室から疎外されていたと知ったのは、つい最近のことだ。

 グレンと初めて出会った時、華やかさの欠片も無いミハエルを見て、「確かに双子の弟に似てはいるが、ただ似ているだけの他人なのでは?」と彼は疑いの言葉を吐いた。

 グレンは出会った当初から自分に対して見下した態度を取っていたが、それは単純に彼が王族だからだと思っていた。けれど、双子の弟であるフェルナンドと初めて対面した時、グレンの見下した態度に納得した。

 自分と同じオリーブブラウンの髪色と瞳を保持している弟は、言われて見ればミハエルと似ているのかも知れないが、佇まいがまるで違っていた。

 従順で控えめな雰囲気に付け加え、品位と知性を兼ね備えた彼を見て、ああ、これが〝上質のオメガ〟なのだと納得したし、平凡なベータとして生まれた自分が捨てられたのも頷けた。

 そんな弟と対面した時、心無い言葉をかけてきたのが、兄のグレンだった。


『弟のフェルナンドは病弱で王室を出ることは出来ない。今まで弟のおかげで好きなことが出来ただろう? そろそろ恩返しをするべきだ。お前はこれからベータから属性転換をしてオメガとなり、王室の役に立てるよう努めろ』


 これが実の兄が言う言葉なのかと耳を疑った。

 弟のフェルナンドから言われるならまだしも、実兄とはいえ、どうしてグレンに命令されなくてはいけないのか、と最初は拒絶感しか湧かなかった。

 しかも実の親だと信じていた人達から、本当は王室の監視官だったと教えられ、その二人に『務めを全うすることが王室に生まれたミハエル様の宿命です』と言われて、今までの生活はすべて虚像だったと知った瞬間――、全てがどうでもよくなった。

 グレンの言う通り属性転換をし、王室へと入ることを決意したが、その時、持ち出された話が、一年以内に三人の婿候補から一人の花婿を選べという政略結婚の話だった。


 ――花婿……。


 軽く失笑しながら、頭巾(クーフィーヤ)を被ると飾り輪(イカール)を取りつけ、兄に声をかけた。


「準備出来ました」

「……いいだろう」


 クイっとミハエルから顔を背けた兄が、扉付近にいるスーツ姿の男を顎で呼び寄せた。


「お前の専属護衛を務める、エラルド・ヴァレリアだ」


 そう紹介された護衛のエラルドを見ながら、もう逃げ出すことは出来ないのだと実感した。

 不意に扉が叩かれ、兄が対応に向かうのを見て、ミハエルは護衛へと目をやる。サルスジャミン諸王国には殆ど見受けられない金髪に色白の肌を持つ彼は、とても護衛などという職業の人間には見えなかった。

 

 ――モデル雑誌に出て来そう……。


 素直にそう思った。それと属性は間違いなくアルファなのだろうと推測する。

 端整な顔つきに加え、長身でスマートな体形に、流行りのカジュアルスーツを着こなしている彼を眺め、何の苦労もなく生きて来たのだろうと思った。

 使用人と会話をしていた兄が、ミハエルに向かって「少しここで待っていろ」と言うのを聞き、分かりましたと返事を言いかけたが、こちらの返事を待つまでもなく、兄はさっさと部屋を出て行った。

 その時、不意にエラルドと目が合う。初対面の人間と二人きりにされて困ったが、きっと彼も途惑っているだろうと思った。

 自分は社交的ではないし、しかも護衛などという人間を携えたことがないので、どう対応すればいいのか分からない。けれど、無言でやり過ごすことも逆に難しく感じて、取りあえず言葉をかけることにした。


「あー……、ミスター・エラルド」

「ミスターは必要ありませんし、敬った言い方も必要ありません」


 ぴしりと彼から敬うなと言われて言い直した。


「分かった……。ところでエラルドは、この仕事は長いの?」

「いいえ、初任です。私では頼りないでしょうか?」


 彼の瞳が警戒しているように見えてしまい、「そうじゃないよ」と慌てて伝えたが、唇を和らげたエラルドは礼儀正しく腰を曲げながら、


「去年、ポリス学校を卒業したばかりです。ご不満があれば、いつでもお申し出ください」


 まるで氷でも含んでいるのかと思うほど、冷たく強い口調で言われて、彼との距離をどう取ればいいのか分からなくなった。

 ただ、彼にだけ自己紹介させているのが気になり、ミハエルも自分のことを伝えることにした。

 

「俺は、元々は普通の人間で――」


 自分のことなのに変な言い方をしていると思ったが、今の複雑な事情を正確に伝えるのは難しくて、説明の途中で言葉を見失ってしまった。

 どう話せばいいのかと迷っていると、こちらの様子を見ていたエラルドが口を開いた。


「イギリスのフォード大で植物学を専攻されていたと聞いてます。それから、今まで王子だと聞かされていなかったことも、あとは属性転換をされたことも……」


 エラルドから淡々と説明をされて、護衛をするのだから大概のことは彼も把握していることに気が付き、一生懸命に説明しようとした自分が間抜けな人間に思えた。

 彼から「植物学は面白いですか?」と疑問の言葉を投げかけられ、「どうかな?」と軽く笑みを零した。

 せっかく彼から話題を作ってくれたのに、短く返事をするだけで済ませてしまったことで気まずくなり、ミハエルは扉へと向かった。

 

「少しだけ散歩してくる。兄が戻って来たら、そう言っておいて欲しい」

「いいえ、お供いたします」


 息の詰まる空間を抜け出したかっただけなのにな……、と、こちらの心情を察してくれない彼を見つめながら、仕方なくエラルドと一緒に宮殿内を歩くことにした。

 その途中、「ミハエル様、そちらは――」と彼が制止させるように腕を出すのを見て、何事かと思い、歩みを止めると、数ある客室の待合室付近で笑い声が聞えた。

 数人の男が何やら楽し気な様子で談話をしているようで、その集まりに混ざる気も無いミハエルは、エラルドの指示通り、その場を離れようとした。

 けれど、「そう言えば、俺達の花嫁は――」と誰かが発言したことで足を止めた。


「あー、フェルナンド王子の兄だと聞いたが、健気で可愛いタイプか?」

「いやいや、それが、似ても似つかないらしい」


 そのまま男達の会話に耳を傾けていると、一人の男が、「別にいいんじゃないか?」と言葉を続けた。


「所詮、政治を円滑に進めるための結婚だ。容姿はどうでもいいだろ?」


 投げやりな言い方の男の言葉の後、「確かにな」と納得したように別の男が言う。


「形だけの結婚だしな、跡継ぎに関しても気乗りしなければ試験管で孕ませても構わないだろうしな」


 ははは、と高笑いする声を聞き、もっともな話だとミハエルも思った。

 彼達からすれば利が無ければする必要のない結婚だろうし、そもそも政略結婚の相手に容姿やら性格など必要はない。

 それに、自分の弟がどれだけ異彩を放つオメガか、ミハエルの方がよく分かっている。陰で何を言われようが、それは仕方の無いことだと軽く笑みを浮かべ、その場を離れた。


「先程の話は、私の方からグレン様へ報告させて頂きます」


 後から付いて来たエラルドが、ぼそりと言うのを聞き、「余計なことは言わなくていいよ」と忠告した。

 就任して間もないエラルドに、くだらない報告をさせて花婿候補者から反感を買うのを避けたかったこともあるけど、彼らの言った言葉は間違いではないのだから――。




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