4.「ドクダミ・オペラ事件の犯人」
「あの男が? 意味不明なオペラ歌ってるのに? ドクダミ鼻に突っ込んでるのに? 王族の気品が欠片も感じられないのに?」
「その通りだが、酷いなおい」
歯に衣着せぬ物言いをするレン。
何て素直な子でしょう。
筋骨隆々の肉体を包む、ラフ過ぎる格好。
止まる事を知らない、支離滅裂なオペラ。
ドクダミ鼻突っ込みという、流行を先取りし過ぎた、尖り過ぎなファッション。
確かに、パッと見は、どう見ても前国王には見えない。
が、俺は〝ステータス眼鏡〟で見抜いた。
※―※―※
俺たちが森の中の広場に到着すると、少し遅れて、ワイバーンに乗ったリムガと前国王――ギガドも、地上に舞い降りた。
「早速やるガ!」
「ああ。良いか、筋トレは、やり方・量・頻度、それら全てが大事だ。更には、食事や睡眠なども含めて考え――」
「一ガ! 二ガ! 三ガ!」
「人の話聞けよ」
リムガは、既に親指立て伏せを始めている。
短い草の生い茂った広場に、ドレスの赤が映える。
「っていうか、やっぱり親指立て伏せからやるんだな」
リムガと同じく、〝筋トレ・コーチング眼鏡〟を掛けて知識を得ながら、俺がサポートしようとしたのだが……
「まぁ良っか」
女性の声で音声ガイダンスがあって、それをコーチとする。
それによって、筋トレの効率を最大化し、理想の肉体を作り上げるのだ。
〝コーチ〟の声は聞こえているはずだから、大丈夫だろう。
「しかも、この眼鏡は、それだけじゃない」
〝コーチ〟は、筋トレのみならず、食事や睡眠まで、トータルでサポートしてくれる。
まさに最強のパートナーだ。〝コーチ〟の言う事を聞いていれば、間違いない。
大きめの音量の方が気合いが入るのか、リムガの眼鏡から〝コーチ〟の声が漏れて、聞こえてきた。
「何度言ったら分かるんですか! 〝親指立て伏せ〟なんて指示していません! 今すぐやめて下さい!」
「知ったこっちゃ無いガ! オーガと言ったら、親指立て伏せガ! このまま一万回やるガ!」
「いや、〝コーチ〟の指示には従えよ。何のための〝筋トレ・コーチング眼鏡〟だよ」
どうやら、オーガは色々と暴走する種族のようだ。
そんなんで良くこの国統治出来てるな?
「〝コーチ〟を無視したら、いつまでも〝貧弱〟な身体のままだぞ?」
「うっ。……それは嫌ガ……」
近付いた俺が耳元でそう告げると、リムガは渋々、〝コーチ〟の指示に従うようになり、スクワットを始めた。
いや~、ついて来て良かった。
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
前国王は、相変わらず、オペラを歌っている。
「ガアアアアアア!」
そして、ワイバーンは、主の筋トレを真似して、スクワットをしている。
いかつい顔と身体をしているのに、不思議と可愛い。
さて、と。
リムガの筋トレを後方で腕組みして見守りながら、俺が思考していると――
「ねぇ、ラルド。女王さまは、なんで護衛じゃなくて、ドクダ――前国王さまと一緒に、うちの店に来たのかしら?」
――レンが話し掛けて来た。
うん。別に無理して〝前国王〟って言わなくても良いぞ?
「そうだな。まぁ、護衛に関しては、一人で行動したがったリムガが、『ワイバーンが護衛代わりになるから』とか何とか言って、説得して、部下たちが折れた、という所じゃないか?」
「それは有り得るわね。なんせ、あの女王さまだもの」
ちょくちょくディスるな。
「あと、ステータス眼鏡で見てみたが、前国王は、確実に正気を失っている。〝呪い〟ではなく、正確には〝状態異常〟だがな」
「〝状態異常〟……」
「そうだ。そして、そんな状態にも拘らず、リムガが外出する際には、必ずついていこうとするんじゃないか?」
「! それって――」
「ああ。正気を失ってなお、一人娘の事を案じている、という事だ」
「前国王さま……」
〝状態異常〟に陥り、正気を失う。
自分の意識など、無いも同然。
そんな状態になっても、愛娘への想いだけは、消えていなかった。
「どれだけ深い愛情があるのよ……もうっ……! ……ぐすっ……」
感動して、涙ぐむレン。
そんな前国王へと目を向けると――
「むしゃむしゃむしゃ」
「鼻に突っ込んだドクダミ食べてるー!」
――鼻水塗れのドクダミを、器用にも手を使わずに食べていた。
食べ終わると、胸元から取り出したドクダミを、再び鼻の穴に補給する。
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
「〝感動〟返せ! 〝涙〟返せ!」
先程からレンが、立て続けに叫んでいる。
「前国王ともあろう者が、鼻に突っ込んだドクダミ食べてんじゃないわよ!」
おい、そんなでかい声で叫んだら――
「父ちゃ――前国王ガ?」
「「!」」
スクワットの途中で、ピタッと動きを止めたリムガが、こちらを見た。
「しまっ――!」
父親があんな状態になっているのを隠して、リムガが必死に悲しみに耐えていたのに。
俺たちが、台無しにしてしまった。
と思っていたら、リムガは、小首を傾げて呟いた。
「〝鼻水ドクダミ〟が前国王の好物だったって、なんで知ってるガ?」
「「!?」」
まさかの〝元から〟パターンだったー。
レンを見ると、分かりやすくドン引きしている。
「で、でも、あの〝変な歌〟のせいで、〝あんな風〟に言動が悪化したのよね?」
〝あんな風〟て。
いやまぁ、〝あんな風〟か。
「ああ、そうだ」
「でも、何で? あたしを含めて、ハーピーの集落では、〝変態〟になった者は誰もいなかったわよ? 〝歌〟は、北の方から聞こえて来てたわ。あたし達の集落は、王都よりも北にあるのに、おかしくない?」
〝変態〟て。
いやまぁ、〝変態〟か。
「ステータス眼鏡で見たが、お前たちハーピーには、あの歌に対する〝耐性〟があるんだ」
「そうなの?」
「ああ。そのお陰で、影響を受けずに済んだんだろう。一方、オーガには、〝耐性〟が無い。まぁ、個人差はあるみたいだがな。リムガは何とも無いし」
「だからなのね」
恐らく他の種族も、〝耐性〟があったり無かったりするんだろう。
しかも、個人差もある。
そのため、状態異常に陥る者とそうでない者が出てくる。
「百ガ! 百一ガ! 百二ガ!」
っと、今の内に。
「筋トレ後に取るべき料理の食材でも採取しにいくか。えっと、眼鏡によると……は? マンドラゴラ?」
うーん、異世界。
マンドラゴラとは、〝人間がその悲鳴を聞くと死ぬ〟と言われている、人型の植物だ。
恐ろしい事この上ない。
だが、客のため、ひいてはこの国のためだ。
取り敢えずリムガたちは放置して、〝筋トレ・コーチング眼鏡〟の指示に従って、俺はレンと共にマンドラゴラを採取しに行く事にした。
※―※―※
「良かったわ。結構近くにあるものなのね」
〝探知眼鏡〟で探すと、歩いていける距離にあった。
レンと二人で森の中を歩いていく。
「けど、マンドラゴラの悲鳴って、人間が聞くと死んじゃうんでしょ? あんた大丈夫なの?」
至極当然の質問に、俺は「大丈夫だ」と答えた。
「眼鏡で防げる」
「もう何でもアリね……」
前も言った通り、厳密には出来ない事もいくつかある。
しかし、まぁチートアイテムではあるよな。
と、その時。
「! 結構多いな……」
地面が揺れる。また地震だ。
日本も地震大国だったが、異世界も中々の頻度だ。
慣れっこなのか、レンは全く反応を示さない。
数分歩いた後。
「っと! 危なっ!」
少し開けた場所に出たなと思った瞬間。
沼がある事に気付かず、危うく足を踏み入れる所だった。
恐らく、底なし沼だろう。
「レン、気を付けろ。多分これ、底なしぬ――」
「ん? 何か言った?」
「普通に歩いてるー」
レンが、普通に歩いていた。底なし沼の上を。
翼は開いていない。飛んでいる様子も無い。
「大丈夫。この底なし沼は、絶対に足を取られないから」
そう言って微笑むレンは、誰に言うとも無く、胸に翼を当てながら、呟く。
「ありがとう」
俺は、レンに訊いた。
「前も言ってたな。それって、誰に対して言ってるんだ?」
「ああ、これ? これは、昔、とある心優しいモンスターが、国中の危ない所に、魔法を掛けて、土砂崩れとか沼に嵌まる事故とかを防いでくれたんだ。そのモンスターに対して言ってるのよ」
「へ~」
魔力が残っているため、そのモンスターによるものだと分かるのだそうだ。
奇特なモンスターもいるもんだな。
それから、十分後。
「『防御眼鏡』」
「ブギョパギョエエエエエエエエエエエエエ!」
引っこ抜いた瞬間。
地獄の底から響いて来るような、世にも恐ろしい悲鳴が上がる。
俺は〝防御眼鏡〟で、マンドラゴラの致死性の悲鳴を防いだ。
念のために、ハーピーであるレンも同時に守りながら。
「エエエエエエエエ…………」
〝料理眼鏡〟の能力で一時的に身体能力が強化された俺は、マンドラゴラの首を手刀で斬って、静かにさせる。
「よし、戻るか」
「そうね!」
俺たちは、来た道を戻って行った。
※―※―※
「千ガ! 千一ガ! 千二ガ!」
広場へと戻ると、汗水垂らしながら、リムガがスクワットを続けていた。
不敵な笑みを浮かべながら。
小さな身体の癖に、まだ余裕がありそうで、末恐ろしい。
ワイバーンも頑張って主の真似をし続けているが、プルプルと震えており、限界が近そうだ。
「ドクダミ~♪ トマト~♪ メロン~♪」
前国王は、相変わらずだった。
〝家具眼鏡〟でテーブルを創造。
〝料理眼鏡〟でまな板と包丁を創り、マンドラゴラを切り刻みながら、ドレッシングも生み出し、サラダを作る。
調理作業をする俺の横で、レンが、憐れな姿となった前国王に視線を向ける。
「状態異常を治せれば良いのにね。変た――前国王さまのためじゃなくて、女王さまのために」
〝変態〟で良いぞ。紛う事なき〝変態〟だし。
確かに、前国王はどうでも良いが、まだ幼いリムガが小さな身体で奮闘しているのは可哀想ではある。
「やっぱり、ラルドの眼鏡でも、どうにもならないのよね?」
「いや……もしかしたら、何とかなるかもしれん」
「え!? そうなの!?」
パァッと顔が明るくなる彼女に対して、「眼鏡で直接解決、という事ではないけどな」と、付け加える。
それに、あくまで〝可能性〟の話ではあるけどな。
一つ、思い当る節があった。
「北の方から聞こえる歌、だろ? ハーピーの集落の北には、何がある?」
「毒汚染地域ね」
「じゃあ、毒の更に北は?」
「更に北……? って、あ!」
何かに思い至った様子のレンに、俺は頷く。
「そう、海だ」
※―※―※
〝千里眼眼鏡〟で、モンスター王国最北端の更に北――つまり、〝海域〟を〝視て〟確認した。
いる。俺が予想した通りのモンスターが。
そして――
「うわー」
――めっちゃ歌ってる。
それはもう、気が狂ったように歌っていらっしゃる。
レンたちハーピーが耐性を持っている事と、そのモンスターと姿形が似ている事。
恐らくそこには、何らかの関係があるのだろう。
「あと、ドクダミ・オペラも、ヒントになってたんだ。今回の事件の犯人の」
「え? あの〝変態〟が歌ってた歌が?」
もう完全に変態扱いやん。
そうこうするうちに、料理が出来上がった。
「美味いガ! いくらでも食えるガ!」
筋トレ後の栄養補給として与えたマンドラゴラ・サラダを、リムガはバクバクと平らげていく。
食べ終わったリムガに、
「もしかしたら、歌による〝呪い〟――じゃなくて〝状態異常〟を、何とか出来るかもしれん」
と伝えると――
「本当ガ!?」
――物凄い勢いで、食い付いてきた。
近い。近いぞ眼鏡幼女。
あと、人の身体をよじ登るのは、やめなさい。
「あんま期待はするなよ。やれるだけの事はやってみるけど」
「分かったガ! いつ呪いは解けるガ? 五分後ガ? 十分後ガ?」
分かってねー。
まだ呪いって言ってるし。
っていうか、五分で解決出来てたまるかー。
その後。
「感謝するガ! 期待してるガ!」
そう言って、ブンブンと手を振ると、リムガは前国王と共に、ワイバーンに乗って、王都へと帰っていった。
結局期待はするのね。
ちなみに、帰り際に――
「これは今日の礼だガ! 呪いが解けたら、また改めて払うが!」
そう言って、彼女は金貨を十枚、俺に手渡した。
日本円で一枚百万円、十枚で一千万円、と言ったところだ。
「へ~。これが金貨か~」
物珍し気に見た後、俺が手渡すと、レンは――
「ラルド! き、金貨よ! 金貨! 金よ! 金ピカよ! ピカピカよ!」
金貨を手に取り、今まで見た事も無いほどに目をキラッキラと輝かせており――
「………………」
質素な暮らしをしていたはずの女の子。
それが、ある日を境に、ブランド物のバッグに嵌まっていく。
もしかしたら、そういうのも、こうした小さな出来事がきっかけなのかもな。
※―※―※
その数時間後。
俺はレンと共に、空路で北へ向かっていた。
いつものように、レンに足で運ばれながら。
眼下に見えるは、国土の三分の一を占める広大な毒汚染地域。
その全てを――
「すごいな……こんなにでかいの、よく張れるな……」
淡く輝く半球状の結界が覆っていた。
毒がモンスター王国民たちに被害を与えていないのは、そのお陰だ。
〝千里眼眼鏡〟と〝ステータス眼鏡〟を駆使して、見てみる。
すると、地上のみならず、地下深くまで結界がカバーし、毒を食い止めているのが分かった。
と、その時。
「ん? あれ?」
「どうしたの?」
「いや、何でもない……多分、見間違いだろう」
眼下の地上――毒汚染地域内に、誰かがいるように見えたが――
「まさか、な……」
俺は頭を振った。
※―※―※
暫く飛行を続けて――
「わぁ! 海よ! 初めて見たわ!」
――海に出た。
どこまでも青く。水面が煌めいて。
波がうねり。潮の香が鼻腔をくすぐる。
「な、何だかこれって……う、海でデートしてるみたいよね?」
「え? デート? これは仕事だぞ?」
「……そんな事分かってるわよ! バカ!」
よく分からないが、レンがプンプンと怒った。
――次の瞬間――
「ドグダミ゛~♪ ドマ゛ド~♪ メ゛ロ゛ン゛~♪」
――どこからともなく――
「ドグ~ド~メ゛ロ゛~♪」
――〝苦し気な歌声〟が聞こえて来たかと思うと――
「……毒止めろゴラアアアアアアーン!!! 『水槍』ああああああああああああああーン!!!!!」
「「!」」
――波で隠されていた岩礁に座る〝上半身が人間で下半身が鳥〟の半裸女性モンスター――セイレーンが現れて、俺たちに向けて、無数の水槍を放った。